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Daily TSUMURA 活動日誌 2004年 10月16日〜22日


 10/22(金)

10時、衆議院財務金融委員会。大臣の所信表明等で所要約20分。

10時半から12時まで、衆議院安全保障委員会で一般質疑。
春の補選で広島5区から当選した自民党の寺田稔代議士、民主党の「次の防衛庁副長官」松本剛明代議士がバッター。寺田さんは大蔵省の防衛庁担当主計官だった経験を生かした制度的な質問が中心。松本さんは、米軍再編(トランスフォーメイション)など、現在の日本の外交・安保環境を巡る大テーマに真正面から迫る聞き応えある質問。

急いで昼食を摂り、12時40分から、代議士会。

13時、衆議院本会議。3本の日切れ法案を採決。所要30分ほど。

午後は、事務所でデスクワーク。
11月3日の岡田代表日程につき、調整未了の段階で別ルートから情報が流れ、関係方面から照会の電話など。多少てんやわんや。津村の調整にも反省すべき点があり、急いでフォローに入る。

15時半、細野豪志代議士の秘書の方が来室し、台風被災地における議員事務所としての対応についてレクチャーを頂く。
短期間で豊富な資料を集められ、地域に還元する細野代議士とスタッフの皆さんの真摯な姿勢と行動力に脱帽。1時間近くにわたって、貴重なアドバイスを頂いた。津村の被災報告を目に止めて、資料提供を申し出て下さった細野さんに感謝。

その後も、岡田代表来岡に関連した調整作業を継続。行政の方々のご丁寧な対応も頂き、少しづつ姿が見えてきた。

夜、新幹線で帰岡。23時56分、岡山着。



 10/21(木)

5時、起床。
昨夜からの台風23号襲来で、首都東京の交通インフラにも幾許かの影響が出ている模様。青山宿舎の前でタクシーを拾い、東京駅へ向かう。

5時45分に着いた東京駅は、早朝にもかかわらず、大混雑。昨日の新幹線運休の影響で大勢の人が徹夜で復旧を待っていたようだ。始発の「のぞみ」はチケットが取れず、30分ほど遅れて何とか乗り込む。

10時過ぎ、岡山に到着し、迎えに来ていた田中の車で急ぎ玉野へ向かう。

11時、玉野市役所に到着。総務部で防災服をお借りし、会議室で着替え。

11時15分、玉野市宇野7丁目の土砂災害現場を視察。
自衛隊101名を含む、約230人の方々が不明になっている被災者の方々を懸命に捜索。消防の皆さん、警察の皆さん、地域のボランティアの皆さんが疲れも見せずに働いている。ご近所のご婦人方は炊き出し。地域コミュニティの絆の強さをまざまざと見る思い。大阪から馴染みの記者が来ていて、朝からの動きを詳しく聞かせてもらう。地元の記者さんたちも大車輪の働き。当初30分の予定を変更し、約1時間、数々の印象に残る光景を、瞼に焼き付けて帰る。

得意の“飛び込み”で地元の皆さんに溶け込もうと努力を続けている、田中秘書の日ごろの活動の成果だろう。地元消防団の方々に呼び寄せて頂き、一緒に炊き出しのおにぎりを口にしながら、様々な本音を聞かせてもらったのは貴重なことだった。

野党議員として何ができるか、与党になったら何をすべきか。。。8月末の台風16号被災以来考え続けている重い宿題に、またぶち当たった。

12時過ぎに現場を辞去し、田中の運転で、急ぎ岡山に取って返す。
13時22分、新幹線のぞみにて上京の途に。さすがに疲れ、車中で休む。16時半、東京駅着。

17時、国会事務所で簡単な打ち合わせ。

17時半、衆議院第16委員室において、安全保障委員会。大臣所信等で約30分。

夕刻から深夜にかけ、役員室と掛け合いながら、週末の岡田代表の日程を調整。兵庫県豊岡市と岡山県玉野市を視察していただく予定が固まりかけたが、時間的制約で最終的に「豊岡のみ」の判断になった。

20時ごろまで、事務所でデスクワーク。
災害対応の報告書やマニュアルの作成、近づく岡田代表来岡の下準備など、仕事が山積になっている。

岡田代表を真似、津村の代議士ライフに「DVD」を導入しようと考えており、電機量販店でカタログを貰い、その後、9時15分に、新宿ALTAで日銀の先輩と待ち合わせ。
退職以来の再会だったが、お互いの近況や仕事の話などであっという間に夜が更け、夜半近くに。スタッフの補強、政策面で助言を頂けるアドバイザー探しなど津村事務所の課題についても聞いて頂いた。

本日は、台風被害の現場視察を優先し、「民主党役員室代表補佐チーム会議」「国のかたち研究会」「民主党台風等被害対策本部会合」「創憲を考える一期生の会」等を欠席。様々な方にご迷惑をかけた。

津村の選挙区である岡山2区は、今年の一連の台風襲来で甚大な被害を受けている。
そして今回、遂に人命まで失われてしまった。視察そのものは現場に負担をかける面もあり、また、すぐに何かを生み出す行為でもない。しかし、現場には、見舞、支援といった綺麗ごとだけでは済まされない、さまざまな場面があり、感情がある。「困っている人を助ける」という単純な図式だけではこなせない現実がある。“事後”の行政のあり方を肌身で考えさせられる場面が、沢山転がっていた。



 10/20(水)

7時半、起床。

8時、民主党財務金融部門会議。
UFJの検査忌避問題やシティバンクへの処分等について金融庁からヒアリングを実施。告発対象となったUFJ元役員の固有名詞を出せないとの金融庁課長の説明に、会議は紛糾。来週も継続することとなった。

午前中は、マスコミ関係者の来訪が相次ぐ。地元紙記者からは、役員室次長としての仕事や倉敷での県議補選への取り組み等について。全国紙記者からは、やはり役員室の仕事のうち災害対応について。
そのほか、11月3日に予定されている岡田代表の来岡に向けた打ち合わせ作業など。

13時、先輩議員の事務所で打ち合わせ。本日の役員室会議での報告等について。

14時、衆議院院内第24控室において、民主党の正副幹事長会議。
1回生の津村はもちろん正副幹事長ではないが、役員室次長枠で陪席を求められており、先週に続いての参加。民主党は現在企業団体まわりを続けており、その報告等がなされた。約1時間。

15時過ぎ、ノーベル経済学者ローレンス・クライン博士の講演会に短時間ながら出席。
学生時代、博士の名著『ケインズ革命』を父の本棚で見つけ、その時初めてJ.M.ケインズという人を知り、同時に博士の名前を記憶に留めた。既に高齢でいらっしゃるが、お年寄りならではのスローな Plain Englishで日本経済の問題点を分かりやすく指摘しておられた。お会いできただけでも幸せ。

16時半、激しい雨の中、党本部8Fに赴き、役員室事務局と打ち合わせ。
先般の岡田代表随行の際、代表から「地方で勉強したことを党首討論でも使いたいから、記録を取っておいてほしい」とのご指示があり、役員室会議を前にファイルを整備、確認。そのほか、党総務局にも立ち寄り、スタッフ採用に関する照会。

17時、役員室会議。
代表補佐担当として先週末の代表随行(東北3県)について、幹事長補佐担当として本日の正副幹事長会議の経過について、危機管理担当として災害対応マニュアルの作成について、以上3つの報告を行う。

18時、玄葉光一郎選対委員長の事務所で、短い打ち合わせ。

18時半過ぎ、役員室代表補佐チームの懇親会。北橋室長、武正主査を囲む。

夕方から台風23号に関する情報が次々と入り、緊急の帰岡を検討。
既に新幹線・飛行機・夜行列車はいずれも運休となり、東京への台風直撃も予想されたことから、東京で出来ることを行う。岡山市役所や各町内会幹部、マスコミからの情報収集、岡山事務所への作業指示。携帯電話が大活躍。

明日の始発新幹線で、土砂災害で5人が行方不明になっている玉野市へ向かう。



 10/19(火)

 石井個人演説会


 10/18(月)



 10/17(日)

 二本松
 
 
 グリンピア
 農場視察
 
 
 国分 農場
 

→「号外



 10/16(土)

 県境産廃
 
 ミニ集会
 
 

→「号外


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2004/10/16-22

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