| 2008/02/13 民主党改革のあゆみ (7) 4つの選択肢 | 目次 / 津村啓介ホーム |
| (1) あいさつ・民主党のイメージ (2)
今、力を入れている仕事 (3)
“政治家は、その出自に規定される” (4) オックスフォード留学 (5) イギリスの政治との接点 (6) 政治家への目覚め (7) 4つの選択肢 (8) 一歩を踏み出した理由 (9) 政党交付金制度の意義・“政治改革第一世代”の自負 (10) 二大政党制は“手段” (11) 官僚への権力の偏在・二大政党制が官僚機構を正す (12) 二大政党制の日英比較 (13) 自民党のアンチテーゼとしての民主党 [1]アイデンティティ (14) 自民党のアンチテーゼとしての民主党 [2]プロジェクトの組み立て方方 (15) 自民党のアンチテーゼとしての民主党 [3]トヨタと日産 (16) 強力なリーダーの不在 (17) リーダーたちの変遷 [菅時代・岡田時代] (18) リーダーたちの変遷 [前原時代] (19) リーダーたちの変遷 [過去最強の小沢時代] (20) 学生の皆さんへメッセージ |
第7回
4つの選択肢
2001年9月、私は「日本に帰ったら政治家になってやろう」という決意を持って帰国しました。米国同時多発テロの直後です。
留学中というのは色んなことを考えるものです。あと、留学仲間には、ステップアップするために留学をして、留学中に次の仕事を探す・・・みたいなやつが多いんです。歳はみんな30歳ぐらいの同世代。そんな中で、私みたいな、日銀から派遣されて、また日銀に戻るっていうようなレールが引かれているやつは珍しかった。
みんな何か新しい夢を抱いて帰国するんです。そういう意味で、周りに触発されたっていうのもあったと思います。「俺も何か新しいことに挑戦できるかも・・・してみたい」みたいな。自分に素直になって考えたとき、私にとっての新しい挑戦は、政治の道でした。
その時考えたのは、とにかく地盤、看板、カバンなしなので、どうやったら政治家になれるのかということ。安全で確実な道なんて、ありません。4つの道を考えました。
1つめは、統一地方選挙に出ること。その時から数えると、1年半後に2003年春の統一地方選がありました。私は当時中野区に住んでいたので、中野区の区議選か、あるいは実家のある武蔵野市の市議選に出てみようかな、と。区議選や市議選なら最下位が700票とか、せいぜい数千票ぐらいなんですね。で、(あと500日あるから、1日2票ぐらいは何とかなるんじゃないか)というようなことを考えていました。
2つめは、割とオーソドックスかもしれませんけど、誰かの秘書になること。岡田克也さんに面接をしてもらったこともあります。
3つめが、たぶん面接でお眼鏡にかなわなかったからだと思うんですが、岡田さんに勧められた、民主党の政策調査会のスタッフになること。まず政策の勉強をしたらどうか、と。「君が輝いていれば、誰か声をかけてくれるだろう」みたいな話。私の色んな条件を考えていただいた、ありがたい話だったと思います。ただ私は、わざわざサラリーマンを辞めて、またサラリーマンになるつもりはなかったので「それは嫌です」と。
(じゃあ中野区議選かな)と思っていた時に、民主党の候補者公募が始まりました。これが4つめです。そして、実際に私が辿った道です。
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