| 2005/06/10 国会議員になるまで (6) | 号外目次 / 津村啓介ホーム |
| (1)日本銀行 (2)英国留学 (3)江田五月さんとの出会い (4)家族の反対 (5)イギリスの公募制度 (6)岡山と私 (7)候補者時代 (8)新しいタイプの政治家をめざして (9)ポスター貼り (10)周囲の支え (11)労働組合との関わり (12)代議士になって感じること (13)候補者のフトコロ事情 (14)政治家の役割 (15)後輩へのメッセージ ラスト! |
(6) 岡山と私
剪テ村代議士の選挙区は衆議院岡山2区ですが、どんなゆかりがあったんですか。岡山で育ったわけではないですよね?学校は東京ですし・・・。
はい。岡山県は、私の生まれた場所です。岡山県の北のほうに津山という町がありますが、そこに母の実家があり、母は里帰り出産をしたんです。岡山2区は県南ですから、出生地の隣の選挙区ということになりますね。
選挙区である岡山市には、両親の従兄弟がそれぞれ1人づついます。更にその親戚が何人が住んでいます。でも、他には親戚も友達もいませんでした。いまは沢山増えましたけどね。
凾ナは、そんなに地縁があったわけではないんですね?
そうですね。いわゆる「落下傘」候補と言ってもいいと思います。選挙の時には、そのことを攻撃材料にされたりもしました。
ただ、岡山で出て良かったなと感じるのは、地元のみなさんが、可愛がってくれた祖父母と同じ言葉、つまり岡山弁を喋っているので、気持ちが楽なことですね。シンパシーが湧きやすいというか、お年寄りの話を聞いているうちに亡くなった祖父母と話しているような錯覚を覚えることもあります。だから、厳しい言葉を言われても素直に聞けたりするんです。方言というか、地元の言葉のぬくもりって、不思議ですよね。
それから、実は最初はどのくらい意味を持つか分からなかったことなんですが、祖父が地元の教育者として活躍していたということが、私を助けてくれました。小中学校の校長を長く務めたり、教職員組合の地方幹部をしていたりで、知り合いや教え子がたくさんいたんです。祖父は私より60歳も歳上ですから、最初はあまり関係がないと思っていたんですが、応援してくださる支援者の中には、今でも応援する理由として「あなたのおじいさんには本当にお世話になりました」と言ってくれる人もいるんです。ありがたいことです。
凾サうですか。でもご自身の同級生とかはいないわけですよね?小・中学校や高校の同級生ってネットワークがありますよね。特に地方で進学校を出ていたりすると、その地域での卒業生の影響力はかなり大きいと思うのですが、そういうものが全くなかったわけですよね?
それはそのとおりです。
ただ、何事にも良い面と悪い面があって、選挙区内に自分の地元というのがないので、「ここは得意な地域だけど、ここは苦手な地域だ」みたいな先入観やしがらみが無くてやりやすかったというのもあります。虚心というか、謙虚にゼロから出発できました。
あと、私を含むいわゆる「落下傘」の候補者は皆さんそうだと思うのですが、地元出身でないことを逆にバネにしているんです。私は地元出身者以上に地元に対して努力しなければなりませんし、実際に努力しているつもりです。コンプレックスの裏返しと言われてしまうかも知れませんけど、「落下傘」だからこそ、謙虚に努力できるんです。これはとても大事なことだと思っています。
― 本稿は、雑誌インタビューを津村事務所の責任で加筆編集したものです。 ―
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