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Daily TSUMURA ひとこと 2005年 02月01日〜28日


 負けない。 2005-02-28 (Mon)

タイトな日程が続くが、明日は日帰りで「帰岡」することにした。

明日の衆議院財務金融委員会は夕刻開始となり、日中は時間が取れることがわかったのだ。委員会で近くの席に座っている馬淵澄夫代議士は、お世話になった方のお葬式に10分間出席するために、今日の日中、東京−名古屋をトンボ帰りされた。

遅くとも来年秋、早ければ今年の秋にも予想される次期衆院選。小選挙区勝利&政権交代という夢を現実のものにするには、生活の全てを、人生を、賭けなければならない。そして、一人でも多くの方に、私の政治姿勢を見せ、伝え、感じてもらい、支持を訴えていく。

相手も必死だが、私は絶対に負けない。選挙は現代の戦争。戦いに、妥協はない。



 2月26日の日経新聞記事 2005-02-26 (Sat)

昨日の衆議院財務金融委員会での質問が、本日の日本経済新聞朝刊7面に掲載されました。
タイトルは「郵貯・簡保保有の国債、金利1%上昇で含み損6.7兆円」。

国会審議の焦点になりつつある“郵政民営化”。
小泉さんのパフォーマンスの土俵に乗って泥仕合的な中傷合戦をするのではなく、“政権準備政党”らしい実務面からの政策立案とチェックを積み重ねていきたいと思っています。

http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20050225AT1F2501N25022005.html



 質問ダブルヘッダーを終えて。 2005-02-25 (Fri)

今週は、2つの国会質問を抱え、準備不足だったこともあって本当にタイトでした。

今日未明(午前2時ごろ)、質問準備が終わらないまま家路に着き、タクシーが拾えないまま雪の中で30分立ち尽くした時には、まったく途方に暮れました。
「どうなることやら・・・」。

秘書団やインターンの献身的な支えと、奇跡的に拾ってくれたタクシーのおかげで、何とか無事終了です。

質問時間が、1日に120分。しかもお相手が谷垣、竹中両大臣のようなアドリブばりばりの優秀な方々だったので全く気が抜けず、心身ともとても疲れましたが、今、心地良い充実感に浸っています。

仕事に厳しい原口一博代議士が質問終了後わざわざ声をかけて下さり、「いい質問だった!」と褒めて頂いたのは感激でした。原口さんは、私のいないところでも、他の先輩議員に対して私の質問のことを持ち上げてくださったそうです。その後、全国紙と地元紙が熱心に取材をしてくれました。

今日は気持ちよく眠れそうです!

【財務金融委員会での質問〜VTR】
まだアップされていないようです・・・。
【予算委員会第一分科会での質問〜VTR】
http://www.shugiintv.go.jp/ref.cfm?deli_id=25790&media_type=rb



 大学生。 2005-02-24 (Thu)

今週は超タイト。
平成17年度予算が来週にも衆議院を通過する見通しとも言われており、瀬戸際の攻防が続いている。そんな中で、2つの「国会質問」を急遽担当することになった。

1つめは、予算委員会第一分科会。まだ詳細は決まっていないが、内閣府を相手にPL(製造者責任)法と消費者基本計画について質すつもりだ。2つめは、財務金融委員会。赤字国債の発行と定率減税の廃止について、正面から切り込むのが役目である。来週か再来週には、安全保障委員会での一般質疑も予想される。その下準備もまだ道半ばだ。2年目に入り、党の役職も頂けるようになり、明日も会議だ。
どう裁くか。ここが正念場である。

そのてんやわんやの渦中にあった今日、1人の大学生が私の事務所を訪ねてきてくれた。大学3年生のK君。半月ほど前に「就職活動を目前に控えてます。進路の相談をさせてください」というメールが突然舞い込んできた。聞けば、岡山の出身。他にも私と縁があり、何人かの方から私の評判を聞いてきたという。メールの最後に書いてあった携帯の番号に電話をしてみたら、「もうすぐ学期末の試験が終わるので、そしたら国会事務所にお話しを聞きに行かせてください」とのことだった。
そして、今日実現。

約束どおり19時に来てくれたが、仕事が終わらず1時間以上待たせてしまった。
その後2人で赤坂に繰り出し、焼肉。彼のストレートな質問の数々にクラクラしながらも、言葉を選ばずに思ったまま答え続けた。政治家とはどんな仕事か?日銀はどんなところだったか?学生時代の夢は?将来何になりたいか?総理めざします?

2人ともどんどんエンジンがかかり、あっという間の2時間。K君の語る社会人像や将来の夢にズバズバ物申しながらも、ひるまない彼に感心。周囲からの評価が気になる時があると言っていたが、自分に対する自分自身の評価も大切に、自分の力でどんどん可能性を切り拓いてほしいと思う。そう話した。

途中、今話題のホリエモンこと堀江社長論になり、意見が正反対だったのは興味深かった。今日届いた雑誌『GQ』の記事の中で堀江社長は「下の世代はおとなし過ぎる。やんちゃなヤツに出てほしい」と述べている。

「衆議院議員 津村啓介」の生みの親の1人で、前公設第一秘書の山崎祐一郎は、やんちゃな大学生だった。おとなしくはなかった。岡山や東京の事務所に出入りしてくれるインターンやボランティアの学生たちをみても、みんなとても元気がいい。
どうかこれからも、小さくまとまらないでほしい。



民主党1区総支部(菅支部)定期大会でのスピーチ 2005-02-23 (Wed)

いつもお世話になっています。衆議院議員の津村啓介です。本日はお隣2区の総支部代表の立場でご挨拶します。

岡田代表も小沢一郎副代表も、政権交代のためには地域での日常活動の充実が最も重要だと述べています。その意識は、私も、ここにいる皆さんも、共有していると思います。が、しかし、取り組んでいる活動は県下5つの選挙区でバラバラです。
去年1年は、まずそれぞれの総支部が思い思いに自分の力を発揮する時期だったかも知れませんが、今年は気合いを揃えて相乗効果を挙げるべき時期になってきます。

率直に言って、菅君と私が十分な情報交換ができているかと言えば、まだまだです。
ここにいる4区の柚木君と私がガッチリ連携できているかと言えば、これも不十分。
まして距離的に遠い5区や3区となると、一体感を出すのは更に難しいと思います。
しかし、それが今年の課題です。腹を割った議論の場を作り、実際に中身ある議論をし、しっかりと連携して共通のライバルである自民党政治を倒しましょう。

言いたいことはそれだけです!お疲れさまです。



 マスコミとの会食。 2005-02-18 (Fri)

岡田代表のマネではないが、このところマスコミ関係者との会食が増えている。

岡山でも東京でもその傾向は同じ。テレビ局や新聞社、雑誌出版社など様々なジャンルの方とお付き合いをしている。
岡田民主党代表も、この年末から年始にかけてテレビ局のプロデューサー、記者、キャスター、新聞社のデスクや記者、雑誌の編集者と精力的に会食を重ねており、更に幅を広げようとされているのだが、期せずして似た行動になっている。

地元でマスコミ担当を任せていた公設第一秘書の山崎祐一郎君が留学し、私自身が前面に出ているという事情もあるし、年頭の県政記者クラブでの会見で「接点を増やしたい」と宣言し、そのとおりになっているという面もある。が、どちらかというとプライベートでお会いするケースが多い。1人の方と仲良くなったと思ったら、どんどん仲間を紹介して下さるという場合もある。同僚の方や先輩後輩をご紹介して頂くこともあれば、先日は自衛官の方をご紹介頂いたりもした。皆さんさすが、ネットワークがすごい。

メディアへの露出を増やそうとしている訳ではない。
昨年は、衆議院本会議での初登壇に始まり、日銀総裁への質問、代表選への注文、皇太子発言に関する質問、年金審議の際の懲罰、台風対応。。。などなど、新人議員としては比較的メディアへの露出が多いほうだった。女性週刊誌に採り上げていただいたり、1度だけだが雑誌のファッションモデルにもなった(今思えば怖いもの知らずというか、恥知らずというか・・・)。

だが、今年は今までのところ、地元TV局の「国会報告」に出演したことと、年頭記者会見が新聞記事になったことくらいだ。自分自身の思いとしても、今年は直接の露出よりも役員室、財務金融部門会議、民主党岡山県連での表に出ない地道な仕事で実績を挙げていきたいと思っている。そんな今こそ、マスコミの方々との双方向の理解をしっかりと深めるいいチャンスなのかも知れない。

今夜は、NHKの有名情報番組のプロデューサーとお会いできるようだ。年齢の近い方だと伺っており、とても楽しみだ。



 最近の読書&CD 2005-02-18 (Fri)

石破さんの本は、防衛庁長官としての2年間の軌跡を率直に語った内容で、政権をめざす私たち民主党国会議員にとっても示唆に富む力作。こういう本が書けること自体、石破さんは政治家として本望ではないだろうか。他党の議員だが、尊敬する。

ヴァン・ヘイレンは、高校時代親友のT君に勧められてよく聴いていた。懐かしいメロディーとともに、当時の純粋だった自分を思い返し、その頃は雲の上の存在と思っていた衆議院議員という職に就き、遣り甲斐のある仕事に日々取り組んでいる現在の自分の幸せを考える。無上の癒しであり、無上の励まし。

その他の本やCDについても、またおいおい、感想などご披露していきます。。。

【読書】
○ 石破茂   『国防』
○ 丸山真男  『「文明論之概略」を読む 上』
○ 浅田次郎  『鉄道員(ぽっぽや)/ラブ・レター』
○ 武田泰淳  『政治家の文章』
○ ウッドワード『権力の失墜2 大統領たちの危機管理』
○ 安野モヨコ 『働きマン1』
○ 『裏モノJAPAN2005 逮捕されたらどうする?』

【CD】
○ ヴァン・ヘイレン “The Best of V.H.”
○ シド・ヴィシャス  “Too Fast To Live”
○ 大塚愛      “LOVE PUNCH”“LOVE JAM”
○ 平原綾香     “ODYSSEY”
○ 韓国映画『猟奇的な彼女』サウンドトラック



 求人、HP更新。 2005-02-12 (Sat)

本日(2月12日)の山陽新聞朝刊4面に、求人広告を出しました。13、15、16日にも掲載が続きます。今朝から既に何本か照会のお電話を頂いています。興味のある方はご一報ください!

国会議員秘書
▽年齢不問 ▽社会経験重視
◎多くの人と対話する仕事です。
◎政治家をめざす方も歓迎します。
※応募/履歴書郵送・面接後日連絡
岡山市円山八七−十七 衆議院議員 津村啓介事務所 086-277-9900

●今夜から明日にかけて、当ホームページの「代議士日記」を大幅に更新。2月上旬の活動フォトを一気に充実させます。約30枚ほどの写真を新たにアップする予定。ご覧下さい。



 政治家と政治学。 2005-02-12 (Sat)

今週、インターンの沖田さんが私の書棚から『職業としての政治』を借りて帰った。
沖田さんは、責任感の強い、まじめな女子大生だ。

マックス・ウェーバーの著作として同書と共に有名なのは『職業としての学問』だが、私は時々“職業としての政治”と“学問としての政治”の狭間に立っている。

先日の外務・防衛合同部門会議において、「国会における事後承認」を巡る若干のやりとりがあった。
弾道ミサイル防衛の問題で、瞬時の判断を迫られるケースについて、現場の判断を尊重するべきだという(それ自体は尤もな)議論の中での派生的な議論だったが。

講師の先生から「ミサイルを撃ち落とした後で、それを国会が承認しようとしまいと事実上何の意味もない。だから国会での事後承認云々は実務的にはあまり重要な論点にはならない」という趣旨の発言。本多平直代議士から「もう少し詳しく説明をしてほしい」という質問がなされたが、講師の先生は「現場の判断の緊急性」について繰り返しお述べになるだけで、「国会による事後承認が定められていようとなかろうと、現場からみれば何の意味もない」という理解を示された。

著名な学識経験者からこうした発言が出てくると、正直戸惑ってしまう。「民主的コントロール」についての理解を疑ってしまう。

「議会制民主主義の建前はどこへ行った?」とか「国会は国権の最高機関だよね?」といったレベルの違和感ではなく、より実体的な意味での違和感。決算にしても、イラクへの自衛隊派遣にしても、国会による事後の同意や承認が担保されているからこそ、当事者の意思決定に“規律”が働くのではないか。事後の説明責任の存在が、事前の意思決定そのものを左右する。この重みを強調する立場こそが、論壇において現代民主主義の最先端を行く思潮ではなかったか。

弾道ミサイル防衛そのものについて、厳しい判断を迫られる現場(自衛隊)の皆さんの立場を十分理解し、日本と日本国民の利益を最大化する法律を作りたい。その思いは私も同じだ。

が、それ以前のところで共有すべき思想的な前提が足りていないことを感じた瞬間だった。マキアヴェリ以来(?)の「政治学」の歴史が泣いている。

「説明責任」という言葉の持つ意味は、「説明+責任」ではない。瞬時の判断を迫られている立場の人間に、規律ある仕事をさせるための制度的工夫なのだ。政治家しかり。この場合は自衛官もしかりだ。

夢を持って「政治家」になった。
日々の時間の多くを“ドブ板選挙”に注いでおり、それはそれで欠けがえのない大きな意味のある活動だとヒシヒシ感じているが、時々「政治学」を思い出す瞬間もある。大学時代、自分なりに一生懸命に勉強した先達の教えであり、私の原点だ。

理想と現実をつなぐ“夢”の技術が、政治。「政治家」として良い仕事をしたい。



 「春のインターン合宿」参加者 一般募集のお知らせ 2005-02-10 (Thu)

津村事務所では、ただいま、学生インターンの受け入れを行っています。

この2月から3月にかけては、NPO法人「ドットジェイピー」を通じて、4名の大学生がインターン登録。また、昨年以来のインターン経験者を含め、10名前後の大学生が東京(国会)と岡山(地元)の両事務所に出入りをしてくれています。

このたび、この学生インターンとともに代議士の地元活動を集中的に体験して頂く「春のインターン合宿」を下記の要領で開催し、参加者を募集することにしました。
大学生はもちろん、国会議員の仕事に興味のある方ならどなたでも参加できます!

 ○日程 : 2005年 3月19日(土)〜27日(日)
 ○場所 : 岡山事務所
 ○宿泊 : 津村啓介衆議院議員またはスタッフの自宅
 ○費用 : 交通費 実費支給(例えば関東から参加して頂く場合は3万円程度)
 ○連絡先: 津村啓介 東京事務所(担当:河田)
       〒100-0014 東京都千代田区永田町2-1-2-338
            Tel. 03-3508-7088 Fax. 03-3508-3868
            mail. youngpower@tsumura.org

関心のある方は、電話かメールでご連絡ください。
後日履歴者をご持参頂いた上、面接を行います(その席で学生インターンが制作をしてくれた「津村事務所インターンマニュアル」を差し上げます)。

代議士または事務所スタッフと共同生活をして頂く関係上、宿泊スペースに限りがあります。早めにご連絡下さい。
奮っての応募を、お待ちしています!

P.S. 過去のインターン生の大活躍については、私のホームページの「代議士日記」8月分、「Daily TSUMURA号外」“インターンを終えて”をご参照ください。
また、別の期間を希望する方、国会のみのインターンを希望される方は、その旨を明記の上、ご連絡下さい。受け入れ可能です。



 2005年の抱負 〜 民主党機関紙『プレス民主』所属議員アンケートより 2005-02-08 (Tue)

1.名前/所属院・選挙区・期数
津村啓介/衆議院・比例中国・1期

2.国会で今年取り組むこと
民主党のマクロ経済政策をつくること(財政健全化プラン)

3.地元での一番の課題
自治体との対話

4.党での役職
役員室次長

5.院での所属と役職
財務金融委員、安全保障委員

6.生年月日、血液型
昭和46年10月27日、AB型

7.我が家のお正月自慢
初日の出は毎年見に行きます。



 民主党岡山県連定期大会における開会のスピーチ 2005-02-05 (Sat)

本日は、寒風吹きすさぶ中、県内各地から大勢の皆さまにご参集いただきました。ありがとうございます。ただいまより、民主党岡山県総支部連合会第10回定期大会を開会いたします。

開会に当たりまして、民主党岡山県連副代表の立場から、一言ご挨拶申し上げます。

昨年の大会で「おかやまマニフェスト」の策定を宣言し、5月にその第一弾として「おかやまマニフェスト2004」を発表しました。夏の参議院選挙における民主党の公約として多くの皆さまからご支持を頂いたと同時に、秋の岡山県知事選挙では、本日もお越しいただいております石井正弘候補の推薦という民主党としての大きな決断の基礎ともなった、岡山県の民主党の政策的な柱でもあります。

今年は、この「おかやまマニフェスト」に象徴される政策立案の努力の上に立ち、江田勝利と石井県政との協調・協力という昨年の大きな成果を、私たちの大願であり、悲願であり、存在意義とさえいえる「政権交代」に向けて、着実に発展させ、私たちの活動の足腰を強くする年にしなければなりません。

岡山の民主党は、旧社民連・旧社会党など、いわゆる革新勢力の運動に基礎をおいて発展してきました。新しい政治を求め、真の改革を志すその流れは、次第に大きな川の流れとなり、今国民の皆さんの大きな期待の受け皿に成長しています。期待外れに終わるわけにはいきません。国民の皆さんを失望させることもできません。

今この流れを本物にし、従来は自民党支持層とも言われてきた穏健な保守層、例えば、各地域の町内会や婦人会、老人クラブ、消防団、あるいは、経済界を代表する企業や地域の経営者の皆さん、そして働く皆さんにしっかりと政策を訴え、志を伝えて、私たちの愛する祖国日本を21世紀も「平和な経済大国」として発展させていくためには、ここにいる私たち一人ひとりの日々の努力、地を這う努力が決定的です。

全国であと60議席増やせば政権交代です。各県で1つ、ないしは2つの計算です。
勝つための努力をしない、勝つつもりのない候補者はいないし、いてはなりません。
そんな候補者がいれば、いますぐ辞めるべきです。

岡山2区は任せてください。必ず勝ちます。お約束します。仲間たちにもしっかり頑張ってもらって、一緒に国会に行きます。そのためには一人ひとりの血のにじむ努力とともに、「チームの力」が問われます。

今日は様々な議論が出ると思います。ぜひこの部屋の中でカンカンガクガクの議論を戦わせ、大会を結びこの部屋を出たその瞬間からは、より固く一致団結し、前に進みましょう。

今日は石井正弘岡山県知事、森本栄連合岡山会長、平岡秀夫衆議院議員にも来賓としてお運びいただいています。ぜひ叱咤激励を頂き、私たちの飛躍の糧にしていきたいと思います。元気の出る、力のこもったご鞭撻のスピーチをお願い致しまして、私からの開会のご挨拶を終わります。



 国会事務所版「第2回事務局会議」 2005-02-03 (Thu)

昨日2/2(水)、国会事務所で今年2回めの事務局会議を行った。

まず、東京における後援会作りについて佐竹政策秘書から改めて方向性を尋ねられ、再度“東京で予定していた資金集めパーティも、白紙から焦らず再検討し、まずは本会議や委員会審議、党務などの本業を堅実にこなしていくことを確認”した。(「“」「”」内は1/21付「ひとこと」より引用)

私からは、前回の事務局会議で示した“数値目標は外し、朝礼や法令遵守、報告・連絡・相談(秘書日記も含む)といった基本動作の徹底に万全を期する方針”(同上)を再度強調。“最低限やらなければならない仕事だけをグッと絞りこみ、まず足許だけは固めるスタイル”(同上)について理解を求めた。
政治家の事務所は飛び込み案件が多く、優先順位の付け方が非常に難しい面がある。

従来は「私が指示を出し、秘書が可能な範囲で対応する」イメージだったが、今後は「基本動作を徹底し、その中で得たヒントや新しい課題を秘書から提案して貰う」形を模索していく。基本動作とは、例えば政策秘書であれば、陳情への対応や代理出席の記録、秘書日記、地元事務所への情報連携などである。

企画書を代議士本人が書いていると、秘書は評論家の立場でそれを見てしまいがちだ。頭でっかちな提案と代案のない批評では、噛み合うはずもない。ボスを動かす企画の大変な難しさと痛快な面白さを感じてもらい、当事者意識を持ってもらえるよう工夫したい。

河田秘書からは、基本動作を超える新しいチャレンジを始める場合について、「内容についてはともかく、時期について、秘書には判断材料が乏しい。代議士の判断を尊重したい」との前向きな意見があった。そういう形を取っていきたい。
榊原秘書からは、より実務的な質問が複数あり(ここでは紹介できないが)、オブザーバーとして参加したインターンの沖田さんは神妙な面持ちでやりとりを聞いていた。政治家の活動の、外からは見えない部分である。

イギリスの大学でMBAコースに学んだが、経営学と経営は全く別のものである。学問でなく、実践だ。プライベートな友人は、私の政策よりも、事務所経営のエピソードに興味をそそられたりもするようだ。成功もあり、失敗もある。
政治家という仕事。日々のすべてが、エキサイティングな挑戦である。



 ビラ配り。 2005-02-02 (Wed)

今週の月曜日、高井崇志君の“朝立ちデビュー”をお手伝いしました。

高井君が政治を志す決意を熱っぽく語る傍らで、彼お手製の“たかいたかし35歳”というビラを、道行く人に配りました。信号待ちの車の運転手さんも、窓をノックすると、実に8割以上が窓を開けて取ってくれます。
自転車に乗っている人にはさすがに配れませんが、目を見て挨拶をし、「いま話しているのが“たかいたかし”です!」と大きな声で呼びかけると、大半の人が一瞬高井君のほうを見やってくれます。それだけでも大きな成果です。中には、自転車を止めて聴き入ってくれる方もいました。朝の忙しい時間なのに。勇気が出ます。

彼のホームページの1月17日付「たかい日記」にも出てきますが、ビラ配りというのは本当に奥が深く、単位時間当たりの配布枚数には大変な個人差があります。また、配り手の思いや気合いは、受け取り手にジンジンと伝わっていきます。これは配布枚数以上の差になります。テレクラのティッシュ配りのような機械的なビラ配りでは、たとえ受け取って貰えても、政権交代に人生を賭けている私たちの志や思いは半分も伝わらないのです。ビラ配りは、その人の政治姿勢をあぶりだします。

渡したビラを目の前で捨てられたことや、丸めて投げつけられたこともありました。ビラ配り終了後に近くのゴミ箱を見に行くと、いつも何枚か捨てられています。自分の写真がグチャグチャになっているのを最初に見た時は、やはりショックでした。悔しさをバネにできなければ、ビラ配りはできません。

配り手のテンションが低ければ、逆効果になることだってあります。体調が良く、気力が充実していないと良いビラ配りはできません。究極のコミュニケーションであり、配り手の人となりを映す鏡です。ビラ配りは、本当に難しいのです。

高井君の熱っぽい演説にほだされながら、一生懸命ビラを配りました。
磯野君や全盛期の田中秘書の雄姿を思い出しました。遠くから応援に来てくれた友人たちやインターンの努力も瞼をよぎります。いま一人で朝立ちをしているのも、この感触を思い出し、大切にしたいからです。

政治を志す人、秘書やスタッフとして良い仕事をしたい人は、一度一人で“全力”でビラ配りをしてみてはいかがでしょうか。様々なものが見えてくると思います。
ビラ配りは、自分との戦いでもあります。



 秘書日記。 2005-02-02 (Wed)

【民主党勝手ペー】http://members.at.infoseek.co.jp/peinyo/min.html

上にリンクを貼っている『民主党勝手ペー』というホームページに飛ぶと、表紙の右下に「若い力を国会へ! 津村啓介 つむらけいすけ(31)」というバナーがあり、その下に管理人の“ペーニョ”さんによる私のホームページの評価が書かれてあります。私の記憶では、この紹介は、私がまだ候補者だった一昨年の春ごろに書かれたものだと思います。今から2年前です。
祐一郎らが頑張ってくれた、懐かしい「かつべ選挙」(参議院鳥取補選)のことが触れられており、また過分な評価を頂いている面もありますが、私のホームページに関して第三者の視点から客観的評価を頂いたことに、まず驚いた記憶があります。

その『民主党勝手ぺー』にも触れられていますが、「秘書日記」欄の存在は、私のホームページの特徴のひとつです。実は岡田克也代表(当時は政調会長でした)のホームページからヒントを得たのですが、私自身が他の活動を優先してホームページを更新できない日でも「ホームページ毎日更新中!」という公約を実現するために編み出した、苦肉の策でした。

今久しぶりに読み返してみると、私と一緒に「ツムジム」を立ち上げた仲間たちの、荒削りで純粋な思いが行間に滲み出ているような気がするのは気のせいでしょうか。
パソコン画面を見ながら、思わず独りでニコニコしてしまいます。

あれから2年半が経ち、「秘書日記」も歴史を刻んでまいりました。
“選挙事務所のナマの空気を伝えたい”“スタッフやボランティアの、吐息や鼻息を伝えたい”“私が加工したのでは意味がない”との哲学から、私の思いとは独立に書き込まれており、中にはかなり率直に私の活動や考え方に異を唱えている文章もあります。また、読者からの指摘を受け、結果として掲載を中止したケースもありました。日々試行錯誤の連続です。

最近の津村事務所(ツムジム)の流行である「足許を見つめ直そう」運動の中で、この「秘書日記」のあり方も再検討の対象になっています。
例えば『民主党勝手ペー』にあるような「本人は活動日誌やひとことを更新できない日があっても、スタッフが代わる代わる日記を書くことで、HP毎日更新を実現」という状況は失われており、最近加わった経験の浅い秘書からすれば「秘書日記」が何のためにあるのか、その意味が理解しにくい面もあると思われます。

そんな折、最近この「秘書日記」のあり方について、改めて考えさせられる場面がありました。詳細の紹介は避けますが、日記執筆の当事者である秘書全員の意識を合わせ、前向きな答えを出していきたいと思います。

今週末にも予定している次回事務局会議で明確な方向性を出し、秘書団自身の言葉で「秘書日記」を再定義した上で、今後の取り扱いを決めていこうと思っています。
秘書日記はそれまで、「暫時休憩」とします。


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2005/2

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