| 2008年<春> インターン日記 | インターン目次 / 津村啓介ホーム |
目次
前書き
漠然とイメージしていた政治、政治家、国会議員、そしてあるべき日本・・・
将来を担う若い力である学生達が、国会事務所や岡山事務所で行った実際の政治体験を通じて、それら一つ一つと深く向き合い考える毎日。そのようなインターン生たちの熱い想いがいっぱいの日々をご覧下さい。
メンバー紹介
文責:斉藤
◆小山 晋生 立命館大学一回生
とてもフランクな好青年。一方で仕事に実直で礼儀正しく、ポスター活動・署名活動・わからない仕事にもどんどん挑戦して、日々スキルを高めていった努力家です。
政治に造詣が深いのはもちろん、音楽・映画・小説と日本史に詳しく、カルチャーマスターでもあるフレキシブルさが魅力!
◆徳地 宜子 東京大学二回生
幹線道路沿いにポスター・ロードを築く強者。気付いたことをどんどん提案・実行して進化を試みる彼女の積極さと気概に感化されたのは一人や二人ではないはず!
積極的なだけでなく、寸劇を軽快にこなすエンターテイナーでもあるし、人との出会い・会話の一つ一つを大切にする「一期一会」の精神の持ち主でもあります。
この人には大物の片鱗を感じずにはいられません。
◆西田 愛 関西大学一回生
街頭での行動力で右に出る者はいない、声掛けのエキスパート。人の流れと様子の観察・街路の形状の把握・横断歩道と信号の使い方・・・チャンスは逃しません。
それ以外のインターン活動の中でも、見逃しやすい点・非効率な点をズバリ指摘して周囲の人々の視野を広げてくれる、気づきのプロでもあります。
◆新免 祥太 大阪大学一回生
「地に足がついている」男。笑顔を絶やさない一方で、冷静さを失うこともない。この人の与える安心感は生まれ持っての人柄がなせるワザでしょう!仕事も着実にこなし、インターン生全般のケアまで目が行き届く、万能サポーター。
「ぜひ仕事のパートナーになってもらいたい」と感じること請け合いです。
◆市川 麻由子 立命館大学一回生
一人で岡山入りして仕事を把握し、後から岡山入りしたインターン生を導いた頼もしい先輩。ポスター貼りのスキル、仕事を割り振る判断の速さはもはや職人。
納得できるまで小さな体を走り回らせ、仕事を完成させるその熱意には、ツムジムインターン活動への誇りが感じられました。
常に全力投球。妥協一切無し。この人は見まごうことなく、8期インターンのリーダーです。
インターン日記
小向 3月26日「映画『明日への遺言』
こんにちは。インターンの小向です。さて、津村さんが「ひとこと」に書いていましたが、私は映画をご一緒する機会が度々あります。今回は沖田さんも一緒に出かけてきました。藤田まこと主演「明日への遺言」です。
戦後、米軍搭乗員処刑の罪でB級戦犯として裁かれた岡田資中将の物語です。映画は法廷での場面が大部分で、岡田中将が部下を守るため全責任を背負い法廷で戦っていきます。男気があって法廷でも堂々と戦う姿は、日本の武将という印象を強く受けました。
観客の平均年齢は70歳くらい、私が最年少(21歳です)だったのではないかと思います。戦争を全く知らない世代として、過去の戦争の歴史を学び、これからの社会を担っていかなければいけないという思いを強くしました。
津村さんは歴史の勉強を熱心にされています。岡田中将のような素晴らしい指導者が過去には多くいたのではないでしょうか。歴史の勉強はそのような人物から学ぶための部分もあるのではないかと今回の映画を観ての推測・・・。
とても素晴らしい映画ですので、HPをご覧のみなさんも是非、お出かけ下さい。徳地宜子 2月22日「よしこの奮闘記〜初日!」
慣れないスーツに身を包み、いつもは乗らないメトロで迷い、期待と不安を抱きながら降りた駅は永田町。そこにはニュースと本と大人の口からしか知らない政治の世界がある。その非日常性が少しの間でも、ちょっとでも私の日常になる。そんな思いが私を今回のインターンに向かわせた。覚えること、考えるべきものがいっきに増えてしまった一日だった。
傍聴させてもらった安全保障委員会では、イージス艦事故について野党が政府に質問を浴びせていた。主な指摘は管理体制と政府の意識の問題。なぜ情報伝達が遅いのか、なぜ報告をためらう空気が出来ているのか、なぜ大臣の車も接触事故を起こしてしまったのか、それは今回の事故につながる大臣自身の心とも関係あるのではないか。様々な面からの非難と質問によって政府の、そして大臣の責任は追及されていた。私はある種の感動を覚えた。こうして野党は政府の動きを監視し、政府はそれによって国民に責任を持った政治をしようとしているのだと実感した。
まだ感動が実感とならないまま、お昼になってしまった。
午後は管理名簿の入力をした。毎年送って送られてくる年賀状は数千枚。先生の大事なコネクションである。事務作業は単純なものも多いし、先生が実際事務所におられる時間もそう多くない。でも実際の政治とはこういうものではないのだろうか。派手な国会での審議だけが政治ではない。それらは地味で膨大な事務作業と黙々と議員達の要求に応える秘書や調査室などによって支えられている。永田町を出て、スーツを脱ぐと、政治家達もそこら辺のおじさんと変わらないのかもしれない。もちろん、政策についていつでも思いを廻らせていなければならないし、政治についての知識や見解もそこら辺のおじさんと同じ位では国民も困る。でも、このような日常の中にこそ、国民と変わらない彼らがいるからこそ、すこしでもいい政治に、いい日本に近づける。そんな気がした。
意識の飛躍の予感がするそんなインターン初日だった。徳地宜子 2月25日「よしこの奮闘記〜2日目!」
今日はインターン二日目。今日は着いたらすぐに掃除機をかけ、その後先週終わらなかった管理名簿の入力を続けた。明日は先生が安全保障委員会で質問をする番だ。今日で質問などを用意し先方に伝えなければならない。代議士は週末を地元岡山で過ごすので、午後三時過ぎに事務所に来るとのこと。忙しい緊張感ある午後を過ごしそうな予感。DEVIL WEARS PRADAを見たことがある人はその気持ちがわかる、かな(笑)?
お昼は議員食堂で豪華にうな重。値段の割にはすごいおいしかったような気がしなくもないが、ただ議員食堂の雰囲気に圧倒されていたのかもしれない。国会に来る機会がある人は是非議員食堂で。よしこちゃんのお勧めです。レトロな高級感が、カーッ、たまらん!
午後は、まず入力を終わらせた。秘書の西村さんが用事で外出していた間、事務所はなんと、よしこひとり。ただならぬ責任を肩に感じた長くて短い20分間だった。(誰だよ、誰もオマエに期待してないから責任感じなくていいとか、いらんツッコミしやがったのは?!笑)そのただならぬ20分で特筆すべきことは、実際何も起こらなかったが、私としては電話を一つ受け、来客に今誰も居ませんと言ったことは飛び上がるほどビッグなことだった。そして電話での用件を秘書さんが折り返さないほどわかりやすくメモを取れなかったことに密かに悔しく思った。
代議士は4時過ぎに事務所に戻って、そこから代議士の質問の準備が本格的に始まった。電話でとりよせるよう指示された資料に眼を通しながら、奥の部屋から追加資料の注文がくる。秘書の西村さんがそれに応えるのを手伝いながら、時間は過ぎていき、気付けばもう7時。代議士が指定した、関係省庁の方々が明日の質問を聞きに来る時間だ。このプロセスによって委員会での答弁がよりスムーズにそして有意義になる。来客にお茶を出すのもインターンの仕事。しかし、まだ社会に出てない私にとって、それは何よりも…というわけではないが(笑)、の難題だ。三回に分かれてきたお客さんに出すお茶は三回。練習を重ねればうまくなるはずと、今振り返っては思うけど、その時は、そんなの関係ねえ(笑)、であって、エレガントに、女らしく出せなかった自分に今はただただ腹ただしい。秘書の西村さんのような女の魅力漂う女になりたいなあ、と思ったりした。
明日はいよいよ代議士の質問。それを手伝うために私も一時間早めの出勤。起きられるか正直不安だけど(そこかよっ!)、頑張ります!よしこのインターン奮闘記、まだまだ続きます。乞うご期待。徳地宜子 2月26日「よしこの奮闘記〜3日目!」
今日は8時に議員会館へ。テストの日より早起きしてしまった。我ながら偉いよ。拍手拍手(笑)。着いて早速昨日代議士が昨日レク(委員会の事前打ち合わせのようなもの。正直何の略かわかっていません 笑、後で秘書の西村さんに聞きます。まさか日本語だったりして 汗)で相手側に伝えた質問とそれらによって各省庁が起こした代議士の質問のファックスをパソコンに打ち込み、パワーアップバージョンを作成。九時には出来ていてほしいと前日言われたのにもかかわらず、よしこの指は思うように動いてくれません。小学校の頃父に強制されたスピードタイピングの練習をこくごとくサボっていた記憶がよみがえる。パパ、きみの言ってたことは間違ってなかったんだね 涙。
結局出来たのは九時半で大幅に遅れてしまったのもの、出来はまあそれなりに満足いくもの?分かりやすさと美しさを目指してみました(笑)!それからは代議士が出る安全保障委員会の中継をネットから見て、重複している質問がないかチェック。微妙に被っていたりでもしたら、それを発見したのは私だ!というワクワク感と、重複してしまったんだあ、ツムちゃん(こう呼んでるの、代議士には内緒ですよ〜)かわいそう、という複雑な気持ちが折り重なって一瞬だけ、パフェを食べたような、変な物質が頭の中を充満する感じがした。その後は代議士が向かった安全保障委員会へ他の二人のインターン生とGO!
委員会では、野党がイージス艦の衝突事故について石破防衛大臣の責任と防衛省の隠蔽体質について様々な面からの質問によって明らかにしていた。まだ前発言者の質問意図が完全に分からないうちに(私だけ?!)、時間になってしまい、津村さんの質問する番になった。代議士が実際重要な場面で発言するのを生で見たのは初めてで、こんなすごい人の下でインターンしているんだ、よしこは、と改めて思った。代議士の問いに石破防衛大臣は、イージス艦の艦長を近い将来更迭するだろうことをみとめた。さーすが、我らがツムちゃん!かっこいい〜!よしこちゃん興奮!
そしてお昼に。お昼はもう一人のインターン生の斉藤君(もう一人の間瀬君は用事があってお昼に帰ってしまいました。)と、な、なんと代議士といっしょに代議士行き着けの蕎麦屋へ。しかもおいしくて、やすくて、超ラッキー(代議士がおごってくれました 笑)。しかも代議士先生なんと二杯も食べたし!頭脳労働は糖分を使うのか、と妙に納得した。
午後は明日あるかもしれない予算委員会での代議士が質問する予定だった国会改革についてお勉強。そして気づけばもう4時。調査室の方たちが来て国会改革について持っている資料の解説などをしてくれた。調査室とは各院についている様々な資料を管理している部門で、議員の要望によって、審議などで役立てる必要な資料を集めるのが役目だ。その調査室の方々と代議士の話の内容をメモに取って、お勉強に役立たせる。そしてあっという間に6時になってしまった。7時に友達と新宿で会い、パフェを食べ、今日三度目のアドレナリン大放出でした 笑。
PS。ちなみに西村さんいわく、レクはレクチャー。かな?レクリエーションなわけないし。まあとにかく奥の部屋で大事そうな話をしているのがそうらしいです(笑)。意外にお茶目な国会議員秘書でした(笑)徳地宜子 2月27日「よしこの奮闘記〜4日目!」
今日は九時に事務所について、来る途中で西村さんに言われて購入した四紙をチェック。代議士が載っている記事を見つけるのが今日最初の任務。そしたら、なんと朝日新聞の社会面と読売新聞の一面に名前つきで書かれた記事を発見。ツムちゃんやるじゃーん(笑)。ちょっと雑用をこなしているうちに十時になり、代議士が出ている中国四国ブロック会議を傍聴しに。会議というより勉強会というもので、お題は道路財源などについて。ここは東大生の意地を見せてやろうと躍起になっていましたが、結局すっかりわからないまま会議が終わってしまい、春の課題がまたひとつ増えてしまった。しくしく。
その次はダボス会議関連の会議を傍聴しに。主な内容は、ダボスで日本の存在感の一層の増大を色んな方法で目指しましょう、でした。津村さんがこの会議に参加したのには実は訳が。。。ツムちゃん実はなんとダボス会議の世界経済フォーラムのヤンググローバルリーダーに選ばれたのでした。これはかなりすごいことらしいです(笑)(詳しくはホームページで検索してみそ。私も検索しました 笑)。とにかく、その会議には大勢の記者さんがいました。それもそのはず、その会議にはテレビでよく見る大物議員が大勢いました。猪口邦子先生や小池百合子先生(まず女性をあげたのは今の時代レデイースファーストだから、と言いたいところですが、本当は彼女達の服装が男性議員と比べて目立つから、色んな意味で 笑)、そして鳩山由紀夫先生などがいました。そして、そこには竹中平蔵先生(違う意味で 笑)も(まあ慶應生からしたら珍しくもなんともないかもしれないですけど)。そして、ある議員さんが途中で会議を抜けるたんびに、記者の誰かが腰を屈めながらドアに向かってダッシュし、なんとか抜ける議員さんからコメントを頂こうかとしていました。いやあ、どの世界の楽じゃないなあとマジ感じたよ。
お昼の後は今週火曜日に開かれた安全保障委員会で、代議士が質問した際に使った資料などのファイリングをした。量がものすごく多くて、厚さは優に10センチを超えていた。ファイリングに疲れたというより、それを運ぶのに疲れた。でも一環境保全提唱者を自認している私としては、政治とはなんて環境に悪いんだろう、というそのひとつしか頭になかった。今日二つの会議を聞きに行って思ったことでもある。必要性は、確かにある。でも果たしてこれだけのゴミを出すことが必要最小限かというと、私はそうは思わない。私がファイルしたものは貴重な資料である。そして、例えば、会議で議員に出されるお茶は、色んな意味で必要だ。マナーとして、尊敬の念として必要であるだけでなく、議論するうちに喉が渇くのは極自然のことだからだ。しかし、それがすべてペットボトルや缶飲料である必然性は私には見えない。使い捨てじゃないコップでは出せないのか。もちろん、毎日星の数ほど開かれる大小会議すべてにおいて、それを貫徹するのは難しい、しかし、それは同時に毎日それだけの不必要なゴミ(私は、ゴミは必要ゴミと不必要ゴミとに分けています、詳しくはインターンしにきたら語ります 笑)を国会が排出していることではないのか。国会とは立法府である。それは、国会が設定しているルールに国民が従うという意味だ。その国会がいくら国民に環境保全を唱えたところで、自らが出来ていなければ、わたしはその定めたルールには説得力に欠けることになると思う。この国会運営においてのゴミの多さはただ単にゴミが多いという事実ではない。この事実は同時に国会のものを大切にしないメンタリテイーを示しているのではないか。そしてこの無駄を忌み嫌わない側面は様々な面、つまりは政策にも現れているのではないかと思う。すいません。素人の妄想モードに入ってしまいました(笑)。
めちゃめちゃずれてしまいましたが、ファイリング一つをとっても考えさせられる国会インターンです(←強引にまとめた 笑)。以上、今日のよしこの日記、ちょっと真面目に書いてみました。徳地宜子 2月28日「よしこの奮闘記〜5日目!」
今日は民主党の外務防衛部会を8時から傍聴するはずが、腹痛でトイレに籠ることに。Oh my dear god!! こんな大事な時に!ということで九時半に事務所到着。ついたらまずは掃除。掃除とは生活の基本だからだ。とかちょっとかっこいいことを言ってみる(笑)。そして、秘書の西村さんと代議士が「国のかたち研究会」というちょっとネーミングセンスを疑わせる(笑)菅直人先生主催の重要な会議に出ている間私は事務所でひとり留守番をした。自分で言うのもなんだが、わたくし電話対応かなりうまくなりましたわよん(笑)。そして一時半から予算委員会の傍聴をしに。民主党が福田総理や国土交通大臣などを相手に質疑を。民主党側の質問者も元民主党代表の岡田克也先生と、ワイドショー的に言うと、チョー豪華キャスト!BUT残念ながら、眼鏡を忘れてしまった私は福田総理の皺までは見えず(笑)。戻ってきたら4時で、ちょっと雑用をしているうちに5時、今度は宇宙基本法PT(project team)の会議の傍聴に。今日は時間があまりなかったので、日記は短めで勘弁。徳地宜子 3月 3日「よしこの奮闘記〜6日目!」
週末を挟んで6日目のインターン突入。週末私は全国200人が参加するサークル関連の合宿に。なんでこの女はこんな関係のない話をしているのだ?!と疑問を思っている方もいるかと思うが、あと少しでその理由が明らかに!
と、まあ、二泊三日の合宿に行ったわけですよ、ウキウキと。しかし、よしこちゃんには実は極秘任務が!実は合宿前のインターン中に事務所から今民主党が実現しようとしている道路特定財源の改革についての賛成の署名を集めてくれと要請が。しかし、事務所に頼まれたとは言え、信念をもって行動すべきなのには変わらず(ちょっとクサイけど、人生に一度は言ってみたかったセリフを言ってみた 笑)、自分が信じていることと違うことの署名は集められん!と思い、木曜日に代議士に5分余り時間をもらって説得してもらった。
私は一般財源化には賛成だったが、減税には賛成していなかった。環境の観点から、減税するとガソリン需要が高まり、環境悪化につながると思っていたからだ。代議士にはこの話は真正面から聞かなかったが、津村さんの話の中で自分を説得できる材料がないかを懸命に探した。結論から言わせてもらうと、あることはあったが、それが私にはそもそも理解できないことだった。なぜなら、それは、ガソリンを実際に日々の生活に必要とし、その消費が、パンとご飯の様に価格にも容易に左右されない地方の人々の苦しみだったからだ。原油高で本当に苦しむひとがいる。理屈ではわかる。しかし、都会にしか住んだことがなく、親の保護の下でヌクヌクと育ち、大学に入ってもバイトをせず仕送りに頼っている私にとって、それは理解できても実感としてあるものではなかった。しかしながら、ここで私はどちらかを選ばなければならなかった。そして、私は署名を集めることを選んだ。それは、たとえ環境のためといえども、目の前にいる人々の苦しみがなくなる以上に環境が重要かといったら、そうだとは誰もいえないし、実感がないことだけでそれらの人々の声を自分の中に取り入れないのはおかしいと思ったからだ。葛藤はまだまだあったし、今でもある。もちろん、私の署名集めで何かが変わると思ってはいない。でも、たとえ何も変わらなかったとしても、私は将来、自分の嘗て選んでしまったスタンスについて後悔するかもしれない。それでもいま現在迷いつつも一つの立場に立った自分がいることに意味があるのだと思った。
今日は朝岡山行きのチケットを取りにいったので、2時半に遅めの出勤。日記を書いたり雑用をしている内に、3時半に。秘書の西村さんが申し込んでおいてくれた国会見学をしに。9.11テロ以来、衆議院の国会見学は議員の紹介がなければできないことになった。参議院は一般からの見学申し込みをも受け付けているが、その違いがどこから来るのかは正直わからん!国会見学は衆議院の衛視さんが案内してくれる。歴史とか天皇陛下の御部屋とかも見せてくれた。いろんな意味で心躍らされた経験だった。今回の見学で驚いたことの一つに、参議院と衆議院がこれでもか、というくらい分かれていること、があった。参議院と衆議院の衛視さんまでもが、違う議長下ということで、隣同士にいるまったく違う会社のように、行動範囲も違えば、交流もないという。一般人からすれば一緒にやったほうが効率いいんじゃない?!という気がしなくもないが、そこは素人にはわからない深〜い理由があるのかもしれない。
事務所に戻ってからは日記をかいたりして、今日のインターンを終えた。徳地宜子 3月 4日「よしこの奮闘記〜7日目!」
今日は八時から民主党の外務防衛部門会議を傍聴しに。インターン生が傍聴に遅れて入るわけにはいかない、だから絶対遅刻するなと、言われていた。しかし、愚かにも寝坊してしまった私は遅刻しないために、やむを得ず高田馬場からタクシーに。ぎりぎりセーフ。寝坊の代価は3000円。夜友達と食べたお寿司が1500円だったのを考えると、二度と寝坊しないことを誓わざるを得ない朝だった。傍聴を終え、事務所に戻り、インターン日記をポチポチと書きながら、傍聴した外務防衛部門会議の内容をレジュメに。全部の内容を書き留める自信がなかったので、丁度マスコミに対して公開していた会議だったこともあり、私も内容を録音して後のレジュメ起こしに役立てようとした。しかし、一時間半にも及ぶ会議を聞きながら、テープ起こしではないが、それに近いことをするのはかなり時間がかかることに遅すぎる時に気がついた。なぜなら、テープがあると知っていると、どうも手が休みがちになり、ノートをほとんど取らなかったからだ。結局、今日はほぼレジュメ起こしで終わった。もっと方法を工夫せねば。が今日の課題となった。徳地宜子 3月 5日「よしこの奮闘記〜8日目!」
今朝は昨日の固い誓いをよそに、またまた寝坊。メールで西村さんに事務所に遅れる旨をつたえ、お詫びした。同じことが二度と起こらないように、今度こそ、と本気で思った(昨日も本気だったけど)。
ついたらまずは掃除をし、いざ何日間もできずに放置した国会改革のファイリングをするぞ!という時に、西村さんの携帯に代議士が具合悪いとの知らせが。ということで、薬と軽食を私が赤坂議員宿舎に届けに。赤坂宿舎は事務所のある衆議院第二会館から歩ける距離にあって、薬は会館内で買ったものを持参し、途中で通るコンビニで軽食を買って向かった。よしこさんは地図が読めない上に方向音痴だから(意味が同じとか言わない! 笑)、ちょっとでも迷いそうになったら、交通整理のおじさんに道を聞いたりして、無事到着。赤坂宿舎に対する感想は。。。そうですねえ。高級とか贅沢っていうよりは、静かで清潔?!かな。はい。西村さんから預かったカードでロビーに入り、エレベータで20階へ。そして、ものを届けて帰路に。思い返せば、なんともない経験だったが、非日常の中の非日常(詳しくはよしこの奮闘記〜@を参照 笑)だったのかなあと、ぼんやり思ったりもした。
事務所に戻り、ファイリングをしたりして、お昼になり、カレーのデリバリーを西村さんと二人で頼んだ。明日が国会インターン最終日ということもあったのか、西村さんマトンカレーをご馳走してくれました。今朝遅刻したのに、ありがとうございます(涙)。カレーを食べているとき、国会の前で福田総理への手紙を持ってピストル自殺したひとのニュースを見て、陳情じゃだめだったのかな、と改めて人間が理解しあう難しさを感じた。
午後はファイリングの続きをし、支持者に発送しているプレス民主に帯と住所をつけた。代議士が午後事務所に来てからは名簿の入力をしたりして、五時半に代議士の新幹線のチケットを取ったり、郵便局にいくためにでかけたのを除いては割と静かな午後だった。徳地宜子 3月23日
国会インターンを終え、今度は代議士の選挙区の岡山二区でのインターンが始まった。
3月14日に開かれる富山公民館(事務所がある地域の公民館。言ってみれば、地元のさらに地元)での国政報告会の準備の一環として富山学区の全部のお宅を訪問し、国政報告書というパンフレットを渡し、集会に住民を誘い、ポスターをお宅の外壁などに貼れないかを聞くと言う作業をよしことほかの3人のインターンと秘書の山田さん、鈴木さん、と石川さんが担当した。といっても私は他のインターンに比べて一週間遅れの岡山入りだったので、実際は担当したというよりは、全戸訪問班に加わった、と言うべきかも知れないが(笑)。
全戸訪問にビビリまくったインターン生は多いと聞いたが、そこら辺の螺子が一本も二本も足りない私は、全く知らない人の家のピンポーンを押すのに全くと言っていいほど抵抗が無かった。二三日の全戸訪問で私は色んな人に会い、色んな話を聞き、色んな人生を垣間見た。 小学生からなにかを学んだこともあったし、ドラマさながらの涙人生を語ってくれたおばさんもいたし、自分が趣味で取った春の写真をサイン入りでくれたおじいちゃんもいた。思うもの、考えるもの、大事にしまっておきたいものが一杯あった。大事すぎて、ここで公にしてはならないとまで思ってしまった。
自治体関係者向けの政策勉強会にも参加させてもらい、逢坂誠二先生による今話題のガソリンについての説明も聞いた。逢坂先生の話は本当に上手く、具体例と比喩を交えて語ってくれた。逢坂先生の情熱に圧倒され、自治体関係者もほとんどが説得され、納得して帰っていった。私もガソリン税改革についてなんだか晴れ渡った気持ちになれた。硬直した国会審議が続く中、政治の本当のあり方を見た気がした。
また、暫定税率廃止の署名集めの際に街頭でマイクを握らせてもらったりしたこともあり、ぎこちない自分の日本語がほんのひと時岡山の街中に大音響で流れたりもした。途中で詰まったりして、赤信号待ちの人々の表情がふっと笑みを帯びるのを私は見逃さなかった。これを毎週毎週やっている津村さん、全ての政治家、政治活動家のすごさを我の身を通して改めて感じた。
他にも色々いい経験をさせてもらったし、代議士及び秘書等と食事し、喋る機会も一杯あって、大学生にはもったいない岡山合宿だった。斉藤純 2月 6日「今日が初日!」
本日よりインターンとして入らせていただくことになった斉藤です。
初日のメニュー
1.午前:部屋の清掃と名簿の整理。
2.昼:国会周辺の地理を覚えつつ食事。
3.午後:再び名簿整理。
本日の仕事の中心は「郵便物整理と名簿の管理」=「事務」という、いわば「仕事の核」を体験することになりました。
・・・さっそくおもしろい!
「仕事では人とのつながりが一番大事なこと」という言葉はよく耳にしますが、こうして議員事務所で郵便物の整理のお仕事をしていると、それが身にしみてよく分かります。
封筒やはがきに刻まれたさまざまな差出人の方、その方の肩書き、聞きなれない住所・・・この日本には、首都圏出身の自分がまだ知らない場所が山ほどある。そして、この日本全体から、集約された人々の「声」がこの町にやってきて、様々な立場の方々をそれぞれ支えている。もちろん、それがぶつかり合う場所でもあるわけです。
その調整をする、国家の中心。永田町。
・・・全国から矢印が飛んでくるような、そんなイメージを頭に浮かべているうちに正午になりました。
売店や郵便局の位置を確認するために食事へ・・・
実は、議員会館からは、地下通路を通って議事堂までいけるのです!!
朝自分の歩いてきた道路の下にこんな空間があったなんて・・・!議員会館同士を、そして会館と国会とをつないでいる。ここを行ったり来たりするのは、きっと国に対して何らかの使命をもって行動している人々ばかりなのでしょう。
・・・つまるところ自分の足で歩くことが大事なのか、と妙に納得することができました。
国会議員の仕事を支える仕事。その一端に触れて、何か政治の本質的な部分に触れることが出来たような気がした一日でした!
いよいよ次回からは部会を見学させていただくことになります!
政策の決まる過程そのものを垣間見られるチャンス。学生冥利に尽きます^^
がんばりますので、これからどうぞよろしくお願い申し上げます♪斉藤純 2月19日 「道路〜みちみち〜」
今回は、国会の活動を間近で見られるチャンスのほかに、貴重な経験をすることができました! 今日は運よく、東国原知事と菅代表代行が参加する討論会を傍聴することができたんです。そして、午後からは国会で本会議を傍聴させていただきました!
そこで行われていた議論は・・・・
道路。
そう、道路について深く考えさせられる1日だったわけです。
「暫定税率の廃止問題」「道路特定財源の一般財源化問題」という、政治的な言葉でいっぱいだった討論会。
でも、あることに気づきました。
・・・・・道路を大事に思ってない人なんかいない。
議論を闘わせる全ての方の思いに共通するのは、「道路の大切さ」。
災害時の重要性、救急車のルート、産業誘致・観光・地域活性化の前提・・・
色んな立場。でも私にはそれが、道路の大事さを色んな言葉で表現して、議論の相手を説得しようとするから討論になっているだけで、底辺を流れるものは同じ、という感じがしました。そしてその闘いは、道路が何ゆえにインフラなのか、という当たり前のことを改めて考えなおすチャンスになりました。
確かに、道路は全ての基本になる。
何より、町の輪郭を最初に作り出す役割。某都市づくりゲームで最初にやることは、発電所を立てることと道路で土地を区切ること。それに沿って妄想していました。
そもそも都市は、港町を除けば街道沿いに出来るもの。もしくは道と道が交差するところに出来るもの。道と道がつながるところに出来るものでもあるかもしれません。
そして、都市に必要なものを確保する役割もある。交通はもちろんのこと、他にもたくさん。例えば、密集する建造物を区切る防火帯としての役割、地下鉄のルートや水道・電気などの、地下インフラのプラットフォームとしての役割・・・
インフラがインフラのインフラになる。
なんだかおもしろい(笑)
そして、人の住むところ、街と街とをつなぐ役割。
つないだなら、それをもっと早くつなげる役割が道路にはある。
電車や飛行機は次元の違う話だと思う。電車や飛行機は個人で買えないから。
インフラ中のインフラ。道路。道。路。みち。
人々の望むところに、必要な分だけ道が伸びる。余力があればもっと便利にする。それに必要な分だけ人々からお金を集めて伸ばされる。
そのために、政治の場で毎日討論が行われ、よりよい整備が追及されている。
大事な、でも議論すること自体が不思議なほど基本的なもの。
それが道路。
「インフラ」というカタカナが単なる和製英語を超えた、不思議な響きとなって私の頭の中でぐるぐるまわる、そんな1日でした。
後書き
東京や岡山で様々な経験をした若い力たち。そこから感じたこと、得たことは人それぞれ。でも、全ての若者が確かに感じたことは『出会い』の大切さ。全ての気付き、成長はあらゆる『出会い』から始まる。今、成長への片道切符を手にした若い力の未来に、ご期待ください。
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