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  Daily TSUMURA ひとこと  2006年03月01日(水)-31日(金)

■ ひとこと 早い版 ■



3度めの本会議登壇〜「原稿なし」に初挑戦!   2006-03-14 (Tue) 

今日、本会議登壇(発言)の機会が与えられた。
http://www.shugiintv.go.jp/jp/wmpdyna.asx?deli_id=29670&media_type=wb&lang=j&spkid=6913&time=00:20:48.2
http://www.dpj.or.jp/news/200603/20060314_05tsumura.html

テーマは、在日米軍駐留経費負担に関する特別協定について。採決に先立ち、民主党・無所属クラブを代表して「賛成」の立場から討論を行った。討論というと、一般には複数名による“ディスカッション”のようだが、実際には一人で行う“スピーチ”である。

 本会議での登壇(発言)は、今回が3回め。
衆議院議員の定数が480人である一方、1年間で100名程度の議員しか登壇(発言)の機会が与えられないため、3年めで3回めというのは極めて機会に恵まれている計算になる。ここで注意が必要なのは、誰が登壇(発言)できるかは、必ずしも議員個人の力量によるものではないということ。所属委員会のメンバー構成や、法案との相性(それまでどれだけ関わってきたか)、党内論議への貢献度など、さまざまな“巡り合わせ”によるところが大きい。

過去2回は、金融関係がテーマだった。
民主党の金融再生ファイナルプランを柱とする「公的資金新法への対案」、ライブドアによるフジテレビ買収報道に端を発した「証券取引法改正法案」がそれだ。私が日銀出身で財務金融委員会所属だったことが大きい。

今回は初めての外交・安全保障関連。思い切って「原稿なし」に挑戦した。
「原稿なし」は珍しく、私の記憶している限りでは、この2年半で数人だけだ。一昨年の通常国会冒頭の菅さんの代表質問、同年3月の永田代議士の衆法答弁、泉房穂代議士の本会議質問などが思い出される。

今回挑戦したのは、永田さんの問題があったからだ。
メール問題で民主党の若手が「萎縮」していると思われるのが本当にイヤで、蛮勇を奮うことにした。同僚の議員には驚かれたが、何とか無事に話し終え、いまホッとしている。
私のキャッチコピーは、「若い力を国会へ!」。これからも若手らしい“挑戦”を続けていきたい。



森本徹磨さんを悼む 2006-03-06 (Mon)

3月5日午後6時49分、森本徹磨さんが亡くなりました。

森本さんは、岡山市2区から民主党公認で選出された岡山県会議員として、一緒に仕事をさせて頂いてきた大先輩であり、私の恩人です。一報を受け、ある支持者の方との会食を途中で失礼し、岡山市藤田のご自宅へ駆けつけました。徹磨さんに手を合わせ、明日以降の簡単な段取りをして、いま、帰ってきました。

昨年末に入院されてから僅か2ヶ月余り、早すぎる死でした。巨星墜つです。

 ● お通夜は、3月7日(火)19時から、岡山市藤田338-2のご自宅にて。
 ● ご葬儀は、3月8日(水)12時から、岡山市福富中の「法要庵中央会館」にて。

お通夜ならびにご葬儀は、ご当家と民主党岡山県連の合同葬として、仏式で行います。葬儀委員長は、徹磨さんの年来の盟友である江田五月参議院議員。喪主はご長男の森本亮一さん。

徹磨さんに初めてお会いしたのは、ちょうど4年前の3月でした。
民主党の衆院選候補者公募に応募し、衆議院岡山2区からの立候補を希望していた私を、厳しくも温かい言葉で面接していただきました。「怒ると怖そう。でも、優しそうな目をした方だな」というのが、第一印象でした。私の両親よりも歳上の徹磨さんからみれば、私は本当に頼りなく、至らない、未熟な若者であったと思います。お力を借り、ご心配をかけてばかりの4年間でした。本当にお世話になりました。

徹磨さんは時々、とてもピュアな表現で「日本の政治を変えたい。そのためにここまで頑張ってきたんだ」という意味のことを、口にされました。非力ですが、遺された志を継ぎたいと思います。

 とても目を配り、気を配る方でした。
ご自分の支援者の方はもとより、私のスタッフや友人たち、両親にも、いつも優しく接して頂き、ねぎらいの言葉をかけてくださいました。私の周囲には沢山の徹磨ファンがいます。

その徹磨さんですが、仕事のことで私を褒めて下さることは滅多にありませんでした。仕事に厳しい徹磨さんの真骨頂でもあり、だからこそいつか徹磨さんに褒めて頂きたいという思いで頑張ってこれました。一度だけ、徹磨さんのあの温かい岡山弁で、「おめえは、わしの若けぇ時によう似とる」と目を優しく細めて言ってくださったことがありました。本当に嬉しかった、一番の思い出です。

こうやって気持ちを文章にすると、涙が流れてきます。今はただ、徹磨さんのご冥福を祈る気持ちでいっぱいです。

衆議院議員  津村 啓介


2006/03

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