| 2002/10/16 スピーチ原稿 (10分) | 号外目次 / 政策 / 津村啓介ホーム |
自己紹介
・ 昭和46年に岡山県津山市山下(さんげ)生まれ。父の転勤で大阪、名古屋、東京で育つ。
・ 平成6年に大学を出て、今年の6月まで8年間、サラリーマン生活。
・ 勤務先の日銀は「金融政策」を行うところ、最後に配属されていた考査局は最近また注目を集めている「不良債権問題」を調べるところ。
・ バブル崩壊後の「失われた10年」が、もう12年、13年になっている。政治の強いリーダーシップによる経済再生を志す。
・ 地盤、看板、カバンに頼らず、過去のしがらみとも無縁な、新しいタイプの政治家をめざし民主党の「候補者公募」に応募、合格。江田五月さんとの出会いもあって、生まれ故郷であり、親類・縁者も多い岡山からの国政挑戦を決意。
・ 経済、思想、文化など様々な分野で改革のモデルを示してきた岡山が、政治の世界では保守王国といわれていることがとても残念。江田五月さんや若い仲間たちとともに、日本の政治・経済の改革に取り組みたい。
・ 30歳からの人生、日本銀行での実務経験を生かし、日本を未曾有の経済危機から救う創造的な仕事をしていきたい。
長船の歴史と「経済」
・ 「経済」を辞書で引くと、「人間が生活するために必要なものを手に入れ、これを利用する働き。これによってできる社会的なつながり」。
・ そう考えると、経済は、いつの時代でも人々のくらしを支える大切な分野。
・ たとえば、ここ長船の歴史を紐といてみたい。
・ 司馬遼太郎の『播磨灘物語』を読んで勉強。中世の一大経済都市として、当時の主要産業であった農業や商業、そして宗教活動(日蓮宗)で大変栄えていたところ。
・ しかし、おりしも戦国時代を迎え、日本の経済全体が疲弊する中で、3つの構造変化がここ「長船」を襲った。
・ 1)農業技術・干拓技術の進歩で、農地になる土地が広がったこと
・ 2)造船技術・海上交通の発達で、「港湾」機能の必要性が高まったこと、
・ 3)キリスト教の伝来による、日蓮宗の勢力にかげりが生じたこと
たとえば郷土ゆかりの、黒田官兵衛なども、ちゃっかりキリスト教の洗礼名を持っていたりする。こうした構造変化の中で、「長船」の優位性は薄れ、都市の中心が西大寺、そして岡山に移動し、宇喜多直家による岡山築城につながった。この「長船」という町は、経済情勢の大きな変化と、くらしの変化を400年も前にドラマチックな形で経験しているといえる。
「経済政策」
・ ひるがえって平成日本が直面している困難を挙げると、例えば次の3つ。
(1) 冷戦の終焉による安い労働力の流入と国際的な競争圧力の高まり
(2) 過去の成功体験が残る中、日本の経済システムは極端に制度疲労
(3) 少子高齢化
・ こうした構造変化に直面した日本の舵取りをしていくのが、政治家の役割であり、半年も効果が続かない目先だけの景気対策や、赤字垂れ流しの公共事業とは異なる、真の「経済政策」だと考える。
小泉政権批判
・ ところが、大フィーバーの中で1年半前に登場した小泉首相の経済運営は、こうした変化にまったく対応できていない。郵政民営化、道路の問題。。。いずれも名前ばかりで中身が薄い。国際情勢の激変や、国内経済の急激な落ち込みにまったく太刀打ちできていない。
・ 論より証拠。株価は、今日現在8800円台まで落ち込みました。約19年ぶりの低水準です。株価は将来への期待で決まる(配当の話)。将来への期待、未来への希望がしぼみきってしまっている。
私の提言
・ こうした中で、私たち民主党が訴えている、日本の真の経済政策、国家再建策が「人材の活用」。人口が減少し、高齢化が進むのだから、1人ひとりの能力や可能性を最大限にのばして、力を発揮してもらわなければ、どうにもならない。人口は4年後をピークに減少に転じる。
・ 具体的な政策として挙げられるのが、教育。女性の社会参加、元気なお年寄りの就業支援、サラリーマンの転職支援による再配置(「適材適所」)もある。
・ 自民党はこうした政策には消極的。現在の社会制度に満足している人、利権構造の中につかっている人の党なのだから、当然といえば当然。
・ このままでは、日本は現在の繁栄を維持できず、いずれ経済力も低下していく。いまこそ政権交代で日本を変えましょう。
・ 最後に自分のPRになるが、これからも毎月長船駅前で演説をする。みなさんに知っていただくために、集会もどんどん開いていく。ご支援のよろしくお願いします。津村 啓介
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