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秘書・スタッフ日記 2005年 1月1日〜31日


  増田 「忙しい時期」 2005年01月28日(金)

このところなんだかかなり忙しくなったような??気がします。それはやっぱり山崎君が抜けたから、、というだけではなくて、1年の計を練ったり、前年会計をしめたり、、、そういえば1年の中でもとにかく事務作業が沢山発生する時期でした。3月には確定申告と総支部の大会も控えています。

というわけで、今日は朝からずっと事務所でデスクワーク。平日の金曜日、なぜか電話も来客も全くありません。
朝、各HPのチェック30分・週末に行う事務局会議のレジュメに1時間半・昼食・メールチェック30分・会計補助に1時間・事務局会議のレジュメ修正1時間・党関係資料作成に2時間・・・という1日でした。(もちろん途中ときどき休憩をはさみます!)
いつもお世話になっているYさんの「秘書は外にでにゃ〜おえん!」という声が聞こえてきそうですが、事務所には色んな仕事があって、優先順位も含めて実は内外半々くらいなんじゃないかって最近思ってます。



 田口 「時期」 2005年01月26日(水)

今日、ボランティアの方と掲示板設置に行った。だいぶ昔に調べていた、「自分の家に掲示板をつけてもいい」という支持者をまとめたリストを当たった。
まず、訪問する前に本当につけさせてもらってもいいかを確認するために電話をするのだが、電話番号が変わっていたり、掲示板設置を断られたりと以前の情報とかなり違っている。
昔はよかったが今はだめというように時期を見誤ると失敗に終わってしまう。今だと思ったら、時期を見逃さず、決断し、行動に移さなければならない。タイミングがとても重要である。


あぼーん



 田中 「2005年の抱負」 2005年01月22日(土)

先日ある支持者のお宅でホームミーティングを行いました。
農家の多い地域だったこともあり、農業についてのかなり専門的な意見が多くかわされ、非常に盛り上がったものとなりました。

今年2005年はこういったホームミーティングをできるだけたくさん開き、地域に根ざした草の根の活動を広げていきたいと思います。
皆様本年も宜しくお願いします



 増田 「代議士に求められること」 2005年01月21日(金)

現在、日々情報交換などお付き合いをしている市議さんの事務所とジョイントで、討論会の企画を進めています。代議士は財務金融委員会と安全保障委員会の所属ですが、すでにその範囲にとどまらない沢山の質問をいただいています。「足守川パイプライン事業」「学童保育」「年金」「イラク」などなどなど・・・。国政の課題はとても多く、一人の国会議員が取り組むことの出来るものは限られていますが、そうもいってはいられません。代議士自身が動いていること、党内で他の代議士が取り組んでおられること、政府・与党の動きほか様々な情報を、代議士は地域のみなさんによりわかりやすく話さねばなりません。現在そのための資料の準備を進めています。いつもの「演説」ではなく、より「対話」を重視したミーティング、きっと盛り上がることだろうと今から期待しています。

民主党の大塚耕平参議院議員は、「ビジネス・インテリジェンス・プロフェッショナル・セミナー」というセミナーを定期的に開かれています。対象をビジネスマンに明確に絞り込んだ、専門性とクオリティの高い講演にはファンも多いそうです。日々の活動の場で、代議士も秘書も自分を磨き、いつか大塚さんのような講演企画を実行できたらいいなぁと密かに憧れています。ご参考でした。



 佐竹 「通常国会開会、先ずは部門会議から・・」 2005年01月21日(金)

詔書・御名御璽により、総理大臣名で、第162回国会(正式には「国会の常会」)が召集。途端に“勉強好きの”民主党は財務金融・総務部門合同会議と外務・防衛合同部門会議が8時にかちあったので、代議士は財務・金融、私は外務・防衛の方に代理出席。代議士はその後、両院議員総会、代議士会、開会式、本会議(休憩はさんで2度)と休む間なし。

外務・防衛部門会議の前半は、法務・人権調査会・北朝鮮PTも加えた合同会議で朝から満員大盛況。それは民主党が提案する「北朝鮮人権侵害救済法案」の骨子の審議承認のため。誤解のないように言えば、何も北朝鮮まで出かけて北朝鮮国民を救済しようというのではありませんよ。1.拉致問題の政府調査機関の設置、2.脱北者支援の政府義務 などの法案。その点では米国の北朝鮮の体制変換を視野にいれたものとも違う。しかし、逆に驚くのは「拉致問題」に関して、今まで日本政府に正式の調査機関も無く、脱北者保護支援の責務もなかったこと。民主党のこの提案に与党がどう答えるかはこれからですが、会議ではこの法案骨子は了承されました。

外務・防衛だけとなった部門会議後半、国会閉会中の外交案件報告質疑(スマトラ沖地震対応、日韓首脳会談、日露外相会談など)、防衛新大綱・国民保護法制基本指針説明(質疑は次回)、計90分コース。
というわけで、事務所にもどれば会議要約と報告ですが、資料がまた重ねて1センチ、代議士は本人が出られた部門会議と合わせりゃ2センチの資料、国会議員は大変。

国会、党、そして地元と、半年間の長丁場の通常国会。選挙がない国会と言われているけど、民主党も津村啓介もここでどう力をつけるかが「勝負の分かれ目」、性根をすえて仕事に取り掛かります。本年もよろしくお願いします。



 あやぼぅ 「HP管理人として'05」 2005年01月20日(木)

いつも津村啓介ホームページを見にきてくださいまして、本当にありがとうございます。

国会会期中の平日東京・週末岡山、閉会中の岡山での衆議院議員津村啓介の活動は、端から見ても閉口する程の忙しさです。それでも益々の活動意欲をもって、何でもどこへでも動いている様子が日記から感じられ、嬉しく感心していると同時に少し体調や精神的なものが心配になることもあります。津村啓介の体や頭のストックはどれだけあるのでしょうか。すごい人です。

2002年にHPを開設してから候補者15ヶ月・議員15ヶ月の2年半、私は相変わらず素人の自覚が抜けないままHP作成者・管理人を続けています。(失礼な発言かもしれませんが)「天下の衆議院議員」のHPを私が作っていることにたまに自信がなくなることあります。
そんな時、私は「候補者無職津村君」の時からスタッフとしてHP作成者としてずっと続けてきている事実があること、大幅なリニューアルもなくおしゃれなHPではないけれど全国会議員の中でも上位のヒット数を維持している実績があること、地元支持者の方々を含む津村HPを見続けている方からの励ましのメールをいただくことで、誇りを思い出します。

津村啓介の名に恥じないHPであることを意識し続け、現状に満足することなく私にできることを精一杯していきます。これからもよろしくお願いいたします。



 益田(助っ人) 「震災から10年に思う」 2005年01月18日(火)

牛窓ではそれほど強い揺れではないが、目が覚めて家内と様子を見ていた。

当時私が住んでいた家は、基礎から内装まで全部自分で建てたバラックでした。
ガタガタと長く揺れる中で、絶対壊れない自信があった。
当時は貧乏だったので、材料は軽量鉄骨と塩ビの波板しか買えなかったから造りが簡単だった。
内装はプリント版で薄い断熱材を入れただけだから、この家は軽い。
それを聞いて、家内は苦笑いしてた。

牧場を造ったのが平成元年、借金の返済が一番大変な時でタバコを買うにも小銭もなくて、子供の貯金箱から取ったコインを自販機に入れたが「5円」は受け付けてもらえなかった。
そこに落ちていたピンかすを拾って吸ったのを忘れられない。

被災者に義援金など送る力もないけど、病院の会計の脇に置いてあった寄付の箱におつりの小銭を入れるのが精一杯だった。

あれから10年、被災してない私が被災者のがんばる姿に励まされて歩んで来た年月だった様な気がします。

「光明」などありはしない、けれども復興に向けて助け合う人々の姿が勇気を与えてくれて、「明日への可能性」を感じさせてくれました。
おかげで今の自分があるように思います。
共に歩ませていただいた10年だったと感じています。

最近やっと少し余裕ができたので、少しでも社会のお役に立てればと地域の役員をさせてもらって、そして「つむジム」のお手伝いも少しだけさせてもらっています。

外からの応援で何が出来るかわかりませんが・・・、
寄付をして!!(チョッとだけ) 掲示板立てて!!(空いてる時だけ) 口を出さず!!(堪忍袋の緒が切れるまで)

これから先の10年は、楽しみな年月でありますように。
「日本を変えろ!津村啓介!!」



 増田 「あせりは禁物」 2005年01月13日(木)

昨日は夕方から、玉野市でお世話になっている団体の「躍進の集い」に議員の代理で参加してきました。昨年も参加させていただいた会ですが、山根玉野市長をはじめ、そうそうたる顔ぶれでちょっと緊張気味。100人以上の方々にぐるぐるお酌をさせていただく中で、玉野市を担当する田中秘書の話題がたくさん出るのにはびっくり!「あの背の高い美人は今日はおらんのかぁ?」なんて声をかけていただけるのは本当にありがたいことです。昨年1年間の初めての国会議員活動について、反省ばかり目につきますが、こうして1年前よりも確実に浸透していると確認できる部分もあります。

「あせりは禁物」とよく言われますが、最近つくづく感じる部分です。なにかを成し遂げるためには、自分を追い込むことも必要ですが、あせりの気持ちだけで突き進んでいると、周囲が見えなくなり、結果として所期する目的を達成できないケースも多いと思います。ひとつ成功を達成しても、「もっと高く上らなければ」と次から次へと高みを目指す、達成感と充実感のない日々、終わることのない上昇志向の中で人は、「何のために自分は働くのか、生きているのか」といった人生の本当の目的や喜びを見失ってしまうこともあるのではないでしょうか。またここは余談ですが、こうした“あせり”の気持ちを常に持ち合わせている人は、緊張しているためにストレスがたまり、血圧が上がりやすくなり、他人との競争を比較的好まない人に比べて2倍以上も虚血性心疾患が多いそうです。

あせりがちな毎日を過ごしていますが、自分たちはそうなるまいと、心に常にゆとりを持って活動していきたいと考えています。



 根木 「あけましておめでとうございます」 2005年01月1日(土)

あけましておめでとうございます。

津村が江田五月さんと余慶寺で除夜の鐘を撞くのも今回で3度目。今年は私も増田とともに参加しました。鐘を撞いてお参りをしていたら、いつの間にか2005年を迎えていました。(写真を撮って、はしゃいでいたのではないかと思われます・・・。)

2005年になった瞬間を逃してしまったのは残念ですが、大切なのは今日・明日と続く日々を自分の満足できるように過ごすことだと思います。今年の目標をいくつか立てましたが、歩みを止めることなく、振り返ったときに「頑張ったなぁ」と自分の成長を喜べる1年にしたいです。

今年もよろしくお願いいたします☆



 あやぼぅ 「 a Happy New Year !! 」 2005年1月1日(土)

あけましておめでとうございます。

HP管理人のあやぼぅと申します。秘書・スタッフ日記ではごぶさたしておりました。
みなさま、津村啓介ホームページをご愛好くださいまして、ありがとうございます。HP作成・管理は、度々いただくHPへの激励のお言葉、訂正のご指摘、リンク追加等のお知らせに支えられ、楽しくやりがいのある仕事です。

今年2005年も、しっかりと!やっていきますので、よろしくお願いいたします。


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