2004/1/17  報知新聞インタビュー記事 号外目次 / 政策 / 津村啓介ホーム

津村啓介は、報知新聞社に対し、1月8日付で次のFAXを送りました。同社の了解が得られましたので、全文紹介いたします。
当該記事は、1月17日付(または翌18日付)の『スポーツ報知』(日刊紙)に掲載される予定です。各党の新人代議士の中から計10名弱を選び、インタビュー記事としてその人となりが紹介されるとのことです。民主党からは、津村のほか、福岡の古賀潤一郎さん、滋賀の三日月大造さんが登場する見込みです。


報知新聞社会部 ○○ ○○様

衆議院議員 津村 啓介


Q1.選挙で一番苦労したこと

選挙活動を進めていくための応援団、いわゆる“選対”を作るのがとても大変でした。
私は脱サラならぬ「脱官僚」候補で、政治家になるための3つの条件といわれる地盤・看板(知名度)・カバン(資金)をいずれも持っていない公募候補でした。地縁という点でも、選挙区のある岡山県生まれではありますが、生命保険会社に勤めていた父の転勤の関係で長く離れておりましたので、相手候補からは「落下傘候補」と批判されたほどです。昨年夏に日銀を退職して、岡山に帰った時には選挙区内の知り合いは親戚(両親のいとこ)が2人いただけでした。江田五月参議院議員をはじめ、地元の議員さんたちに大変お世話になりましたが、親身になって支えてくれる仲間や支援者を見つけ、さまざまなバックボーンを持ったその方々を選挙当選という一つの目標に向けて気持ちを1つにまとめていくためには、人生経験の浅い32歳の私にとって、本当に長く厳しい努力が必要でした。幸い、数々の幸運な出会いに恵まれ、選挙本番を迎えた昨年の秋には本当に沢山の人が私の選対に集まってくれました。当選は、1年半という長い時間をかけた応援団づくりの努力の結果だと自負しています。ただ、最大の目標としていた小選挙区での勝利は実現できませんでした。政権交代も実現できませんでした。今回は涙を飲んだ仲間の分まで国会で3人分も4人分も働き、若い力に期待を寄せて下さった皆さんに希望と安心を届け、信頼を得ていきたいと思っています。これからも、もっともっと苦労しなければと思っています。
 

Q2.仕事を辞め参院選に挑戦する候補者へのアドバイス

私は、優秀な人材がもっともっと政治に挑戦してほしいと思っています。二大政党時代に向けた確実な流れの中で、将来ビジョンとバランス感覚・アイデアを持った人材が、政治の世界で活躍する場面はこれから必ず増えていきます。エキサイティングな世界です。自身の決断に確信を持って、安定した努力を、ともに力の限り、続けていきましょう。
政治が扱うフィールドは果てしなく広く、さまざまなタイプの人と休みなく接する中で、心身ともに疲労はたまりがちです。政治家は、本当に体力勝負。人生を賭けた候補者ならではの、傍目に見えないストレスや苦労もきっとあります。自らの足らざるところに思いを馳せるのは簡単ですが、落ち込んだり、ブレたりする前に、国政候補者として立っていることに自負と誇りを持って、日本国民のための立派な選択肢になってください。勝つ秘訣は負けないことだと、私は信じています。
 

Q3.1月19日からの通常国会への意気込み

今年は、新人代議士として、実質的なスタートを切る年になります。自分の言葉を持ち、風に流されず、日本の国益を堂々と語ることのできる政治家をめざして、堅実な努力を続けていきたいと思っています。私は32歳の若い力ですが、日銀時代に培った知識や経験を活かし、いま所属しているイラク支援特別委員会や、通常国会から所属することになった財務金融委員会で、国益にかなった働きをし、若い政治家でもしっかりと仕事ができることを示して、私よりもさらに若い次の世代に政治への夢を与えたいと心に誓っています。また、自国の政治を信じられないという日本国民の不幸を克服していくために、政治活動の透明性を極限まで高め、日々の努力をしっかりとお見せしていきたいと思っています。
そのためのツールとして、候補者時代から、ホームページをフル活用しています。毎日活動報告を更新し、秘書やスタッフの働きぶりもご紹介する中で、最近では1日のアクセス件数が200から300ヒット前後まで増えました。このインタビューについてもご紹介させていただきます。私のホームページをみて政治を志す若者が将来1人でも2人でも生まれてくれれば、こんなに嬉しいことはありません。読者のみなさんも、ぜひ一度アクセスしてみてください。

以 上


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