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岡山でのインターンを終えて3週間が経とうとしています。吹く風も涼しくなり、岡山でのあの熱かった日々がずいぶん前のことのように感じられます。しかし、岡山での生活によって私の中に起こった変化は、今も日々の生活に影響を与え続けていると思います。
政治、あるいは政治家に対するイメージの変化というのが、その変化の最も大きなものの一つです。私は今まで、政治家のテレビに映る部分ばかりに注目していて、地元での活動の重要性など考えたこともありませんでした。しかし津村議員は、朝は街頭演説、昼はポスター貼り、夜はお祭りや会合に参加し事務所に戻ってデスクワークと、文字通り身を粉にして地元での活動をこなしていらっしゃいました。そのどれに対しても手を抜くことはなく、いつか倒れるのではないかとこちらがひやひやするほどでした。そのような活動の中から得られた発見や、頂いた意見など全てが政治の一場面なのだと気付くのに、そう時間はかかりませんでした。私自身ポスター貼りやお祭りに参加させてもらう中で、突然現れた見ず知らずの若者に貴重なお話を聞かせてくださったり、あたたかいもてなしをしていただいたりということもありました。自分の知識不足や視野の狭さにはっとさせられたことも少なくありません。短い時間ながら自分も「政治」を実感し、政治というのは常に身近に存在するのだと考えるようになりました。
自分の将来に対する考えにも変化が生まれました。私には以前から就きたい職業、やりたい仕事があり、今はそのために勉強している最中です。今回のインターンで津村議員を始め様々な人と出会い話す中でその夢に対する想いというのはさらに強くなったのですが、一方で、生き方というのは一つではないと考えるようにもなりました。一生その仕事だけ、というのではなく、もっと柔軟に将来を考えてもいいのではないかと思うようになったのです。これも今回のインターンで多くの魅力的な人々と出会うことができたからこその変化でしょう。
最後になりましたが、このインターンを実りのあるものにしてくださった津村議員、秘書やインターン仲間の皆さん、多くの支持者の方々にお礼を言いたいと思います。特に夏の間生活をともにしたインターン仲間は本当に個性豊かで、楽しい岡山での思い出を残すことができました。これで終わりではなく、これからもお互いを刺激しあえるいい関係であり続けたいし、いつかまた7人全員で津村事務所に手伝いにいけたらなあとも思っています。
それでは、また会う日まで!
日本のプロ野球はどこへ向かう?
昨日のニュースでは、現在選手会と球団側との間で新規参入球団の受け入れ時期についてもめているということを言っていた。ベストの選択は、今すぐにでも新規参入球団の公募を始め、今年中に新球団を決めるという手ではないかと自分は思う。今回の合併で空いた1チームの枠を、早急にうめなくてはならない。やはりセリーグ6球団、パリーグ5球団というのはおかしい。もし自分だったら公募を行い、ある程度の基準を満たした企業であれば全て受け入れ、メジャーリーグのような大リークをつくる。
長い歴史を持つ日本のプロ野球リーグには、係わってきている人がたくさんいる。そして、それぞれが色んな思いを持っている。ソフトバンクが、神戸グリーンスタジアムの名前を買って、Yahoo!BBスタジアムと球場名を変えた時と今回のシチュエーションは似ている。
野球界にとって今回の事は大きな転換期ではないか。
先日、わが津村事務所が居を構えています富山学区の体育大会に選手として参加させていただきました。なんでも今年で57回目を迎える伝統ある大会で、成績優秀者には岡山市の体育大会にも出場できるそうです。
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私自身は、年代別リレーとメドレーリレーの2種目に参加させていただきました。リレーで走るのは、学生の時以来です。ちゃんと走れるのだろうか?かなり緊張してドキドキでしたが、いざピストルが鳴ると、頭より体が先に動き、もう無我夢中で走りました。で、やはり身体を動かすのは、気持ちいい!!というごく当たり前の事実を再確認したのです。。
それにしても、町内会の運動会というものは、世代をこえたコミュニケーションの絶好の場であると感じました。きっと子供達は、近所のおじさん・おばさんの意外な一面を発見したことでしょう。そして大人たちも同様です。さらには普段、交わることの少ない、近所の子供達と大人達が一緒になって汗を流し、自分の町内のチームを応援してはその結果に一喜一憂する、こういったことから、その町内の活力は生み出されるのではないかと思います。
隣の家の人は、“他人”である前に“ご近所さん”なのです。 そんなご近所さんどうしを、しっかりとつなぎとどめるたにこういった地域の行事はとても大切なのだと私は強く感じたのです。
私はこの夏、津村啓介事務所(以後、ツムジム)で8月3日から9月4日までの一ヶ月間インターン生として働かせて頂きました。と言っても途中部活の合宿等があり、実質三週間弱にわたるインターンでした。
私が議員インターンに参加しようと思ったのは、政治にそれほど興味が無いからでした。何の事はない、一回生の夏の前半は自分の興味のないことをやってみようという考えが支配していたからです。ただ、インターンというものが良く分からず、信頼できる友人に相談したりしました。彼は「いいように使われるだけだからやめとけ」との返事で、「まあ、そうよね。」と肯定した5日後、私はツムジムのインターン生としてのスタートを切っていました。相談の意味、全く無し。
知らないところに行くのは大なり小なり勇気が要るもので、経験しないと分からないといえばそれまでですが、批判精神を持って行けば得るものも大きいだろうということの確認はしていました。
ツムジムの秘書、ボランティアの方々は皆さん気さくな方でした。第一印象は、雰囲気はがとても良いところだな(そして後に気づいたことですが、事務所スタッフの皆さんが若い力中心)ということでした。・・・とは感じるものの、仕事をどれくらい任せて貰えるのか分からず、何もすること無しに一日過ぎてしまうのではないか、と不安だったことを覚えています。
とにかくそれは杞憂に終わりました。
中には、朝4時起きで夜11時に終わるというカナリ素晴らしい日もありました。仕事があるかな・・・なんてとんでもない。その控えめな精神もおかしかったですが、とにかく任される仕事はたくさん有りました。その仕事ですが、インターン中は色々な活動をさせてもらい、大きく分けると、1・朝の街頭演説手伝い、それに伴うビラ配り、2・ポスター貼り、その結果をパソコンに入力、3・お祭り参加(主に盆踊り)、4・9月から、災害ボランティアと分類できます。
詳しい説明は他のところで述べられている様なので省きますが、私は後半に参加させて頂いた、災害ボランティアが強く印象に残りました。そのようなことに参加するのは初めての経験だったので、(上記1〜4、どれも初めてですが)他のボランティア、災害地域の方から学ぶことは多かったです。また、津村さん他、市議、県議の方の対応がリアルタイムで分かったので、普段の、議員からやや距離がある仕事で、自分がやっていることが何の役に立つのか不明確なものよりも、より「生」に近い仕事だったと思います。
高齢者の方が多かったので、手伝いに行くと大いに感謝されました。あの笑顔、ポスター訪問中に見たかったです。今現在も作業は続いており、改めて被害の大きさを思い知らされ、被害地域の一刻も早い復興を願うばかりです。
まとめ
個人的に、インターンをして何を‘得した’かというと、色々な人と話す機会に恵まれたことです。ツムジムの『若い力』とプリントされた青いTシャツはいわばフリーパスみたいなもので、他の議員事務所の皆さんとも、2区にポス貼りに行けば町長さん、市議、県議の方とも、そして地域住民の方、祭りに行けば・・・とにかく誰とでも境を感じることなく色々なことについて話したり、あるときは議論したりできます。まあ誰とでも、というのは言い過ぎで、また、こちらの姿勢がどの程度か、も大きく関係してきますが・・。ですが、様々な世代の方と、しかも短時間で知り合えたことは僕にとって非常に価値があるものでした。また、東京からのインターン生の個性も豊かで、自身が語る大学生経験などは大いに刺激になりました。
私は基本的に岡山での津村さんの活動しか見ることができなかったので、機会と日にちが合えば、インターンとしての期間は終わっていますが、国会や東京の議員宿舎なども見て回らせて貰いたいと思っています。
一言でいうと「マジ大変だった。」三週間、インターンする前と後の私に一線を画するものはこの間に得られた見識をこれからどう咀嚼していくかにかかっています。多くの人の活動を見て、今の時期に「ああ、俺このままじゃヤバイわ。甘過ぎるわ。」と危機感を得たことも‘得をした’ことの一つであったと思います。
このインターンで学んだことは何だろうと考えてみました。確かに様々な「経験」はしました。でもそれから僕は何を学んだのだろう。
一つ確かなのは自分の特性を理解したということです。自分の優れているところ、そうでないところ。マイクを持って話すことは得意だろう、そして人からすぐに心を開いてもらうのは得意ではない。ただ思うのです。そんなもの議員インターンでなくても、何かしらの異質な経験をすれば得られるはず。じゃあ僕はいったい何を学んだのだろう。国会議員の実態?津村さんの人柄?
思うに、うまく言葉で表現できるものではない気がします。
僕はこのインターンの中で、色々なことを考えました。自分の就職先のこと。自分の地元のこと。何も結論なんてでない、そんな物思いです。でも真剣に考えました。自分の人生で大きなチャレンジを真剣に計画し展開する人がいる。それぞれの地方を真剣に考えている人がいる。だから僕は考えさせられたのです。
そしてこれが僕が学んだことなのでしょう。まだうまく言葉にできないけれど「真剣っていいな」ということを。
「ついた餅より心餅」(ご馳走してもらった餅よりも、それをご馳走してくれた相手の気持ちが大変ありがたい)
八月の約二週間という短い期間ではありますが、私がインターン活動を終えて思った言葉です。様々な人との出会い、触れ合い、初めて経験する際の教え等本当に毎日自分にとって貴重かつ有意義な時間が過ごせました。
はじめ右も左も知らない一学生が衆議院事務所で何ができるのか不安に駆られていました。
しかし、インターン活動をするにあたり津村議員、秘書の方々、またインターン生と行動を共にしていくうちに不安よりむしろ楽しく活動させてもらいました。
活動内容としてポスター貼りや夏祭りでの挨拶回り・ビラ配りが中心で、また岡山駅前での街頭演説という貴重な体験をさせてもらいました。
ポスター貼りは特に思い入れが強いものでした。私は議員本人ではありませんが議員本人のポスターを貼らせてもらえるように一軒一軒回っていきます。全部の行為に当てはまるとは思いますが私はインターンという研修生という立場ながら言動いかんによっては議員本人の評判に関わることもあると思います。そのため、ポスター貼りは自分一人で回るため相手の方との快い意志疎通を念頭において行動しました。たくさんの方と出会い、叱咤激励をいただきました。一人一人の方を大切に。
「頑張って!」この一言を言われる度に本当に力が沸いてきました。生きた勉強をさせてもらいました。
ビラ配りもポスター貼り同様一人一人の方との会話を大事にしていくことを心がけました。その中で反民主党、考えが違う方とお会いした際、真剣にお話を交わすと邪険にはされないこともありました。私と出会ってくださった人々に感謝のお礼を言いたいです。
最後になりますが、私はこの度津村啓介事務所で研修する場を提供してくれたり、また御指導、御鞭撻をして下さった津村議員、秘書の方々、NPO法人の全ての人に感謝します。また共に研修したインターン生にも恵まれました。
また津村啓介事務所の方々の気さくで、津村議員と共に行動する機会もあり政治家というものが身近に感じられました。
「ボランティアなどでも気軽に来て」と別れの際に言われた時は感激しました。 本当にお世話になり、感謝の一言です。
最後に、「若い力を国会へ!!」
20日と少しのインターンシップを終えて、今の僕はやり遂げることができた充実感でいっぱいだ。インターンを通して僕は人の温かさ、やさしさ、弱さ、厳しさ、かっこよさ、元気さ、面白さなどいろいろな人のいろいろな性格、考えかたに触れることができた。いったいどのくらいの人と話をし、ご飯をいっしょに食べ、ビラを渡し、街頭演説を聞いてもらい意見を言い合ったのだろうか。多分1000人を超えているのではないだろうか。
その中で、一人一人の持っている政治があり、それを少しでも理解できる立場に立てたことが本当にいい経験になったと思う。
ポスター貼りでたずねた家、怒鳴られたり、無視されたり、辛いこともあったが、ジュースを飲ませてもらったり、30分以上も話を聞いてもらったり、お昼ご飯を食べさせてもらったり、優しくしてもらうことのほうが多かった。特におばあちゃんには優しくしてもらった。色々な場面でおばあちゃんの愛を感じる事ができたし、僕に何かしてあげられることはないだろうかとおもった。自分のおばあちゃんが何百人に増えたぐらい 温かく接してもらい本当にうれしかった。
盆踊りを踊った夏祭り、若い力Tシャツを着て夏祭りに参加するのは少し後ろめたい気持ちだった。それでも盆踊りを踊るのは楽しかった。なぜなら、踊りの踊り方を教えてくれる周りのおばちゃんたち、僕たちの姿を見て踊りに参加し始める若者、楽しそうに踊る小さい子どもがいたからだ。周りの人たちの楽しそうな姿を見ることで、自分も楽しくなることができた。
朝の街頭演説でビラを配ったとき、結構下をむいて歩いている人、ダルそうな人が多いのにはショックを受けた。自分も多分こんな姿で歩いていたのだろうなと思うと、なんだか情けない気分になった。みんあもっと元気出そうよと思った。
自分自身が街頭演説させてもらったときには、人前で話すことがこんなに難しいことなのかと思った。今までは街頭演説をやっていてもほとんど聞いていなかったけど、これからは一生懸命しゃべっている人がいるんだから少しぐらい聞いてみようと思った。
そして、最後に行くことになった牛窓での復旧ボランティア、今まで自然災害というものはテレビの中の出来事でしかなかったが、そのテレビの中での出来事を目の当たりにして自分が何をすればいいのか、何をすべきなのかわからなかった。家の前につまれた電化製品の山、動かなくなった車、びしょびしょになった思い出の品々、これらを失った人々を慰めることは僕にはできなかった。何を言えばいいのかわからなかった。ただ重い荷物を運んだり、汚れた壁を洗ったり、黙って手伝うことしかできなかった。それでも作業に取り組んでいる人は明るかったし、一人暮らしのおじいちゃん、おばあちゃんの家を地域の人々で手伝っている姿を見ると、皆がお互いで協力し合うことって大切なことなのだなと感じた。政治もこういう風にできればいいのにと思った。
いつまでも協力することの大切さをわすれないでいてほしい。こんな力にならない僕に「ありがとう、助かります」と言ってくれる人がたくさんいた。そのときは、自然と笑顔になれたしやっぱりうれしかった。
事務所の人、インターン生には本当に親切にしてもらいお世話になってばかりだった。
でもこれからもお世話になると思うんでよろしくおねがいします。ぼくがこの夏に貴重な経験ができたのも周りの人がいてくれたからこそ、インターン中に僕に出会った皆さん本当にありがとうございました。
この8、9月、若者と政治との距離を縮めようと議員インターンシッププログラムを学生に提供しているドットジェイピーというNPO法人を通し、20日ほどの間事務所で働かせていただきました。
仕事内容は、ポスター貼りや夏祭りでの挨拶回り・ビラ配りなどが中心でしたが、岡山駅前で街宣カーの上から街頭演説をするという貴重な体験をすることもできました。
その中でも特に印象に残ったのは、ポスター貼りの仕事でした。ポスターを貼らせてもらえないかということを一軒一軒お願いしながら訪問する作業で、実際、夏の日差しの下で田舎の坂道を登りながら、「この暑い中をまだ歩かないといけないのか。」と思うことも多々ありましたが、津村議員を支持していなくても貼る許可を与えてくださったり、お宅に上げて飲み物をご馳走してくださったりする市民の方の寛容さに驚かされると同時に嬉しさを覚え、楽しみつつ終えることができました。
また、この仕事で腕が黒く日焼けし、名誉の負傷ではありませんが、ポスター貼りの勲章みたいで達成感がありました。
ビラ配りの仕事では、渡したビラをくしゃくしゃにして突き返されるようなことも何度かありましたが、どうしてそのようなことをするのか疑問に思いました。津村議員に以前ひどいことをされたから、と言うのなら分かりますが、そんな人はもしいたとしてもごくわずかでしょう。自民党支持だから・嫌いだからというのは理由にならないと思います。自分と対立する考えを持つ人で嫌いと言うのなら、なおさら相手の考えを知る必要があるのではないでしょうか。津村議員支持の人にもそうでない人にも読んでもらいたかったです。
このインターンを始めて驚いたのは、津村議員も秘書の方々も非常に気さくで、かしこまる必要がないことでした。ドットジェイピーのマナーガイダンスでは、「椅子には勧められてから座る」、「敬語は自分が知っている中で最上級のものを使う」などということを言われていたので、始めはガチガチに緊張していましたが、途中からは自然な態度で接することができました。
秘書の方の運転する車に津村議員と同乗させていただく機会も何度かあり、私は今まで国会議員は黒塗りでカーテン付きのピカピカ光る車に乗るのだと勝手に思い込んでいたので、言い方が悪いですが、「こんなポンコツ車に国会議員も乗るのか。」と驚きました。
また、津村議員のお辞儀の角度が90度で、その腰の低さにも驚かされました。
その他、津村議員・秘書の方々がなさる仕事も地道なものが多いのも意外で、一見華やかな肩書きの裏で、こんな汗のにじみ出るような仕事をなさっているのだと感じました。こうした驚きの体験を通し、国会議員に対して自分とは違う世界の人だと自分から壁を作っていたのだと気づき、政治を身近に感じることができました。
インターン全体を通して痛感したのは、議員事務所の仕事は頭を使う仕事だということです。すべきことが始めから決まっているのではなく、今自分がどういう行動を取れば目標に最も効率よく近づけるかということを、常にその場その場の状況に照らして考え、それを即行動に移す、ということを当然のこととしてこなしている秘書の方々を見て、見習わなければと思いました。
夏祭りでお話させていただいた方も言っておられたことですが、議員を何期も続けると利権がからんでくる傾向があるようですが、津村議員には今のまま謙虚な人であってほしいと思います。
今日は、台風16号、18号の被害をうけ、まだ片付けが済んでいないお宅へボランティアに行った。倉庫の土壁がほとんど崩れてしまい、中から外が見える。また、海水で流されてきた土が固まって山積み状態になっていた。周辺の田畑も塩害で表面が薄ら白くなっている。今までどおり作物が取れるようになるまで1年くらいかかるらしい。お昼休憩の時、家主さんが「今までこのような経験が無いから何をしたらいいか分からない」と言っておられた。
自分たちもそういう方や、小さな集落であまりボランティアの方が入っていない地域などにできる限りのフォローをしてあげればと思う。
この度の台風16・18号は極めて大きな被害を県下にもたらしました。津村事務所でも、台風上陸以降「衆議院議員事務所として何が出来るか」について、様々な方のご意見を伺い議員も含めたスタッフ全員で連日打合せをしながら模索する日々を続けています。当面の復旧ボランティア活動も徐々に収束する中で、今度は地域への情報伝達を含めた行政のサポートあるいは行政への働きかけといった動きが出来ないかどうか検討しています。
そんな中、ここ1週間は走り回っていますが、本日は特に濃い一日を過ごしてきました。
まずは朝6時に事務所を発ち、6時半から牛窓漁協の競りに。台風の影響で中断されていた競りがようやく再開されたものです。牛窓漁協では台風により事務所内部床上まで浸水し機器等にも大きな被害が出ました。漁協の方々と若干お話し、虫明へ。
虫明漁協では朝7時45分から競り。地元住民の方が続々と出てこられ、60〜70人にも上りました。虫明も同じく浸水により特に甚大な被害が出た地域です。被災の中から、それでも地域が元気な姿をいち早く取り戻そうとする姿を目の当たりにし、何とも言えず身の引き締まる思いでした。結局8時半頃に虫明を発ち、一度事務所へ。
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10時からは今回岡山市下でも最も被害の大きかった地域のひとつと言われている久々井連合町内会のみなさんの振興局への陳情に随行。小串連合町内会のみなさんも来られていました。町内会長方より被害の詳細な報告があった後、振興局職員の方からは生活再建支援給付金補助事業等についての説明をいただきました。石井知事のご英断により生活再建に県が相当力を入れて支援するともお聞きしており、被災からの可及的速やかな復興に関しては県下全てが党派を超えて取り組むべきだという認識を改めて強めました。
昼食の後、13時からはメルパルクOKAYAMAで行われた「第2回台風16号漁業災害対策組合長会議」に出席。蛇足?ですが、漁業組合の会議に津村が参加したのは今回が初めて。いち早い復興を目指す気持ちに党派は関係ありません。県の水産課からは漁業災害対策資金制度等について説明がありました。それに対し組合長方からは活発な質問が続々。勉強になる2時間でした。
14時半過ぎに一路玉野市へ。15時30分から事業所まわり。玉野市内沿岸部にとても大きな工場をもつ事業所長さんらにお話を伺いました。工場内や変電所にも浸水するという大きな被害を受けられたそうですが、従業員の方々の総力を挙げた昼夜を問わない復旧作業で、たった1週間にして元気な姿を取り戻されようとしています。地元企業の活力ある姿に明るい光を見たような気がします。
16時半以降、市役所助役および地元で大変お世話になっている県議と懇談。台風への対応や民主党県連の取り組みなど、これまた濃い2時間を過ごしました。
19時過ぎに事務所に帰り、22時までは応援いただいている病院長さんとの会食。最近の読書から国防のあり方にまで話は広がりました。
本日は朝6時から現在23時まで、本当に充実した日程。様々な立場の方からの視点の異なるお話は勉強になります。災害対策等の緊急対応に取り組むのは今回が初めて。しっかりと記録をとりながら、冒頭挙げた「衆議院議員事務所として何が出来るか」について、明日からさらに煮詰めて行きたいと思っています。
このたびの台風16号で被害に遭われた方々に、お見舞い申し上げます。
家が床下浸水したのは、初めてのことでした。それでも次の日にはなんとか片付いて、1日には一番ひどい地域へ手伝いに行きました。町のいたるところにゴミの山があり、幼稚園で担任をしてくださった先生の家や、小学校で一緒に遊んだ友達の実家が冠水していました。一晩たっても水は引かず、ゴムボートが出動しました。取水ポンプのための電源は水没したため、ポンプを使用することができず、対応が遅れたそうです。
昨日は、津村の被災地の調査に随行しました。道路は陥没して通行止め、堤防は決壊して家の中は汚水でめちゃくちゃ、田畑は塩をかぶって来年使えるかどうかわからない。クルマは冠水して、ごみが運べない。等々、現状を踏まえ、激甚災害制度について町内会長のみなさんに説明しました。混乱の真っ只中では、こういう情報は入ってこない中で、県や市からの現状報告の要請についてどのように報告すればよいのかわからず、不安に思っていらっしゃる方々も少なくありません。
ボランティアの1人として、スコップを持って一緒に泥上げをするのも大切なことですが、国会議員にしかできないこともたくさんあります。町内会長さんにご説明に上がる一方で、内閣府の方々と話し合ったり、7月に北陸で起きた集中豪雨での水害復興のために尽力された衆議院議員に復興についての情報を伺えるよう、お願いをしております。
その情報は、随時、被災者の皆様にお知らせしてまいります。
「晴れの国おかやま」ではこんな災害は本当に稀のこと。行政も必死で対応されています。しかし、どうしても情報がいきわたらない事もあるかもしれません。
さしあたって、現在台風16号についてのHPのアドレスを掲載します。参考になさってください。
岡山県庁の災害情報:http://www.pref.okayama.jp/chiji/kocho/taihu16/index.html
岡山県社会福祉協議会:http://www.fukushiokayama.or.jp/vola/20040831saigai16.htm
岡山市台風16号岡山市救助本部設置について :http://www.city.okayama.okayama.jp/hofuku/engo/1609typhoon.htm
玉野市台風16号で被害に遭われた方へ:http://www.city.tamano.okayama.jp/soumu/taisaku.htm
玉野市災害救援ボランティアセンター(ブログ):http://ivory.ap.teacup.com/ymorita/
倉敷市台風16号による被害及び復旧対策に関する情報:http://www.city.kurashiki.okayama.jp/emergency/index.html
災害活動時用RB共通掲示板(i-mode対応):http://www.jrb.ne.jp/cgi-bin/ibbs/ibbs.asp
内閣府防災情報のページ:http://www.bousai.go.jp/
新潟災害をまとめたサイト:http://nipug.s53.xrea.com/blog/archives/2004/0721102648.html
福井豪雨災害のまとめ:http://www.fukui-tv.co.jp/jyouhou/jyo_0718info.html
新居浜市災害社協ボランティアセンター(ブログ):http://www.ni-net.or.jp/mt/
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