2005/06/12  国会議員になるまで (8) 号外目次 / 津村啓介ホーム

津村啓介「国会議員になるまで」インタビュー シリーズ

(1)日本銀行 (2)英国留学 (3)江田五月さんとの出会い (4)家族の反対
(5)イギリスの公募制度 (6)岡山と私 (7)候補者時代 (8)新しいタイプの政治家をめざして
(9)ポスター貼り (10)周囲の支え (11)労働組合との関わり (12)代議士になって感じること
(13)候補者のフトコロ事情 (14)政治家の役割 (15)後輩へのメッセージ ラスト!

(8) 新しいタイプの政治家をめざして

凾ニころで、津村さんは小さな頃から学級委員をしていたり、みんなをまとめるリーダーといった存在だったんですか?


それは少し微妙ですね。どちらかというと「選挙に出て落ちるタイプ」でした。児童会の会長選挙で次点になったり、学級委員の選挙で当選したと思ったら票の読み間違えで実は一票差で落選とか、小学生のころはそんな感じでしたね、ぶっちゃけ、人望がなかったんですよ(笑)。

ただ、高校のときは、部活動の連合会の議長をやっていました。生徒会がない学校でしたから、生徒会長の代わりというか一部みたいな面もあったんです。みんなのまとめ役になるのは嫌いじゃなかったですね。


剞F々動きはするんだけど、表に立つのは嫌だという人もいますけど、そういうタイプではなかったんですね。


そうですね。そこそこ目立ちたがり屋だったはずなんですが、ただ人前で話すのはとても苦手でした。今でも、さすがに仕事で場慣れしたとはいえ、決して得意ではありません。信じてもらえないかも知れませんが、“シャイな政治家”っていうのもいるんですよ。
政治を変えるためには選挙に勝たなければなりませんし、そのためにはアピールして憶えてもらわないといけないので、気を張って頑張りますが、やっぱり人前で話すのは今でも正直苦手です。緊張します。


凾ゥえってそういうタイプもいいんじゃないですか?従来の政治家のイメージとは違うというか・・・。


色々な意味で、従来の政治家のイメージとはだいぶ違う人間だと、自分では思っています。そしてそれは希少価値というか、自分の存在意義だと思っているんです。
普通のサラリーマン家庭で育った人間が政治家になるというのは、小さい時から生徒会長とかそういったものを次々とやって、大学時代は雄弁会とか弁論部に入って政治家とコネを作って、それから地元の議員の秘書になって、市議会から出て、次は県会議員・・・というのが定番コースだと思っていましたし、そういう方もいらっしゃるとは思いますが、自分は全くそうではありませんでした。そういう意味で政治家っぽいルートを歩んできたというわけではありませんから、メンタリティーの上でも旧来の政治家の方々とは違う部分が沢山あると思います。


凾とは、政治家の娘さんと結婚するとかですよね?官僚の方に多かったパターンだと思うのですが・・・。それくらいしか政治家になるための選択肢はなかったような気がします。
津村代議士の時期に、公募という新しい形が開けたというのは、運が良かったというのもありますよね。


正確に言うと、候補者公募というのは以前からあります。例えば、日本新党なんかも公募を行っていて、枝野幸男さんとか民主党の現在の幹部クラスの方もそのパターンです。
ただ、民主党の今の枠組みになって、かつ二大政党の一翼として大きくなった時期の草創期の候補者として、公募組の先がけ、パイオニアの1人という自負は持っています。自分の選挙のときの公募候補者としては一番最初に決まったんで、候補者公募第一号と名刺に書いています。丁寧にいう時は、「2003年選挙公募第一号」と言っています。
 

― 本稿は、雑誌インタビューを津村事務所の責任で加筆編集したものです。 ―


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