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ひとこと 6月1日〜30日 |
28日の2区総支部定期大会における津村の「代表挨拶」と、大会終了後の挨拶まわりに際する山崎祐一郎総合選対事務局長の「ご挨拶」を、津村ホームページの“Daily TSUMURA号外”欄に掲載しました。ご覧ください。
ツムジムのスタッフは、これまで2台の車を使ってきた。朝立ちに行く時は、機材を大量に積まなければならないので“1号車”。小まめに挨拶回りをしたい時には、ミニサイズで動きも軽い“2号車”。津村、祐一郎、かんぞぅの3人が交代で運転してきた。
そして先週、ついに待望の“3号車”がデビュー。
津村のサラリーマン時代の同期が、この夏からアメリカに留学することになり、譲ってもらった素敵な車である。色も津村のイメージカラーの青に近いし、荷物も沢山積める。そしてさりげに嬉しいのがCDプレーヤーが内蔵されていること。1号車、2号車にはそんなハイテク機器な乗っていなかった。外出がさらに楽しくなった。
早くも本番「本隊車」に使おう、という声が出ているほど。まだ未定だが。
友人とは、“3号車に乗って頑張ってるツムジムスタッフの写真を津村HPに載せる”という約束をしている。
ちょうど今日、故障中だったデジカメもカムバックした。近々“3号車”をホームページデビューさせるので、お楽しみに!
津村が総支部代表に就任した昨年9月8日の第3回大会以来、10ヶ月ぶりの総支部定期大会を6月28日に開催。100名の方に参加していただいて、選対立ち上げについて実質的な議論を行った。
今回の最大の議題は、津村啓介総合選対の事務局長(事務長)人事。
近づく本番に向け、選挙事務所の開設や選対の組織づくりなど課題が山積しているが、ツムジムのリーダーとして、また支持者各位との連絡役として、さらには各種組織との調整役としてリーダーシップを発揮する人材が必要だ。神輿に乗って有権者への直接のアピールに専念しなければならない候補者本人(津村)には、その役割は果たせない。
2区総支部の幹部の間で5月末から議論が始まり、6月はほぼ1ヶ月丸々使って、常任幹事や関係各位との調整を行ってきた。ようやく今日、定期大会の場で最終的に承認をいただいたのが、山崎祐一郎君の事務局長就任である。
21歳の事務長の誕生。若い事務長といえば、菅直人民主党代表が27歳の時に市川房江さんの事務長を務めたエピソードが有名だ。
http://www.n-kan.jp/20th-slide/ayumi.html
祐一郎は、当時の菅さんよりもさらに6歳若い。
彼は、すでにツムジム(津村啓介後援会事務所)の事務局長として実力を発揮している。支持者の方の中には、事務局長代行の“かんぞぅ”とのコンビで評価をしていただいている向きもあり、実質的には「祐一郎−かんぞぅコンビ」が事務所を支えているともいえる。
その2人が、今回の大会を機に、より広いステージで表舞台に立つことになった。
まだまだ全然、力不足である。
圧倒的な経験不足を森本徹磨副代表や田原清正幹事長ら多くの先輩に補い支えて頂くことが大前提であり、「祐一郎−かんぞぅコンビ」には、その魅力と持ち前の吸収力を如何なく発揮して、幅広いネットワークを作っていってもらいたい。
“人は石垣、人は城”。私たちの選挙には、カネもなく、モノもない。応援してくださるたくさんの方々の気持ちや力をしっかりと受け止めて、エネルギーにしていかなければならない。
そして2人の溢れるガッツで、過去の“しがらみ”に囚われない勇気ある決断と力強いリーダーシップを発揮していってほしい。
“しがらみ”に囚われない、決断と実行。
それが私たち「若い力。」の最大の強みであり、私自身が国会議員として国政の場で体現したいと思っていることである。
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6月27日に岡山県庁で行われた菅源太郎君と江田五月さんの記者会見に同席しました。機会を与えられたので、津村からは以下をコメントしました。
「民主党岡山県連の“若手擁立路線”がさらに明確になり、若い力で国会へ乗り込み、改革をスピードアップするという私たちのメッセージが、有権者の皆さんにより伝わりやすくなったと思います。また、菅君のように政治活動の経験も実力も兼ね備えた同世代の仲間を迎えられたことは私個人にとっても大変な刺激であり、時には良きパートナー、時には良きライバルとして互いに切磋琢磨していきたいと思っています。
岡山を“保守王国”と言う方もありますが、この1年間の活動の手ごたえは十分にあり、すでに牙城を崩しつつあると確信しています。菅君という素晴らしい仲間を得て、勝利に向けてさらに意を強くしております。
民主党岡山の4人の衆議院候補はいずれも30代です。4人で力を合わせて大きな仕事をしていきたいですし、していけると思っています。」
強気ですが、本気です。
私の発言は、あくまでも「ご参考まで」の位置付けなので、もちろん報道はされませんでしたが、私も柚木君も映像はだいぶ流して頂いたようです。
菅君の向かって右に座っていた青い「若い力。」ジャンパーの男が私です。
昨夜遅くのインターネットニュースを皮切りに、「民主党菅代表の長男・菅源太郎氏、衆議院岡山1区から出馬へ」のニュースが一気に公けに。
形式論からいえば、必要な機関決定(党本部の常任幹事会での公認内定)を経ない段階でのリークである。
この報道について関心のある方は、以下の2つのソースを確認されたい。
6社分の報道・記事→ 菅源太郎HP 「NEWS」
県連代表のコメント→ 江田五月HP 「活動日誌06/24」
津村と菅君との出会いと付き合いについては、過去の津村HPの活動日誌(例えば10月27日、6月15日)に記載のとおり。
追伸:本日お会いした多数の方々から、菅君について質問を受けました。また、IT担当のあやぼぅ情報によれば、通常1日120ヒット前後の津村啓介ホームページが、本日は230ヒットを記録したそうです。菅源太郎君についての世間の関心の高まりを反映したものと理解しています。
現時点で私から公けに紹介できる情報は、以上で全てです。
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平素種々お世話になっております。
薄曇りが続く梅雨空の湿っぽさの中にも、清々しく熱い夏の到来を予感せずにはおられない今日このごろとなりました。
民主党岡山県第2区総支部では、この度、政権交代に向けた地域からの取り組みを振り返り、近づく次期衆院選における小選挙区での議席獲得に向けた必勝態勢の構築をテーマに、下記の次第で第4回定期大会を開催することといたしましたので、ご案内申し上げます。
記
1.名 称 民主党岡山県第2区総支部第4回定期大会
2.日 時 2003年 6月28日(土) 14:00〜16:00
3.場 所 岡山市向州1−1
「西大寺市民会館」第3会議室 電話
086−942−6250
追伸:昨年9月に開催した支部代表(衆院予定候補)就任時に続く、大会です。
衆議院選挙に向けた、戦略・ビジョンの確認と、意思統一の貴重な機会です。
2区在住の支持者の皆さまをはじめ、多くの方々のご参加をお待ちしております。
友人が関係者だというダス君の誘いで、今日(6/18)の午前中、岡山聾学校に体験入学をしてきた。とても新鮮な体験だった。
9時45分に集まり、校長先生のご挨拶と簡単な時間割紹介があったあと、それぞれ希望する学年(幼稚部、小学部、中学部、高等部が全て同じ敷地内にある)の授業を参観。津村とダス君は、玉野市から来た小学校の先生と一緒に、「全部」という希望を出し、午前中の2時間をかけて、全てのクラスを駆け足で参観させていただいた。
聞けば、全校生徒64人に対して、常勤・非常勤あわせて95人の先生がいらっしゃるとのことで、キメの細かい教育的配慮が学校の設備や教材の随所に窺われた。
就職率も100%とのこと。陸上競技でインターハイに出る生徒や、普通の学校に転校していく生徒もおり、さらに教育環境を充実させていくために最近では聾学校から直接大学受験が出来るよう、進学コースも新設したとのことだった。実際、参観に行くと、かなり高度な英語の勉強をしていてびっくり。ダス君曰く「僕、こんな難しい英語習いませんでしたよ!?」。
津村がもっとも印象に残ったのは、幼稚部の保育内容やお遊戯が、いずれも聴覚や発声、ことばの発達を最大限促すために綿密に練られた内容になっていることだ。太鼓の音や、地面に響かせた低音は感じやすいとのこと。
そうした音を工夫して使ったり、文字と発音を結びつけるために様々なマークや色を使ったり、非常に体系だった教育カリキュラムになっていた。
子どもたちは突然現れたたくさんの客に最初は興味津々の様子だったが、すぐにお遊戯に夢中になり、楽しみながら学んでいるのが良く伝わってきた。
教頭先生によれば、聾学校が悩みつづけている教育上の課題の1つに「手話か口話か」というテーマがあるそうだ。手話は便利なツールではあるが、言葉の発達を本当に目指すなら例え時間がかかっても口話をめざすべき。
だが、時間がかかるぶん、知能の発達が遅れるリスクもある。この両者のバランスが大切とのこと。補聴器の飛躍的な発達も、聾学校の教育のあり方に大きな影響を与えているという。
ハード・ソフト両面で、聾学校の教育環境は日進月歩を遂げているようだ。
「まだ大学に直接進学した学生がいない」、「就職しても、先輩に卒業生がいないケースでは定着率が低い」。こういう状況も徐々に良い方向に向かっていくに違いないと確信したが、政治に何かできることがあるとすれば、こうした取り組みのお手伝い、側面支援なのだろう。
校長先生曰く「ニーズに応える教育」を心がけているとのことだったが、聾学校内でのバリアフリーが、対社会のバリアフリーに繋がっていくことも重要なニーズだと思う。自分でも、さらに考えていきたい。
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今日、祐一郎とともに、選挙事務所を探したずねて選挙区内をドライブ。
もっとも、同じドライブでも、お目当ての物件を“物色”しながらなので、これがかなり神経を遣う作業。雨で視界が悪かったこともあり、終わった時には、かなりグッタリしてしまった。
大きな選挙を闘う場合、選挙事務所のロケーションは、機能面・PR面で非常に重要な要素とされている。当然、経験浅いツムジムスタッフだけの判断では決められず、先輩方と今後みっちり相談をしていくことになる。
きょうは、議論の叩き台となるサンプル集めのため、選挙区内の主要道路を改めて走ってみたというわけ。駐車場の広さや交通の便、PR効果などの条件はもちろん、近くにどういう関係の建物があるかなども、気にする方は気にされる。厳しい条件をクリアする物件は、なかなか見つからなかった。
選挙事務所探しは“選挙の要諦”であり、戦術・情報管理上の配慮から、今後必ずしもデリツムで実況中継するわけにはいかないが、決まりしだい早めに報告をする予定だ。
自信を持って報告できるよう、一生懸命探す。
6/15(日)16時半から、“えだまめ”というイベントに参加した。
初めての試みでコンセプトもまだ柔らかいが、「若者の政治参加」を1つのテーマとし、面白い話をしてくれそうなゲストを呼んで語り合う企画。
初回のメインゲストは、以前、 Daily TSUMURA
や津村啓介ホームページでも紹介したことのある菅源太郎君だった。彼は、民主党の菅直人代表の息子さんだが、自身も子どもの権利条約の批准などを推進するNPO“Rights
(ライツ)”の中心メンバーの1人として活躍する若きオピニオンリーダーだ。
津村とは、5ヶ月ぶりの再会。昨年10月に岡山で一緒に街宣をし、1月に党大会で会って以来。去年の津村の誕生日には同じ10月生まれの菅君も偶然同じ日に誕生パーティを自宅で開いていたとのことで、わざわざ電話をかけてきてくれた。
40分にわたる彼の基調講演は、他の先進国との対比を基に、18歳以上の若者に選挙権を与えて日本の政治に新しいエネルギーを与えていこうというもので、豊富なデータに支えられた説得力のあるものだった。
津村も、江田五月参議院議員、柚木道義衆議院岡山4区予定候補とともにゲストとして参加。9分の時間を頂いて、自分が政治を志したいきさつを話した。菅君の講演が大変キッチリとしたものだったので、同じではつまらないと思い、小学校時代の児童会役員選挙や、高校に生徒会がなく再建を巡って友人が奔走したが結局実を結ばなかったエピソードなどを交えて極力具体的にお話しした。
アンケートの集計を見せていただいたところ、津村のスピーチについては「ご自身が政治に興味を持った経緯や政治の捉え方など、共感できるものだった」「活気と力があり良かった」「各人話をまとめて簡潔に話してほしかった」といった感想が寄せられていた。勉強になる。
有志の立場で今回の企画に関わったあやぼぅによれば、“えだまめHP”を立ち上げる構想もあるとか。?。またご紹介したいと思います。
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「げっつむ!」6月号の求人情報を見てツムジムにやって来た、ユッキー(仮称)とMisato。
当初は“お試しコース”として、朝立ちでの「げっつむ!」配りを1日手伝ってもらうことからスタートした2人だが、慣れない体力仕事にも全力で果敢に挑戦をしてくれる彼女たちは、今ではツムジムの大切な新戦力。
「げっつむ!」配り、ウグイス嬢。。。彼女たちは、どんな仕事でも常勤スタッフ顔負けの仕事をしてくれる。
既にツムジムのローテーション入りも果たし、今後ますますの活躍を期待。
ツムジムでは、引続き新しい仲間を募集しています。
本日、自衛隊関係者の内輪向けの防衛講話を聴きに行く。
演題は『インド洋における対テロ作戦支援について』。講師は、海自呉地方総監部幕僚長の加藤耕司海将補。
スタッフの1人が自衛隊と関係があり、ご案内をいただいて、参加した。
スライドを多数紹介しながらの講話は、臨場感に溢れ、猛暑の中で遂行された作戦行動の実際を、非常にリアルに再現したものだった。とても興味深いお話。安全保障を巡る政策議論が、現場でどのように受け止められているかを感じる1つの機会になった。
政策論も重要だが、津村にとって更に興味深かったのは、インド洋派遣司令官だった加藤海将補の数々の苦労話やエピソード。在外公館との調整や、航海中の隊員の士気・モラールの維持、他国の軍隊との情報共有の現実。。。とても勉強になった。
津村自身は、“平和主義”を日本の National Identity
の大切な1要素として捉えており、いたずらに“普通の国”を標榜する思潮には共感しない。
現在の日本で“普通の国”を志向する人々は、防衛政策における日本のユニークさを、ひたすらネガティブに捉える傾向がある。「他国と同じでなければダメ」と決め付けるのではなく、「他国と違う歴史と(地政学的な)環境を持つ日本に、何ができるか、何をすべきか」という視点から考えれば、多少結論は違ってくるのではないだろうか。
初めて見聞きする部分、共感を覚える部分、少し距離をおいて聴く部分、いろいろな側面があったが、ともあれ興味深い講話だった。
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6/8日、邑久町の木下町議宅でホームミーティングを開いて頂いた。
邑久郡3町から熱心な支持者の方が集まってくださったほか、地元の方も次々と顔をみせて下さり、熱気溢れる集いになった。
冒頭津村から、挨拶をかねた20分ほどのスピーチ。
「若い力。」というコピーに込めた同世代への思いと時代認識をお話しし、政界に新しい人材が流入することの意義と、そのさきがけとして必ず選挙に勝利しなければならないと訴えた。
参加者の皆さんからは年金の問題や、2大政党制の問題、民主党の現在のありかたなどについて熱心な質問・意見が相次ぎ、議論はどんどん膨らんで、気付けば全員参加の大討論会に。
ベテランの方も多数いる前で、実績のない新人が説得力のあるスピーチをするのは易しいことではない。が、皆さんに津村の主張を前向き&真剣に聞いて頂くことができ、また、率直なアドバイスも頂いて、ホームミーティングの良さを実感することができた。
10月にも解散総選挙が行われる見通しとなり、時間との戦いとなるが、少しでも時間を見つけ、今回の木下邸でのホームミーティングのような充実した時間を創り出していきたい。
6月新体制を始動してから、祐一郎&かんぞぅの2人については、勤務時間をいわゆる“フレックス制”にすることにした。
体調管理は言うまでもないが、休日管理も含めて全て彼らの判断に委ねることにした。朝立ちには参加してもらうが、休憩も休日もそれぞれが自分にとってベストのタイミングで自由に取ってもらう形。目標と結果だけを“事務長”祐一郎が管理し、必要な範囲で津村に連絡してもらう。
が、立ち上げ直後ということもあって急いでやらなければならない仕事が多く、結果として休みが減っている。2人は本当に働き者で、放っておくと、連日午前サマも辞さない勢い。「仕事が軌道に乗るまでは・・・」といって、6月入り後まだ1日もフルタイムの休みを取っていない。
が、「休んでよ、休んでよ」と津村が言い過ぎてしまっては、フレックス制を唱え、事務長を祐一郎に任せた意味がない。
津村としては、2人や他のスタッフの働きすぎに注意しつつ、支えて下さる周囲の皆さんとのコミュニケーションを基礎に効率的・効果的な活動の方向性づくりに取り組み、同時にスタッフ補強を進めていくのみである。
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祐一郎が帰ってきた。
昨年9〜12月にかけて、立ち上げ直後のツムジムで活躍してくれた彼。
彼はカリフォルニア大学バークレー校(ノーベル賞学者を世界で1番多く輩出しているアメリカの大学)の現役学生だった昨年夏、大学の夏休みにおばあちゃんの住む岡山に帰っていたところ、ひょんな場所で偶々津村と知り合い、その後年内いっぱいツムジムの手伝いをしてくれた。
今回、彼は津村&ツムジムの仲間とともに次期衆院選を戦うため、大学を途中で辞めて、岡山に帰ってきた。
21歳の大きな決断に、私たちは驚き、激しく勇気付けられている。
彼は、ツムジムの「事務長」になる。
本番の“選対”の構成はまだ決まっていないが、少なくともツムジム内部の経営については、彼が全責任を負う。事務所間の折衝・調整役から候補者の日程管理、スタッフの人事にいたるまで。。。21歳の彼にとって、初めて経験するタフな仕事ばかりだ。
日本とツムジムの未来のために旅から舞い戻ってきてくれた“かんぞぅ”、ツムジムのムードメーカー“あやぼぅ”が彼をサポートする。このトリオが組めば最強だ。より多くの仲間と信頼関係を築くこともできるだろう。
6月から、候補者である津村本人は事務所の意思決定から退くことにした。このトリオに、ツムジムを任せる。3人が完全に立ち上がるまでには時間がかかるかも知れない。が、ともあれベクトルは明確だ。
移行期間である最初の1週間を切り回してくれた祐一郎&かんぞぅコンビは、アンテナを高く張りつつ、お互いに切磋琢磨しながら、いろいろな壁を壊し始めてくれている。時間の限界、お金の限界、体力の限界。。。
彼らの高いモラールが、本番に向けたムードを高めてくれている。
解散、総選挙はもう時間の問題だ。
お世話になっている関係議員事務所の皆さんや連合はじめ支援して下さっている団体・個人の皆さんと密接な連携を取り、より幅広いムーブメントを起こしていくためにも“まずツムジムから風を起こそう”と話している。
昨年8月上旬、衆議院岡山2区の民主党公認内定を頂いた直後から行っている、朝の街頭演説。選挙用語でいう“朝立ち”。
10ヶ月間、平日はほぼ毎日(90%くらいか)欠かさず行ってきたので計200回くらい駅前・橋の上・交叉点での朝立ちをこなしてきたことになるが、まだまだ改善すべき点が多い。
(1)演説内容
永遠の課題。最近は「演説の型(ネタ)を複数作り、壊れたレコードのように繰り返す&使いまわす」方法を模索中。“考えながら話すのが津村の悪いクセ”と言われ続けた10ヶ月の反省。
(2)時間
朝のラッシュは、場所によって時間帯が異なる。電車の時刻も非常に重要なポイント。ケアレスミスや遅刻でピークを外してしまうことがあり、要改善。
(3)フォーメーション
人の流れをよく読み、できるだけ多くの人に、できるだけ長い時間、私たちの活動を見てもらいたい。そのためには立ち位置や、「げっつむ!」を配布する際の動き・場所、声のかけ方なども限りなく工夫できる。
(4)広報グッズの活用
公職選挙法の枠内でも、できることがたくさんある。5月の衆院候補研修会では“選挙の神様”と言われる上田清司衆議院議員から豊富なアドバイスを頂いた。
・・・まだまだある。
これまでは地方選があったり、常勤で朝立ちに参加できる人がしゅんぺー君だけの時期が長かったりしてノウハウの蓄積が難しかったが、祐一郎とかんぞぅの2人が完全常勤体制になったことを機に、今月から朝立ちの改善を急ピッチで進めることになった。ノウハウを確立することで、助っ人も参加しやすくなる。
(1)は津村本人の課題だが、(2)〜(4)は全員で工夫していく。
(最近の日誌でミニ反省会等と書いているのは、この議論のことです。)
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津村啓介ホームページのアクセス数が、6月2日昼ごろ3万ヒットに到達。
最近は、1日当たりのアクセス数も微増傾向にあり、本番ムードが徐々に高まっていることを実感する。
総選挙は、10月ごろになる可能性が高い。気を引き締めて、前進。
6月1日(日)13時から、岡山県教育会館で県連の定期大会が行われた。
前回が平成14年2月3日だったというから、約1年4ヶ月ぶりの開催だ。

菅直人代表も特別参加し、秋にも予想される衆院選に向け、野党結集への努力を懸命に続けていくことを明言された。
活動報告から政策、役員人事、会計に至るまで多数の議案が審議、採択され、熱気に包まれたまま、大会はほぼ時間どおりに終了。
詳しい内容は、近々県連HPなどに掲載されるものと思う。
津村は、衆院候補予定者としての“決意表明”のスピーチと、起草に深く関わった“大会宣言(案)”の発表を担当。
少し緊張したが、力を込めて決意と信条を訴え、“ただちに行動を!”と呼びかけた。
(決意表明と大会宣言の全文は、近々津村啓介ホームページに紹介予定。)
「緊張しすぎ」「堅い」「柚木さん、はたさんの上手なスピーチを見習いなさい」といった評もあった。今後の課題だ。
何人かの先輩、スタッフは、「熱がこもっていて、真剣さと気合いが滲み出てたよ」「成長したね」「この1年間の中で一番良かったです」と褒めてくれた。自信になる。
ともあれ大会は盛会のうちに終わった。あとは行動あるのみである。
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5月31日付で、ツムジムの第一号スタッフである、“しゅんぺー”こと清水俊平君がツムジムを退職。
6月1日からは江田五月参院議員の事務所で、衆院岡山2区担当の秘書として活躍してくれることになった。
江田事務所では、統一地方選後に大規模な人事異動が行われ、衆議院岡山2区担当の秘書ポストが空いた。参議院議員現職の江田五月さんの事務所と衆議院の候補予定者である津村の事務所が“水も漏らさぬ連携体制”(江田さんのHPより)を築くために、後任として期待されたのが清水君だ。
彼はツムジムスタッフなので、異動に当たっては当然調整が必要となった。
津村に対しては、当時の江田五月会事務局長であった大亀幸雄さんから、3月に内々の打診があり、その後若干の調整を経、本人の意向を確認した上で、4月末に正式にお話を受けることになった。
もともとツムジムでは、祐一郎が現場復帰する6月を“準本番体制”構築のチャンスと考えていたので、しゅんぺーの異動時期は5月末とさせていただいた(「6月新体制」については、まだ柔らかい部分もある。いずれ改めて紹介したい)。
デスクの位置が変わり、ラインも変わるが、衆参議席の獲得・維持という目標を引続き共有し、活動エリアも変わらない。しゅんぺーとツムジムは今後とも“水も漏らさぬ連携体制”で活動を続けることになる。
しゅんぺー君は、彼の長所である人当たりの良さを活かして、津村啓介の政治活動のスタートを1年間懸命に支えてくれた。
今後も、ともに良い仕事をしていきたい。
しゅんぺー君、お疲れさま。これからもよろしく。(^.-)
| 2003/6 |