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秘書・スタッフ日記 2004年 10月1日〜31日



 田口 「台風直撃」 2004年10月25日(月)

台風16・18・21・23号が日本列島に大きな被害をもたらした。津村事務所として何ができるのか悩んだところ、支持者などに電話かけをして、台風が来たとき、どのような状況であるか情報を収集し困っている人がいればすばやく対応することにした。
電話をしたところ「わざわざありがとう」か「忙しいときに電話してくるな」の2通りの反応があった。喜んでくれる人もいれば、怒る人もいる。

こういった急な出来事では何かしら対応しなければならない。何が最善の方法かすばやく考え行動することが重要であると考えさせられた。



 増田 「災害が残すもの」 2004年10月23日(土)

台風23号が過ぎ去って1日、爪あとの残る街を見て回りました。操明・小串・甲浦学区。いずれも先の台風16号上陸の際には、浸水で甚大な被害が出た地域。町内会長方をはじめ様々な方にお話を伺いました。お聞きしたところによると、今回は台風の中心が岡山市の南を通過したため「北から南に」風が吹きつけた、つまりは県北(お隣、兵庫県豊岡市でも浸水で大変な被害が出ています)では海から水が吹き寄せられるが、県南ではその逆になるため、浸水の心配はあまりしていなかったとのこと。ただ今年の度重なる台風の上陸によって、(「観測史上最も土砂崩れが起こりやすい状態」との報道もありましたが)山他の地盤が緩み、小串・甲浦学区でも土砂崩れがあったそうです。
岡山県では玉野市や倉敷市で尊い命が失われましたが、「いつどんな規模で発生するかわからない災害」に我々はどう向き合えばいいのか。どの程度、どうやって備えればいいのか。尊い命が失われないように、想像力を働かせなければなりません。



 山崎 「台風23号」 2004年10月23日(土)

台風23号の影響で、午後から事務所内でも雨漏りが始まった。隣の田んぼにも雨水が流れ込み、稲が全て水につかってしまった。事務所の外に置いてあった民主党の掲示板も、隣の田んぼに流されプカプカと浮いていた。

今年に入り何度も台風が来ているので、今回も前回と同じくらいなのかなと想像していたが、少し様子が違っていた。雨、風の強さがまったく前回とは比べものないくらい激しかったのである。
事務所の近くのプレハブ小屋が倒れ、用水路の水かさも今にも溢れそうなくらいに増していた。県から出される被災状況の行方不明者数やけが人の数が時間とともにどんどん増えていった。その日の夜は、台風関連のニュース速報に注意しながら、地域の支持者、町内会の方々とも連絡をとりながら、台風対応の準備を進めていった。

台風直撃の翌日、秘書が地域別に被災状況を見てまわった。自分は開成、政田地区を回っていたが、急遽途中から民主党県連の台風23号の対策本部立ち上げ会議に出席し、分かる範囲の現状を報告した。
今回の台風で死者の出た玉野には、議員が日程を変更して東京から駆けつけた。

政治家、そして政治家事務所として自然災害が起こった時のベストの対応というのは何であろうか!?
これでもう台風が来ないはずはないので、今後台風対応についてのマニュアルを少しずつ修正しながら良いものをつくっていきたい。



 根木 「県議補選in倉敷」 2004年10月18日(月)

9月の下旬から、岡山県議の補選のお手伝いとして、倉敷に常駐しています。
この1年の間に、衆議院選、参議院選と2回選挙を経験しましたが、地方選挙は初めてです。普段はなかなか会う機会が少ない4区の柚木みちよし事務所の皆さんと一緒に頑張っています。

選挙前には、元民主党代表の菅直人さん、参議院議員の蓮舫さん・糸数けいこさんが応援に駆けつけてくださいました。新聞等で「国政並みの選挙」とこの補選の加熱振りについて報道されています。昨日の個人演説会には、菅直人さんが再度、超多忙のスケジュールを調整して、応援に来てくださいました。呼びかけの電話にも、熱が入ります。
選挙期間も残すところ6日間となりました。民主党は、全力で候補者を応援してまいります!



 増田 「つれづれ議員随行」 2004年10月15日(金)

5時半起床。
6時半に岡山駅で夜行サンライズ出雲で帰岡した議員をピック。一路倉敷へ。県議補選に出馬された方の出陣式まで若干の時間を利用して朝食をとる。
8時40分から出陣式。平日の朝ということもあって、応援には濃い支持者ばかりが駆けつけていた。市民派が組織選挙に負けないためには、残る9日間の活動を他候補の2倍も3倍も頑張っていかねばならない。街宣車の出発を見送ってすぐ、牛窓へ。

牛窓では10時から、地域に貢献された沢山の方々に交じり合併50周年記念式典および閉町式。厳粛な中に、隠しきれない寂しさと強い新市への期待を感じる式典だった。参加約100名くらいだろうか。町旗が役目を終え、しまわれる時はまだ岡山に来て1年にもならない私も、じーんとした。11時50分に牛窓を出て、急ぎ岡山市へ。

プラザホテルでの敬老会に向かう・・・・ところが行ってみると、1週間後に延期。来週再チャレンジ。
少し時間が空いたが、予定よりも早く連合岡山に向かう。事務局長以下メンバー揃って会議をされているところにお邪魔した格好。懇談させていただいた後、自治労女性部の定期大会に参加。1時間ほどで失礼し、15時。
先ほどプラザホテルで偶然見つけた中小企業向けの講演会を拝聴。突然の訪問にもかかわらず、快く迎え入れてくださった。元ラグビー全日本代表監督向井昭吾氏の「競争に打ち勝つ組織」論。興味深いお話であったが、時間の関係で30分で中座。

16時に県知事候補事務所へ。党派を超えた支援について、我々も出来ることを模索している。事務所での協議を受けて、倉敷へ再度行く前に、その足である連合町内会長さんを訪問。県知事選挙への取り組みについて相談。事務所に戻り、5分で再出発、倉敷へ。私的な集会に参加。



 山崎 「県知事選挙(投票率問題)」 2004年10月12日(火)

本日、岡山県知事選挙の期日前投票へ行ってきた。普段は西大寺支所で投票をするのだが、今回は印鑑証明を取りに市役所へ行くついでに、隣にある保健福祉会館9階で済ませてきた。
今回感じたことは、投票に来ている人が非常に少ないということである。まだ投・開票日まで12日間あるが、それにしても前回、前々回の国政選挙と比べると断然少なく感じた。投票している人が、自分以外にもう1人しかいなかったちなみに、投票立会人を含む現地の係員の方々は15人程度もいた。

このままいくと今回の選挙、投票率がかなり低くなってしまうのではないか?
いつも選挙ごとに「投票率が低い、低い。」と言われているが、自分が知っている限りではその問題に対する解決策が未だに何も考えられていないように思う。くじ付き投票券やコンビニでの投票など、自治体ごとにでも打開策を提案していかなければ、この政治離れが進んでいる世の中で投票率を上げることは難しいのではないか!?



 増田 「明日から臨時国会」 2004年10月11日(月)

夏祭り、敬老会、秋祭り・・・・秘書日記も随分とご無沙汰してしまいましたが、地域にこんなにイベントがあるんだとつくづく感じる今日この頃です。明石市に住んでいた頃(小学校から大学生まで)、西宮市に住んでいた頃(会社勤めの3年間)、そういえば地域のイベントに参加した記憶はあまりありません。それでも小中学校の頃、お祭りには時々行ってたなぁなど活動しながら思い出します。8月からの閉会中、ここまで地域のイベント参加に選挙区中を駆け回りました。
明日からいよいよ臨時国会、HPの更新もペースをあげて、東京でも岡山でも充実した活動をして行きたいと思います。



 佐竹 「来週から臨時国会」 2004年10月05日(火)

来週から臨時国会の模様。それにしても、盛り上がりに欠ける気がする。政府は諸問題の審議に逃げ腰で、補正予算もないからというけど、それだけかな? 与党は国会を予算や法案の「通過機関」としか考えていないのではないか、と思う。官僚たちの具体的な要請があってはじめて「案件」の自覚が湧くらしいのである。しかも、中身の質疑よりも「法案通過技術」の見せ所との姿勢である。

本来は、日本の政治が急ぎ討議解決すべきものを審議し、方向を示すべきなのに。国連常任理事国立候補、六カ国会議停滞、年金問題、橋本派裏献金事件、原油50ドル突破、米牛肉輸入問題、米軍態勢の世界再編、ダイエー問題など当面の重大事をば議論し、方向を国民に示すべき。郵政改革にしても、法案化の前の国会質疑を大いにやって、その結果を法案化に反映させればよいのに。郵政改革は自民党内問題ではないはず。

第二次小泉改造内閣が27日発足したのだから、大臣諸氏は各省の政治方針・大臣固有の政策提示があってしかるべきだろう、本気なら。その審議が全委員会で行われるべきだ。「電報まがい」の数行の就任挨拶などで満足する方がおかしい、なぜなら、待望久しく抱負経綸に満ちて大臣になられたに違いない、はずなのだ。各大臣の施政方針演説を各委員会で行い、大いに質疑すべきではなかろうか?

まさか「郵政民営化に賛成」という方針だけで、文部科学大臣、農林水産大臣、国土交通大臣等に御就任になられたのではない、と信じたい。特に、外務・防衛・厚生労働・農水・法務など新大臣は、方針提示は最低限の義務だろう。総理には、郵政民営化が宿願かもしれないが、今日本が緊急に解決すべき課題は別ではないか、と思われるが。

与党さえ纏まらず、道路公団「改革」と同じで形だけになると期待もされない「郵政民営化」を急ぐのは、総理の主観・感情である。国家国民のためには己を捨てるところから政治家は始まると思うのは、野党の僻目かな?リーダーシップと権力的横車は違う。指導力・説得力の無さが、強引な権力行使を生むのだとしたら、一国民としてもさびしいものがある。それが人気の素だとすれば、国民はタレントとしてしか総理をみていないことになる、のだから。



 佐竹 「はじめまして」 2004年10月05日(火)

10月1日から、政策秘書として参りました。政策秘書歴10年です。
と言えば、35〜36歳の新人!と色めきたつ向きもありましょうが、なんと64歳!!の新人で申しわけありません。「ヤングパワーの津村事務所」に相応しくないとの意見もありましょうが、いやいや、人間は心です。

次の総選挙で勝ち抜き、政治家津村啓介の成長進化のために、「東京⇔岡山」で持てる力を全て出したいと思います(微量でも全て、という点にご注目下さい)。というのは、政策秘書は65歳定年制だからです。だから、つぎの総選挙で政権交代を果たしたら「さよなら」なのです(かわいそうに)。最後の仕事場である津村事務所で、スタッフ全員で、政治家津村啓介を不動不抜のものにするつもりです。

といっても、岡山については全くの無知で、忙しいスタッフの方に教えられつつ(ごめんなさい)勉強中です。若い人も熟した人も、宜しくご指導ください、お願いいたします。


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