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秘書・スタッフ日記 2005年 3月1日〜31日


 佐竹 「政権交代への迫力」 2005年03月31日(木)

代理出席やら、代議士主催WTやら、河田秘書込写真撮りやら、委員会写真やら、今週は盛りだくさんでした。その中から、二つの代理出席について感想を書きます。

ひとつめは昨日の「創憲を考える一期生の会」。講師は民主党初代憲法調査会会長・現民主党常任幹事会議長 鹿野道彦先生。
16人の一期生を前に、「行政権は閣議すなわち国会議員中心の閣僚会議に属するのであって、内閣すなわち省庁官僚に属するのではないこと」(65条)「地方自治は憲法にしっかりと書き込むべきであって、法律でこれを定めるではいけない」(92条)を強調された。さらに、官僚を指導できる政治家・国会議員として日々自らを鍛えるべきことを、熱烈に語られた、“君たちこそそれをやるのだ”と。また、憲法改正以前に政権をとった場合は「強力な政治家と専門家による首相府を実現することでやりぬく」と断言された。

ふたつめは本日の「民主党・次の内閣 外務部門分科会第一回主査会議」。「外交を単なる政策としてではなく、政策・運動両面で担い、日本外交の停滞・形式化を政権交代とともに克服し、政治と国民による日本外交を準備する」との熱気むんむんの若い会議だった。鳩山先生、藤田先生の檄がとんだのである。

政権交代は選挙闘争や政策立案だけでなく、それを担い貫徹する力も養っているのだ。政権交代はお題目でなく本気なのである。政権交代への広い深い準備を、執行部は続けているのである。



  河田 「花とパーティーと紹興酒」 2005年03月31日(木)

昨日、江田五月議員の東京でのパーティーがありました。私は、始まる少し前に伺い、受付のお手伝いをさせていただきました。

昨日は、サッカーW杯の日本VSバーレーン戦もあったし(貴重な日本の一勝でしたね!)、年度末ということで、そんなにお越しにならないのでは、という江田事務所の方々の予想を見事に裏切り、会は大盛況で、用意していたおみやげの数も足りないほどでした。遠方からもたくさんいらっしゃっていました。

受付には、アグネス・チャンさんからのお花が飾ってあり、南野法務大臣、蓮舫議員ほかたくさんの国会議員の先生方が花をそえていらっしゃいました。江田議員のお人柄もあるのでしょう、永年在職25年のお祝いにふさわしいアットホームで素敵なパーティーでした。

津村代議士の「ひとこと」欄にもあるとおり、3年前の津村と江田議員との出会いがなかったら・・・、と思うと秘書の私としてもとても感慨深いものがありました。

それにしても、スタッフ慰労会でいただいた、魯迅の生家でつくられたという紹興酒はとってもおいしかったです♪残ったお酒をペットボトルに詰めて持って帰ったので、あともう少しこの楽しみが続きます。



 長沼  「直島合宿」 2005年03月31日(木)

夕方頃、車&フェリーで直島到着。宿のおじさん&おばさんは親切で、天ぷらとか、サービスでくれました。そんでもって焼肉。店主のおじさんが面白い。吉本新喜劇の世界です。
宿に戻ってミーティング。もうそろそろインターンもおしまいと言うことで、インターンのなかで気付いたことや感じたことを意見交換します。
宴もたけなわ、トランプの貧民ゲームをしつつ眠すぎで意識が遠のきます。余談ですが僕の友人は「貧民ゲーム」のことを「プロレタリアート」と呼びます。ブルジョアとかプチブルとか言います。革命のことを「労働者階級のなんたらかんたら」って言います。どうでもいいですね。すいません。

目が覚めて2日目。寝不足なので起きたくありません。二度寝です。それは秘書さんにも言えることでした。
この日はハードでした。「自転車を借りて直島の自然を満喫」というコンセプトは素晴らしいのですが、敢えて風邪をひくようなものでした。飛んで火に入った夏の虫の気分です。
坂が急なんです。押します。瀬戸内海の景色が綺麗ですがひたすら押します。息が切れます。山の上の美術館に着きますが、芸術については無知なもので、というよりもこんな山の上まで自転車をわざわざ引っ張ってきた疲れからか、なんだか上の空です。
ロビーでお昼寝したりします。でも、窓からの景色が最高なので至福の瞬間です。
帰りも自転車を押します。雨が降り出します。とっても寒いです。当然下りも急です。雨で滑るので、同じくインターン生の町田君が転びました。結構痛がってました。凄惨でした。

雨に濡れながら自転車をひたすら引っ張っていく、そんな不毛な合宿でしたが、後から思い出すとけっこう笑えます。「若い力」ですね。いや、ホントに。やることが若いというか。。。

最後に、短い間でしたが、岡山事務所の方には本当にお世話になりました。僕が風邪で倒れたときもいろいろとお世話になり、おかげさまで二日で復活しました。
貴重な経験をさせていただき本当に感謝しています。ありがとうございました。



 沖田  「直島合宿&インターンを終えて」 2005年03月30日(水)

まず、直島合宿について。
初日の夜に予定されていたミーティングは、直前に焼肉をおなかいっぱい食べていたため、「もぅ寝ましょう!」と言っていたわりに、自分が話す頃には酔いも冷めて、案外上手く喋れたと思います。東京と岡山の両方で議員の活動の多くを見せていただいて感じたことに関して何点か述べさせていただきました。

翌日は、一緒に行った村田君が詳しく述べていますが、環境センターに行きました。他の島の廃棄物を受け入れる施設を島の中につくってしまうなんて、すごいことですよね。きっと色々な論争があったのだろうけれど。
それからはレンタサイクルで移動しながら直島観光♪あいにくの天気でしたが、晴れて、日光がさしていたら、もっと上手くアートを感じられたと思います。残念!
直島は惚れました(はぁと)。真剣に移住しようかと思いました。直島よ!また行くからね!!

月曜日の最終日は、事前から予告されていた街頭演説。
前日はドキドキしながら寝ました。
直前にはネタを仕込み、話すことも考えていたのに、全然上手く話せませんでした。何より驚いたのは、議員は相当大きな声で話をしていらっしゃるということ。私は、話し方教室のようなものに通っていて、人前で話すときに声がよく通る方法についても習っているのですが、マイクに声が全然のらない・・・ショックでした。街頭演説するのには相当のエネルギーがいるんですね・・・議員ってすごいわぁ・・・とますます思いました。

そして江田五月議員とお話する機会も作っていただいたのですが・・・。あんなオーラのある人、初めて見ました。ニコニコしているのにすごい目力。まだまだ勉強不足です・・・出直してきます。こんな感じです。

ということで無事私のインターンは終わりました。インターンで得たものは本当にたくさんです、それを上手く言葉にするだけの自分の力がないのが哀しいですが・・・。
ただ、簡潔に一つ上手く言えそうなのは、私たちが当事者であるということを、実感したということ。
政治は、私たちの生活全部に関わっているものだということ。
私には、何ができるでしょう?何をしなければいけないのか。
インターンを終えて、私は将来目指している職業への憧れがますます強くなりました。そう、そのためには勉強しなくては、です。

最後に、私たちを受け入れてくださった、議員をはじめ、事務所スタッフの皆様に心からお礼申し上げます。
私たちがたくさんのことを経験できるように、学べるようにと配慮してくださったことには本当に感謝しています。
ただでさえお忙しいのに、本当にありがとうございました。



 佐竹 「愛すべき352CF」 2005年03月27日(日)

日曜日の議員会館は深閑としている。さきほど清掃の方が「廊下ワックスしたので、2.30分は部屋を出ないで下さい」などと言われたので、幽閉状態でもある。休日に廊下の電気がついていたのはこの清掃のためだったらしい。

さきほどから、ただコピー機のみが仕事をしている。金曜日に4000枚で今日も3400枚の予定である。ご苦労さんだ。むかしの我々はインクだらけの手刷り印刷、この枚数だったら、さぞくたびれたことだろう。蝋原紙・手刷り1000枚は神業だった気がする。今風の人には、何の話?という話題だが・・・要するに僕はコピー機Docucentre 352CFに感謝しているのである。

と、ほめた途端にコピー機ストップ!見ると「紙詰まり」「上カバーを開け・・・」と指示。上カバー、下カバーと開ける。どこを探しても紙もカケラもない。もう一度探してみる。やはりどこにもない。やむなく、カバーを閉じると「コピーできます」表示。で、コピー再開。少し、休みたかったのかな352CF、ご苦労さん。
コピー再開から1000枚くらい進んだらまたストップ、「紙詰まり」表示。また冗談だろうとカバーを開けると、案の定、何も無い。今度はやや怒って強めにカバーを閉じる。もう少しだから、ふざけるのはやめろよ、352CF。

今日の予定のコピーは終わり。しかし、ストップ・紙詰まり・カバー開閉・コピーできます・再開の謎は解けない。352CFは、退屈そうな僕をからかったのかもしれない。少し休みたかったのかもしれない。まあいい、明日また会うときまで、お互い考えようぜ。



 村田 「エコアイランドジャパン」 2005年03月27日(日)

僕は昨年の夏休みに津村事務所でインターンをやらせてもらっていた村田竜生というものです。
今回は津村事務所の直島研修にインターン一期生として参加させてもらいました。色々勉強になりましたが、一番印象に残ったことを話します。

直島環境センターという所に行きましたが、これは直島の隣、豊島に不法投棄された産業廃棄物を自然に優しく処理する施設です。まず驚いたことは豊島に放置されたゴミが59万2000トンに及ぶということです。いかに地域の人が苦しみ自然が破壊されたかを考えると、胸が痛むと同時にこのような不法投棄が行われている現状を腹立たしく思います。そして、この廃棄物の処理施設を受け入れた直島の人と香川県の対応に感動しました。人のためになる政治がここでは行われていると感じます!
今、直島はエコアイランドとして 循環型社会の構築を目指しています。この島の頑張りをみて環境に対する意識が改めて高まりました。いつの日か、日本全体がエコアイランドとなることを願います。そしてそのために自分も何かできればいいなと思います。



 増田 「直島合宿!!!」 2005年03月27日(日)

東京から来て1週間、地域をまわりながら勉強してくれたインターン2期生3名の慰労を兼ねて、26日・27日の1泊2日で香川県の「直島」へ出かけました。議員は岡田代表随行で不在でしたが、秘書4名とインターン1期生2名、2期生3名、ゲスト1名でわいわい盛り上がりました。直島は、宇野港からフェリーで20分(明石にいたころの明石〜淡路島と同じ時間!)と実はとても近くにあります。
26日の夕方、岡山市から宇野港へ入り、宿舎に到着する頃にはもう日が暮れていましたが、アットホームな宿舎の方々に駆けつけの梅酒をいただきながら早速の懇談。夕食は近くの焼肉屋さんでお腹いっぱいいただきました。ここのマスターもまた気さくでとても面白い方。直島にはサービス精神旺盛な方が揃っている??とみんなびっくりでした。22時にようやく宿舎に戻ってからは、「インターン2期生の総括・討論会」。真面目に1時間半みっちり。インターン生の若い感性から、沢山の前向きな提言をしてもらいました。その後は、、、、大トランプ大会が終わったのが25時過ぎ。。
27日はレンタサイクルで島内一周の予定でしたが。。みんな大丈夫だったのかな?(僕は27日の朝にはお先に抜けてしまいましたので…)



 I さん 「秘書日記」 2005年03月27日(日)

「若い力」に仲間入りさせていただいて、早いもので8ヶ月になります。最近、秘書日記にも参加するようになり、秘書の方の日記を読むようになったのですが、とても驚いています。内容の素晴らしいこと!こう言うのも自画自賛と言うのでしょうか?読んだことのない方に、是非お薦めしたいと思っています。



 町田  「地元で話をすること」 2005年03月25日(金)

議員事務所でインターンをしていると、いろいろな人達と出会い、話をさせて頂く機会がある。
今日もまた出会いがあった。相手は、とある中華料理店のオーナー。その方は、中国人留学生の親代わりの様なことをなさっていて、留学生たちの面倒をみている。差別のことを始め、日中関係や現在の中国人留学生達の実状を、その方から聞いた。

国会議員が地元市民の声に耳を傾けるのは、住みよい社会をつくるためにとても重要なこと。でも、そこに住む他国の人々の意見を聞くことも、実は大変重要なことだと思った。そうしなければ、真の意味での国際化、世界に開かれた社会というのは実現できないのではあるまいか?

今、岡山での津村事務所では、ポスター貼りを始め、街宣など、地元での活動には大変に力を入れていると思う。というのも、街宣やらポスター貼りやらをしている様子を自分の地元で見たことというのが、選挙期間以外では皆無に等しいからだ。

だから、津村事務所には今後も地元での活動というものを疎かにしないで継続して欲しいと思う。



 益田さん 「農業」 2005年03月25日(金)

先日、政策秘書の佐竹さんから依頼があり、農業についてお話させてもらいました。
佐竹さんから問題提起。
「自給率」についての現在カロリーベースで計算されていて40%を切ってしまっているが、これを金額ベースで計算すると70%の自給率になる!?

農家には無かった発想にびっくり!

カロリーベースであれば、白菜などの野菜を生産しても水分が多くカロリーが低いので、自給率にはあまり貢献していないことになってしまいます。一方金額ベースだと国産は値段が高いので過大評価になってしまいます。

例えば「重量」で評価しても同じ事、乾燥させた穀類と、みずみずしい野菜と、かる〜い松茸など、どうにもなりません。

カロリーベースという、昔、栄養が足りなかった時代の評価法でいまだに議論していていいのだろうか?との問いかけに、私が感じている日本の農業、特に酪農についてお話しました。

現在の最新の酪農技術は、アメリカで作られたものが輸入されて日本中に広まっています。

少し偏りすぎた部分を、象徴的に取り上げれば・・・
「遺伝子組み替えで大量生産されたトウモロコシを食べさせて、受精卵移植やクローン技術で生み出した、スーパーカウと呼ばれる牛を飼って、牛乳の大量生産を行う」これが日本の酪農の教科書!?となります。

「アメリカ飼料穀物協会」によって作られた教科書は、トウモロコシの消費拡大はできるが、日本の農家の利益になっているのかどうか?

現実の農業の姿はもう少し事情が複雑で、これは消費者から見ると、関係者だけが取り組んできた「ブラックボックス」に近いかもしれません。

牛の餌「配合飼料」の中身は、トウモロコシだけではなくて、米ぬか、豆皮、麦の外皮、パンの耳、その他グルメのために取り除かれた「製造粕」が半分以上配合されている銘柄がほとんどです。

要するに、食品を製造する過程で廃棄される物は「配合飼料」になります。ですから、その「配合飼料」で生産された牛肉を食べることは、半分以上はリサイクルに貢献していることになります。

でも、ここから先が問題になります。
「製造粕」は日本の物だけではなくて、外国からも輸入されます。

砂糖を搾った粕「ピートパルプ」、トウモロコシの芯「コーンコブ」、コットンをつむいで残った種「綿実」、パイナップルの皮と芯、など、工場の脇に山と詰まれて廃棄されて行く物を有効利用しようと考える人は、世界中にいて、地球環境に貢献してくれています。

これらを輸入して有効利用することは、「自給率」以前に良いことだと思います。
ところが、食肉処理工場から出てくる物「肉骨粉」を有効利用して大失敗してしまいました。
たんぱく質を補うために「魚粉」は高価で「肉骨粉」は安価でした。

子牛の粉ミルクに血粉を混ぜれば下痢を防止できる技術などは、素晴らしい発見でした。

「狂牛病」で私達酪農家に突きつけられた問題はあまりにも重く過大に思えましたが、間違いは正す他に方法はありません。

今、農業は「環境」や「安全」といった、「自給率」以上に難しい課題を多方面にかかえています。
BSEなど、対アメリカではなくて、氷山の一角より大局的に国際ルールを設けて病気の撲滅や、リスク評価の基準やトレーサビリティーについて議論して欲しいと思っています。

誰かがどこかで、何か発言しなければ、何も問題なく、流れに呑み込まれて、静かに消えてしまいます。(どう〜する?ツムちゃん??)



 沖田  「☆岡山6日目☆」 2005年03月24日(木)

一昨昨日、風邪で倒れた沖田です。
元気だけがとりえでしたが、慣れないことをした所為か、体調を崩してしまい、議員や事務所のスタッフの方々、インターンメンバーに大変な迷惑をかけてしまいまいた。体調管理はキチンとしなくてはです。皆様、ごめんなさい。

一昨日・昨日は雨でしたが、今日はやっと天候が回復したので予定通りポスター貼りに行きました☆
私が行ったのは、山の麓の畑だらけ地域でした。そのため、農家のお家が多く、ご高齢の方が多い場所でもありました。インターンの醍醐味は、普段は話せない世代や、環境の方と話せること。今日はこのことを本当にかみ締めた日でした。横浜で普通に大学生してるときとは、触れ合う環境も、人も違います。

以前に議員から「多分、インターンで、一番心に残るのは、偉い人とか有名な人に会ったとかいうことよりも普通に地元でおじいちゃんやおばあちゃんと話したことだと思うよ」というような趣旨の事を言われたことがあります。
岡山に来て、地元活動をさせていただいて、まだ3回目ですが、ほんの少しだけ、議員のおっしゃったことを身を持って感じた気がします。

ポスター貼りという活動を通じて、人と交流できるということ。これは本当に貴重な経験です。
・・・そんな感じに山々をバックに咲く梅を見ながら、物思いに耽っていたら雨が降ってきてポスター貼りは途中で撤収することになってしまいました。残念。

岡山での活動も気付いたらあと4日になっていました!素で今気付きました!・・・ということで、あとは体調管理に気をつけてがんばります!!!



 河田 「イラクの平和と未来のために」 2005年03月24日(木)

家に帰ってからも、ずっと考えていた。気持ちの整理がつかず、どうしていいか分からない自分がいた。
けれど、代議士に「高遠さんの話、秘書日記に書いておいて」という言葉におされて、一日経った今パソコンに向かっている。

昨日、昨年のイラク人質拘束事件の被害者の高遠奈穂子さんが、小林千代美議員をおたずねになった。貴重なお話を伺えるということで、議員にもお声をかけていただき、私は議員とともに小林千代美議員のお部屋にうかがった。
最初は軽い気持ちだった。高遠さんが今現在何をなさっているのか知りたかったし、めったに伺える話じゃないし、という興味半分だった。

けれど、高遠さんが持参したパソコンに映し出されているイラクの現状は目を覆いたくなるようなものばかりだった。恐ろしさで身の毛もよだち、涙があふれてきた。
空爆でがれきの山と化した家の前で途方にくれている男性、結婚式の誤爆によって一瞬にして失われた命、まだ幼い少女の遺体にとりすがって泣いている父親とおぼしき人、米軍の遺体輸送の黒いビニールにくるまれた遺体の数々・・・。中には、野犬などに食い荒らされたであろう人間とも判別できない遺体、後頭部に銃弾の痕が残っている遺体、化学兵器のためと思われる腐敗もしていない不自然な遺体・・・。

それらを淡々と説明する高遠さん。彼女は特に感情的に訴えるわけではない。

「今は、『自己責任ボランティア』も外国メディアもいっさい入れないんです。この映像は、イラク人たちが、必死の思いで撮ったもの。撮っていることが見つかったら、処刑されちゃうと思います。記録したメディアも見つかったら、ディスクは破壊されちゃうし・・・。だから撮ったらすぐ何枚もコピーをとってると思います。その後、信頼できる外国人にディスクを渡すんです。それがこれです。」
「インタビューなんかは私のほうでカットして編集しました。だって、私のせいで彼らが殺されちゃったら嫌だもん。」

淡々と語るだけに、話は真実味を帯びている。映像が胸に迫ってくる。でも、それはすべてではない。

「パソコンでは伝わらないけど、すごい死臭だと思いますよ。30キロ先まで漂っている、って聞きました。このときのイラクの気温は40度。遺体の腐敗はすさまじいでしょう。」

お話の最後に、高遠さんが関わっている学校建設プロジェクトの写真を見せてくれた。きれいなブルーの色に塗られた壁。電気や空調のためのシーリングファンもついている。何より、学ぶ意欲のある子どもたちが集まっている。

「学校をつくってるときに、雇った青年がいたんだけど、彼は、自爆テロをさせられようとして、おかしい、って思って逃げてきたの。その青年は、『やっぱり自分の町を破壊するようなことはおかしいと思う。こうやって町をつくっていくことに携わりたい。』って言ってくれたんです。私は、それを聞いて、とても嬉しかった。学校をつくることは、雇用も創出しているし、憎しみから人々を引き離しているんです。」

学校の費用は、日本で集めた寄付によってまかなわれている。けれど、そのことを知っているイラク人たちは公表できない。外国人とつるんでいる、ということが分かっただけで、命が危ないからだ。小学校の校長がPTAの前で開校の挨拶をしたときにも、彼は日本のおかげだ、とノドまで出かかったが、言えなかったのだという。

高遠さんから、この学校の話を聞けたことは、唯一の救いだった。
戦争は、町や人の命を破壊するだけではない。未来も、希望も、理性も、感情も破壊してしまう。そして、憎しみの連鎖だけが残る。

「イラクは泥沼化なんて言われていますが、私ね、内戦にはならないんじゃないかと思うんです。これは希望も含めてですけどね。外国人武装勢力もアメリカ軍も、イラク内部を混乱させようとしているんです。でも、イラク人はイラク人である、ということでひとつになってます。昔はシーア派だ、スンニ派だと名乗っていたけれど、僕たちはイラク人でひとつだ、と。だから、私はまだ希望を持ってるんです。」

彼女の想いがつづられている高遠さんのブログ「イラク・ホープ・ダイアリー」http://iraqhope.exblog.jp/をぜひ見て欲しいと思う。そして、もしあなたのお住まいの近くで報告会が開かれるなら、ぜひ足を運んで自分の目で見て聞いて欲しい。

私は何をすべきなのか。お話を聞き終わってから、ずっと考えている。その答えをいまだ見つけられない。
ただ、この日本の地で祈ることしかできない。イラクのために。アメリカのために。平和のために。未来のために。子どもたちのために。家族を失った人のために。絶望のふちにいる人のために。高遠さんのために。平和をつくりだす人のために。そして何より、国の為政者のために。



 長沼  「雨と喜寿」 2005年03月23日(水)

今日はインターン生、3人とも雨のためポスター貼り中止。
雨ニモマケテ風邪ニモマケテ ソンナモヤシニ私ハナリタイ と言ったものかは知りませんが。

夕方から、喜寿を迎えておられる元秘書の方からレクチャーをいただきました。
江田三郎氏、江田五月氏の側近として何十年も勤められた方です。やはり、旧社会党書記長を15年も勤められた方の側近ということもあり、体験談を交えながらのお話に厚みがあります。「いい経験になると思って」などと言っている「『ぼく、いろいろと体験したいんすぅ』症候群」のインターン生については、「政治のことについて知りたいのなら、ちゃんとした本を読んで勉強しなさい」と一喝。確かに自分は考えが甘いです。反省して勉強します。



 町田  「雨、雨、雨」 2005年03月22日(火)

今日の岡山は朝から雨。

議員の朝街宣に同行し、手伝いをしました。あの雨でかつ寒い中、傘も差さずに通行者に呼びかける我がボスには脱帽。政治家の活動って本当に大変だと思いました。
しかし、そんな中でも挨拶してくれる方がいると、嬉しいですね。今日も手を振ったり、車でパッシングやクラクションにより応えてくれる方が結構いて、本当に励みになりました。

街宣終了後、私達は事務所に戻りましたが、本来予定していたポスター貼りの仕事は雨のためキャンセル。終日事務所にてデスクワーク。いつもより、ノンビリとした1日でした。でも、たまにはこんな日も必要ですよね?
というのも、実は今、岡山の津村啓介事務所では、風邪が流行り始めています。秘書の方、数人が被害に会っていて、インターン生の仲間も2人ダウンしています。
皆さんも体調には気を付けて下さい。



 I さん 「事務所事情その4」 2005年03月22日(火)

春が来ました!春が来たのは、津村事務所にです。とても「若い」新人秘書達のことです。関係者の方々が御心配して下さるなか、やっとこの度2名の新しい秘書が決まりました。本当にお二人とも若く、初々しい印象です。これから大変でしょうが、きっと代議士を支えて下さると思っています。



 長沼  「インターン3日目」 2005年03月21日(月)

岡山での研修がスタートしましたが、初日から二日目にかけて完全にダウンしていました。24時間きっかり睡眠をとって、本日から本格始動です。

今回2回目のポスター貼り。1日目はちょっと散々だったのですが、今日担当した地域は人が温かいというか、耳を傾けてくれる方ばかりでした。ポスターを貼るとなると、やはり抵抗感のある方が多いですが、津村さんを支持してくださる方も多く、元気付けられる機会が多くありました。逆に、特に民主党を支持しているわけではなくても、「減るもんじゃなしに」と貼らせてくださる方もいらっしゃいました。

今日、訪問した地域は、景色がきれいで、かなり古くからの建物も多く、歴史を感じさせるものだったのですが、こういうのに触れるにつけ「地方は保守的でけしからん」と日頃から僕が思っている考えも変化してくるものです。



 田中 「“若いチカラ”のポスター貼り☆」 2005年03月21日(月)

田口秘書も書いておりますが、現在インターン学生が東京から岡山に研修に来ております。岡山での活動のメインはポスター貼りです。もちろんみんなポスター貼りは初体験です。
見知らぬお宅をポスター片手に訪問に訪問する、インターン生のちょっぴり緊張した横顔。そしてポスターの掲示許可がとれたときの本当にうれしそうな笑顔。そんな初々しいながらも、日々成長していく彼らと一緒にいると、“若い”っていいなー としみじみ感じ入ったのです。いやいや、私も現役の“若い力”なんですが…



 増田 「ポスター貼り研修」 2005年03月21日(月)

先週末から東京のインターン組も来岡し、地元でも頑張ってくれている「ポスター貼り」、なんと今回は党本部からの講師の依頼を受けて、民主党秘書会研修に仙台まで行ってきました。田中秘書や田口秘書などは私よりもポスター貼りが上手ですが、今回は事務所を代表して私が参加してきました。
30人以上、かつ経験豊富な他事務所の秘書さんを前にして講義?をするに当たって、やっぱり緊張しましたが、こと「ポスター貼り」については、ツムジム初期から最も力を入れノウハウを蓄積している取り組み。名人磯野君や沢山のボランティアスタッフの勇姿を思い出しながら、自信を持って話すことが出来たと思います。仙台滞在期間の出来事についてはもう少しまた詳しく書こうかと思いますが、、、とりあえず今日のご報告は以上とします。。



 沖田  「初☆ポスター貼り」 2005年03月19日(土)

小心者の私は内心かなりビビッてました・・・。ですが、自分自身、家にいきなり「ポスター貼らせてください・・・」と来られても、普通断るだろ!断られて当たり前だ!と思って気合いれてピンポーン♪しました。

「民主党の・・・」と言っただけで、インターフォンを切られてしまうお宅も、忙しいと言われてあしらわれてしまうお宅も、中には、時間を割いてお話を聞いていただけるお宅もありました。
色々なお宅がありましたが、どのお宅も、どの方も、それぞれの事情の上に判断しておられるのでしょう。
ポスターを貼らせていただくという支援の方法でなくても、その方に合った、別の方法で支援していただけるよう、お話をしていくのが重要なのではないかと思いました。

今後のインターンの活動予定のほとんどがポスター貼りです。
ポスターを貼るための技術(?)を向上させるのはもちろんですが、それ以外にも色々なことが学べるだろう事を、とても楽しみににしています。
一週間という短い期間ですが、精一杯やっていきたいと思います。



 町田  「インターン生、岡山で始動」 2005年03月19日(土)

いよいよ地元でのインターン活動スタートです。
岡山1日目は、議員の朝街宣に同行し、「げっつむ」のポスティング、さらにはポスター貼りをしました。

ポスタ−貼りは、軽く衝撃を受けました。どの家を訪ねても、ポスターを貼ってもよいという許可をもらえず。結局私の担当した地区では、1枚もポスターを貼ることが出来ずじまい。
軽く人間不信になりそうです。
いつもこれをしている議員や秘書、スタッフの方々は、本当にタフだと思いました。そもそもこれくらいのことで挫けているようでは、きっと政治に携わる仕事などできないのでしょう。こういう積み重ねこそが大切だと、聞いてはいましたが、ポスター貼の仕事を通じて、その真意が少しわかったような気がします。

その大切な地元での仕事を明日からも頑張ろうと思います。
負けないぞっ!



 田口 「インターン合宿1日目」 2005年03月19日(土)

津村、インターン2期生3人、田中秘書、自分の6人で久しぶりに新規ポスター貼りへ出かけた。今までほとんど手をつけたことのない地域、また住宅地ということもあり、かなり難易度の高いポスター貼りだと思いとても気合を入れてのぞんだ。
今日から3連休なので留守宅も多く、断られる確率も高い中、初めて経験するインターン生を見ると、みんな必死で頑張っている姿に自分も初めてポスター貼りに行った時の事を思い出し、いつも以上にねばってお願いした。インターン生にはぜひともポスター貼りの極意を習得してもらいたい。

沖田さん 町田君
長沼君


  増田 「ポスター貼り研修 〜詳細再掲〜」 2005年03月19日(土)

朝7時起床。緊張と体調不良(今もあとをひくひどい風邪を引いてしまいました・・)で食欲無し。。朝食をカットしてギリギリまで休むことにした。

9時の講習開始時点では、30名の秘書・候補者の皆さんが揃われた。メンバーを見渡しても、ほぼ皆さんが年配でちょっと恐縮。直前には開き直ることが出来た。プレゼンは、、、レジュメに沿って簡単にしたつもりだったが、皆さんには物足りなかったかもしれません。それでもとても熱心に聴いていただきました。感謝。

10時からはいよいよ実践講習ということで、各班に分かれて街に繰り出すこととなった。私の班は青森で頑張っておられる候補者のTさん、秘書のWさんと東京I事務所のOさん、地元のS事務所のWさんと私の5名。仙台市将監(しょうげん)という地域にお邪魔することになった。地元でお仕事をされるWさんがいらしたので、事前に地域のことをみんなで伺いながら電車で現地へ。現地について、2班に分かれる。私とT事務所のWさん、I事務所のOさんの3名で10時50分スタート。
将監は高級住宅街という感じ。事前に「宮城県は個人宅に政党のポスターを貼る文化がそんなに定着してないんですよ〜」とか聞いてたし、手ごわそうだなぁ・・・と最初から若干及び腰。。ではいけないと3人で頑張りましょうと言って、最初の数件を全員で回った後はひとりひとりになって本格稼働開始!

昼食が12時に宮城2区のM事務所集合だったため、午前中はあまり回れなかったのだが、3人で約40件の訪問で、成果は・・・なんと1枚。イタタ・・というスタートになってしまった。午前中は「民主党応援してるわよ」という声も聞けず、厳しい印象を持つ。M事務所では、岩手のO事務所の秘書さん他沢山の方が作業をされていた。ご挨拶して昼食はラーメン。もう1チームの候補者Tさん・S事務所のWさんペアは午前中5枚。なんだ貼れるじゃん!と午後からに向けて気合が入る。

再び将監に戻ったのが13時半、チームで私が5枚、Oさんが2枚、Wさんが2枚、朝とあわせてなんとか10枚を確保。もう1チーム、Tさん・Wさんと午後から参加の大阪の候補者Kさんで午後から9枚。班全体の1日計は24枚と皆さんの頑張りでなんとか講師の面目を保たせていただきました。

ホテルに戻ったのが17時過ぎ、報告会では30枚貼り切った班もあり、当方は第2位。良かったです。。。安心したところで夕食をいただき、さらに有志のみなさんと「牛タンツアーpart2」。戻ったら23時になっていましたが、風邪がピークを迎えてひどい状態になってしまいました。。。


3日目は冒頭にご挨拶だけさせていただいて(ありがとうございました!)中座。夕方16時過ぎまで電車に揺られて岡山に帰りました。

今回、民主党本部の研修講師などという大役を事務所にいただいたわけですが、なんとか無事に日程を終えることが出来ました。全国の事務所で頑張る諸先輩方からも「資料が充実してて良かったよ!」などと嬉しいお言葉をいただいています。
現在、地元で頑張る根木・田中・田口秘書やこれまでお手伝いいただいたボランティアのみなさん、代議士本人の力、総合力で評価されていることを素直に喜びたいと思います。とはいえ、ポスター貼りに関しても、まだまだ発展途上。今回いただいたご意見も踏まえ、更に向上していけるよう、努力を続けて行きたいと思っています。



  増田 「ポスター貼り研修 〜詳細再掲〜」 2005年03月18日(金)

朝9時に出勤し、若干事務作業をした後、田中秘書に送ってもらいすぐに岡山駅へ。
10時過ぎの新幹線に飛び乗って、東京までは3時間半。道中、今回の研修にあたって準備した資料を見直す。今回の資料は、以前「ツムジムマニュアル」として代議士本人が作成したものを体裁を整えたものを用意した。30分ほど資料を見て、後は先日買った村上春樹の「海辺のカフカ」に没頭。気付いたらもう東京駅だった。

13時過ぎ、慌てて荷物をまとめて下車。東京駅に降りると、そのまんまだがいつも「人がいっぱいだな」と思う。まずは国会事務所に向かおうとするが、地下鉄の乗り口をさがすのに手間取り、大きな荷物を抱えてコンコースのど真ん中で一息。
国会までは地下鉄で4駅。電車に乗ってからはすぐに着いたが、東京はいいお天気で事務所に着いた頃には一汗かいていた。

佐竹・河田秘書やパートのSさんに久しぶりにお会いして、すぐに秘書会長のK秘書のところへご挨拶。どんな方だろうかと緊張していたが、気さくでお話のしやすい方。岡山にゆかりがある方であることもあって、地域の話もはずんだ、一安心。党本部へもご挨拶に向かう途中で、地元で共に競い合っているK事務所のH秘書とばったり。「こんにちは。おひさしぶりですね。」とさわやかにご挨拶いただいた。面識は一度しかないが、覚えていただいていた模様。

党本部に名刺でご挨拶した後、すぐに東京事務所を出て、一路宮城へ。東北新幹線は16時台ほぼ満席でちょっとびっくり。とにかく座れたので良かった。2時間ごとごとゆられて、人生初の仙台に足を踏み出したのがほぼ19時。

20時から、秘書会長Kさんや現地で合流したO事務所のKさん、M事務所のIさんら先輩方にご好意でお誘いいただき、夜の仙台に食事に出る。途中、大先輩のT事務所Sさんも合流。仙台の名店、「太助」の牛タンに舌鼓。明日は緊張するなぁ・・・・と思いつつ就寝、23時。



 河田 「被害者支援の充実=社会の成熟度?」 2005年03月17日(木)

本日、犯罪被害者等基本法の施行に向けて、内閣府の「犯罪被害者等施策推進準備室」の方たちと、犯罪被害者団体、および日本弁護士連合会からヒアリングを行いました。

今月20日には、地下鉄サリン事件が起きてから10年目を迎えます。この未曾有のテロ事件によって、犯罪被害者の精神的被害が広く国民に認知されることとなりました。けれど、被害者の権利や利益が守られているかというと、欧米に比べるとまだまだ立ち遅れているというのが現状です。

昨年12月1日に議員立法として「犯罪被害者等基本法」が成立したということは、今まではまったく法律に触れられていない被害者の人権の視点に立っている、という点では画期的なことだと思います。しかし、この基本法は枠組みにしか過ぎず、具体的な施策に関してはこれから準備されていくとのことです。具体的な運用が被害者の視点に立って行われるために、今回のヒアリングの機会が設けられました。

地下鉄サリン事件の被害者の方、少年犯罪の被害者の方、交通事故の被害者の方などなど、さまざまなケースで犯罪に巻き込まれた方のご家族・ご遺族の方たちのお話を伺いました。事件の経緯すら明らかにされない、被害の補償はなんらされない、治療や弁護士費用はかさむ、周囲の理解がなく転居や退職せざるを得ない・・・。などなど、被害者の方々の訴えは身につまされるものがありました。

あわせて、9.11ニューヨークテロ被害者のご家族の方たちからもお話を伺いました。アメリカでは、テロが起きてからすぐに支援グループが立ち上がり、被害者の治療や心のケアをサポートしたそうです。また、十分な補償金が支払われたそうです。
日本の状況とあまりに違っていて、とても驚きました。

被害者支援の充実度は、社会の成熟度をはかる基準だとも言われます。これは、犯罪被害者だけでなく、人権一般に関してもそうだと思います。政府の責任として被害者の人権が守られるということは大きな進歩かもしれませんが、政府だけではなく、ともに生きる私たち一人ひとりの意識も変わっていかなくてはいけないのだ、と思わされました。



 長沼滋雄  「激しいネタ集め」 2005年03月17日(木)

代議士に国会質問のネタ集めを頼まれて、とにかくこの数日間はよく働きました。資料を集めて論点を整理して、要約して、問題点を探して、etc..という結構自分向きの作業でした。そこで、持ち帰ってあまり寝ないでやりました。僕はもともと仕事嫌いの人間なのですが、どうも自分の好きなことだと熱中してしまいます。もっとも「嫌いなことはいい加減」というのは直さねばと思います。

そんなかんじで、明日からは代議士の地元岡山での活動です。僕、実は京都より西に行くのははじめてです。これまでは、東京の活動で「政治家と政治家の政治」を学びましたが、次は「政治家と市民の間の政治」なのかなと認識しています。楽しみです。



 町田智彦  「日々勉強」 2005年03月16日(水)

2月から3月にかけて、津村啓介事務所でインターンをさせて頂いております、町田智彦と申します。現在、横浜国立大学経済学部経済法学科2年生です。大学が春休みの間、3月中旬までは東京の衆議院会館事務所で活動し、3月中旬から下旬にかけては岡山の事務所にて泊り込みで活動する予定です。

お恥ずかしい話、政治に関しては無知に近いです。ではなぜ、今回インターンに参加しようと思ったかと申しますと、単に好奇心からという理由が強いです。普段、一般生活を送っている上では、なかなか直接関わることのできない政治の世界を覗くことができるということに大変興味が湧き、NPO法人「ドットジェーピ−」を通じて、今回のインターンに参加しました。

実は、本日が東京の事務所での活動は最終日です。今週末からは岡山事務所での活動が始まります。

東京でのインターン活動をしていて特に刺激を受けたのが、本会議をはじめとする各種会議・委員会の傍聴。この傍聴を通じて、実際に生の政治の現場に触れ、様々な面で、しばしば考えさせられました。また、事務所における各種事務作業からも学んだことは多いです。日々勉強で、充実したインターン生活を送らせて頂いております。

たった2ヶ月の限られた期間でのインターン。できるだけ政治に関していろいろな経験をしたいと思っておりますので、これからの岡山での地元活動も大変楽しみにしています。
残りのインターン生活も楽しみながら頑張りたいと思います。



 佐竹 「超満員でした」 2005年03月16日(水)

たまたま、代議士が差し替え(=他の代議士に代わって委員となること)で総務委員会に出席なさることになり、カメラで記録することになりました。
委員会の撮影は“公設秘書に限る”という意味不明の規則があるのです。さらに委員会の現場で“撮影許可証”を本人が頂くわけですから。某与党では私設秘書が社長さんだったり、私設秘書がもっぱら役所に出入りという実態もあるのに。それは望ましくないけれど、公設・私設のこの差別はおかしい気がします(委員会撮影がいやだと言っているのではありませんが)。

それにしても、傍聴席とその後ろの通路は超満員!!歩くのも大変なくらい。カメラの砲列、記者、傍聴者・・・。人の間から、背伸びしたり、しゃがんだり、右往左往。それにしてもこの人気!あるいは政治への関心のたかまり!
と思ったら、答弁席はNHK橋本会長、和崎理事、宮下理事等々、そうです録画編集深夜送りで批判されて生中継となった総務委員会NHK集中審議だったのです。

受信料不払いについて「国民の理解と我々の努力(抗議から不平等感へという悪循環入りでの予算危機へ)」のキマリ文句とか「番組制作基準に則るが公表できない」とか「誰に会ったか記録にも記憶にもない(政治介入重要部分について)」とか、これではNHK再生感は得られない雰囲気。「真剣さ、深刻さ」より「官僚性と無責任」の印象が強かった気がします。まさか、“ひとの噂も75日”と“耐えて、やり過ごす”策ではないでしょうが。



 根木 「財産」 2005年03月15日(火)

今日はお願い事があって、支持者のHさんを訪問してきました。「来年70になるのよ」といいながらもHさんはいつもお元気で、逆に「若い力。」がウリの私たちが励まされたり、元気をもらったりしています。
今日も「実は昨日凹むことがあったんですよ〜」と話を聞いていただくと、「それはこういう風にプラス思考に考えればいいのよ、大丈夫大丈夫」と背中をぽんとたたいてくださいました。(内容は言えませんが)目からウロコのアドバイスに気持ちがとっても軽くなりました。これで当分、凹みません。Hさんには今日も元気と、言葉のプレゼントをいただきました。

政治家の秘書は、多くの方に会って議員のことを皆様にお伝えするのが仕事です。事務所に入ってから1年半、本当に多くの方々と出会い、色んなことを教えていただきました。もし、その方々を財産に例えるなら、私は津村と出会い事務所に誘ってもらったお陰で大きな財産を得ました。議員はもちろん、秘書も多くの方々に見守られています。これからも色々教えていただきながら成長してまいりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。



 長沼滋雄  「目覚めのメモ取り」 2005年03月15日(火)

2月からインターンをさせて頂いている長沼です。一橋大経済学部の1年です。
とはいいましても、東京での活動はあと数日ほど。来週からは岡山での活動をお手伝いさせていただきます。

この数十日、国政を直に体験することができました。
インターン生は朝の民主党の部門会議のメモ取りが朝の日課です。これが最初は結構大変で、会話というのは、特に専門的な話は流れを掴むのが難しいです。財務金融の会議のときなどは、ものすごく難しいです。経済学部なのに。
しかし、この会議、結構面白いです。ほとんどの場合、政治家の質問に官僚が答えるというもの。官僚さんにもいろいろなひとがいて、ものわかりのいい人、はぐらかす人、いろいろいます。この質疑のやりとりのなかで、法案や政策に補足や譲歩が入ったり、入らなかったりで、洗練されていく過程は見ていて興味深いものです。見た目、難しい話をしていて、よくわからなくても、よく噛み砕いて聞いてみると、実際にはとても生産的な作業が行われていることに気づきます。もちろん、やっている方は大変な重労働でしょう。
政治家の選挙運動とは違った顔が見れます。



 I さん 「事務所事情その3」 2005年03月14日(月)

昨日と今日の両日、2次面接が実施されました。たまたま今日は傍らで事務作業をしていたため、面接風景を垣間見ることになりました。来られた3名の方は、年齢も性別もまちまちで、どの方も個性的のように感じられました。代議士もいつになく真剣な表情で、どこかの総理大臣ではないですが、「苦渋の選択」といった心境でしょう。あと一息です。頑張って下さい、と心の中で呟きました。



 田口 「操法訓練」 2005年03月14日(月)

今日も昨日と同様にとても寒い1日だった。終日議員随行で朝街宣をしたあと、午前中は消防の操法訓練大会に出席した。去年は自然災害の多い年で、消防団の方々が活躍されたが、いざというときに協力し、機敏に動けるのは、日頃からこのような基本動作を日々練習されている賜物だと思った。今後も地域に密着してがんばって欲しい。



 田中 「心のゆとり」 2005年03月13日(日)

小雪のちらつく中ポスター掲示のお願いに玉野をまわっていました。
あるお宅にいったときのことです。そのお宅はこころよくポスターを貼らせていただいたのですが、お礼を述べてその場をあとにしようとすると、「ちょっと待たれ〜」と呼び止められました。その方は、自動販売機にかけより、ボタンを押すとコーヒー片手にかけもどり、「寒い中たいへんじゃろ〜」と私にあったか〜いコーヒーを差し出してくれるのです。

ふだん地域をまわる中で、お叱りをうける場面ももちろんあるのですが、その一方こういった思いがけない人の優しさに触れる場面も多々あります。自分のことばかりでいっぱいで余裕をなくしがちな最近ですが、このように自然に他人にやさしくふるまえる心のゆとりをもてるようになりたいなと、私は思いました。



 根木 「確定申告」 2005年03月11日(金)

今日、代議士+秘書の確定申告をしてきました。
さすがに締切り間近とあって、大勢の方が申告に来られていました。税務署の職員の方も、大忙しです。「わからない人は手を挙げてくださぁぁい」という声があった瞬間、あちこちから手が挙がります。ひとつの質問が終わるとすぐ次の方の対応にかかるという状態なので、なかなか一枚が終わらず、わからないところだらけの私はずっとバンザイしておきたい心境にかられました。
コンピュータ入力で簡単になったとはいえ、私の入力で代議士や秘書の納付・還付額が決まるので、「間違えないように」と思うと緊張します。
何度も手を挙げ、進んだり戻ったりしながらもなんとか申告のフォーマットを作り終え、今日の作業は一旦終了。あとは各税務署に申告書を提出し、納付したり、還付を待ったりです。

それにしても、源泉徴収票や給与明細に記載されてある数字をまじまじと見たのは久しぶり。実は会社員時代から、自分のお給料から何がいくら引かれているのか、あまり気にしたことはありませんでした。こうして確定申告をしてみると、自分が払った税金がどこでどのように使われているのか気になります。

また、このような手続きには、専門家でなくても「知っておくと得する情報」が多々あるので、少しずつ知識を増やしていきたいと思います。



 佐竹 「素晴らしい人たち」 2005年03月11日(金)

二カ月ぶりに岡山へ行ってきました。陳情やら政策やら要請やらに直接応対するためです。
多くの場合、紙だけでは陳情処理の方針の立たず、全く複雑な経緯や事実は、直接話しを聞き膨大な資料を読まなければなりません。今も持ち帰った資料と苦闘しています。持っていったほうの膨大な資料は、読むのはアチラなので、“重い”というだけのことです。

友達扱いしては失礼かもしれませんが、IさんとMさんという素晴らしい人がいます。こういう人が周りにいる限り、津村啓介とその事務所は安泰だ、と僕は思っています。
Iさんは昨年10月の台風被害者ですが、一貫して災害対策・復旧活動を先頭にたって続けているだけでなく、地域での防災とそれに役立つ地図や方法を、今も追求されています。
Mさんは酪農を経営されながら、環境との調和や国際的視野のもとで、日本農業を根本的に見直そうとしている人です。

お二人とも、ぜひともその行動と思考を、外に伝えてほしい人です。現場の知恵、現場から見る確かさを感じて帰ってきました。



 河田 「製造物責任法(PL法)―『ヒト』から『モノ』へ―」 2005年03月11日(金)

昨日は、定例の「人権・消費者問題調査会」の会議を津村が担当して行いました。津村は「人権・消費者問題調査会」の事務局次長として、このたび「製造物責任法(PL法)」をとりあげさせていただくことになったのです。

はじめに、内閣府と国民生活センターよりこれまでの相談件数や訴訟の動向についてご説明をいただき、続いて中村雅人弁護士より被害者の実情をふまえた改正提案がなされました。中村弁護士は最初からPL法に取り組んでいらっしゃり、小宮山洋子・ネクスト人権消費者問題担当大臣も、まだNHKにお勤めであったころに、中村雅人弁護士にいろいろとご相談しながら番組作りをなさっていたそうです。

このPL法は、欠陥商品の被害から消費者を守るためにつくられた法律です。つまり、これまでは「ヒト」の責任だったものが、「モノ」の責任へと大きく視点の変わる法律だったわけです。
ところが、施工されて10年たったものの、まだ一度も見直しがされていません。それでは、この法律は見直す必要のないものかというと、訴訟件数は約60件(国民生活センター)と非常に低いことからも明らかなように、消費者にとって非常に使い勝手の悪いものであるようです。

本来は、このPL法がもっと活用されて、消費者が安心してモノを使える社会にならなければならないはずです。けれども、訴訟になっても、事故がおこった原因を非常に高い水準まで証明しないといけなかったり、開発時には分からなかったという抗弁が成り立ってしまったり、アメリカでは認められているような「付加金(懲罰賠償)」がないために、結局裁判費用の持ち出しになってしまったり・・・と課題は山積です。

こうしたPL法の適用は、一時期問題となったピッキングの被害や、今話題の偽造キャッシュカードにも応用可能な法律です。私たち消費者の権利は守られるべきだし、欠陥商品などがつくられることのない、安心・安全な社会でなければなりません。そのためにも、この10年目を節目として、PL法の改正にむけて津村も取り組ませていただきます。



 I さん 「徒然なるままに・・事務所事情その2」 2005年03月07日(月)

先日、津村事務所では、新しい秘書の採用の為、採用試験を実施致しました。どんな方がスタッフに加わるのか、関係者の方は興味津々といったところのようです。採用された方は、難関を突破されて来られるわけですから、是非頑張っていただきたいと思います。



 増田 「体調不良。」 2005年03月07日(月)

この2〜3月にかけては、1年の中でも行事が集中し、事務方が比較的タイトになる時期」。去年より人数が減った津村事務所も、、、「ギシギシいいながら」(壊れそうでなかなか壊れないですが)この忙しい時期を走り続けています。

僕も岡山に来てもう1年と3ヶ月。実はほとんど体調を崩したことがなかったのを密かな自慢にしていたのですが、ここ2週間は2回も風邪を引いてしまいました。体調不良。僕の方が年齢が下ですが、代議士の体力には敵いませんね。

求人広告を出してから1ヶ月、沢山のご応募から絞り込まれた「新しい仲間」がもうすぐ加わる予定です!即戦力の仲間を迎えて、一旦体制を立て直し、もう少しゆとりを持ちたい・・・というのが今の本音です・・・・(哀)



 増田 「連合岡山中央総決起集会」 2005年03月6日(日)

連合岡山主催の「2005春季生活闘争岡山県中央総決起集会」に根木・田中両秘書と、ボランティアのMさん、企業で頑張る若手の二人と計7人で参加してきました。

開始5分前くらいに会場の大供公園にすべりこんだら、すでに公園を埋め尽くさんばかりの人で大盛況でした。民主党関係者は・・・残念ながら思ったより人が来ていませんでした。森本会長や江田議員の挨拶で勢いがついた後、約1時間かけて大供公園から岡山駅前までデモ行進。気候も良く、声をあわせながら歩くのもスムーズでした。初めてデモ行進に参加した若手の二人が、「普段はなかなか労働活動って見る機会がなかったんで、実際こんなことしてるんだっていうのは初めて知りました。」と話していたのは印象的。僕も実際そうでした。

現在、短期契約社員や派遣社員など新しい形の期限付き雇用が増加し、また若い世代の転職も増え、雇用・労働のあり方も変わってきています。いわゆる「非正規雇用」の中には、雇用期間は短く労働者に不安定な地位を強制しながら、反覆更新することで労働力を長期に利用するという「脱法的な形態」も少なくないと聞きます。正社員や契約社員全て含めた様々な雇用と労働の問題については、まだまだ勉強不足。機会を作って勉強していきたいと考えています。



 田中 「ひょうたんまつり」 2005年03月06日(日)

今日、灘崎町で催された「ひょうたんまつり」に行ってきました。ひょうたんは灘崎町の特産品です。
終了間際に行ったにもかかわらず、お祭りの役員の方にすごく親切にしていただき、議員ともども各テーブルに案内していただきました。小さなキーホルダーになるようなひょうたんから、両手でかかえてようやく持てるすごく大きなひょうたんまで多種多様なひょうたんを見ることができ、とても興味深く感じました。

岡山市と合併することになる灘崎町ですが、これからもこういったユニークなお祭りが催される限り、地域の特性というのはそう簡単に失われることはないのだと、私は思ったのです。



 田口 「ポスター貼り習得」 2005年03月05日(土)

今日はとても風の強い中ポスター貼りに出かけた。
最近頻繁にポスター貼りに出かけているが、車で街中を走っていると、「次はここの壁に貼ろう」「このポスターの貼り方は目立たない」「この壁はすぐはがれてしまう」「ここは剥がすときあとが残ってしまう」など、なんとなくポスター貼りが板についてきたように思う。しかし前回貼らせていただいたお宅に伺うと、あとが残ったので今回は無理など、貼る事だけ考えるのではなく、後の処理の方が大事だと思った。
まだまだ「ポスター貼りのプロ」田中秘書には及ばないがこれからも増やしていきたい。

ポスターを貼っても良いよと言う方がいれば、是非事務所へご連絡ください。



 河田 「メディアとのお付き合い」 2005年03月03日(木)

気がつくともう3月。春が待ち遠しいですね。

ところで、先日、「民主党秘書研修会」に参加してきました。
この研修会は、毎週月曜日の午後6時から約1時間行われているものです。「政権準備党」の秘書として、一人ひとりのスキルアップを図る、というのが目的で、実務講座や知識講座など多岐にわたって学んでいます。毎回、仕事の合間をぬって、数十人の秘書さんたちが参加しています。

今回は、「政治とメディア」という題名で明治学院大学法学部長の川上和久先生からお話を伺いました。この方は、当時の鳩山由紀夫代表が明治学院大学での政治講演会において、日本テレビの「電波少年」が鳩山代表を揶揄する替え歌を歌ったことに抗議し、放送中止に追い込んだ、という経歴の持ち主です。

講演のサブタイトルは「政治・メディア・世論の不幸な関係?」ということで、レジュメもきっちり用意されてお話くださいました。政治におけるメディア戦略の重要性をアメリカのイラク戦争の例や、今話題の「NHK vs. 朝日」の話を例に分かりやすくご説明くださいました。「民主党はメディア戦略がその場しのぎ」などの辛口意見もありましたが、改めてメディアとの距離感やバランスを考えさせられるお話でした。

津村事務所にもときどきマスコミの方がおみえになりますが、秘書も日ごろのお付き合いを大事にしていかないといけないなぁ、と思わされました。


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2005/3

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