|
またまた台風が接近。
東京にいる津村に、岡山事務所から、「現在(9月29日午後7時)非常に激しい雨が降っており、津村事務所にも僅かながら浸水(雨漏り?)。ちなみに満潮時刻は今夜半」との連絡。
岡山県南の沿岸部は、先の台風16、18号の被害で大きなダメージを受けており、まだ堤防の補修が終わっていない地域もあるなど、ハード面での防災体制は脆弱になっている(例えば、岡山市久々井地区は前回の台風で流された堤防がまだ直っていない)。
岡山の秘書には、満潮時刻まで事務所で待機をし、不測の事態に備えるよう指示。東京からも情報収集を始める。
今夜は夜半まで「津村事務所OPEN」で対応します。情報基地にいたしますので、必要のある方はご連絡ください。086−277−9900。担当は田口、田中。
最近、少し日付の古い「Daily TSUMURA号外」をホームページにアップしました。以下の2つです。
9/3(金) プレス民主(108号)掲載「東西南北」
9/2(木) サハリン視察 〜PHOTOレポート〜
前者は、民主党機関紙「プレス民主」の1面コラムに津村が書き下ろしたエッセイ。学生時代の恋の話に触れてみました。。。
後者は、8月30日(月)〜9月2日(木)の2泊3日で、津村が初めて海外視察に出かけた「サハリン」の現地リポート。刺激いっぱい。今、解説文を執筆中です。
近日中には、衆議院財務金融委員会中部調査団の“PHOTOレポート”もアップする予定。さらに夏のインターン7名がまとめた、おかやまマニフェストに関する論考も注目です。旅に出ている“あやぼぅ”が10月初めに更新を頑張ります!
デジカメ2台体制で、取材力も大幅アップ。これからも、新人衆議院議員の実像と理想を、余すところなく情報公開していきます。
ご愛読を。
衆議院議員 津村啓介
昨日の民主党本部常任幹事会で「役員室次長」に任命され、昨日早速その初顔合わせのミーティングが行われた。
役員室とは、役所でいう大臣官房、民間企業でいう秘書室/社長室のようなイメージ。具体的な仕事を詳しく紹介することは難しいが、岡田代表、藤井代表代行、川端幹事長ら民主党の“Executive”が快適かつ円滑により良い仕事をできるように、補佐を行うチームである。
本年2/6付の「党改革について」(Daily TSUMURA 号外)で、役員室の機能強化を提言していた経緯もあり、希望していた仕事だけに、魂を入れて頑張らなければならない。
これから「水曜日17時」を定例日として、毎週役員室会議が開かれる。
どんな働きが出来るか楽しみである。
本日は、私を含む9人で手分けをして、24ヶ所の「敬老会」(うち1つは「長寿フェスタ」)に参加をしてきました。私本人が顔を出せたのは、9ヶ所です。
幼かりしころ「敬老の日」といえば、母に言われて祖父母に電話する以外は、特になんの変哲もない国民の祝日でした。父の転勤もあって都会の典型的な核家族になっていた当時の津村家にとっては、孫が田舎に電話する貴重なきっかけではあったものの、春・夏・冬の全ての休みに「帰省」をし、岡山県津山市の祖父母宅と兵庫県神戸市の祖母宅にそれぞれ年3回長期滞在していた子供の身には、それほどの有り難みもないものでした。まして、地域コミュニティにおける意味や、お年寄りの側にたった受け止め方など、つい最近まで考えてみたこともありませんでした。
「代議士日記」にも書きましたが、「敬老会」というイベントの存在を知ったのも、日銀を辞めて政治の世界に飛び込んだ2年前のことです。
思えば、この2年間の政治活動は、ひねもす岡山のまちを歩き続ける日々でした。
日焼けをし、痩せた痩せたと言われながら、ポスターの掲示をお願いし、お祭りを歩き、出会う人から人へ腰を落として「握手させてください」とお願いする中で、まちに対するイメージも政治家という仕事に対するイメージも広がってきたような気がします。まだ今の私には、短い良いフレーズでまとめられないので、こんな表現になるのですが・・・。
この夏は、本当に気持ちの良い7人のインターンを迎え、ともに汗を流して地域を歩き、祭りへ行き、時には一緒に叱られながら、どこにどんな壁(物理的な、あるいは心理的な)があるかを共に知り、あるいは感じてきました。色紙を渡されれば「初志貫徹」と書く私ですが、その言葉の重量を思い出したような気持ちです。
7人の友人たちが若い感性で紡ぎだす言葉の端々に、政治家としての私の活動に対する様々な“First Impression”が表現されているのは、本当に強い刺激でした。あえて言うなら「焼け棒杭に火」。彼らとのような良き出会いが生まれるのなら、来年からもインターンの受け入れをしていきたいものです。
・・・そんなことを思った夏の最後には台風16号と18号による大災害がありました。まだ、その被害被災の全容は明らかになっていませんが、地域コミュニティと私の仕事の接点を考える上での新しい示唆を、しこたまぶっつけられたのは確かです。これもまた、多くの仲間と共に経験しました。
そして今日は「敬老会」。台風の夜に心細い思いをした地域のお年寄り(その中にはもちろん独居老人も大勢います)が久々に集い、アトラクションに興じた一日でした。2週間近くの台風騒ぎがなければ、私はそういう目でこの行事を見なかったかも知れません。よく聞くと課題も多い“敬老会財政”にばかり、目が行ったかも知れません。
今日もまた、新しい仲間が一緒でした。残された僅かな夏休みを使って足繁く通い続けてくれているインターン生もいます。増えていく仲間とともに、年中行事の意味の深さを感じていける感受性・センスも磨いていきたいと思います。
この文章を書きながら思い出し、先ほど、祖母への「敬老の日」の電話をしました。
久々の「ひとこと」を徒然と書いた意味も少しはあったようです。
事務所の引越し、サハリン視察、衆議院財務金融委員会調査団旅行、台風16・18号被災地対応、民主党大会と関連事務。。。を言い訳に、長期間ホームページの更新を怠ってきました。
本日より、急ピッチで、内容を更新していきます。まず手始めに、ホームページ管理人あやぼぅに100枚ほどの活動フォトを預けました。順次アップされていくと思います。また、8月初旬以降の「代議士日記」をハイペースでアップしていきます。
岡田代表の再選、月末の小泉内閣改造などに伴い、さまざまな動きも出始めています。
「ひとこと」欄も活用して、今後とも過不足なく効果的な情報発信を心がけていきますので、よろしくお願いします。
なお、ある支持者の方からご質問を受けましたが、「代議士日記」と「ひとこと」は、全て、津村啓介本人が執筆を担当しております。
前回の「ひとこと」でも触れましたが、8月末の台風16号通過に伴う高潮および強風により、岡山でも大きな被害が発生しました。
被害状況についての情報は、刻々と塗り替えられ、県公表の直近情報である「平成16年台風第16号について(第11報)」では、死者1名、負傷者16名、全壊1棟、半壊1棟、一部破損419棟、床上浸水4,890棟、床下浸水6,313棟等となっています。次回の第12報発表は6日(月)の午後とされていますが、被災地の現場を回って集めた個々のデータからも、実際の被害がさらに大きなものであることは明らかです。
津村啓介事務所では、災害発生の直後から、被災した各市町にスタッフ&インターンを派遣し、荷物の運び出しやゴミ捨て、被害状況の把握に努めてきました。また、津村も、9月2日の帰国直後から岡山県庁消防防災課、内閣府防災総括担当等と連携し、「国会議員として何ができるか」を念頭に活動を続けています。
本日は午後10時過ぎまで、昨夜から突貫で行われたK地区の被害報告取りまとめ作業に加わってきました。この調査は「このタイミング(被災から時間が経っておらず、かつ人手が多い週末)で被害状況を正確かつ詳細に把握しておくことが大切」という津村からの提案に、同地区の町内会長さんたちが賛同してくださり、実現したものです。また、明日の朝は、午前6時からゴミの搬出に立ち会う予定です。
公設第二秘書の根木が、昨日の津村の動きや関連サイトのリンク先を含む、リアルな報告を「秘書日記」に書いてくれているので、そちらもご覧下さい。「ボランティアの1人として、スコップを持って一緒に泥上げを」している根木の、迫真の現場レポートです。
まだまだ出来ていないことばかりですが、これからも「国会議員として何ができるか」を追い続け、もう少し時間を頂いたのち、後日談もレポートしていこうと思います。民主党岡山県連での議論、津村事務所のミーティングでスタッフやインターンから示された様々な視点、「歩きながら考える」ことの連続です。
ようやく少し時間を見つけ、ようやくこれだけ書けました。まだまだほんの一部ですが、今日の報告はこのあたりにします。
強風のため、予定の飛行機が離陸せず、サハリン滞在が1日延びました。いま、ユジノサハリンスクからこの書き込みをしています。
先般の台風で、地元岡山でも浸水等の甚大な被害がみられました。一日も早く現場に赴き、正確な状況を把握し、お見舞いやお手伝いをしなければならないのですが、同じ台風の余波(風ですが)がいまだ上空に残る中、プロペラ機での帰国は危険であり、困難とのことです。
当地では、在ユジノサハリンスク総領事館の皆さんにお世話になりながら、岡山の情報を集め、断続的に地元事務所と連絡を取っています。
風頼みというのが歯がゆいのですが、明日の昼には札幌に着き、予定では夕刻ごろ帰岡できる予定です。
本日は午後8時過ぎまで岡山事務所をOPENし、情報収集に努めます。
| 2004/9 |