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Daily TSUMURA ひとこと 2003年 12月1日〜31日

 津村啓介「お知らせ」 12/31(水)

年末年始のお試し企画として、津村ホームページの体裁を若干修正しています。表紙のブルーを淡くしたり、表紙のご挨拶を書き換えたり、「活動日誌」というタイトルを秘書日記と対比して「代議士日記」に変更したり。
代議士日記」のバックナンバー(津村啓介のこれまでの活動記録)をご覧になりたい方は、URLにアクセスしてください。あやぼぅの尽力で最近の写真が満載です。

ご感想をお待ちしております。事務所直通メール:youngpower@tsumura.org


 竹中大臣との面会 〜 生保の銀行窓販など 12/26(金)

(活動日誌で報告した)本日の竹中平蔵金融担当大臣との面会における津村の発言要旨は以下のとおり。全体が30分の中で、津村の発言時間は1分強。

「生保の銀行窓販は、金融ビッグバンの流れの中で議論されてきた経緯もあるが、当初の重要な視点の1つだった“東京マーケットの育成、強化”あるいは“国内金融産業の国際競争力強化”という問題意識が抜け落ちてしまっているのではないか。消費者保護の視点に加え、これらの視点からも再検討の余地があると考える。ゼロ金利政策の長期継続など、生保業界を取り巻く外部環境はとりわけ厳しい。日本の生保産業の将来像を明確にイメージしないまま、また、最近の金融環境の変化を十分反映しないままなし崩し的に規定路線を進めると本来の趣旨を損ねる恐れがある」

初めてお話しする竹中大臣、そして民主党の金融政策通の先輩議員の方々を前に、大変緊張しながらの発言であった。他の議員の皆さんの意見との整合性を考えつつ、津村自身の物の考え方を率直に述べたつもりだが、うまく話せていたかどうか。津村は「国益(国民益)」重視。そこはハッキリしているのだが、国益(国民益)とは何か、どの程度のタイムスパンで考えればよいのか、テーマは深遠である。


 両院懇談会での発言 〜 理想の「公募」に向けて 12/25(木)

本日16時から、民主党の両院議員懇談会が開催された。
年末の挨拶まわりシーズンたけなわだけに、参加者は幾らか少なめだったが、衆参両院の民主党議員が集まり、菅代表の挨拶の後、来月の党大会に向けた「活動方針(案)」や「来年度予算(案)」の説明が幹事長を中心になされた。
その後、若干の質疑。
津村は、党務に関して、「衆院選候補者公募システムの一層の充実」を持論としている。その立場から質問のマイクを握った。

「活動方針案の中に次期衆院選への取り組みについて記述があり、小選挙区勝利を狙うことができる候補者の擁立を急ぐことが目標として掲げられている。また、岡田幹事長のご説明においても、早急な候補者擁立の重要性が重ねて強調された。私も全く同感だ。
そうした中、目の前にある現実の問題として、今この瞬間も選挙の後処理に追われている今回は残念だった仲間たちの問題がある。衆議院議員が40人増加した中で、候補者支援の枠組みを今後どのように充実させていけるのか、彼らの関心は高い。年末、このクリスマスのタイミングで、彼らにどのような朗報を届けることができるのか。予算案策定の背景に新しい候補者支援に関する具体的なアイデアがあるのであれば、ぜひこの場でお示し頂きたい」

クリスマスに触れた部分で、一部の議員に大ウケ。それはともかく、岡田幹事長からは、生活支援の具体的なプランを発表、説明して頂いた。概要は以下のとおり。

☆ 現状の「民主党総支部」活動資金としての月50万円の交付に加え、地域事情の調査委託制度を導入。実績見合いの調査費として月20万円を「候補者個人」に支給する。
「まだ検討段階」ではあるが、衆議院選挙の予定候補者に対する生活支援が制度的にスタートする日が近づいてきた。ついに、である。津村のめざす“理想の候補者公募システム”の実現に向けた、大きな前進だと思う。
さらなる改善・完成をめざし、国政(制度)、党本部、県連等、各レベルでの努力を続けていく。


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 函館 12/24(水)

12月23日夕刻から、翌24日の夕刻まで正味24時間の強行日程で函館へ。

津村の選挙は、これまでの32年の人生のあらゆる場面で知り合った方々に励まされた戦いだったが、社会人1年めの冬から1年8ヶ月を過ごした「函館」からも多くのご支援を受けた。今回はそのお礼のご挨拶まわり。
鳥海夫妻、こんちゃん、佐藤理容院、日銀函館支店。。。皆さん本当に温かく迎えてくれた。

思えば2年前の11月初め、函館近郊の大沼で、鳥海夫妻、こんちゃん、津村の4人で「合宿」したのが津村の政界転進への直接の(最後の)引き金になったと言っても過言ではない。私たちはそれまで年に2回のペースで「合宿」を行っていた。鳥海夫妻は津村の留学先・イギリスにも来てくれたことがある。
大沼での夜、その直前にあった幾つかの大きな出来事とともに、政治への志を初めて3人に話したところ、「生半可なことじゃない。本当にやる気か。本気なら本気で応援する。次に函館に来るのは、やりとおした時だよ」と厳しく言い渡された。それ以来、2年あまり、函館には行けなかった。

今回良い報告ができて、本当に嬉しい。ここからまた、新しいスタートだ。


 宮中参内 12/23(火)

12月23日、天皇陛下の御誕生日を祝う「宴会の儀」に招かれ、生まれて初めて宮中に参内した。三権の長や、各会派から選ばれた(民主党の場合は希望による)数百人の国会議員、その他特に招かれた方々が総勢400名程度参加したようだ。

開宴を待つ間、党派を超えて顔見知りの方にご挨拶をしていたら、目の前に「ノーベル賞の田中さん」がいた。何か話題を見つけてお話ししてみたかったが、必然的な話題などなく、くだらないことで話しかけるのは畏れ多かったので控えた。

「宴会の儀」の会場は、豊明殿。アメリカの大統領が来た時などにレセプションが開かれ、時々テレビに映るあの部屋である。
津村は、天皇陛下に向かって右手前の入り口近くに座席を指定されていた。一緒に参内した松本大輔君とすぐ近くの席。彼も津村も独身なので1人だったが、多くの方々はパートナー同伴で参加していた。独身はちょっと浮き気味。
「儀」自体は、45分ほどで終わり、使った陶製の盃と、焼いた鯛がお土産として下賜された。もう1つ箱があったが、なんとなくもったいなくてまだ開けていない。
盃は国会事務所に持ち帰り、鯛は函館の鳥海夫妻&こんちゃんと一緒に食べることにした。

帰りに通った地下駐車場は、岡山の城下の駐車場とそっくり。皇居の中の意外な一面を見て、なんだかホッとした。
殆どの参加者が夫婦で車に乗り込む中、津村と松本代議士は男2人で同じ車へ。 経費節減の一環だが、「なんだか変な感じだね」と笑いあう。


 大川総裁 12/22(月)

週明けの朝恒例の「おはよう730」に行ったら、大川総裁がいた。もちろん、大川興業の大川総裁だ。「週刊プレイボーイ」の企画で菅源太郎君と対談するとのことで、その下勉強として朝早くから街頭演説を聞きに来ていた。真面目な方である。

気取った素振りを見せない方なので、弁士&スタッフの朝食に同席いただいたが、スタッフは大川総裁に気付かない。普通の支持者だと思ったようだ。
お話しをしていると、政治にも岡山にも詳しいことが分かった。津村の演説を聞いたのもこれで2度めだそうだ。菅君やお母さんの菅伸子さんの取材に関連して総選挙中にも岡山に来ていたとのこと。江田さんや一井さんのお話を丁寧に聞いて、相槌を打っていた。コワモテの印象だったが、本当に爽やかな方だった。

スタッフに「大川総裁だよ」と知らせると、皆びっくり!田中秘書は大ファンだったとのことで、津村には付いていけない少々マニアックな話で大川総裁と盛り上がっていた。別れ際、スタッフ全員が大川総裁とツーショットで記念撮影をさせていただいた。

冬の朝、寒い中で頑張ってくれているスタッフ達には、突然の嬉しいプレゼントだった。

大川総裁、私たちのわがままにお付き合い頂き、ありがとうございました。


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 若い力 12/20(土)

毎週土曜日の午前中は、地元岡山で「事務局会議」を行うのが恒例となった。
日程を変更することもあるが、少しづつ定着している。

今週は、増田秘書を迎えての初めてのミーティングとなり、増田が議事進行をする中で、山崎、神田、根木、堀野、林がそれぞれ自分の担当分野について説明を行った。田中、大津もそれぞれの立場から意見を述べる。
若いスタッフが多く、これまでに経験してきたこともマチマチ。1+1を2以上にする効果的なチームプレーが長い間の課題となってきたが、全員が担当事務に少しづつ習熟する中で、組織での勤務経験を持つ増田、根木がまとめ役となり、ポスト衆院選の津村事務所の運営をスタートさせた格好だ。

津村が目指すポスト衆院選のコンセプトは、『脱・津村』である。
今までの我が事務所は、良くも悪くも“一匹狼”の集団であった。意欲と能力に溢れる元気な若手がそれぞれの思いを津村個人と調整しながら、それぞれに実力を発揮してきた。その間のスタッフ&応援して下さった皆さんの努力については、今後津村の人生に何があっても一生忘れることはないだろう。

しかし、その周辺には数え切れないコミュニケーション不足があり、責任の所在の混乱があった。候補者である津村自身が長きにわたって事務所の経営者を兼ね、津村個人の能力の限界のツケが、ダイレクトにスタッフや支持者にハネ返ってしまっていた。この短所は、いまや改めなければならない。

津村事務所には、議員歳費を受け取っている津村本人のほかに3人の公設秘書がおり、その他に津村ほかの個人寄付や政党交付金から給与を受け取っている6人の秘書&有給スタッフがいる(パートタイムを含む)。

私たちは税金で食べている。
時代の要請を先取りし、政治活動の透明性を高めていく中で Accountable(説明責任を果たしうる状態)であり続けるためには、目に見える明らかな努力が必要となろう。責任の分担、公設秘書の日記ルーティン化、政治資金の完全公開(現在準備中)は、それぞれその一歩である。地元事務所の運営責任者として、増田秘書も毎日ホームページに日記を公開する。

本日のミーティングは、密度の濃いものだった。時間配分も予定どおり進んだ。
多くの皆さんにご心配とご期待を頂きながら、エイヤの判断で、若い秘書チームを採用した。これからは津村ともども「吸収力」「成長力」の見せどころ。
増田・根木コンビの即戦力に期待するとともに、社会人経験は乏しいが潜在能力のある秘書チームの“大化け”を楽しみにしている。まさに「若い力」。

次回事務局会議は12月27日(土)。1月初めには、東京スタッフも交えた全体会議をスタートさせる。

追伸:ここでご紹介したのは、津村事務所“内部”のマネージメントについて。民主党2区総支部の運営や後援会の立ち上げなど、「若い力」だけではどうにもならないより大きな課題も残っている。その取り組みについては田原市議、森本県議ら地元の先輩と協議しながら、また改めてご紹介したい。


 政治家志望の皆さんへ 〜「次期衆院選候補予定者」等の公募について 12/19(金)

少し時間が経ってしまいましたが、民主党の岡田克也幹事長はこのほど、次期衆院選の候補予定者について、前々回・前回に続く公募実施を発表しました。
まだ詰めた議論までは出来ていないようですが、12月12日の記者会見で言及しています(岡田幹事長のHPに会見要旨が載っています)。

津村は自分自身が公募合格者として政治の世界に飛び込んだこともあり、また、イギリスで出会った政治志望の若者たちが彼の国の政党の候補者公募制度を信頼し、津村の部屋でみんなでスキヤキを食べながら、将来の夢を熱く語っていたのを思うにつけ、この公募制度を民主党成長の大きなツールにしていきたいと考えます。

最近、東大の政治学のゼミに参加したり、秘書志望の若者たちと面談したりという機会がありましたが、公募制度への期待は日本でも確実に高まっているのを感じました。この制度は“政治家改革”への大きな一歩であると信じます。

新人議員の津村に何が出来るわけではありませんが、岡山での県連レベルでの候補者支援拡充と併せ、全国レベルでの人材発掘にも取り組んでいきたいと思っています。津村が江田五月さんにして頂いたほどのこと(津村HP「江田五月さんへの手紙」参照)が出来るとは思いませんが、公募や秘書制度に興味のある方は、いつでも津村事務所までアプローチして下さい。津村事務所には、必ずしも政治家志望でない“一般ピープル”感覚の若いスタッフが大勢います。彼らもご相談&雑談に乗れると思います。
事務所メールアドレス:youngpower@tsumura.org
若い力で、政治を変えましょう。

※「江田五月さんへの手紙」は、2002年3月5日付で津村が、当時まだ面識がなかった江田五月さんにメールでお送りしたものです。「Daily TSUMURA 号外」のコーナーに収録しています。


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 インターネットTVに出演 12/19(金)

新人議員としての抱負など、4分強のインタビューがインターネット上で放映されています。ぜひご覧下さい。1年生議員が次々と登場しています。津村の仲間たちも大勢出演しています。
http://www.cvmix.com/realnews19.html


 財務金融委員会 12/17(水)

ご報告が遅くなりましたが、12月11日に行われた両院議員総会において、来年1月召集の次期通常国会から「財務金融委員会」に所属することが決まりました。
特別国会では「決算行政監視委員会」「テロ防止およびイラク支援特別委員会」「決算行政監視委員会」の2つに所属していましたが、1月からは「財務金融委員会」一本です。

日銀の先輩からは「ぜひ財金で頑張ってほしい」「できれば仕事を増やしてほしくない」と(冗談も含めて)全く逆の意見を頂いていたが、津村が党国対に提出した第一希望が通った格好だ。

釜我政策秘書にも手伝ってもらいながら閉会中に過去の議事録などを研究し、早く良い質問が出来るよう、努力したい。


 イラク支援特別委 12/15(月)

初登院となった11月の特別国会で津村啓介が配属されたのは、以下の2つ。

常任委員会
−−−「決算行政監視委員会」
特別委員会
−−−「国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会」

特別国会では両委員会ともに短時間で終了したが、外交官殺害と自衛隊派遣の決定を受けて、イラク支援特別委の「閉会中審査」が実施されることになった。

11月15日月曜日。午前3時間、午後4時間の計7時間の審議は、熱のこもった議論となり、とりわけ小泉首相が臨席した午後の質疑は迫力があった。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/013315820031215003.htm

前原委員の歯切れの良さが冴え、小泉首相にしか答えられないはずの質問を官房長官や外相が答えようとすることについて斉藤委員長に鋭く抗議した場面はとても緊迫感があった。民主党議員は一斉に野次。津村も何かしなければと思うのだが、野次についてのルール(そんなものがあるのかどうかも含めて)がよく分からないので、おろおろ。というか、座っているだけ。

岡田幹事長の質問は、本日行われた質疑も踏まえた内容で、実にレベルが高い。
津村はここでも黙って聞いているだけなのだが、岡田幹事長と差し替えになって外れた経緯もあり(形の上では私の「補欠」が岡田さんということになる)、緊張しながら論戦を注視。

結局自分は何もできなかったが、注目の委員会に当事者として参加できたことは、次期通常国会へのステップとなったと思う。レベルの高い質問を見て、勉強の必要性を痛感した。


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 北岡伸一ゼミ 12/15(月)

候補者時代から「衆議院議員に当選したら、北岡伸一教授のゼミに行って歴史を勉強しなおそう」と考えていた。その夢(?)が実現し、12月15日(月)のイラク支援委終了後、東大本郷キャンパスへ。

北岡伸一教授は、東大法学部で「日本政治外交史」の講座を受け持っておられ、ご自身曰く“親米派とみられている”気鋭の論客である。イラク支援の問題では津村とは多少ニュアンスが異なるお立場だが、北岡先生の著書は日銀時代から熟読してきた。津村の生時代は前任の三谷太一郎先生が講義を持っておられ、当時立教大学で教鞭を取っておられた北岡先生とは、今年3月の江田五月さんのパーティーで初めてお会いしたのがお付き合いの始まりである。

ゼミの内容は吉野作造選集を読み込んで行くというもの。2人の発表者と4〜5人のコメンテーターが順次報告をし、北岡先生が論評するという形式で進められていた。
津村も釜我政策秘書&国会図書館の協力を得て、課題となっていた箇所(吉野作造選集4の p.243〜380 )を予習していき、「選挙と金と政党」という論文について、北岡先生からのリクエストに応じて感想を述べた。民主党の候補者公募についても、実情をリアルに報告。94年に実施された政党交付金の制度改革の意義と今後の課題が議論になった。北岡先生いわく「津村さんのケースは、かなりラッキーケースだとは思いますけどね」と。ともあれ、若い学生さんが政治に夢を抱ける時代が来たことは確かだと思います。

ゼミ終了後に学生さんたちと夕食。津村の話に熱心に耳を傾けてくれる彼らに、現実に即しつつ夢のある話をしようと思ったが、はてさて。「日本の優秀な官僚が活かされていない、活かされていないのは政治の指導力が低いからだ。政界にもっと人材が流入するべきだ。。。」といった話を、できるだけ具体的なイメージを伴って説明しようと試みました。

脳みそフル回転で、細胞がむちゃむちゃ活性化されたひととき。自分のすぐ下の世代に恥ずかしくない行動を取らなければと、改めて感じました。学生さんたちと再会を約して、東京駅に向かいました。

(参考)北岡伸一ゼミの非公式サイト http://f18.aaacafe.ne.jp/~kseminar/


 おしらせ3つ。 12/12(金)

1)明日から増田努君が岡山事務所に着任し、当面、秘書のリーダーとして活躍してくれることになりました。よろしくお願いします。

2)あやぼぅがHP「活動日誌」欄に約40枚の写真をアップ中です。ご覧になってみてください。

3)本日(14日)の自衛隊イラク派遣反対集会、明日(15日)の衆議院でのテロ対策特別委員会、北岡伸一ゼミ参加などなどご報告したいことが盛りだくさんですが、今週は3回上京予定があり、今夜もまもなく東京に向かいます。原稿が遅れぎみで、申し訳ありません。活動報告皆勤賞をめざして、引続き努力します。


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 在イラク日本外交官の殺害事件 12/2(火)

奥参事官と井ノ上書記官の訃報に接し、戦慄を覚える。イラクでは、事実として戦争が続いているという厳然たる現実を、日本国は率直に受け止めなければならない。

イラクへの自衛隊派遣の問題は、日本の政治の表舞台において、主として憲法論・外交論として展開されてきた。しかし、今回の事件はそうした議論の前提となるべき客観的な情報収集・現状分析の欠陥、欠如を厳しく糾弾しているように思えてならない。その糾弾の刃は、政府・与党だけでなく、責任ある国民政党としての私たち民主党にも向いている。

先の特別国会で僅かに2日間だけ行われた予算委員会の場で、衆議院での質問バッターに立った菅代表はイラクに派遣された調査団が十分な報告をしていないことを問題にした。この問題意識が、もう少し早く、もう少し効果的に現れていれば、日本国民はイラク問題をもう少し掘り下げて理解し、あるいは違う世論が形成されていたかも知れない。

“暫定的な配属”とされているが、私は衆議院テロ防止特別委員会のメンバーである。今回の事件で「閉会中審査」が行われるとすれば、あるいは委員会に出席することになるかも知れない。そうでなくとも当然のことであるが、強い当事者意識を持って、展開を注視し、今後の議論に加わっていきたい。


 公設秘書 12/1(月)

衆議院議員 津村啓介事務所では、「公設秘書」として以下の3名を登録しましたので、ご報告します。

 政策秘書: 釜我 亮次 (かまが りょうじ)
 第一秘書: 山崎 祐一郎(やまざき ゆういちろう)
 第二秘書: 神田 一恵 (かんだ かずえ)

既に11月より実働開始いたしております。

本日を機に、津村啓介の政治活動に係る情報発信の一環としてホームページ上に「秘書日記」コーナーを立ち上げ(暫定的に「スタッフ日記」への書き込みという形をとります)、当人たちの自己紹介・プロフィール、公設秘書の日常活動、勤務実態を極力リアルかつ詳細にご報告してまいりますので、ご覧下さい。

3人には、「後進や後世の研究者に読まれることを意識しながら、また納税者の批判的チェックが入りうることを覚悟しながら、可能なかぎりで情報量を充実させてください」と伝えてあります。

もちろん、津村啓介自身も、代議士としての「活動報告」を行い、このホームページもこれまで以上に充実させてまいります。今後ともよろしくお願いします。


ご意見、ご感想、激励メッセージはこちらまで

2003/12

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