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Daily TSUMURA 活動日誌 2004年 7月12日〜18日


 西大寺朝市
 ソフトボール始球式

 7/18(日)

6時45分、自宅前で増田ピック。

7時、西大寺朝市。
(たしか)5月は大雨、6月は江田選挙で、三ヶ月ぶりの参加。参院選の後片付けに追われて配布物が用意できず、ご挨拶回りのみだったが、民主党勝利の余波か多くの方から好意的な声援をいただいた。

8時過ぎ、富山学区東西対抗マラソン・ソフトボール大会。
開会式には間に合わなかったが、生まれて初めて始球式のピッチャーをさせて頂き(大暴投でした・・・)、およそ30分観戦。何しろ午前8時開始、午後8時終了の“マラソン”試合。皆さんの元気とアットホームな雰囲気に時を忘れる。

隣接の体育館で行われていた町内会対抗のバレーボール大会も覗いて、9時前に失礼。

9時20分、邑久町に飛んで、とうもろこし大収穫祭。

 町内会対抗バレーボール
 とうもろこし収穫祭
 綱引き大会
 Nさん&増田秘書

10時、綱引き大会。
岡山市六番川水の公園体育館にて。増田、山崎、田口、Nさん、堀野、根木、田中、Aさんが参加(津村中座後、1勝したらしい)。

11時半、地元の先輩の褒章受賞記念パーティ。

15時、岡山財界のメンバーが一同に会した、瀬戸内シンポジウムに参加。
ヨーロッパ中世史の大家、木村尚三郎東大名誉教授を講師に迎え、中四国の未来を議論。最後に短く質問。

17時過ぎ、長船町で和太鼓のコンサート。鼓空祭。

 褒章を祝う会
 瀬戸内シンポジウム
 和太鼓コンサート

18時半、田口秘書と個別面談。

19時半、事務局会議。
増田事務所長を始め、各秘書が今後の活動ビジョンを披瀝。その後、スタッフと会食。

今日のスケジュールは内容が濃く、充実感いっぱい。心地よい疲れ。



 朝街宣

 7/17(土)

夏の朝立ちシリーズ第3弾は、岡北大橋。
休日モードで、7時半から8時半まで60分。しかしその分、エネルギー放出で、全身全霊を籠めた魂の演説(ホームページの写真は下向いてますが・・・)!?

アシスタントは、山崎第一秘書。彼のカウントによれば、このスポットの通行量は平日と休日で思ったほど差が出ないようだ。カウントしていない対抗車線の反応も良く(立地的に演説が聞こえやすい)、カウントした数字以上の効果があると思う。顔見知りの支持者の方も何人も通りかかった。

午前、まず自宅で着替えとシャワー。
昨夜が遅く、今朝早かったので、多少とも体力をセーブしようと、30分だけ仮眠。

 山崎2区事務長

10時、増田・山崎とミーティング。
本日は、参院選慰労のため、この2人を除く全秘書が特別休暇扱い。・・・と思ったら、事務所に根木秘書の姿も。会計等について簡単な報告を受け取り、その後は予定どおり増田・山崎と今後のことについて詰めの打ち合わせ。

13時過ぎ、山崎に送ってもらい、岡山駅前で会食。ずいぶんご無沙汰をしていたような気がする。参院選の報告など。

15時前、民主党岡山県連の常任幹事会。
参院選総括の議論に時間を割く。勝因分析が盛り上がっていたが、津村からは「あえて反省点も含めて整理をし、次の3年後の参院選の際にもモデルとなる選対イメージを総括しておいてはどうか」と提案。また、これを機に、1〜5区がより有機的に連動した全県的な日常活動(例えば定期的な一斉街宣など)を活性化していくことを問題提起。

17時、岡山大学法科大学院開設記念祝賀会に出席。
来賓の1人として短いスピーチ。100人ほどの立食パーティだったが、約20人の学生(法科大学院の一期生)が参加しており、彼らのキャンパスライフについて話を聞く。助教授とも仲良くなり、皆さんの期末試験終了後の再会を約した。中座する予定だったが、時を忘れてパーティ終了まで参加。

19時ごろ、円山の事務所に戻り、増田・山崎の両幹部と打ち合わせの続き。
増田がまとめたペーパーをもとに、今後の取り組み姿勢や秘書人事について大きく方針をまとめた。
3人で食事。



 7/16(金)

夏の朝立ちシリーズ第2弾は、桜橋。7時15分から8時45分まで90分。アシスタントは、“桜橋の男”田口雅教。朝日を浴びて眩しそうに車を数えながら、道行く高校生たちに可愛がられていた。

前半は涼しかったが、8時過ぎからはすっかり猛暑。車の台数こそ少ないが、進行スピードが遅いぶん濃厚な関係になるので、演説は少し長めのフレーズをリピート。

日中は、自宅で電話かけ&代議士日記の執筆など。
参院選期間中は部屋の片付けもままならなかったため、自宅の書類整理も結構なハードワーク。早くアップしてほしいとの声が多数寄せられていた代議士日記も、参院選本番中(および直前)の記述を除き、かなりの部分をリカバリー。肩の荷が少しだけ下りる。

そんな今日は、可知にある江田参院選2区選対事務所を閉鎖し、津村事務所スタッフが円山に帰ってくる節目の日。大引越し作業が展開されていたので、途中顔を出し、荷物運びや重要書類のシュレッダーかけを手伝った。
合い間を縫って散髪も(毎年恒例だが、夏は短髪にしている)。
そうこうするうち、江田事務所に出向していた釜我政策秘書が円山に立ち寄り、今後のことについて話し合い。彼は、国会閉会中の期間(6〜9月)を利用して岡山での地元活動(含む参院選)に参加する予定で来岡したが、本人の思いがあり、参院選終了を期に本日帰京し、7月末をメドに津村事務所を退職することになった。これにより、津村事務所の公設政策秘書は、当面空席になる。

19時、江田参院選2区選対の最後の“事務局会議”。
会費制で食事を共にしながら、スタッフ一同が反省・総括の弁。江田参議夫人の京子さんも駆けつけていただき、大いに盛り上がった。→「ひとこと

22時過ぎ、円山の事務所でホームページ更新のための作業。
その後、近くで二次会を開いている若手スタッフと合流し、政治談義。今は江田五月秘書となっている“ツムジム”立ち上げの同志、清水俊平君と最後に2人残り、参院選の労をねぎらい合う。



 7/15(木)

「衆議院議員・津村啓介」としての朝の街頭演説を、本日より約2ヶ月ぶりに再開(5月下旬からは「江田参院選」を前面にアピールするため、まぎらわしい津村単独での朝立ちを中断していた)。初日は、定番の「新京橋」。

6時半、自宅前で堀野に拾ってもらい、新京橋へ。
立て看板の配置やマイク用の乾電池の準備、通行量調査の方法等について念入りに打ち合わせたあと、7時から8時40分まで、100分。堀野は、津村の後方10メートル地点で手振りをしながら通行量をカウント。
先週のTシャツ姿での「橋立ち」と違い、スーツ姿で臨んだこともあって、異常に汗をかいてしまった。当初は2時間コースで予定していたのだが、本日のハードな日程を考え、少し短めに終了。これを教訓に、夏の朝立ちは、「平日90分、土日60分」を目安とすることに決めた。

ちなみに、候補者時代も常にスーツまたはジャンパー姿だったが、当時は「朝立ち60分ルール」という暗黙の了解があり、今以上に慎重な体力のペース配分を行っていた。

9時すぎ、自宅で着替えをし、シャワーなど。
スタッフが用意した数百名分の「電話かけリスト」に少しづつ手を付ける。支持者の皆さんからは、心温まる言葉の数々を頂く。

 玉野事務所後片付け

午後、玉野事務所の後片付けに伴う、挨拶回り。
途中、江田五月参議院議員とバッタリ合流する場面も。アポなしでのご挨拶だったため、お会いできないケースもままあったが、多くの先でついつい長居をしてしまい、予定の件数を回りきれなかった。
今回の選挙の総括は簡単ではないが、江田後援会も津村後援会も他地域ほど組織化されていない玉野・灘崎での大量得票は、地元議員、連合玉野地協はじめ多くの支援者の方々の献身的な努力によるところが大。残された課題も多いが、玉野事務所を運営したスタッフ(津村事務所からは増田・田中)の労苦も報われたというもの。皆さんに、頭が下がる思い。

18時、増田・山崎と打ち合わせ。
衆議院議員就任から8ヶ月あまり、岡山における最大の仕事でありつづけた参院選が終わった。いよいよ、名実ともに衆議院議員・津村啓介事務所のオリジナルな活動を始める時を来た。白いキャンパスに絵を描くような気持ち。まずは、鉛筆で、薄くデッサンである。何度か書き直しながら、徐々に太い筆も使いながら、斬新な絵を描いていきたい。新しい、Challenging な日々が始まる。

19時、民主党岡山県連候補者選考委員会。
次期衆議院選挙を見据えた対応、県内各級選挙の候補者擁立、推薦等についてディスカッション。運転手役の堀野に外で待機していてもらったが、結局会議後は県連幹部で会食することになり、フイにしてしまう。

21時、江田参議、森本県議らと会食。
参院選のウラ話など。江田選対本部事務長を務めた森本さんにとっても、久々ののんびりしたお酒だったよう。今後の話なども出たが、「勝ってカブトの緒を締めよう」が結論。江田勝利がただちに県内2大政党化に繋がるほど、現実は甘くない。



 7/14(水)

9時半、青山の衆議院議員宿舎でやや遅めの起床。

11時、党改革推進委員会への意見具申を念頭に、先輩・同僚議員らと会合。
以前「党改革タスクフォース」として活動していたチームの残務整理のようなイメージ。地方での党活動のあり方につき、津村の初期の意見も検討課題に含まれている。来週までにさらに論点を整理し、議論を詰めていくことに。

13時、東京駅で友人と会食。
1年半ぶりの再会。近況報告をしあうと、やはりお互い、色々と環境変化があるようだ。楽しい時間。

夕刻、帰岡。



 7/13(火)

 渚市議

終日、国会事務所。

応援弁士として岡山入りしていただいた衆参の国会議員に「岡山来援御礼」のご挨拶まわりをしたり、1ヶ月間の間に溜まりに溜まった郵便物やメールに目を通したり。

午後に入ると、岡山の事務所スタッフから指示をしていた「お礼の電話かけリスト」がFAXされてきた。少しづつ電話をかけていくと、皆さん本当に江田さんの当選を喜んで下さっている。ありがたいこと。

今後の事務所体制に関連し、先輩代議士の事務所と随時連絡など。

夜は、金融機関勤務の友人と会食。



 7/12(月)

 おはよう730
 

感動のシーンから一夜明け、7時に自宅前ピック。

7時半、JR岡山駅東口ドレミ前で恒例の「おはよう730」。
津村の衆院選の時もそうだったが、当選翌日の朝街宣はマスコミの取材ラッシュ。江田さんがマイクを握ると、朝から人が立ち止まり、取材陣からはフラッシュの嵐。インタビューの時間は街宣を中断する、異例の配慮も。それほどに注目を集めた「おはよう730」であった。

8時半、江田さんはじめ、弁士とスタッフで朝食。
挨拶回りの順序などは、江田さん本人の意向を確認する必要があり、食事の合い間を縫って打ち合わせなども。2区スタッフには、「勝ってカブトの緒を締めよう。後片付けをキチンとできるかどうか、周囲は見ているよ。もう少しだけ、頑張ろう!」と檄。

9時過ぎから約1時間半、江田さんの名代として、数ヶ所の挨拶まわり。

11時、いったん自宅に戻り、昼食。上京準備など。

午後、2区選対事務所などに顔を出した後、江田さんとともに15時過ぎの新幹線に乗り、上京。
車中、山口2区の平岡秀夫代議士とバッタリ。

19時、同僚議員らと参院選の報告、慰労など。
その後、同期の代議士と会食。


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2004/7/12-18

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