| 2003/10/24 朝日新聞 | 目次 / ホーム |
落下傘 さらば地位、六畳間の志
選挙に有利とされる地盤(支援組織)、看板(知名度)、カバン(資金)の「3バン」は何もない。志のために、安定した職を捨てる―。そんな挑戦からも候補者は生まれてくる。
政治家のつくられ方
「日銀を辞めて政治家を目指したい」。東京・中野の自宅で、津村啓介氏(31)が両親にこう打ち明けたのは、去年の正月のことだ。
父(59)は「だめだ。一般常識を越えることをしなければ政治家は務まらない」と即座に反対した。母(57)は「なんで辞めるの」とうろたえ、寝込んでしまった。
東大から日本銀行へ。函館支店、営業局などをへて留学した英国が、転記になる。
「30歳までに政治家になる」と、英国の友達は当然のように言った。ロッキード、リクルート事件で「政治家は汚い」と思っていただけに、新鮮な驚きだった。国政にかかわりたいと思った。
仕事に限界を感じていたことが背中を押した。「国谷大企業向けの政策で景気はよくなる」と日夜頑張ってきた。しかし景気は上向かない。組織の「年功序列」「減点主義」にも耐えられなかった。
民主党の公募に応募し、去年7月、岡山2区の立候補予定者に決まった。母の実家こそ県内だが、選挙区は隣の3区。知り合いもいない。
1ヶ月後、東京から岡山へ引っ越す。元店舗を事務所として借り、2階6畳間での生活が始まった。以後、戸惑いながら走り続けている。
党から渡される資金は月50万、手持ちは退職金約250万と蓄えとで計1千万円。パンばかりを食べて切り詰めても、事務所経費30万円、ちらし・ポスター代20万円、ほかに人件費など毎月計100万円近くかかる。瞬く間に500万円余りが消えた。
今年5月、農家のお年寄りに「地盤、看板、カバンはないけど勝ちたい」と話したら、一喝された。「人生そんな甘いもんじゃない」。玄関先で2時間、説教された。
選挙区を一軒ずつ回ると、本を読む時間がなくなり、知識や経験を消耗する気がした。でも今は「知識は活字よりも人から得る」と思える。
津村氏は言う。「サラリーマンの息子でも挑戦し、政治家になるのが普通になれば、今より政治は良くなるはず」
対するのは、旧厚生省の局長や内閣府副大臣を歴任し、4選を目指す自民の熊代昭彦氏(63)。「30代前半では若すぎる。もう少し社会経験を積んでから出るべきだろう。私はフルマラソンもし、体力も負けない」
縁もゆかりもない選挙区から立つ候補者は、俗に「落下傘候補」と呼ばれる。これまでは官庁や企業で実績を積んだ人たちが自民から出るケースが多かった。近年、若手の銀行員や官僚が民主から出るケースが目立つ。
大阪13区から立つ民主の岡本準一郎氏(32)は、前回に続いて2度目の挑戦だ。愛知県の高校、京大から入った旧さくら銀行を99年に辞めた。
東京都内の支店で融資担当をした。実際は不良債権の取り立てだった。ある取引先の事務所に行くと、電話1台が残っているだけだった。社長は「取り立てにあった。親兄弟に金を無心しろと電話だけ残された」と青ざめていた。自分は回収を言い出せずに帰った。
「必要な人に貸さず、取り立てるのが銀行なのか」。加担している自分に矛盾を感じた。もし出世できても後悔すると思った。
いま、収入は党活動費だけ。2DKのアパートで独身住まい。支援者宅で食べさせてもらうこともしばしばだ。
三和総合研究所を辞め、前回の総選挙で落下傘として旧静岡7区から初当選した民主の細野豪志氏(32)は今春、落下傘候補を意味する「パラシューター」と題したホンを出版した。当選も容易でない落下傘候補になる同世代の心情を、こう語る。
「生まれつき豊かで、経済的な安定より精神的な充実感を重視する。官僚や銀行などの大企業も汚職や破綻で、絶対的な価値ではなくなっている」
新しい世代の価値観が、選挙戦の様相を変えている。
落下傘候補の事情
政党公募に合格した立候補予定者の選挙区を決める際、出身地周辺ですでに予定者が決まっていると、縁のない選挙区から立つこともある。「党側との合意で出てもらう」(民主党幹部)という。
今回の総選挙に向けた公募では、民主党本部に416人が応募し、46人が合格、うち8人が立候補を予定している。一方、自民党は6都道府県の計9選挙区で立候補予定者を公募した。
| 2003/10/24 朝日新聞 | 目次 / ホーム |