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「政治の世界では“菅チルドレン”とか“小沢チルドレン”とかいった言い回しを使う人がありますが、我こそは“江田チルドレンの長男坊”を自認しております、津村啓介です。先ほどから来賓の皆さんのご挨拶が続いておりますが、私は“チルドレン”ですので、お客さんではなく、身内の立場からご挨拶させて頂きます。
昨年の江田選挙は、新しい政治に期待する日本中の人々に夢と希望を与えました。自民党王国の岡山県で、全国の民主党公認候補中、最高の得票率を叩き出したのです。誰もが驚きました。全国の注目を集めたこの勝利は、江田五月を支え続けてこられた、ここにいる皆さんのご努力によるものです。本当にありがとうございました。
今年は皆さんの作り出したこの流れを、さらに大きく幅のあるものにし、政権交代への足腰を作る一年になります。旧社民連以来、一貫して非自民の新しい政治を目指し、一途な政治活動を続けてこられた江田さんです。新参の仲間として、私たちは江田さんの築いてきた実績や経験の上に立ちながら、活動をしています。
そして、小選挙区時代ですから、さらにウイングを広げ、51%を超える支持と理解を求める努力をしていきます。一般に自民党支持層とされてきた経済界や地域コミュニティなどにも“保守層への切り込み隊長”として軽いフットワークで飛び込んでいき、地に足の着いた活動を通じて、多くの方々と信頼関係を築いていこうと心に誓っています。
若輩です。試行錯誤を重ねながらの、そして時には失敗をして皆さんのお叱りやご指導を頂きながらの取り組みですが、若手も一丸となって懸命の努力をしていきます。どうか今年も、温かく厳しいご指導をお願いいたします!」
“江田チルドレンの長男坊”“保守層への切り込み隊長”という2つのキーワードに、年頭記者会見以来の今年の抱負を込めてみました。このフレーズはこれからも使っていきます。半端な思いではありません。
1月30日(日)午前9時から10時半まで、「平成17年灘崎町消防出初式」に出席をしてきました。灘崎町町民会館にて。
以下は、来賓挨拶を求められた際の、私のスピーチです。
「1月12、13の両日、衆議院安全保障委員会の視察で尖閣諸島に行ってきました。中国や台湾との間で領土問題が起きている島です。海上自衛隊の隊機に乗せていただき、揺れる飛行機の中から視察をしてきました。最前線で頑張っている自衛隊員の皆さんから栄誉礼を受けましたが、皆さん国境を守る使命感に満ちたとても凛々しい顔をされていました。今、規律正しく整列をされ、緊張感に溢れている皆さんの姿を前にして、その時の光景が蘇りました。自衛隊の皆さんは、国家の安全を守っていますが、皆さんは地域を守る消防団です。凶悪犯罪や自然災害が地域の皆さんの生活に不安の陰を落としていますが、昨年の台風被害への対応で皆さんが示された結束と行動力が地域の皆さんの安心の源になっています。
今日こちらには、式典の時間が長くなるからと言って、挨拶をご遠慮された住吉良久、加藤浩久両県議もいらっしゃいますが、私たち政治家も少子高齢化や巨額の財政赤字という見えない眼に見えない危機と戦っていきます。日本の国には、もうお金がありません。市町村合併が現実に進み、行政サービスの簡素化も予想される中で、地域を支えるのは私たち一人ひとりの志と努力です。最後に消防団の皆さんの日々のたゆまぬ努力への敬意と今後のご発展への期待を申し添え、私からの激励のご挨拶とします。地域のため、日本のために今年一年も共に頑張りましょう!」
挨拶(スピーチ)はいつも試行錯誤の連続です。
団員の皆さんのキリリと引き締まった表情に一瞬気圧されそうになりながらマイクの前に立ちましたが、私を見つめて熱心に聴いてくださる団員の方々の強い眼差しを感じ、とても気合いが入りました。
今年の一大目標は、自分らしい挨拶です。日々前に進むつもりです。
昨夜のインターン懇親会は、大盛り上がり大会。
私の大好きな若い仲間たちが、15人だったかな、大勢集まってくれた。前回は、NHKの看板キャスターをしている大学時代の友人が学生たちに貴重な話を聞かせてくれたが、今回は学生同士がインターンの経験談を話したり、就職活動について話したり。インターンOB・OGも大勢顔を見せ、多忙極まりない日銀の後輩も駆けつけてくれた。延々5時間ノンストップで話に花が咲く。
みんな、きれいな目をしている。希望や夢を持ち、手さぐりで努力している。学生の刺激になれば、と企画したつもりが、私のほうが刺激を受けた。みんな本当にいいやつ。次は何人かの就職や進学を祝って、3月に議員宿舎で鍋パーティーをしようと約束。
2月から始まる春のインターンも、今から楽しみだ。
最近、朝の街頭活動を、私一人でやっている。選挙用語でいう「朝立ち」。
車の運転も、ノボリや立て看板の準備も、全て私一人で行う。自分で車のハンドルを握る国会議員はまずおらず、県内には皆無。なかなか思い切った決断であり、いつまでもという訳にもいかないが、しばらくの間、秘書には手伝わせないつもりだ。
街頭演説は、一般的にも政治家の公的な仕事だと言えるし、その中でも津村啓介という政治家は街頭演説を重視している人間なので、わが津村事務所では元来朝立ちを秘書の基本業務の1つとして位置づけてきた。今もその認識に変わりはない。が、今回事務所の日常業務を“質的強化”していくに当たり、あえてこの基本業務から秘書を外してみることにした。
公設第一秘書の山崎祐一郎が海外留学復帰のために事務所を離れ、以前より少数で事務所を回さなければならないという事情もある。が、それ以上に意識したのは、私自身を含めた事務所スタッフ全員が、政治活動の原点である「街頭演説」と「ビラ配り」の意味を考え直す機会を作りたいと考えたからだ。
振り返れば、最初は一人だった。
まず清水俊平君と“あやぼぅ”が加わり、直後に杉山陽子さんと山崎祐一郎が加わって、だんだん人の輪が広がっていった。今、私のまわりでは、常に何人もの人が働いている。一度、初心にかえり、そのありがたさを噛みしめてみようと思う。
秘書には、当面自分の担当業務に神経を集中してもらい、出勤時の朝礼から活動の記録、帰宅前の机の整理整頓に至るまで、「基本動作」を徹底的に訓練してもらう。
「若い力。」を体現している信頼するスタッフに、社会人としても成長してほしい。
量の拡大ではなく、質の向上。失敗も多いが、一緒に乗り越えていきたい。
それが事務所の成長であり、私の成長だと、最近思うようになった。
月曜日の議場退場の際、田中真紀子代議士ににらみつけられる場面があった。
報道もされているとおり、田中真紀子代議士は「ここで退席しても小泉の術中にはまるだけ」という立場で議場に残られたが、それだけではなく、近くを通る新人代議士たちに「あなたたち、席に戻りなさい!」と大きな声を出されていた。思いがあってのことだろう。
実際に10人以上の代議士が席には戻らないものの、真紀子さんの話に耳を傾けていた。議場は引き続き騒然としている。私は、真紀子さんの話を聞いている同期たちに「国対の方針に従いましょう!」と真紀子さんに負けない声で呼びかけた。最初に私が大きな声を出した時、真紀子さんがこちらをパッと振り返り、顔をしかめられた。
私は、昨夏の懲罰の際の田中真紀子代議士のエピソードを何人かの方に聞き、感動した。私への懲罰動議が可決された際、「上の方針で皆なでやったのに、一人だけ、可哀想じゃない!」と周囲の方に訴えてくれたと聞いている。もちろん動議にも反対をしてくれた。私はその時のことをとても意気に感じ、恩義を感じている。
また、物事の本質を瞬時に見抜き、それを的確な言葉で表現できる彼女の父親譲りの才能を尊敬しているし、羨ましくも思う。
今回の判断が結果として異なったことに残念な思いもしたが、私は民主党は絶対に一致団結して行動しなければならないと思った。その後、更に10回以上、まだ退席していなかった仲間たちに「国対の方針に従いましょう!」と叫び続けた。そのうち、そう叫んでいた私自身も先輩に退席を促され、議場を後にした。
政治家は「決断をするのが仕事」だと言われる。そしてその決断は、最終的には党ではなく、個人に属する。政党は会社ではなく、政治家はサラリーマンではない。
議場退席については、さまざまな意見があり、個々の代議士たちはその瞬間色んな思いを持っていたはずだ。しかし、その後の岡田代表の党のリーダーとしての熱い言葉や国対幹部の努力によって、党の結束は今回のことを通じ、むしろ高まったとさえ思う。
政治家として、この高揚感を大切にし、今国会を緊張感のあるものにしていきたい。
今日は代表質問2日めでした。
ブッ通しで4時間半も続いたので、途中で出入りする議員も多く、後半は空席も目立ちましたが、私は昨日に続き、見所の多い緊張感のある審議だったと思います。
明日は本会議も委員会もないようなので、急遽岡山に帰ることに決めました。1日でも多く街頭に立ち、国会審議のナマの姿を訴えていきます。代議士日記がもう1日遅れますので、昨日と今日の注目の発言について、『衆議院TV』のVTR画像へのリンクを貼っておきます。
岡田代表の質問は、誠実な人柄が伝わってくる内容。
野田代議士の質問は、冒頭から感動的。最前列で聞いていて、鳥肌が立ちました。
【 岡田代表の「代表質問」 1時間48分 】
http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=25257&media_type=rb&time=00:09:42.3
【 河野議長による小泉首相への「注意」 1分 】
http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=25257&media_type=rb&time=04:56:42.3
【 岡田代表の「再々質問」 8分 】
http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=25257&media_type=rb&time=04:57:04.0
【 野田代議士の「代表質問」 1時間2分 】
http://www.shugiintv.go.jp/rm.ram?deli_id=25270&media_type=rb&time=01:07:10.9
(注:収録時間が長いですが、質問は前半のみ。後半は答弁になっています。)
国会は、審議入りの初日から大荒れ。
時尾博幸君が見事当選を果たした、昨日の倉敷市議選。何度も万歳をし、ご苦労の多かった支援者の皆さんと感動を分かち合い、その後10数名の友好議員の皆さんの選挙事務所にお祝いに駆けつけ、明け方の5時近くまで倉敷、岡山の街を駆け回った。
その興奮も覚めやらぬまま2時間睡眠で朝9時過ぎの新幹線に乗り、13時の開会直前、小泉首相の施政方針演説に対する岡田克也民主党代表の「代表質問」が行われる衆議院本会議場に滑り込んだ。国会議事堂の左側半分である。
役員室次長として、演説を組み立てる岡田代表の苦労も直接間接に見てきただけに、力の篭った岡田代表の一言一句に全身全霊を傾けて聴き入った。即興のパフォーマンスで巧みに演説を盛り上げた菅前代表とは違って、岡田代表の演説は訥々とした印象を受けるが、人柄がにじみ出た誠実で中身の濃い質問だったと思う。
何でも批判するのではなく、「国連常任理事国入り」問題など小泉首相や自民・公明党政権と協力できる部分については、その旨を明確に述べ、また、被災地支援など政府の遅れがちな対応については前向きで建設的な提案を行っていた。
問題は、小泉さんの答弁。ずっと下を向きながら官僚の作文を棒読みするだけの姿はもう見慣れたが、与えられた質問時間をたっぷり残して敢えて再び壇上に立った岡田代表の9つの再質問に対し、一切の答弁を拒否したのには本当に驚いた。年々答弁が軽く薄くなっている小泉さんだったが、全くの答弁拒否というのは初めてだ。
約30分にわたって、議場は紛糾。河野議長はいったん岡田代表に再々質問を促したのち、前言を翻して小泉さんの再答弁を求めた。これは野党側の反発を受けたものであり、議長が前言を撤回するということ自体、極めて異例な対応である。しかし、にもかかわらず、小泉首相の再答弁は事実上答弁を重ねて拒否する内容だった。
私たち若手代議士は、ある者は席を立ち、ある者は着席のまま「国会軽視だ」「休憩しろ!」などと野次を飛ばした。私も「小泉さん、答弁をお願いします」「河野議長、こんな前例を作っていいんですか。ルールを守った再質問です。答えさせてください。」と自席で起立して叫んだ。
野党の数十人の議員が立ち上がり、与党からは野党に向けて激しい野次が飛んだ。私個人に向かって、「また懲罰を受けたいのか!」という発言をする自民党代議士もいた。私たちはルールを守れと言っているのだ。
議場内交渉係という役割があり、議院運営委員会の理事たちがこの任を負っている。わが党からは城島代議士や生方代議士が壇上にあがり、各党の係と交渉を行った。緊迫した空気と騒然とした空気が交錯し、与党側から「小泉首相に再度答弁させる」という妥協案が出され、わが党は「ひとまず聞くが、もし再度答弁拒否なら、退席する」と応じた。注目の小泉再答弁は、メモも何も持たず、改めて答弁を拒否する内容だった。その後が、ニュースでも繰り返し流れている「衆議院本会議で民主党が退席」のシーンである。
田中真紀子代議士が民主党新人議員に「こういう時は出ちゃダメなのよ!」と大声でお話しになっていたが、わが党は一致結束して対応した。鉢呂国対委員長以下の現場の判断を岡田代表以下の執行部がしっかりと支持していたようだ。小沢一郎副代表が「出せ!出せ!」(退席しようということ)とエキサイトされていたとか。私の議席からもその様子が見えました。
その後の代議士会での岡田代表のスピーチが素晴らしかった。
「国民の代表として召集された通常国会の冒頭で、首相の施政方針に向けた代表質問を答弁拒否されました。これを認めれば議会の自滅です。これは技術的な問題ではなく、議会制民主主義の根幹に関わる本質的な問題です。私たち全員がこの認識を共有しましょう」といった内容。言葉もさることながら、深い思いのこもった、胸に響くスピーチ。「リーダーらしい、いいスピーチだね」と評価する同僚議員のつぶやきも聞こえた。
http://www3.nhk.or.jp/news/2005/01/24/d20050124000082.html#
・・・その後いろいろなやりとりがあった末、本会議は17時45分から再開されることになりました。
冒頭、議長から小泉総理に対する異例の「注意」があるそうです。また報告します。
本日、下市このみ市議会議員を支える皆さんを対象に、「私たちの声を国会に届けましょう!!」と題する国政報告会を開催。2時間たっぷり、熱い議論を楽しませて頂いた。津村から50分報告し、残る70分を質疑応答。密度の濃い内容だったので、詳しい様子を近日中に「テープおこし」してご紹介したい。
ひとまず、津村からの報告内容のみ紹介。以下がそのレジュメです。
『津村啓介 政治を語る』
0.はじめに
(1)国政の役割
・地方分権、道州制
(2)日本の2つの“夢”
・平和な経済大国
・ポスト少子高齢化
1.活動報告
(1)財務金融委員会 〜 日本経済の再生
・ゼロ金利政策の「出口」
・公的資金新法への対案
・ペイオフの解禁
(2)安全保障委員会 〜 日本外交の自立
・北方領土、尖閣諸島
・『総合安全保障』
・ODAの見直し
(3)特に取り組んだ政策課題
・年金問題をめぐる国会審議
・台風被災後の対応(激甚指定の早期化、消防防災無線)
・皇太子のご発言
2.これからの課題
(1)政策
・財政健全化 〜 日本の財政を立て直す
・国連常任理事国入り 〜 国連改革に積極的に参加する
・「おかやまマニフェスト」
(2)政治姿勢
・国会議員とは何か
・ホームページ
・国政の二大政党化、緩やかな連帯以 上
昨日、岡山に続いて、国会事務所でも今年初めての「事務局会議を行った。実務的な話が多い普段と違って、今年1年の基本方針を話し合ったので、岡山でいう“キックオフ会議”のような役割を持つ会議だった。
冒頭、私から先日の岡山事務所でのミーティングの模様について報告し、「高い目標を立てて自分達を追い込みながら、出来る範囲でやっていくスタイル」は止め、「最低限やらなければならない仕事だけをグッと絞りこみ、まず足許だけは固めるスタイル」が採用されたことを伝達。
ある時期模索したようなパーティー券、ポスター、ミニ集会などの数値目標は外し、朝礼や法令遵守、報告・連絡・相談(秘書日記も含む)といった基本動作の徹底に万全を期する方針を、東京事務所でも採用していきたいと提案した。
現在、一時的な仕事もあって、国会事務所は異例の4人体制になっているが(新人議員の国会事務所は平均2名程度)、だからといって拡大志向に流されず、日々の日常活動を丁寧にやっていきたいという趣旨だ。東京で予定していた資金集めパーティも、白紙から焦らず再検討し、まずは本会議や委員会審議、党務などの本業を堅実にこなしていくことを確認した。
今年は、背伸びではなく、地べたを這う気持ちでスタートしたい。
今日観に行った、韓国映画。大ヒットした『猟奇的な彼女』と同じ監督・主演女優で作られたかなり本格的なラブストーリー。話の骨格は『ゴースト』に似ており、まぁよくある話なのだが、ユーモアありアクションありで、テンポとノリが良く、楽しめた。主演のチョン・ジュヒョンは、若いのに演技力が凄い。すっかりファンになりました。
最近は観たい映画が盛りだくさん。『ハウルの動く城』もまだ観ていないし、『いま、あなたに会いにゆきます』も観ておきたい。綿矢りさ原作の『インストール』や鈴井貴之の『銀のエンゼル』も見逃せない。最後の2つは、ただいま原作を読んでいる最中。
ちなみに鈴井氏は、先月15日の当HPでRSKの『VOICE21』と共に紹介した、伝説の地方テレビ局制作番組『水曜どうでしょう』のプロデュース&出演をしていた鬼才。共演の大泉洋氏とともに、私の大好きなタレントさんである。
以上縷々慣れない映画案内をしてきたが、本日の蔵書リスト公開と合わせ、今年はこのホームページを通じて直接の政治活動以外の私的な関心事にも触れていきたい。
国会議員として1年あまり過ごしてきて感じる反省の1つが、「プライベート」という発想の不足。映画、本、テレビ、友達。もっと大切にしようと思う。
私的な時間を有意義に過ごし、一人で物を思う時間や、大切な友人たちとゆっくりと時間を共有することが、まわりまわって仕事(政治家としての仕事)を充実させていくのだと、最近身にしみて感じる。
1人でも多くの人と共鳴、共感できる、沢山の引き出しを持った政治家になりたい。
いよいよ第162回通常国会の開会が明後日(21日金曜日)に迫りました。
この年末年始は地元岡山での活動に専念しましたので、まだまだ準備が不足です。一足早く18日火曜日の午後から上京し、少しづつデスクワークを片付けています。
さて、そんな中、秋の臨時国会閉会直前にHPにアップした「蔵書リスト 〜 国会事務所の本棚」に続き、岡山事務所の蔵書リストも作成しましたので、ご参考までに公表します。タイトルをざっと眺めてみると、やはり政策物よりは選挙物が多く、また、地元岡山に関する本が目立っています。
岡山の自宅や東京の妹宅には、幼い頃から読んできた大量の書籍があるのですが、その中から最近の関心に応じてピックアップしてきたものが中心になっています。国会事務所の蔵書リスト以上に私の個性が出ていると思われるのはそのせいです。
偶然ですが、このリストを作成している最中に支持者の方からメールをいただき、「いつも楽しくホームページを拝見させていただいております。(中略)一番楽しみなのは書物に関する情報です。私自身読書が何よりの趣味、かつストレス発散なので、その感想を頼りに次なる本を探しています。村上春樹に対する意見は同感」・・・と書いていただきました。
いずれまた時間を見つけ、単なるリストに終わらない、書評やコメントなども披露していきたいと思っています。
視野が広がる本や新幹線の車中で軽いノリで読める本があれば、皆さんからもぜひご紹介ください。実はマンガも大好きです。日本のマンガにはドラマがあると思います。
リスト中にある『日本人論再考』や『蒼穹の昴』は、日銀時代の尊敬する同期から薦められたもの。田中教授の『複雑性の世界』は、学生インターンの諸君が私の誕生日にプレゼントとして持参してくれたものです。手塚治虫の『奇子(あやこ)』は飲み仲間から借り出し中。。。です!
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【金融・経済・会計・税金】
○ 木村剛 『竹中プランのすべて』・『借り手のための金融戦略』
○ 片山又一郎 『コトラー入門』
○ 軽部謙介 『ゼロ金利』
○ 林英臣 『伸びる経営のヒントとコツ』
○ D・マーフィー 『MBAのマーケティング』
○ 宣伝会議 『10月の宣伝会議』
【法・政治・行政】
○ 細野豪志 『パラシューター』
○ 関口哲平 『選挙参謀』
○ 民主党ネクスト・キャビネット 『ネクスト・キャビネット』
○ べス・ミルステイン・カバ/ジーン・ボーディン 『われらアメリカの女たち』
○ 木村剛 『マニフェスト論争最終審判』
○ 小沢一郎 『日本改造計画』
○ 三浦博史 『選挙立候補マニュアル』
○ 民主党 『Discussion Journal 「民主」』
○ 民主党 『勝つまでやるのよ!!』
○ 民主党 『地球と子供たちの未来のために』
○ 西崎文子 『アメリカ外交とは何か』
○ 赤塚行雄 『田中角栄の実践心理術』
○ 田中明彦 『複雑性の世界』
○ 浜田幸一 『国会というところ・・・』
○ 選挙制度研究会 『衆議院選挙の手引』
○ 手塚治虫/猿谷要 『リンカーンと南北戦争』
○ かんき出版編集部/楠本亘 『国会へ行こう!』
○ 佐々木毅/谷口将紀/吉田慎一/山本修嗣 『代議士とカネ』
○ 前田和男 『選挙参謀』
○ 原敏 『谷村啓介の「政界日誌」』
○ セイサクビホウ アイ・ビイ 『政官要覧』
○ 榊原英資 『新しい国家をつくるために』
○ 佐藤昭子 『決定版 私の田中角栄日記』
○ 熊平肇 『新しい日本の構想』
○ 株式会社UFJ総合研究所 『ローカル・マニフェストによる地方のガバナンス改革』
○ 株式会社UFJ総合研究所 『UFJ Institute REPORT』
○ 菅直人 『改革政権 準備完了』・『大臣』
○ 中曽根康弘 『自省録』
○ 辻和子 『熱情』
○ 猪瀬直樹 『道路の権力』
○ 舛添要一 『チェンジ!』
○ 中井省 『やぶにらみ』
○ 大島あつし 『人生転換』
○ 岩見隆夫 『政治とオンナ』
○ 読売新聞社・世論調査部 『日本の世論』
○ 川本隆史 『ロールズ』
【歴史】
○ 本宮ひろ志 『国が燃える』
○ 有馬学 『帝国の昭和』
○ 石ノ森章太郎 『マンガ 日本の歴史』
○ 策士・軍師編 『その時歴史が動いた』
○ 船曳建夫 『「日本人論」再考』
○ 平井正 『ゲッベルス』
○ 木村尚三郎 『ヨーロッパ田索紀行』・『歴史の風景』
○ 塩野七生 『痛快!ローマ学』・『マキアヴェッリ語録』・『ローマは一日にして成らず』
【岡山】
○ 岡山経済研究所 『岡山県産業・経済の変遷とインフラ整備の効果』
○ 岡山県教職員組合 美作支部 『美作支部のあゆみ』
○ (株)エディターズ 『おかやまラーメンキング』
○ 昭文社 『岡山市エアリアマップ』
○ 岡山県統計協会 『2004統計でみる岡山のすがた』
○ 津山市教育委員会 『わたしたちの津山の歴史』
○ 毎日新聞岡山支局編 『日本一企業物語』
○ 谷淵陽一 『吉備の国岡山ゆかりの女性たち』
○ 柴田一/太田健一 『岡山県の百年』
○ 石井正弘 『天の時 地の利 人の和』
○ 山陽新聞社 学習漫画 『岡山の歴史』
【小説・エッセイ】
○ 高杉美智子 『娑羅の花のように』
○ 谷崎潤一郎 『春琴抄』
○ 浅田次郎 『蒼穹の昴』
○ 矢島正雄/中山昌亮 『羅生門』
○ 山下信夫 『山下信夫随想録』
○ 『文藝春秋』
○ 村上龍 『1.死なないこと 2.楽しむこと 3.世界を知ること』
○ 村上龍 『悲しき熱帯』・『オーディション』・『真実はいつもシンプル』
○ 佐藤真由美 『恋する短歌』
○ 山田吉彦 『海のテロリズム』
○ 村上春樹 『風の歌を聴け』
○ 山本譲司 『獄窓記』
【その他】
○ 三木尚子 『銀行員のビジネスマナー』
○ 手塚治虫 『奇子(あやこ)』
○ 藤原美智子 『綺麗の法則』
○ 大川隆法 『幸福の法』
○ 和田秀樹 『痛快!心理学』
○ NHK出版 『企画の教科書』
○ 手塚治虫 『きりひと讃歌』
○ 木村拓哉 『開放区』
○ 佐藤秀峰 『ブラックジャックによろしく』
○ 安野モヨコ 『美人画報ワンダー』・『ハッピー・マニア』
○ 小学館 『女性セブン』
○ 竹内洋 『教養主義の没落』
○ 佐高信/テリー伊藤 『お笑い創価学会 信じる者は救われない』
○ 池田理代子 『栄光のナポレオン エロイカ 1』
○ 『新約聖書』
○ 北岡伸一/田勢康弘 『指導力』
○ 文藝春秋 『東大教師が新入生にすすめる本』
○ 柴門ふみ 『あすなろ白書』
○ 樋口陽一 『Ludo ergo sum bis』
○ 松下隆一 『北神けいろうの挑戦』
○ 北岡伸一 『日本の自立』
○ 手塚治虫漫画全集 『人間昆虫記』
○ 渡辺喜美 『日本はまだまだ捨てたものじゃない』
○ 堺屋太一 『東大講義録』
あの痛ましい大震災から10年の時が過ぎました。傷跡は今なお深く、震災被災者の「孤独死」は続き、人々の心の傷はなお癒えない現実があります。
その一方、「がんばろう神戸」を合言葉に確かな復興を遂げてきた神戸やその周辺の被災者の皆さんの不屈の努力に思いを致せば、自然災害を前にした人間の弱さと同時に人間の強さをも感じ、一人の人間として勇気を与えられることも事実です。
10年前のあの日、私は福岡でその時を過ごしました。当時日銀の新入行員だった私は、函館支店に赴任して僅か1ヶ月。仲良しだった同期のU君やM君を訪ねて、なけなしの有給休暇を取り、前夜から松の香が残る福岡の地を訪れていました。前日夕方に日銀福岡支店の店内行事にお邪魔をし、地元採用の同期たちと初めて出会い、ネクタイを頭に巻いてカラオケを楽しみ『ど根性ガエル』を聞き、深夜に失礼をして麻布高校の同期だった警察庁のH君の独身寮に泊めてもらいました(H君は昨年結婚し、式ではスピーチもお引き受けした私の親友です)。当時は彼も初めての地方勤務で私の来訪をいたく喜んでくれ、二人でまだ慣れない焼酎を飲みに飲み、酒にはかなり強いはずの2人とも珍しく泥酔をして、枕を並べて棒のように眠りました。
午前5時に起き、お互い眠いはずなのに頑張って起きてくれたH君に見送られて、まだ真っ暗な福岡空港に向かい、飛行機が空に舞い上がった時刻が地震発生のその時でした。早くも上空で震災のニュースが流れ、羽田に着いた時には、神戸元町に火の手が上がる映像が大画面で報じられていました。
事の重大さがよく飲み込めないままに、池袋で妹に会い、生まれて初めて入った宝石店「ティファニー」で成人式のお祝いの指輪を買ってやりました。12月に貰った初めてのボーナスで、少し兄らしいことをしてみたわけです。
社会人として未熟だった私は、有給休暇中だったこともあって、当時の自分の所属である日本銀行函館支店に連絡を取らなかったため、「新人の津村君が西日本方面に旅に出たまま連絡が付かない」という状況を作ってしまい、支店の先輩方には、無用のご心配もおかけしました。会社の有難さを感じました。そんな日でした。
私の生まれは岡山県津山市ですが、本籍地は神戸市垂水区です。父方が神戸で、毎年休みのたびに津山とともに垂水にも行き、福田川の河口でハゼ釣りを楽しみました。独り暮らしの祖母は今でも元気ですが、震災で家の壁に大きなヒビが入り、当時は相当なショックを受けたようです。一人で頑張ってきた祖母の、城でしたから。
祖母の見舞いのため、震災後間をおかず、神戸を訪ねました。見慣れた車窓は一変し、長田地区の惨状には目を覆いました。言葉が適切かどうかわかりませんが、その光景は、歴史で習った「敗戦後の日本」そのものでした。三宮駅前の大丸の崩落、元町商店街の瓦礫も忘れられません。神戸の皆さんは、そこから復興をしたのです。
最近の私の仕事である台風被災対応の場面でも、また、役員室次長として関わった新潟中越地震対応でも、阪神大震災後の防災への取り組みを繰り返し学びました。
日本の現代史の大きな節目であったことを改めて教わっています。
今日は10年めですが、これからも毎年、1月17日はやってきます。
6233名の方が亡くなり、更に多くの傷跡を残した阪神大震災の記憶、教訓、そして被災された皆さんの不屈の頑張りを、日本人の1人としていつまでも共に振り返り、忘れないでいたいと思います。
不意の最期を迎えられた方々の無念を悼み、ご冥福をお祈りします。
岡山の民主党に、心強い仲間が増えた。高井崇志、35歳。昨年末まで霞ヶ関(総務省)のキャリア官僚として情報通信行政の第一線にいた人材である。岡山県でも昨年春まで3年間、情報政策課長として実績を挙げてきた男。
政治を志し、江田五月参議院議員の秘書として、ブレーンとして、この新春から第二の人生を歩み始めた。いま、毎日、江田さんの新春パーティのチケットを売っている。
ともに民主党の候補者公募の合格者として「地盤なし・看板なし・カバンなし」の政界入りであることや、ともに函館在住経験があることなど津村とは共通点が多く、また、「民主党のウイングを広げて、必ず政権を獲りにいこう」という一つの夢を一緒に追っている同志でもある。
毎日更新中の、高井君のホームページ。彼が日々丹念に書いているその活動日誌を読むと、彼の視線の無限の広がりを感じる。彼の目には、世の中の一見小さなことからとてつもなく大きなことまで、本当に色々なことが写っているのだなと思う。
文章は読んでいるだけで心がヤケドしそうなほど、熱い。2年半前の自分のことを時々思い出したりもする。初心忘るべからず。大きな期待に押し潰されることなく、ともに堅実な日々を歩んでいきたい。
4区の柚木君や5区の花咲さんも公募組。1区の菅君や3区の中村さんもゼロからの出発をしている。
私たちは何も持たず、志を食べて生きている。「日本の政治の新しい歴史をつくるのは、私たちのような徒手空拳の若者だ!」そんな強い自負と勝手な使命感を持っている。私たちの武器は、お金でも名声でもない。高い志と、日々の努力だ。
今年も地べたをはいつくばって、明日の天下をめざすんだ。毎日そう念じている。
ともに歩む仲間を大切にしたい。
【高井崇志ホームページ】http://takaitakashi.com/
1月12日(水)、13日(木)の両日、衆議院安全保障委員会のメンバーで「尖閣諸島」の視察を行った。
尖閣諸島は、戦前、日本人約250名が定住して鰹節工場などを営んでいた経緯もあり、長年日本固有の領土として国際的に認知されてきた群島だが、東シナ海の海底資源への注目が高まった1970年前後から、中国、台湾が相次いで領有権を主張しはじめた地域である。
昨年は、中国人活動家が不法上陸して逮捕され、日中で外交上の大きな懸案になる場面もあった。
国連改革がいよいよ正念場を迎え、日本の国連常任理事国入りが現実的な課題として浮上している一方で、日中問題はこのところ緊張感を増している。靖国問題(小泉首相の初詣中止は情けなかった)や中国原子力潜水艦の領海侵犯問題の展開などを見ていると、国民が「日本はナメられている」と感じるのは当然だと思う。サッカー場で日本の国旗が焼かれた事例などを見ても、中国サイドで徒らに反日感情を煽っている印象も拭えない。外交については多面的な物の見方が必要であり、国政政治家として個別問題についてはより深く勉強し、より慎重に発言していきたいが、「国民感情」のレベルで緊張関係が生じているのは明らかであろう。
このタイミングで、日本の国会議員が、両国間の領土問題についても超党派でしっかりとフォローしていく姿勢を見せることができたのは、有意義だったと思う。
飛行機酔いや宮古島空港でのシュプレヒコールなど、エピソードの多い旅だったが、これらについては別途「代議士日記」で触れることにしたい。
昨年夏に初めての海外視察で訪問したサハリン州のいわゆる北方領土問題を含め、「領土問題」については、これから長い視点でフォローし、取り組んでいきたい。
【稲嶺知事との面談に関するネット配信記事】http://www.okinawatimes.co.jp/day/200501131300.html#no_6
【尖閣諸島問題に関する外務省の基本見解】http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/
【尖閣諸島問題に関する民間研究者のHP】http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/senkaku/
1月6日午後、今年も県政記者クラブで新年恒例の年頭記者会見を行った。
昨年の会見が地元紙に採り上げられ、『財界と接点を持つ』『経済の津村をめざす』といったタイトルを付けて頂いたので、今年は「穏健な二大政党制」「保守層への切り込み」「人材発掘」等を自分なりのテーマとして話をする。約10分の冒頭あいさつののち、約20分の質疑応答があった。
把握しているかぎりでは、翌日2紙が報道をしてくださったようだ。山陽新聞さんと岡山日日新聞さん。それぞれ次のようなタイトルが付いていた。
● 山陽新聞 「対話を進め穏健な保守2大政党制を」
● 岡山日日新聞「保守層にも切り込みたい」
その後、さまざまな反響を頂いた。
“保守”という言葉が前面に踊ったことや、記事の中に「津村氏は“岡山の民主党は旧社会党、旧社民連のメンバーが中枢を占め、革新的なイメージが強いため、いまひとつ伸び悩んでいる”と指摘」という表現があったため、一部の支持者の方を戸惑わせた面があるようだ。また、保守支持層への“切り込み隊長”という役割について、まったく違う角度からの反響もあった。ありがたいこと。
公の場での政治家の発言であり、報道内容について特にコメントすることは考えていない。強いていえば、津村の発言を偽りなく報道して頂いたと思う。
ただ、前後の言い回しも含め、この記者会見に込めた津村なりの思いをより多くの方に知って頂きたいと思うので、今週中に「テープおこし」を当HPにアップしようと考えている。ご心配をおかけした方にも読んで頂きたい。
本日はこれから岡山大学でゼミの講師を務め、明日、あさっては衆議院安全保障委員会の視察団で「尖閣諸島」の視察に赴く。どちらも政治家としてやりがいのある仕事で、楽しみにしている。
「テープおこし」のホームページ掲載は週末になる見通し。その節は、ぜひご一読願いたい。
衆議院議員 津村 啓介
夢だった政治家になり、衆議院議員として働いた最初の1年が暮れていきました。
初めての通常国会の冒頭で議員立法を提出し、3月には新人議員のトップを切って衆議院本会議の「答弁」席に座りました。6月には年金法案の強行採決を阻止しようと徹夜国会を闘い、懲罰動議にかけられもしました。夏から秋にかけては、地元の台風被害を受け、激甚指定や消防無線の整備に力を注ぎました。大臣答弁を引き出して新聞に採り上げられた時には、感慨を覚えたものです。
いつも笑顔で私や仲間を支えてくださる支持者の皆さん、失敗も多い試行錯誤の毎日をおおらかな気持ちで受け止めて下さる皆さんに、感謝の言葉もありません。
新しい年が始まりました。「初心忘るべからず」をモットーに今年も前に進みます。
衆議院議員 津村啓介
| 2005/1 |