| 憲法調査会統治機構小委員会 第3号 2004年4月1日(木) 午後4時5分開議 | 目次 |
本日の会議に付した案件
鈴木小委員長
次に、津村啓介君。
津村小委員
長時間お疲れさまでございます。民主党・無所属クラブの津村啓介と申します。
憲法調査会小委員会における質問は本日初めてになりますが、私は、大学時代に碓井先生の同僚に当たられる増井先生の租税法のゼミに所属しておりまして、シャウプ税制の戦後日本の税制に与えた影響その他を勉強したことがあります。また、八年間勤めました日本銀行におきましては、日銀法改正の議論を職員の一人として間近に見ておりました。その時々の思いや、あるいは経験をもとに、以下幾つかの点を、主として碓井先生になりますけれども、御質問していきたいと思います。
最初の質問は、ちょっと大きな話になりますが、憲法の寿命あるいは耐用年数についてです。
私は、社会科学と自然科学や人文科学、こういったものの一つの違いは、そこに寿命とか耐用年数というものがあるかどうか、あるいは人類、文明の進歩にそこが影響されるかどうか、こういったことにあるのではないかと思っていまして、例えば、自然科学の普遍性は言うまでもありませんが、人文科学も、人類がこの世にある限り普遍的な価値を持つものと思っています。
しかし、社会科学の領域につきましては、とりわけ政治システム、統治機構については、さまざまな外部環境の変化によって当然価値が変化をいたしますし、実際、立憲主義国家の先輩であるヨーロッパやアメリカの各国においても、憲法というのは、長くても数十年、短ければそれよりもさらに短い期間で、改正をしたりあるいは抜本的につくり直すということがあるかと思います。
これは一般論として両先生にお聞きしたいんですが、憲法には寿命とか耐用年数というものがあると思われますか。また、やや長目にとっていただいても結構ですが、どの程度で社会の変化が憲法に改正を迫るとお考えになりますか。
碓井参考人
お答えします。
憲法に寿命ありやなしやということですが、憲法を決めるのは国民でございますから、その国民がどういう選択をするかという問題だと思います。ですから、そういう意味では、国民意思の変容といいますか、そういうのがあるか否かということにかかわっていると思います。
それからもう一つは、例えば現在、日本国憲法のようなものを想定した憲法の寿命ということになりますと、その日本国憲法がどの程度の詳細さで規定しているかということにかかわっているわけであります。
きょう私に課せられた統治機構の財政に関する部分について申しますと、憲法自体がそんなに詳しい定めを置いているわけではございません。ですから、財政法、会計法等の財政法令が具体的な制度化を行っているわけですね。財政法令の制度というものには、それは寿命がむしろあるものもあるかもしれません。先ほど来議論に出ております複数年度予算の必要性などは、まさにその典型かもしれないと思います。
そういう意味では、憲法の寿命としては、財政に関する部分については、私は尽きたとは思っておりません。それから、現行の憲法のような大ざっぱなものを前提にすると、一般的に何年とも必ずしも言いがたい。しかし、財政法令、法律や政令等について言えば、これは寿命が尽きている制度もあり得る、こういうふうに考えています。
広井参考人
憲法に寿命があるかというのは、非常に重要なといいますか、興味深い視点だと思うんです。
私も、その点について考えたことがあるわけではないんですが、基本的には、碓井先生も言われましたように、憲法だけが独立した形で社会、世の中に存在するわけではなくて、社会構造の変化といいますか、そういうものが基盤にあって、その上にそれを踏まえた形で存在しているものだと思いますので、憲法の寿命いかんというのも、それ自体で議論できる点というよりは、その基盤にある社会構造の変化というものをどう理解するかによって決まってくるものではないかというふうに思います。
津村小委員
ありがとうございます。
質問を続けますが、私の持論を申し上げますと、私は、過去の各国の例や日本の例を見ても、大体五十年から六十年、長く見ても百年程度の、長目に考えてですよ、憲法の寿命を一つ想定しながら、そろそろ日本国憲法の改正時期が迫っている、そしてこうして議論されているんだと理解をしております。
そしてまた、私は、実はそういう意味で言いますと、日本国憲法は、今のこの日本の経済大国、あるいは平和な国と私は思っておりますけれども、こういうものをつくってきた大きな歴史的意義があったと思っているわけですが、それはある意味過去のものになっていると思っています。
そして、これから次の、それでは、二十一世紀、五十年、百年、新しい憲法をつくる際には、未来永劫続くものを今からつくるわけではなくて、やはり寿命があるものをつくるわけですよね。私はそう考えるんですが、そういう意味で、これから向こう百年ほどの日本にとって何が最も大きな国としてのテーマなのかと考えたときに、もちろん少子高齢化ということもあります。ただ、ここは財政の話を伺いたいものですから、財政面で最も大きな向こう百年のテーマは、やはり財政再建であり、財政健全化だと思います。
これは、日本国憲法ができたとき、あるいはその他の各国の憲法ができたときと比較しても、相当大きなテーマとして今あると思いますので、そう考えたときに、日本国憲法の問題点を整理してという、そういう積み上げ方ではなくて、まず、国がしっかりと憲法に、あるいは国家国民の意思として、財政再建を促すような仕組みを憲法の中にビルトインしていくことが国としての姿勢を示すことにもなりますし、あるいは、さらに言いますと、今、一千兆円にも上る公的債務があって、海外のマーケットから日本の国の、要するに財政運営能力を問われているわけですよね。それがたび重なる格下げにつながっているわけですが、この問題をやはり国として、対外的に、外からどう見えるかということをしっかりとメッセージを発するために、この憲法改正というのは非常に大きな意義があると思います。
そういう意味で、碓井先生、先ほどの御意見の中では、まあその話はむなしさも伴うものであるから、これは法律の方で、立法府の方でやってもらうのはどうかという御意見をおっしゃっていましたが、私は、むしろ国民の意思として、向こう百年にわたる強い国民の決意として憲法に健全財政主義を明記することはどうなんだろうかと思っているんですが、そこは多少意見の違いもあるかもしれませんが、法技術的な部分で、健全財政主義を盛り込むことが可能か不可能か、教えてください。
碓井参考人
ただいまの健全財政主義を憲法に盛り込んではどうかという御意見でございますが、私がきょう申し上げたのは、時々の財政事情というのは変動していきますから、健全財政主義を好ましいと国民が考えていると仮定いたしましても、それを破らざるを得ない事態というのはどうしても出てくると思うわけですね。そういう事態をも封鎖するような意味の強力な健全財政主義を憲法に書けば、それこそ意味があるわけですが、それでは身動きができない、そういうジレンマがあると思います。すなわち、憲法に健全財政主義を盛り込むというときには、訓示的な意味の憲法規範になるのではないかというふうに思います。
そのような規範でももちろん意味があるということで盛り込むことには、私は反対はいたしません。しかし、それは破られ得る原則、例外のないものはないという意味で、例外があり得べしという健全財政主義になるのではないでしょうか。
津村小委員
もう余り時間がありませんので、私の意見を言うだけになりますけれども、私は、戦後、日本において、憲法九条が、日本の国の一つのカラーあるいはメッセージとして、対外的にすごく大きなアピール力を持ったと思っています。これから先、それとはまた違う場面で今、日本が対外的に発しなければいけないメッセージの一つには、やはり財政の問題、国の中で、国の中の法律として議論することももちろんですが、やはり対外的なメッセージというのが、グローバリゼーションの中で、国際金融マーケットを今日本は持ちつつある中で、しっかりとしたメッセージを出していかなければいけないということを申し上げたいと思います。
それから、最後に、もう時間は終わっておりますが、これは残していただきたいので申し添えるんですけれども、日本銀行改正をめぐる議論において、最終的に憲法問題がクリアにならない中で、日銀の独立性というものが現時点では、私は十分なものになっていないと思っています。私、日本銀行の法的性格をめぐる議論を塩野先生がリードされたテーマがございまして、その点についても詳しくお話を伺いたかったんですが、今回のこの憲法調査会での今後の議論においても、日本銀行の法的性格についてまた議論がなされることを希望するとだけ申し上げて、私の時間を終わりたいと思います。
どうもありがとうございました。
| 憲法調査会統治機構小委員会 第3号 2004年4月1日(木) 午後6時25分散会 | 目次 |