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今日、津村代議士は、安保委員会と決算行政監視委員会第一分科会の二つ場で、午前・午後に質疑を行います。準備研究・資料検討・省庁説明などそれぞれあり、多忙に輪をかけることになりますが、そこは若さでカバーするしかありません。
というわけで、外務・防衛合同部門会議に代理出席いたしました。本日の外務省報告とそれへの質疑の内容は、ここ数週間週末毎に話題提供してきた「反日運動」を素材とした日中外相・日中首脳会談についてでした。
一言で言えば、相変わらずの「先送り」でした。「言葉でなく行動を見守る」と言われ、「適切に処理」と答えたようです。また、審議官はさかんに「日中間の問題は靖国だけではない」「日中間の懸案は靖国参拝・歴史教科書・台湾関係・石油ガス資源採掘だけではない」と語られました。しかし、中心問題の重さを薄めるために「いくつかの問題のひとつにすぎない」といったところで、不信感が薄まるわけではないでしょう。
破壊的な違法行為についての「謝罪と賠償」の方も「逮捕」や関連会社による「修理」が進んでいる、という無言の関係です。「日中友好の重要性」の確認だけに終わり、解決の方向も示されず、事態の悪化を避けただけの印象でした。
アジア・アフリカの連帯のためには、日中韓の連携がどうしても必要です。それはアジア・アフリカのエンジンだからです。連携とは支配や屈服ではなく、可能な範囲での明確な一致です。援助倍増を唱えるのはよいですが、多様性の統合という世紀の実験をはじめる日本外交が、これでいいのでしょうか?「将に将たらずして」全軍のリードできません。思想・制度を異にするものを束ねられないなら、外交などといわず2、3の国だけでサークルを作るしかないでしょう。
最後にひとこと、それまで毎年靖国参拝をされた昭和天皇は、1978年のA級戦犯合祀以降は一度も靖国には参拝されませんでした、もちろん今上天皇も。「戦犯合祀の靖国参拝」を軽く取り扱うのは、政治家としてどうなのか、主観だけで行動する総理でいいのか、疑問に思います。
3月31日で現行の合併特例法の期限が切れたせいか、最近、全国あちこちで、合併のニュースや、それにともなう市長選・市議選のニュースを耳にします。
岡山でも31日ぎりぎりに新しい新見市、真庭市、美作市が誕生し、20市町村が3市に集約されました。これで、岡山県内の市町村数は34(14市20町村)となり、昨年9月末以前(78市町村)の半数以下となっています。
次々と小さな町の名前が消え、「新生○○市誕生」ということを聞くたび、特例公債という名の借金は出来るし、役場や市役所が統一されて一見効率よくなったように思えるのですが、はたして良いことづくめなのかな、と疑問を持ってしまいます。
先日の地方分権についてヒアリングをした神野直彦先生は、地方合併についてこんなことをお話されました。
「合併を家族にたとえていうなら、テレビ1台を2〜3家族で共有するようなものだ。確かに、1家族1台テレビを備えることを考えると、2〜3家族で1台のほうが、コスト的には効率がよい。しかし、ニーズが多様化するのに1台しかないと、何が起きるか。チャンネル権の争奪戦が起きる。そこでは弱者が切り捨てられていく。合併というのは、家族の延長線上で行われるべきものだ。なぜなら、個人ができないことを家族が、家族ができないことをコミュニティが、コミュニティができないことを地方自治体が、地方自治体ができないことを国がサポートする、という考えに立たなければいけないからだ。その中には、企業は登場しない。企業は利益のみを追求する団体だから。」と。
こうした先生の考え方は、ヨーロッパではすでに取り入れられているし、基礎になっている考え方です。フランスの憲法では2003年の改正時に第1条で国家組織を「地方分権的とする」とうたっているのです。このような地方分権的な考えの積み上げの中で、EUという連合体の概念もうまれているのです。
地方分権という概念なしに、効率のみを追って合併がすすめられていくことには、危惧を感じます。憲法の見直し、ということもささやかれていますが、私たちが家族を大事にし、地域の人々を大事にし、その延長上で隣国の人たちと共感と尊敬をもってお付き合いができるような、そんな理念を持って見直されていくといいな、と思いました。
先日(4・19)、議員の代表質問を傍聴するべく、国会議事堂へと出かけてまいりました。
皆様既にご存知かとは思いますが、新人議員としては、異例の二度目の代表質問!!!
気合を入れて、秘書ほぼ全員での応援です。私自身も、前日から楽しみ!!結局前夜はなかなか眠れず、当日は若干の寝坊・・・出発3分前に、飛行機に飛び乗るというバタバタ劇となりました・・・。
無事、東京事務所に到着し、いよいよ本会議場へ。会議はスタートしていますが、「あれっ?」会議始まってますよね?と確認したくなるほどの雰囲気。とてもにぎやかでした。
会議開始から、一時間以上・・・。そこへ、目の覚める大きな声!!!いよいよ津村啓介の出番です。にぎやかだった場内も、いつの間にか驚くほど静まり返り、質問終了後には、ひときわ大きな拍手が鳴り響いていました。皆さんも是非一度、衆議院TV(http://www.shugiintv.go.jp/jp/)をご覧ください。
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その後も、議員はハードスケジュール。そんな中でも、応援にかけつけてくれたインターン生との交流の時間も、とても大切にされていました。
津村事務所に入って三週間、まだまだこれから知ることも、多いでしょうが議員の人柄等々、発見の多い貴重な東京日程となりました。
臓器移植法の改正案が来月国会に提出されるという記事を新聞で見ました。
この臓器移植法は1997年に成立されたものですが、実態にあまり即していないという観点からこの度の法改正という事になったものです。以前に比べ、かなり改正されているという印象を受けました。
今、私は、行き過ぎた医療行為の行われない事、脳死に関するインフォームド・コンセントが充分行われる事に思いを馳せています・・・。
4月19日、議員の代表質問を傍聴しに東京へ出かけた。
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その際、学生時代にお世話になっていた、奈良県2区選出の衆議院議員中村哲治さんの事務所へ伺った。以前政策担当秘書をされていた橋本博明さんは現在は広島県3区の候補者になって今も活動されている。中村さんと直接お会いしたのは1年ぶりで、ごくたまに電話で話はするのだが、「津村君の質問良かったよ、堂々としていた。津村事務所はポスター貼りで有名だけど、今度また教えてよ。大変だろうけど頑張ってな。」などゆっくりとした関西弁でとても懐かしかった。
短い時間だったが、お世話になった中村さんと秘書の方ともお会いでき、有意義な時間が過ごせた。ありがとうございました。
次の日はちょうど休みだったので田中秘書と東京観光(デート?)をして帰った。
日曜日の夜、事務局会議の最後に津村から「今回の本会議での代表質問は、今期の僕の最大の仕事になるだろうから、これる人は全員、東京に来て欲しい。往復の費用は僕が負担します」といわれました。
「やったー東京だー!」
という訳で、津村の勇姿を見るため、ほぼ全員の秘書で上京。
道中、田中秘書がお財布を忘れて田中邸に寄ったり、東京でモノレールを降りる駅を間違えたりとハプニングはあったものの、なんとか代議士会に間に合い傍聴できました。
東京との日程のやりとりで「代議士会」という単語には馴染みがありますが、実際に傍聴するのはこれが初めてです。マスコミの人たちが第4控え室の出入り口付近で真剣に耳を傾けていました。緊張感がみなぎる控え室。選挙の出陣式の緊張感に少し似ています。一人ずつ交代でのぞくと、ちょうど津村が本会議での質問に向けて決意表明をしているところでした。声しか聞こえず。
昨年の夏「戒告処分」時以来、2度目の本会議傍聴。壇上に上がられている人の声もよく聞こえず、、、中には席を立って、他の代議士とお話をしている方、春眠を満喫されている代議士も。雑然とした印象。
予定の14:05を少し遅れて、津村の代表質問。
「民主党無所属クラブ・津村啓介ですっっ!!!」
うとうとされていた代議士の目が開きました。どうも起こしてしまった模様。
マイクの通りがいいのか、地声が大きいのかはわかりませんが、街宣でも津村の声は大きくて有名。(「おはよう730」でも津村の番になると音量を下げるほど)
ライブドア問題に関連した証券取引法の質問を終えたところで、財務金融委員会傍聴のため、あわただしく退席。
初めて入る委員会室。衆議院TVでは、限られたところしか写りません。本会議場とはまた違った雰囲気。大きな肖像画が何枚も。そして、、、またまた春眠中の代議士発見。所要5分。
その後岡田代表の記者会見の司会進行役を津村がやるというので、急いで党本部へ行きましたがEV前でばったり。すでに終了してしまったそうです。残念!
議員食堂にて遅めの昼食後、議員会館で岡山―東京間の合同MT。普段電話で話してはいますが、ちゃんと顔を見て話す機会ことはほとんどありません。有意義な意見交換ができました。
最後に江田五月事務所、松本剛明事務所、阿久津幸彦事務所にご挨拶。「今日の津村君よかったね」とねぎらいのお言葉をかけていただきました。
岡山にいると、衆議院TVや代議士日記、新聞など間接的にしか津村の活躍をうかがい知ることができませんが、今回、直接この目で見ることができ、充実した一日となりました。
先日、岡山市・灘崎町・御津町の合併に伴う市議会議員増員選挙が行われ、灘崎町からは元助役の難波弘(なんばひろむ)候補が当選されました。
開票当日、代議士本人と地域担当の田中秘書とともに午後9時前に事務所に伺うと大勢の支持者の方が結果を待たれており、若干緊迫したムードの30分。遅れてTV局の方々や熊代代議士が来られると「勝ったんじゃないの??」とざわめきが広がり、ほどなく当選確実の報が入りました。バンザイを経て皆さんが三々五々帰られた後も、午前0時過ぎまで滞在し色々お話を伺ったところ、後援会の皆さん方も手作りの選挙で相当のご苦労をなされたご様子。本当におつかれさまでした。
難波新市議会議員はそのお人柄と経験で幅広い方々に支持をされてのご当選。合併に関して、時に住民の方から不安な声を未だに頂くことがありますが、地域のことを安心して任せられる方だと思います。是非頑張っていただきたいと思います。
最近ぽかぽかとあったかい日が続きます。満開だった桜もすっかり葉桜になってきてます。満開の桜の花びらがいっせいに散りゆくさまに、ある種の“美しさ”を感じるのは私が日本人だからでしょうか?でも“花より団子”といいます。お花見とはただ桜を見るだけでは成立しません。散りゆく桜をめでながら、それを肴に食べて飲んでそのついでに(笑)花の美しさを語り合う、これこそがお花見の醍醐味です。
先日、ある消防団のお花見に参加させていただきました。私がお花見の会場にたどり着いたときには、ちょうど全員で記念写真をとろうとしていたところでした。
「あっ、田中ちゃん、田中ちゃんだ。」「田中ちゃん、ちょうどいいところにきたよ」「ちょっと、ちょっと」と手招きをされ、カメラを渡されました。こんなときこそ、普段議員随行のとき様々なイベント会場で、あつかましくもしゃしゃりでてカメラをとりまくっている、私の腕の見せ所。。「皆さんもっとよってください!」とカメラマン気分で仕切りだし、「はい ポーズ!!」とニッコリ笑顔でシャッターを押したのです。。。
その後、もう宴も終わりに近づいていたにもかかわらず、私の席を設けてくださり、皆さんの中に入れてくださり、地域の事や、政治のこと、そして消防団の普段の活動の苦労など、さまざまな話しを聞かせてくださいました。私自身、地域の情報などまだまだ不勉強なところが多々ありますので、非常に興味深く勉強になりました。
消防団の皆さんさん本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします☆
一昨日19日は、代議士の本会議での代表質問傍聴に多くの方(計10名)が来訪され、その準備と同行であわただしくも充実した一日だった。
(午前中)
・前日から予約しておいた、他事務所の通行証をピックアップ。(計9個)
・国対にて、本会議傍聴券(公務員席8、一般2)をピックアップ。
(注・公務員席割り当ては、民主党で一事務所最大8とのこと。)
(12:30)
ご来訪の皆様が事務所に集合。
(12:40〜13:00)
第4控室で代議士会参観後、本会議場へ。
公務員席の人は、そのまま1階上がって、3階公務員席入口からそのまま中へ(通行証附帯)、一般席の人は、参観入口で通行証を預けてボディーチェックの上、中へ。
(13:10)
河田秘書と共に分館1階・委員部総務課へ。本会議散会後開催予定で、代議士出席の財務金融委員会(所要時間5分)傍聴券ピックアップ。
(注・当委員会の傍聴券は、13時から配布。)
(13:30)
再び本会議場へ。本会議傍聴。実は初めてである。色々な代議士がいて、面白い。発言の最中にも、後方で立ち話している人や退席する人や寝ている人もいる。何か全体的に、ざわめいている。補選や郵政の関係か、空席もちらほらある。
(14:05〜14:20)
いよいよ代議士の代表質問。力強い印象。
(14:30〜)
ご来訪の皆様と本会議を途中で抜けて、第一別館3階・分館委員会傍聴人受付へ。荷物を預けてボディーチェックし、分館へ移動。「所要時間5分」なので、少し焦る。
(14:55〜15:00)
分館3階第15委員室にて、財務金融委員会傍聴。何とか間に合った。席に座るとほどなく終了、本当に5分で終わった・・・。
(15:00〜15:20)
代議士の代表記者会見司会を見学しに、党本部へ。が、到着すると、一階入口でこちらにやってくる代議士の姿が!もう記者会見は終わってしまったとのこと、残念。
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(15:20〜16:10)
江田五月参議院議員と路上で偶然お会いし、ご来訪の皆様&代議士とご一緒に国会議事堂をバックに記念撮影。
その後ご来訪の皆様は、代議士と共に議員食堂へ。私は、いったん事務所に戻り、デスクワーク。
(16:10〜17:00)
事務所にて、代議士・岡山&東京スタッフで、ミーティング。私は、根木秘書以外は皆様初対面で、有意義な一時。
(17:00〜17:30)
岡山スタッフの参議院・江田五月事務所へのご挨拶に同行。江田秘書・高杉秘書と懇談。
(18:00)
事務所に戻り、退所。
こうして振り返ると、国会は本当に広く、又多くの人々が集っていると思う。そして、まだまだ知らないことがとても多い。今日のような日は、色々な経験が出来て大変貴重だ。又、日頃から細やかな情報収集をして、次の「今日のような日」に備えたい。
「根くらべ」と覚えた方も多いかと思いますが、ヨハネ・パウロ2世の死去に伴い、次期ローマ法王を決定するための会議「コンクラーベ」で新法王が誕生しました。
決まらなければ黒い煙、決まったら白い煙が煙突からあがる、と聞くと、古めかしいアナログなシステムだな、と思います。しかし外部からの接触を断つために、システィーナ礼拝堂では携帯電話の送受信が出来なかったり、会議の直前まで盗聴器がしかけられていないかチェックしたり・・・と密室を保持するためのハイテク技術が駆使されているようです。私は一度だけシスティーナ礼拝堂を訪れたことがありますが、あの壮大なミケランジェロの天井画「天地創造」や「最後の審判」と、ハイテク技術のとりあわせを思い浮かべると、なんだかそぐわなくておもしろく感じます。
新しく法王に選ばれたベネディクト16世は、ヨハネ・パウロ2世の側近だったということですから、平和外交のために尽力していただけるものと期待しています。
ところで、昨日は、東京大学の神野直彦教授から地方分権をテーマにヒアリングを行いました。その中で先生は、「『歴史の峠』には必ず法王が回勅(レールム・ノヴァルム)を出す」ということをお話になりました。
先生によると、先のヨハネ・パウロ2世は1991年に回勅を出され、副題を「社会主義の弊害と資本主義の幻想」とつけたそうです。この法王はポーランド出身で、祖国が社会主義から開放されたとたん、市場主義、競争主義になってしまった状況を嘆いて出されたものだそうです。それ以前は、ちょうど100年前の1981年にレオ13世が出され、副題は「資本主義の弊害と社会主義の幻想」というものだそうです。ウィーン株式市場が暴落し、倒産が相次ぎ、失業者であふれている時代でした。
ヨハネ・パウロ2世は、資本主義と社会主義を超えて、人間の尊厳と魂の自立を可能にするシステムが必要だ、ということを問うていらっしゃったのです。それを可能にするのは、今のような中央集権ではなく、地方分権が必要だ、と先生は話されました。地方に財源移譲し、自己決定権を持たせるシステムです。そのための具体的な案も提示されました。そのことによって行政は、教育・福祉・医療などの対人サービスを通して、その地域のニーズにあった事業をすればよい、というのです。
工業化社会から知識社会へと変化している現代では、インターネットなどを通して自ら動かなくてもコミュニケーションがとれる時代です。既存のコミュニティは崩壊したといわれていますが、新しい人間の絆を再生していくことが、行政に求められているというお話でした。
ヨハネ・パウロ2世は、多様性を認めつつ一致を目指した方でした。「空飛ぶ教皇」というニックネームにも象徴される様に、世界中を飛び回り平和と戦争反対を説き、民主化を支援し、他宗教との対話を積極的に行われました。現代は知識社会というハイテクな社会といわれますが、その中にあってアナログな対話を重視していくことの大事さを教えていただいたような気がします。
「ハイテクとアナログ」―このバランス感覚は当分、私の中の課題になりそうです。
今日は津村代議士の衆院本会議代表質問があり、また多数の関係者が傍聴に来てくださったので、13時からの「民主党経済外交PT」に 代理出席しました。今回はヒアリングではなく、「中間報告決定」ということなので重要だったからです。
「AU・アジア太平洋連合構想」−というのが提案であり結論でした。提案者のいうには、「ヨーロッパは同じだから連合でき」ましたが、「アジアは多様だからこそ連合する」のです。政治優先から経済統合のヨーロッパとちがい、経済優先から政治統合のアジアということのようでもあります。だから“オープンな経済外交戦略で地域の繁栄と平和を創造します ”というのがキャッチフレーズになります。
原則自由化・開かれた外交・迅速な戦略推進・アジア太平洋諸国との関係強化(共存共栄)・開放政策を通じた国内改革東アジアを機軸として、主体的に行動し尊敬される日本を作る、という壮大なプランです。言語、文化、宗教、民族の違いを苦にしない、自由な地域を目指すということです。
先ず東アジア、次に中・豪・印、最後に米・加・墨という計画を10年で成し遂げようというのです。今政府はスイス、チリなどとの経済交渉を行っています。スイスやチリが悪いというのではありません。戦略不在の場当たりがいけないのです。国民の英知を結集し(外務官僚に頼らず)、計画的に外交をやろうというのです。
やれるかどうか、やったらどうなるか、まさにやらせたい、やってみたい構想です。一度は民主党に政権をとらせてみよう、という気になりませんか?
今日は丸山秘書と二人で西大寺朝市に行ってきました。(議員は明後日、本会議で質問をさせていただくため、原稿作成に専念。ぜひ衆議院TVをご覧ください)
朝市は京橋も西大寺もいつも活気があります。毎月行っていると、こちらの顔を覚えてくださって「今日は来るのが遅ぇが」「本人はおらんの?」など、声をかけてくださる方もできました。この仕事を始めた頃は、「げっつむ!を配る場所」でしかなかった朝市ですが、最近は朝市に来られる方々との交流が深まる場にもなってきました。
それにしても皆さん朝からハイテンション。こちらも負けずに目いっぱいの笑顔と大きい声で「若い力。」を振りまいてきました。今日も「若い力。」全開で頑張りますo(^^)o
市町村合併後の選挙ラッシュが始まっています。
選挙の告示日前になりますと、激励の為に「為書き」という大型ポスター大の紙に、候補者のお名前を書いて選挙事務所にお届けするのですが、今回その枚数の多い事。一枚一枚丁寧に梱包し、発送準備が終わると宅配業者の方に集荷をお願いします。「風が吹けば桶屋が儲かる」の図式ではありませんが、これも市町村合併後の波及効果です。合併の是非はどうあれ、多少の経済効果があったのは確かです。
他にも、当選後のお祝いの花束の注文に、生花店の方の嬉しい悲鳴が聞こえてきそうです。
先日から、ある地域の農業用水に多量のゴミが溜まっている件について、住民の方々から悩みをうかがう機会を持っています。市役所の方々にも誠意ある対応を頂き、連絡させていただいてから、ほんの一両日中には住民の方々に直接お話を聞かれ、ちょうど年度がわりの繁忙期ながら、取り急ぎ昨年度(平成16年度)予算の範囲内での清掃作業が実施されるに至りました。お話をいただいてから2週間と少し。まだまだ問題の根本解決ではありませんが、市役所の方々、特に担当係長のスピーディーな対応が印象的でした。
「公務員制度改革」が声高に叫ばれる現在の状況下では、我々は、ともすれば「全ての」公務員の方々の意識が低く改革が必要なのではないかとか、民間企業ほどのサービスに関する努力をしていないのではないかとか思いがちだと思います。しかしそうではなくて、やっぱり現在公務員として働く個々人は、現在の状況を踏まえて、今出来ることを精一杯されているんだな、そういう当たり前のことを改めて確認することが出来たのはとてもさわやかなことでした。公務員制度改革大綱にも含まれているようですが、その個々人がより機動的・効率的な行政サービスの提供を実現するために、行政運営について責任を持つ内閣及び各府省が適切に人事・組織マネジメントを行うことの出来る新たな枠組みが構築されることを期待しています。
ここのところ、財務金融関係の部門会議に出席しています。
銀行業界、保険業界、証券業界など、金融にからむいろんな業界があり、また、業法とよばれる法律があります。法改正の際には、「預金者保護」とか「契約者保護」と、消費者(国民)からすれば耳障りのよい言葉が並びますが、内実よく見てみれば、非常に偏った趣旨の違うものであることが多くて、驚かされます。
昨日の財務金融委員会では「保険業法の一部を改正する法律案」の採決がありました。民主党はこれに反対の立場をとりました。
この採決の立場をどうとるか、ということは部門会議でも意見が分かれました。法改正の背景には、無認可共済の被害があり、なかにはマルチまがいの悪質なケースもあるようです。そうしたことに対する措置として、法律の網をかけるというのは大切なことです。でも、最終的には反対の立場をとることになりました。それは、私たち民主党は、今の政府のあり方、ひいては自民党政治のあり方にNOをつきつける政党であるからです。
法律というのは、権利を保障するためにあるはずです。憲法にも「基本的人権の尊重」がうたわれています。でも、どうも法律を見ていくと、「お上が業界をコントロールすることで国民を管理・保護してあげている」という図式が見えてくるのです。人権の尊重ということは、自由主義のあらわれだと思います。政府からコントロールされて与えられる権利ではないはず。だからこそ、金融庁が出してきたお役所が縦割りで業界を規制し、権限を拡大するような法律には、そもそもNOなのです。
委員会の冒頭に採決があり、野田佳彦ネクスト大臣が明確な反対討論をなさいました。私たち「政権準備政党」がどういう立場に立ち、何を目指しているのか。こうした法案審査ひとつとっても、ご理解いただけると思います。
委員会では、その後、全国銀行協会会長の西川善文氏を参考人としておよびし、おもに偽造カード等の対策について質疑が行われました。補償対策について銀行側は、「盗難カードすべてに補償はしない」と答えました。
民主党ではすでに法案も提出していますが、盗難だろうが偽造だろうがネットバンキングだろうが、補償の対象の区別をしていません。なぜなら、それらはすべて「無権限取引(正当な権利を持たない人による取引)」であるからです。また、立法化に対して銀行側は、今の約款対応で十分だと言っています。しかしそれだと、自主ルールに過ぎないので、対応がばらばらになってしまい、なんら実効性はありません。自分たちの利益のみを考えているようにしか思えませんでした。
こうした議論の流れを見ていると、「人権」ってなんだろう?と思わずにはいられません。上からの押し付けで保護されるのではなく、自由な正当な権利として人権がまもられる社会にしていくために、政権交代が必要なのだ、と思いました。
外務・防衛・沖縄基地問題PT合同部門会議に代理出席。内容は日韓外相会談、スーダン情勢、日米米軍事故に関する合意の三点であった。
外務省が「日米地位協定の運用の改善として大きな意義を有する」という、「米軍施設外事故ガイドライン」の説明であった。
どこも変だが、特に変なのは(5)「事故現場への立入制限」である。“米軍は当該地域に事前承認なく立入る権利が与えられる”、“事故機は米側が管理”、“立入制限の事故現場の区域及び期間は日米責任職員の共通の理解に到達する”、“機密漏洩防止”、“米国の財産の保護”等々。基地以外の事故はなぜ一義的に日本警察の管理下にはいらないのか?普通の事故処理のように。米軍機が事故を起こすとその周辺は日本警察の管理下でなく、治外法権となる。「証拠保全」が聞いてあきれる。
それでも、「内周規制は日米共同、外周規制は日本警察」というだけで、「大きな意義」などと大喜びである。こういう外務省的発想でどんな外交ができるだろう。
又、今頃「近隣諸国と摩擦があると国連常任理事国入りに不利」などと慌てるのも見苦しい。近隣外交もアジア外交もなく、ひたすら米国追随なら世界が支持しようがないではないか。独自の、自立した国家であってはじめて、「国連安保理常任理事国」に相応しいのである。アフリカは票が多いからスーダンには自衛隊派遣を、など無責任な議論もされたという。軍事力をちらつかせる単独行動主義も、援助をちらつかせる単独行動主義も、所詮世界をリードできないだろう。
小さな丘の上に登ると、桜の花は当然のように咲き誇っている。
案内された頂上からは、向かいの山と住宅地を見渡せる。
その山の中腹から土砂の流れた後が広がって、巨石が点在し、下の民家の後と思える付近にも大きな岩と土砂と土嚢が、災害のありのままの姿を見せていた。
玉野の土砂災害で、無念の最後を遂げられた方々のご冥福をお祈りいたします。
満開の桜の木の下に、コンクリート製の頑丈そうな柱が立てられていた。
この災害に地域の代表として苦労されている、Iさんと地域の方の手作りの緑色のこの柱は、災害の怖さを忘れないようにするため、ではなく、今現在進行形の流れた岩山を計る基点、GPSによる計測によって、災害現場の変化を計測して、防災に役立てるための基点だった。
(詳細は現場で週末に研修会があるそうです。http://blogs.yahoo.co.jp/fghmg464)
私の住む町にも、同じような危険な所はあるけれども、危ないかも知れないけれど、「しょうがないさ」と、住み続けてる。
Iさんの話を聞いていると、「防災」の難しさと災害が起きた後の再建の難しさが、想像を越えていることが良くわかる。
地権、水利権や規制と居住権、法律の問題や役所の対応と、住民の意見など貴重な経験を聞かせていただいた。
今度名刺を作るときは、肩書きに「災害の孤児」と書くよ・・・と。
「災害の孤児」、悲しみと憤慨と苦労など、いっぱい思いのこもった、良いコピーだと思う。
「もうすぐ梅雨になると、雨がまた土砂と岩を流してしまうだろう事は解っている」と、Iさんは話しててくれた。
ふだん、何気にみているポスターって、貼るのも管理するのも大変なんですね・・・。ここ数日、ポスター管理に専念しておりますが、理解度の低い私にはなぜか、仕事が人の倍難しくみえているようです・・・。テンパリながらも、先輩秘書達のフォローでなんとか乗り切っています。環境って大切ですよね。外もぽかぽかと春らしくなっていますが、つむじむのあたたかさも、とても心地のいいものです。
7:30事務所集合。期待の新人・丸山秘書に街宣グッズや議員随行時の持ち物をレクした後、出発。
岡北大橋での街宣は何度も経験していますが、手を振ってくれたり、クラクションを鳴らしてくれる方が日ごとに増えているような気がします。本当にありがとうございます。今日は偶然にも江田京子さんと清水秘書が通りがかり、クルマから身を乗り出して大きく手を振ってくださいました!
さて、議員が街宣をしている間、丸山秘書と二手に分かれて、ポスティング。二人で450枚の「げっつむ!」をポスティングし終え、街宣場所へ戻ると、「今日は早く始めたから少し早く終わろうか」と議員から提案。「いつも時間いっぱいするのに花粉症で苦しいですか!?」と思いきや、どうも周辺住民の方に「うるせぇぇんだよ!」とお叱りを受けた模様・・・。そんなこともたまにはありますが、、スタッフも周りにいない中、音量を下げて「また出てきたらどうしよう」と心配しながらの街宣(だったらしい)。そんなこととはつゆ知らず、ポスティングに夢中の秘書二人でした。。
玉野の土砂災害の事を田中秘書から聞いていて、どうしても納得いかない!災害の生の情報が書いてある I さんのHPを読ませてもらって、現実の問題を考えさせられます。
生活支援法は、十人以上が死なないと適用されない・・・??。私は日本国民の中から除外された!?
山の中で牧場を経営している私は、両親との家族だけで、どんな大きな災害でも、6人しか死なない。
山村の農家は、私と同じような状況の人が多いと思いますが、我々は既に切り捨てられてるのでしょうか。
昔、「一人の命は地球より重い」との言葉に心が熱くなったのを思い出します。玉野で亡くなられた方は5人・・・ではなく、ひとり一人の方の無念の思いを、法律は汲み取ることができていない!?
マグニチュードとか、危険地域の外であったとか、基準は死んだ人の数ではないと思う。
昨年は小泉総理の「自己責任」との言葉に、心が冷たくなったのを思い出します。「10人以上死んだら金を出してもいい」???この、高慢なお殿様的発想の「生活支援法」に、我々はひざまずいてすがらねばならないのか?
!!!「NO」!!!
作曲家の中山大三郎先生がお亡くなりになりました。いい歌手を作られることで有名でした。人柄の良さが滲み出るような名曲を数々作曲されました。皆さん、島倉千代子の「人生いろいろ」はよくご存知でしょう。さらっと歌える曲ですが、本当に奥深い味のある歌だと思います。中山先生のご冥福を心からお祈り致します。
ちなみに、津村代議士の好きな歌は、イルカの「なごり雪」です。この歌は私も大好きです。いい歌もいい人もいつまでも人の心に残ります。
朝、消防庁長官である林長官が岡山に来られ公演されるということを聴き、会場へ駆けつけた。県北の出身で、津村の母親と同級生ということもあり、控え室に入れていただき、ご丁寧に挨拶をしてくださった。
講演の内容は「消防防災行政の課題について」で、
「消防局員など平時の勤務に関しては、役割分担など組織的な構成ができていて、ホウ・レン・ソウがきちんと整っているが、地震発生や自然災害が起きたとき、緊急時の勤務体制が整っておらず、すぐに対応できない状況だった。今年は非常に自然災害の多い年だったが、長官就任後すぐに緊急時の勤務体制の見直しを行い、数ヶ月緊急時の訓練をつんだおかげで、今年の災害への対応はできた。」
「自然災害に人間はかなわない、自然災害は必ず起こる、しかし、日頃から訓練し、事前に情報を仕入れ、的確に対応することは可能だ。災害時に避難勧告も必要だが、今考えているのは「事前勧告」で災害発生前に被害が出そうな地域を対象に事前に準備などするよう勧告するものである。災害に備え事前に対応しておけば被害は軽減できる。」
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実際、被害に会われた方々にお会いすると、「避難勧告が聞こえなかった、浸水しているのに避難しろといわれても難しい」など、今回の自然災害で今まで対応できていなかった部分が浮き彫りになった。この経験を踏まえ今後、行政と地域の人々との連携を今まで以上にとっていく必要があると思う。
林消防庁長官、一緒に写真までとっていただきありがとうございました。これからも一人でも多くの方を救うため頑張ってください。
今日は10時から第9回「公的債務管理WT」、16時から第一回「財政健全化プラン」検討会がありました。前者は、島座長の下、我が津村代議士が事務局長の重責を担う、国債を中心とする政府の公的債務の集中管理のあり方を、専門家からのヒアリング素材に論じています。後者は、野田ネクスト財務大臣の下、財務金融部門会議の役員メンバーのフリーディスカッションで、我が津村代議士もそのメンバーのひとりです。ここでは、自民党が滅茶苦茶にした財政の再建やその進め方を幅広く論じられます。
公的債務管理WTでは、税収が年40兆円の政府が700兆円の借金(年収400万円の家族が7000万円の住宅を建てたようなもの)をするに至った構造が問題とされています。返済について考慮しない政府・自民党も異常だけれど、「資金需要」は省庁・自治体・特殊法人で「資金調達」(したがって返済義務者)は政府という歪んだ制度が指摘されました。また、国債だけでなく、財投債、政府短期証券、政府保証債務など政府が返済義務を負う「公的債務」を一元的に把握されていない状況も批判されました。
小泉首相の「財政再建」は「国債発行30兆円枠」撤回から毎年30〜40兆円の赤字累積が実績です。たしかに財政赤字をどう減らすか、は大問題です。しかし他方財政赤字ゼロ、国債ゼロはそれ自体が政治の目的ではないし、国民の不安は解消できても国民の希望・活力に直接繋がるわけではありません。“どういう国づくりなのか”を明示してはじめて財政再建も意味があります。たとえば、「小さな政府」といっても地方分権・地方自治体・NPOも含めた中央政府ではない「新しい公共」が設定されるべきだとされます。「小さい政府」といっても、単純に予算一律削減などでは、政策変更なしの縮小均衡にすぎません。国づくりの一部としての財政再建なのです。
政治家が責任を負わず、どこに責任があるか不明の自民党政治からの決別が、いかに大変かがよくわかりました。政権交代は「負の遺産」を継承することでもあるのです。この二つの会合から、民主党の若き政治家・国会議員の意気込みと覚悟が強く印象づけられました。日本国民に責任を負い、日本再建を引き受ける決意、爽やかな印象が残る会合でした。この会合は会期中毎週もたれます。
東京はここのところすっかり暖かくなり、桜もいっせいに咲き始めました。今日は通勤の電車の中で、入学式の付き添いと思われるお母様と真新しい制服に身を包んだ中学生もしくは高校生、という親子連れをたくさん見かけました。3月から4月へと年度が改まることは、かつての私にとっては大きなことでした。たった一学年の進級・進学というだけなのに、ひとつ大人になったような、背筋がピンと伸びるような思いがしたものです。
社会人になって、4月の年度始めというのがあまり大きな意味を持たなくなってきましたが、街のあちらこちらで見かける「新入生」や「新社会人」の方々の、期待と不安と緊張でいっぱいのぎこちない制服姿・スーツ姿を見るにつけ、こちらの身もひきしまる思いです。
さて、本日は、何かと歩き回る一日でした。
11:00
国立国会図書館の満開になった桜を満喫しながら、党本部のホールに。
「法務・財務金融・経済産業部門合同会議」にてM&Aコンサルティングの村上世彰氏の話を聞くためでした。「敵対的買収に対する防衛策について〜敵対的買収は悪なのか」というタイトルのご講演で、商法や会社法改正とも絡んでくる現実的なお話でした。テレビで「マネーゲームの達人」などと揶揄されるような、ちょっと胡散臭い(失礼!)イメージとは違って、ご本人は非常に明晰で的確な話し方をされる方でした。「あの村上ファンドの村上さんをナマで見てこよう」というちょっとしたミーハーな気持ちで傍聴したのですが、そんなミーハーゴコロも吹っ飛ばされるぐらい、お話に引き込まれました。
11:30
最後までお話を伺いたいと後ろ髪をひかれつつも、途中退席して「国のかたち研究会」に。
民主党憲法調査会事務局長の小川敏夫議員より、憲法調査会の動向についてのお話を伺いました。各小委員会での議論のポイントや、取りまとめの方向性などについてでした。憲法は、国の根幹をなすものですから、十分に議論がなされなければなりません。国民の関心も巻き込んで、この「国のかたち」についての議論がいい意味で盛り上がり、しっかりと議論がつくされることが必要だと思いました。
12:10
「国のかたち研究会」終了後、会場のあと片付けを手伝って、今度は本館の第4控室へ。
「“統一選補選勝利”全議員集会」があったのです。私は、少し遅れてしまったため、中に入れず、廊下で耳をそばだてる状態・・・。補選の告示日が12日と迫った中で、ぜひとも福岡2区、宮城2区での勝利を願って、衆・参の両議員の先生方が集まっていたのでした。最後は力強い“がんばろう“コールが廊下にまで響いてきました。
12:40
参議院の先生方が退席され、同じ場所で衆議院の先生方は本会議前の代議士会にうつりました。
竹中郵政担当大臣の一昨日の総務委員会の“ドタキャン”、その後の本会議での“言い訳”、昨日の財務金融委員会での与党議員の欠席による“流会”など、国会はメチャクチャです。竹中大臣の責任問題を厳しく追及していくことが確認されました。
13:00
やっと事務所に戻って、院内の本会議中継TVを横目で見ながらデスクワーク。続々と届くファクスやメールに目を通しながら、日程の調整を行います。
16:00
日も傾き始めた頃、「外国人の人権と国籍に関するPT(プロジェクトチーム)」での資料をピックアップ後、「人権消費者問題調査会」に代理出席。
今日は、架空請求について法務省、警察庁、総務省、国民生活センターにヒアリングを行いました。架空請求は、有料サイト利用料金の請求を装うなど、人に相談できない弱みに付け込んでいたり、公的機関や弁護士事務所を装っていたり、正式な裁判所経由での督促手続きや小額所掌手続きを悪用していたり・・・と、被害は深刻です。ではそういった悪質業者を取り締まりましょう、と言っても、架空口座やインターネット犯罪など匿名性が高くて、なかなか取り締まれないとのこと。根本から断ち切るような対策を・・・ということで、出席していた小宮山洋子ネクスト大臣や泉房穂事務局長、担当の冨岡由紀夫議員からも活発な議論がなされました。議論の途中でしたが、今日のところは問題提起ということで、1時間まわったところで終わりました。これから何回かこうした議論が続けられるようで、楽しみです。
17:00
最後に「法務・財務金融・経済産業部門合同会議」へ。
ここでは、会社法PT(プロジェクトチーム)より会社法案の論点整理の報告ののち、協議が行われました。議論の中には、午前中の村上ファンドの村上氏の話を踏まえてなされていたものもあり、途中退席したことが悔やまれました。しかし、議論の最後のほうで原口一博議員が、重要論点として挙げられている会社の商号に関して、類似商号の濫用は消費者保護の立場ではどのように捕らえているのか、という質問をされました。ちょうど架空請求についてのヒアリングを行ったこともあるし、消費者の人権にはとても敏感になっている私としては、まさに疑問に思っていることを発言してくださった、という感じでした。もちろん、今問題となっている企業のモラルの問題や、企業買収・支配の問題に対応していくことは大事でしょうが、常に消費者保護の視点を忘れないでいただきたいと思いました。
と、今日はこんな感じであわただしく一日が過ぎました。
春の陽気に汗ばみながら、外に出ると紫外線も気になりますが、それでも、デスクワークに終始することに比べると、世界も広がり、刺激になります。いつの間にたまったファイリング待ちの書類や未開封のメールの山にため息をつきながらも、この4月に新しい出発をされた方々にならって背筋を伸ばすのでした。
二度目の登場になります。新人秘書、丸山です。津村事務所に入って、一週間。「まるちゃん」という初めてのニックネームに戸惑いながらも、先輩秘書のもとで、日々楽しく過ごしています。まだまだ、仕事らしい仕事もできず、教えてもらうことばかり…
そんな私の今週は、事務所掃除に費やされました。かけあしで走り抜けてきた、つむじむには、いたるところに、そのあとが…。お世辞にもキレイとはいえません…。しかし、それも今日まで。以前よりくつろぎやすい空間になったのではないかと思います。またぜひお立寄り下さい。新しい出会いを楽しみにしております。
3月26日、27日と一泊二日で直島合宿に行ってきました。参加メンバーはインターン2期生とインターン1期生の有志、そして秘書達です。
初日のレポートは増田秘書が詳しく書いてありますので(3/27秘書日記)、遅ればせながら、私はそのあとを引き継ぎ最終日(2日目)のレポートをしていきたいと思います。
朝6時すぎみんなゴソゴソと起床しはじめました。朝食後、私たちは素早く荷物をまとめすがすがしいい朝の光を浴びて眠気もスッキリ颯爽と民宿をあとにしました・・・・・というのはウソで、朝食の満腹感と昨夜の大トランプ大会、、、もとい、研修発表会の疲れも手伝い、各次部屋に戻ると倒れこむように2度寝タイム。。。約一時間ほど、夢心地にウトウトまどろんだあと、ようやく民宿をあとにしたのです(朝の光が目にしみます・・・)。
午前中私たちは直島環境センターと有価金属リサイクル施設を見学しました。直島のすぐ東隣にある豊島で過去10年以上にわたって不法投棄されてきた産業廃棄物を処理するための施設が直島環境センターです。
村田くん(インターン1期生)の日記(3/27)に詳しく書いてありますが、よその地域の廃棄物を自分達の町で処理するための施設を受け入れた直島の方々の決定には本当に頭が下がります。自分達の地域だけでなく、よその地域が困っていれば救いの手を差し伸べる、こういった助け合いの心は政治の原点だと思います。ゴミの不法投棄など環境問題を抱えているところは、日本のみならず世界各地に多数あります。でもこういった助けあいの心で政治が行われていけばきっと解決策は見つかるはずだと私は確信しました。
施設見学を終えた私たち一行はバスにて宮浦港に戻りました。さてこのあと私たちは自転車にて直島を回るのです。「自転車で直島をまわろう!」このほとんど思いつきめいた素晴らしい(?)着想、直島の自然と町並みをバックに颯爽と島じゅうをかけぬける若いサイクリングの集団、そんなまるで青春映画のひとコマみたいなイメージに目を閉じてはその情景を思い浮かべては、うんうんいいねー 若いっていいねー とひとりほくそえんでた私なのですが、当日の天候と道の傾斜までは計算に入れてなかったのは、大きな悲(喜)劇のはじまりでした・・・・・。
「まるや」というすごくおしゃれな喫茶店で昼食をとり、まず「家プロジェクト」を見学しました。「家プロジェクト」は昔ながらの建造物に現代アートを融合させた施設で非常に興味深かったです。
次の目的地は地中美術館です。心配したお天気もすっかり快晴、ぽかぽかした陽気の中を若者らしく元気に競争しながら自転車で私たちはかけぬけていったのです☆・・・・・というのはもちろんウソで、朝からあやしかったお天気もいよいよポツポツしはじめて、ひんやり冷たい風の中、坂、坂、坂、の地獄坂(!)の道のりを、威勢良くこいでは、自転車押し押し、を繰り返し、しとしと雨が降りしきる頃ようやく地中美術館にたどりつきました。(「誰だよ、自転車で直島なんて考えたのは・・・(ブツブツ)」なんて空耳が。ああっ。。)
その名の通り、建物全部が地中に埋められているこの美術館は、クロード・モネ、ウォルター・デ・マリア、ジェームズ・タレルの作品が著名な建築家安藤忠雄氏設計の建物に永久設置されているのです。その建物自体から発せられる圧倒的な「静粛の美」とでもいうような迫力とそれと見事にコラボレーションした作品群に私はただただ言葉を失うばかりでした。
地中美術館をあとにした私たちはベネッセハウスにむかいました。しとつく雨の中、まむしのようにうねった急坂を頑張ってペダルを踏み踏み、ベネッセハウスに到着したのです。ベネッセハウスもやはり建築家安藤忠雄氏の設計のホテルで、ホテルの中に現代アートの数々の作品群が展示されていました。どの作品も一般の美術館では見ることの出来ないようなユニークな作品ばかりで、ガイドさんの説明に聞き入り、本当に面白かったです。いやぁ 芸術っていいもんですね〜。。。
いよいよ帰ジムです。ベネッセハウスをあとにして、宮浦港に着いた頃には、さすがに疲れきった一同でしたが、「でもまあ 今日一日でかなりダイエットになってよかったよね」とか「でもこういうのってあとになって振り返ってみればすごくいい思い出になるんだよね。」って田中さんなどはフォローしてくれました。。。(って私かい!)
今回合宿に参加してくれた皆さん本当におつかれさまでした!そしてこんな強行日程につきあわせてしまい本当にゴメンなさい。。。
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昨日は京橋朝市に出た後、いつもお世話になっている田原市議にご紹介を頂いて、ソーシャルダンスパーティのお手伝いに行ってきました。
会場は六番川水の公園体育館。ダンスパーティがどのようなものかもわからず、「こんな広いところでやるのー?」と思っていたら、250席用意した椅子も足らないほどの大盛況!岡山県内はもちろん他県から来られている方もいて、ダンス人口の多さに驚きました。ダンスパーティは、発表会のようなものだと思っていましたが、実は来られた方が踊りを楽しむ場でもあったんですね。皆さんの華やかな衣装を見ながら、私も1日ダンスパーティを楽しませていただきました☆
4月に入り、ようやく東京にも桜の開花宣言が出されました。地球温暖化のせいか、年々開花が早くなる中、今年は最近になく遅い開花となりました。今年の入園式・入学式では、久々に「家庭用ビデオのテレビ・CM」のように、満開の桜の下で集合写真が撮れるかもしれません。今日は昨日の暑い位の気候とはうって変わって、雨が降り肌寒い一日となりそうです。せっかく咲き始めた桜が散らないといいのですが・・・。
国会議事堂のある千代田区内には、三千本以上の桜があり、名所も沢山あるそうです。国会議事堂すぐ近くの「日枝神社」、東京の桜の開花宣言の基準木がある「靖国神社」皇居付近の「千鳥ヶ淵」、飯田橋から四谷にかけての「外濠公園」「聖イグナチオ教会(上智大学)」、先日代議士も訪れた「英国大使館」、その他「日比谷公園」、「東郷元帥記念公園」、「清水谷公園」等本当に盛り沢山です。
こういう「名所」ももちろん素敵ですが、1本だけで咲いているのを思いがけなく発見すると、何やらふわっと華やいだ気分になります。今年も、お花見を満喫したいものです。
4月3日はイベント盛りだくさんの一日。
代議士が行くことが出来ないところをカバーすべく、新人の丸山秘書と二人で玉野へ出かけました。
まずは11時過ぎから、消防関係でお世話になっている玉野市U分団のお花見にお邪魔。ちょうど20人ほどの方々が和気藹々と準備を始めておられるところでした。突然のお邪魔にもかかわらず、温かく仲間に入れていただきました。花隈公園は高台から街を一望できる景色のいい場所で、毎年お花見は賑わうそうですが、3月末からの寒波であいにく桜はまだつぼみ。それでも気さくな皆さんと大いに盛り上がりました。丸山秘書が大人気!でじゃんけん大会のプレゼンターまでさせていただきました。
12時過ぎに名残惜しい席を中座して、今度は和田の企業OBの皆さん方のお花見に参加。40人ほどの皆さんが温かいうどんやお酒で楽しく懇談されていました。ここも主催者の方に大変よくしていただき、相変わらず大人気の丸山秘書は連れ歩きまでしていただきました。
14時からは天王谷川公園の桜まつりに。午前中代議士がお邪魔させていただいたお礼を言いながら会場をぐるっと一回り。カラオケ大会の最中、「若い力。」ジャンパーが目立ちすぎてなかったか、ちょっと心配。
15時半ごろ、灘崎町西紅陽台に行き、スポーツ関係のFさんのお花見に。このころからパラパラと雨が降り始め、一気に気温が下がり冷え込んできました。沢山の子供たちはとても元気!曇り空の下を駆け回っていました。代議士の日程が予想以上に押したのですが、Fさんをはじめ、みなさんに待っていただきました。本当に温かいお気持ちには感謝しかありません。
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17時半ごろFさん方とお別れし、上道へ。
18時半に平島付近の企業でお花見会(といってもお花はありませんでしたが・・・)に合流。少し遅れてK代議士も来られ、記念写真を撮りました。ゲストが皆さん帰られた後、丸山秘書とともに最後まで残ってお話をさせていただきました。企業を経営される方々との会話は楽しく、あっという間に20時。しめはなんと丸山秘書の一本締めとなりました(ほんとに今日は大人気!)。今日はイベント盛りだくさんのハードスケジュール。みんなでなんとか乗り切ることが出来ました。。
個人情報保護法が施行されて早3日。保護法施行を睨んで様々なビジネスも展開されています。民間では、今後個人情報が漏洩すれば、大きな信頼失墜になるだけでなく、賠償問題にもなりかねない中、今日の新聞に、某市で、施行日の翌日、公用車駐車場で公文書の放置が見つかったというなんともお粗末な記事が載っていました。公文書類に記載されていた市民の方々の思いは位かばかりか・・・
いくら素晴らしい法律が出来ても、それを使用する側の意識が薄ければ「仏像作って魂入れず」です。個人情報を取り扱う方々の意識改革を切に望みます。
一昨日行った、新旧インターン慰労会は、その翌日から新社会人になるインターンのお祝いも兼ねていた。
そう、昨日は4月1日。4月1日と言えば、入社式。今年も多くの会社で行われた模様だが、今話題のライブドアでは行わなかったらしい。(楽天やソフトバンクは、行ったそうだ。)理由は、「4月だけでなく、通年で採用しているから」とのこと。なるほど、だんだんとそういう会社が増えていくのかもしれない。
でも、個人的には存続して欲しい行事のひとつだ。なぜなら、入社式は、そこで自分なりに努力していこうという気持ちの、わかりやすい節目になると思うから。自分の新卒・入社式時の希望・不安・緊張感等は、長い年月が経った今でも鮮明だ。「新・社会人の皆様、頑張って!」
4月1日、去年津村事務所で活動を始めて1年になる。あっという間で振り返ってみると、今まで経験したことのない新しいことだらけだった。
まず、春から夏にかけて、参議院選挙。
2区の地理もほとんどわからず、またペーパードライバーだったので、車の運転もままならなかった。道路、支持者を覚えるため、必死で駆け回ったことを覚えている。
学生時代は遊びまくっていた夏休みシーズンは、津村事務所インターン1期生の受け入れ。
津村事務所と言えば「ポスター貼り」で有名だが、その「ポスター貼り」を本格的に体験。飛び入りで一軒一軒順番に当たっていく。炎天下の中、汗だくになりながら、動き回ったので、今よりさらに痩せた。自慢ではないが太らない体質なのでいくら食べても太りにくいが、食べなかったら、どんどん痩せてしまう。
さらに、夏祭りシーズンで、できるだけ情報を集め、2区中の夏祭りに参加した。おかげで盆踊りを習得した。
秋は次々と強力な台風が上陸。今までテレビでしか見たことの無かったような被害を受けた地域にボランティアで入る。足手まといになりながら、土壁の土を運んだり、海水をしみこんだ畳(かなり重い)を4人がかりで運んだりとできる限り力を尽くした。
冬はなんと言っても夜警周り。事前に各機庫のコースを引き、下見をする。夜警は時間が勝負なのでできるだけ多くの分団を回るために、一箇所に長すぎず、短すぎずとタイムキーパーが難しい。3日間ぐらい午前3時ぐらいまでかかることが続いた。
春は津村事務所インターン2期生受け入れで3人のインターン生が来てくれた。恒例の「ポスター貼り」で1日目から早速貼りまくってもらった。今回のインターン生は「直島合宿」があり、島の各地でベネッセコーポレーションを中心に現代アートを見ることができ、地域活性化事業の勉強になった。
津村事務所は若い力の集まりで、勉強不足の面もあるが、若いという利点を活かし年中走り回っている。これが「津村啓介事務所」である。今後も「若い力」で頑張ってもらいたい。
どうか皆さん、今年も一年よろしくお願いします。
はじめまして。本日より、津村事務所でお世話になります丸山結実と申します。九州生まれの21歳。岡山に来て今年で10年目を迎えます。
どこをとっても、まだまだ未熟者ですが、持てる限りの「若い力」を存分に生かし日々いきいきと進んでいきたいと考えております。とはいえ、なかなか初日から自分を出せず、とてもイキイキとは言えません・・・。事務所にも早く溶け込み、多くの方々との出会い・つながりを、大切に大切にしていきたいと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
一言だけ。(あとで書き直すと思います。)
半年ぶりに1週間のお休みをいただきました。かなーーりリフレッシュ!パワーアップ!できました。思い出し笑いのようにひとりでニコニコしていて旅の思い出にひたっています。我ながら幸せ者(ライブ好きの単純バカ)だと思います。
帰宅してネットを開いてみると、秘書日記もたくさん代議士日記の画像もたくさん送られてきていました。今、大急ぎで更新中です。「ひとこと」と「号外」と「代議士日記ダイジェスト文」をUPしました。あとは「代議士日記画像」と「秘書日記」です。
そんな中、3/23の日記画像を加工しようとして、手が止まりました。高遠奈穂子さんと津村さんのツーショット画像を見た時、複雑な「感じ」が頭と心がいっぱいになって少し休憩をおきたくなりました。今休憩中です。
年末かな、高遠さんの手記を読みました。その時の「感じ」を思い出し。あの事件の真っ最中のその時の「感じ」も思い出し。3度目の、、ショックというかあの「感じ」。私がどう書こうとしても言葉足らずになります。言わずもがなで伝わるといいのですが。悪いだけの感じでもなく、複雑な感じとしか言い表せられない。とにかく胴体に何かがつまったような感じです。
津村さんとどのようなお話をしたのかまだ聞いていませんが、ただ、高遠奈穂子さんが「そこにいる」という画像1枚を見ただけで、私の中に高遠さんという固まりがあることがわかりました。手記を読んだ時も本の中に高遠さんが「ここにいる」と書いていると感じました。
多分、その「いる」ということを書きたくなり、秘書日記の場を借りました。高遠さんの姿を通して、自分も「いる」と感じた気がします。
一言だけ、のつもりが長くなりました。では休憩を終わり、HP更新に戻ります。
(書き直しナシで追記。)
その後「代議士日記画像」と「秘書日記」もUPしました。
失礼しました。→3/24河田の秘書日記に高遠さんとのお話のことについて書かれていました。それを読み、気持ちの整理がつかなくてずっと考えても答えを見つけられないのは同じなんだと思いました。
何かを感じ、それを言いたいし表したいのだけどうまくできない、ということしか今の自分にはわかりません。それと、リフレッシュ休暇で幸せ者なのも私だし、高遠さんの姿を見てショックを思い出し手が止まるのも私、です。
| 2005/4 |