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-Daily TSUMURA-
 ひとこと 2月1日〜28日

 高校街宣。 2/28(金)

ツムジムの活動の“新機軸”として、今週から導入した朝立ちパターン。「若者の政治参加を促す」のが狙いである。
津村は「若い力を国会へ。」をキャッチコピーにして、若い世代による新しい政治文化の実現を訴えている。その活動の延長線上に自然に出てきた発想だ。

やってみて思い出したのだが、まだ日銀で働いていたころ、「もし自分が政治家になったら“投票率向上”に真剣に取り組みたい、そのためのキーの1つは、国民の権利と義務をバランスよく教える教育のはずだ」
と考えたことがあった。学校の校門前で演説しようという発想を初めて思いついたのもその頃。学生時代、子供と遊ぶサークルに所属していたこともあって、イメージしていたのは実は小・中学校だったのだが。

今回、幾つかの意見が耳に聞こえてきた。
・選挙権のない高校生の演説を聞かせるのは、時間のムダ。
・教育熱心(!)な親御さんは、「勉強の邪魔」と思うかも知れないよ。
・普通の人と違うことをやる以上、騒音や交通事情や演説内容について、
 いつもの朝立ち以上に細心の注意を払わないと、足許を掬われるよ。

生徒自身や先生、PTAの方々に、どのように受け止められるのかも、正直自信はなかった(結果はまだわからない)。
スタートしてから3日後、初めて反応が聞こえてきた。「娘が校門の前で津村サンの演説聞いたってよ。演説下手ねって。でも一生懸命なんだなってことだけはわかったって。」
うれしいです。
どう転んでも、一候補者の立場で高校街宣を活動のメインに据えることはないが、今後ともテーマの1つとして気にしていきたい。


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 握手 2/26(水)

きょうはポスター掲示依頼をしたが、ご商売の関係でポスターはお願いできなかったところでも、薬局や商店を中心に数多くの方と握手をしてまわった。
握手という行為には、未だに“いかにも政治家っぽい”イメージがあり、なんだか自分が普通の感覚を失っていくようで、内心抵抗を感じる時もあるのだが、握手を通じて伝わってくるものも確かにある。きっと伝わっていくものもあるのだろう。最近そんな実感がある。
でもやっぱり、抵抗もある。現に津村支持を態度で明確にしてくださる方でも「握手までしなくていいよ」という人は多い。

政治活動をしていると、「前向きな活動なんだけど、嫌がる人もいるだろうな」という場面がよくある。

朝の街頭演説だって見方を変えれば騒音だし、そういえば岩手県のある町議会が今回の統一地方選においては街宣カーを誰も使わないことに決めたという記事もあった。これも「うるさいから」という理由らしい。

政治ギョーカイでは常識の「握手」も、同じくギョーカイ的には非常識の「校門街宣」についても、人の数だけ意見がありそうだ。歩きながら、感じ、考えていくしかない。

政治活動を仕事とする以上、「握手」との付き合いも長くなりそう。昔 too shy shy boy と言われた津村も、英国生活で握手慣れしたが、それでもまだまだ照れがある。賛否云々はともかく、自分が照れている場合ではなさそうだ。修行が足りないということか。

(質問)
高校の校門前で始業前の30分、マイクを絞って朝街宣をし、「げっつむ!」を配る津村の新機軸“校門街宣”について、皆さんはどういう感想を持たれますか?
ひとことで言えば「若い力。」をキャッチコピーにする政治家のタマゴとして、若者の政治参加を促したいという趣旨です。
○か×かの総合判断、やり方(内容・頻度等)について。。。どのようなご意見でも結構です。聞かせてください。津村の考え方は、近々デリツムの「ひとこと」で紹介します。ともあれ、試行錯誤です。



 ポスターの顔。 2/25(火)

最近、初めの頃に貼ったポスターの顔の色がだんだん褪せてきて、顔色が悪くなっている。遠くからみると、ミドリ。出来たての頃は、顔が赤すぎて「熱すぎるヤツ」に見えないか心配をしたくらいで、今思うと要らぬ心配だった。

そんな中、最近「ポスターと顔が違うね」とよく言われる。数日前に岡山4区の柚木道義君もホームページで書いていたネタだが、偶然津村も最近同じことをよく言われている。柚木君は「ポスターよりも実物のほうがいいね」と言われるようだが、津村の場合は「ホントはひょろっとした人なんだね」みたいな言われ方をすることが多い。
ポスターは、アングル的に“ずんぐりむっくり”に見えるらしい。
あと、少し気がかりなのは「それにしても痩せたんじゃない!?」という人が多いこと。自分で言うのもなんだが、毎日べらぼうに歩いているのだから、引き締まったのだと思うが、心配してくれる人が多いと心配になる。最近、できるだけ大食いに徹しているのだが。
少なくとも、ポスター同様の“健康的な笑顔”が自然とこぼれるよう、日々気持ちにゆとりと自信をもって、前に進みたい。

きょうの日程」(活動日誌)の最後に受験時代の年賀状のエピソードを書いたが、そういえばコワモテで有名だったT先生からのそれには、ひとこと「余裕。」と書いてあった。


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 福井さん。 2/24(月)

津村が昨年6月まで勤務した、日本銀行。その総裁人事が久しく注目を集めていたが、本日15時頃、「次期総裁に福井俊彦氏」の報が列島を駆け巡った。
福井さんは以前から本命視されてきたし、その見識・力量を疑う人はいなかったので驚きは少なかったが、やはり古巣のトップ人事には色々な思いがよぎる。

平成6年に日銀に入行したころ、福井さんは理事をされていた。その年の12月副総裁に昇格され、松下康雄総裁のもとで実務を取り仕切られた。「次は福井さん」ということで衆目は一致していたと思う。
福井さんについては、伝説化されたエピソード(例えば「ワープロがなく誰もが文書を何度も書き直していた時代、福井さんだけはどんな難しい文書も推敲なしで一気に書きおろしていた。福井さんにはワープロも消しゴムもいらない。あんなに頭の良い人は見たことがない」とか)が沢山語られていたが、とりわけそのお人柄については、どんなに皮肉っぽい人でも口を揃えて尊敬の気持ちを表していたように思う。

平成8年の冬、当時の橋本龍太郎首相のもとで、日本版金融ビッグバンが提唱され、大蔵省不祥事や行財政改革の流れの中で、「日銀法改正」の議論が始められた。日銀行内でも様々な議論が始まり、そうした中で津村は行内の電子掲示板を舞台に『総裁プロジェクト』と題する企画を提唱し、実現したことがある。電子掲示板という新しいツールを使って、行内の改革機運に拍車をかけようという試みで、若手行員から総裁まで全ての行員の皆さんに議論への参加を呼びかけた。多くの反響を呼び、最終的に当時の松下康雄総裁も「みんなの広場」と名付けられた日銀の行内電子掲示板上にご自身の文章でメールを出してくださった。今でも頂いたお返事は取ってある。

それからしばらくして、私の書いた改革意見書のようなものを、ある上司が福井さんに届けてくださったことがあった。福井さんは丁寧に読んでくださり、感想を伝えてくださった。既に幹部の皆さんの中には組織改革の腹案はあったようで、単なる偶然だったが、意見書に書いたことの幾つかがその後現実のものとなり、大いに鼓舞されたものだ。

福井さんはその後副総裁を辞され、民間に移られたが、日銀本店9Fでお聞きした退任挨拶は今でも脳裏に焼き付いている。
後輩たちへの思いやりあふれる言葉の中に、長年日銀を背負って立ってきた自負を感じ、最後に言葉を詰まらせた福井さんの姿に「これが日銀のプロフェッショナルの姿なんだなぁ」と感じた。

私の福井さん体験は、今のところこれだけ。福井さんから学ぶことはこれから沢山あると思うし、そうでありたい。金融政策に強い関心を持つ民主党の若手政治家として、いつかまた一緒にお仕事をさせていただきたいと思う。



 “T.G.I.F.!” 2/23(日)

http://home2.highway.ne.jp/genzo_y/Back8.htm:T.G.I.F.

週末金曜の夜、ある労働組合の若手懇親会にゲストとしてお招き頂いた。
グループの県域各社の20代社員がヨコの繋がりを深める会だったが、テーマの1つが“若者の政治参加”。抽象的な勉強だけでなく、リアルな体験談も聞いてみようという趣向で、同世代の政治家のタマゴである津村に白羽の矢が立ったようだ。宴もたけなわになったころ、ご指名をいただき、自己紹介をかねた“候補者体験談”をお話しさせて頂いた。

“こんな話が聞きたいです。”という進行役の方の事前のアドバイスが非常に的確だったようで、そのとおりの話題を津村なりに味付けしてお話ししたら、みなさん真剣に聞いてくださった。調子に乗って、有志の2次会にもそのまま参加したが、日々の仕事と絡めた具体的な質問や、同世代ならではの意見をふんだんに聞くことができて、私自身にとっても勉強になるひとときだった。

ビジネスの第一線で働く約50人の方と出会い、その50分の1として仕事や政治の話題を離れた色々な話をして、日銀時代の楽しかった“同期会”を思い出した。

P.S. ちなみに上記“TGIF”、5年ほど前、アメリカ留学帰りの日銀同期I君が週末の飲み会のお誘いメールに書いていたフレーズ。あまり他で聞いたことはないが、いま、たまたま思い出しました。


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 ポスターの重ね貼りについて。 2/20(木)

2月18日(火)の活動中、市内某地域に掲示していた津村ポスター2枚の上に現職代議士のポスターが重ね貼りされているのを挨拶回り中の津村が見つけ、以下のとおり対応。

(1)スタッフに住宅地図等を持ってきてもらい、現場の状況を確認。
(2)民主党岡山県連の幹部の方で選挙法関係に詳しい方に携帯電話で対応を相談。
(3)「妨害行為と認め、相手陣営に直接抗議する」という案もあったが、スタッフの意見等も聞きながら、最終的には津村の判断で「地主さん、県選管に照会し、まず事実関係の確認を徹底する」方針を選んだ。
(4)掲示場所を提供して下さっている地主さんに経緯を確認したところ、1月後半ごろK代議士の若手秘書の方から「津村ポスターの掲示場所にK代議士のポスターも同様に貼らせてほしい」旨の申し出があり、並べて貼ろうとしたがスペースがなく、やむなく上に重ねて貼ることになったとのこと(この結果、津村ポスターの約3分の1が隠れ、顔が下半分だけになった)。
 「限られたスペースを両陣営で上手に分けて使ってほしい」というのが地主さんのご希望。いずれにしても地主さんからみれば、ご好意でわれわれ政治活動をしている人間に場所を提供してくださっている話。
 当方からは「ありがとうございます。K事務所の方とお話をし、重ねて貼っている状態は直して頂くつもりですが、両陣営で場所を上手に使わせて頂きます」とお伝えした。
(5)同時に県選管に対し、場所や相手陣営を特定せず、今後同様のケースが発生した場合の対応の仕方についてルールの有無を照会。
 選管からは、翌日、「告示前の政治活動のポスターについては、公職選挙法の埒外であり、“重ね貼り”されたとしても行政法規上は特に問題はない。当事者同士で話し合ってもらえばよい」との回答があった。民事の問題ということなのだろう。
(6)選管の回答を待っていた翌2月19日午前、地主さんから連絡。地主さんの要請を受け、K代議士事務所が早速対応をしたとのこと。
 津村事務所からもスタッフを派遣し、同日中に掲載枚数を2枚から1枚に減らし、“重ね貼り”状態を解消。

最近、スタッフが謂れのない誹謗中傷にあったり、深夜に立て看板を壊されそうになったり、ポスターを掲示してくださっている方のお宅に匿名の「ポスターを剥がせ」という手紙があったり、物騒なことが続いていただけに、当初、ポスターの“重ね貼り”を発見したときには、非常に不愉快な印象を持ったのが、正直なところ。自分の顔が、よりによって相手陣営のポスターで半分隠されているのだから、確信犯だとすれば問題だろうと考えた。

しかし、上述のとおり、関係各位の素早いご対応により、約1日で問題は解決。現時点で津村事務所としては、これ以上の対応(たとえば「抗議」など)は考えていない。

選挙に関するルールの解釈は、県によってもマチマチと言われる。金銭の授受があれば確実に違反と考えられるが、それ以外のルールについては、1つ1つ丁寧に確認していく作業が求められる。
ノウハウの蓄積がない新人にとっては、“見えない参入障壁”の1つだ。
今後とも、諸先輩のご指導を頂きつつ、先入観にとらわれず、分からないことは1つ1つ調べながら、対応していくことにしたい。



 祝デリツム150号☆! 2/17(月)

皆さまのお陰で、昨年8月初めに創刊いたしました“Daily TSUMURA”が150号を迎えることができました。

この間、沢山の皆さんから感想や関連の話題、時にはご注意を頂きました。津村およびツムジムの活動に幅を持たせる意味があったと思っています。週に1〜2度はマトメ書きになることもありますが、今後とも、速報性を重視する姿勢を維持していきたいと考えています。
「きょうの日程」については当日深夜にあやぼぅが、毎日の「ひとこと」については、ある程度ネタを“寝かし”た後、原則として津村自身がホームページに転記し、過去の記事をいつでも読めるようにしています。

津村啓介ホームページも、あと1週間ほどで“20000ヒット”を記録できそうです。
最近は(助っ人も含めた)「スタッフ日記」のコーナーを充実させたり、政治活動をビジュアル的にもご理解いただくために写真の使用頻度を高めたり、IT担当あやぼぅのスキルアップにつれて画面表示をよりユーザーフレンドリーなものにしたり。。。引続き工夫を重ねております。


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 「小さくまとまるな」 Vol.3 2/17(月)

私は候補者アンケートの「夢」の欄に、理想の政党を作ることと書いた。
21世紀前半において、政治システムとしてのベストの選択肢は「政党政治の成熟」だと確信している。政党政治を成熟させるために、日本で一番足りていないのは、政党組織の整備だと思う。

大学で政治を専攻している時から、「政党」論については強い関心があり、今回哲学者のタマゴである“ちん”を岡山に迎えて、改めて議論をしたりしている。いずれ彼との議論も紹介していきたい。

実践の部分では、代表選以降の菅直人代表の発言を辿ってみると、政党観が自分と相通じていると直感する。政党を社会の「公共財」(朝日新聞 2002年7月19日など)と捉え、その充実のための、もっとも現実的で効果的な方法を“民主党自体の改革”を通じて考えていくという発想。

こうした政党観に立てば、相次ぐ野党再編論や政局めいた離党騒ぎにおいて自分なりの視座を確保することができるはずである。強いて意見の違いが生じるとすれば、時間軸の置き方の違いくらいのものだろう(それが決定的な意味を持つこともあるが)。

自党の代表と同じ理想を持って政治活動に取り組めることは、幸せなことだと思う。



 「小さくまとまるな」 Vol.2 2/16(日)

政治を志し、街頭演説をするになってヒシヒシと感じるのは、「日本の野党は批判ばかり。とてもじゃないが政権なんて任せられない」という有権者の視線。
→ 実際、津村自身も長年そう感じてきたし、そういう現実を変えて、健全な二大政党制を確立したいと思うからこそ、民主党に入った。

この先入観というのは本当に根深くて、小泉政権に政策運営に対する批判と民主党の政策を5対5の割合で訴えているつもりでも、8対2くらいに聞こえるものらしい。民主党独自の政策としてアピールできる“目玉”的なものがなかなか整理できていないことも一因かもしれない。正直、民主党の仲間の演説を聞いていても、「やっぱり批判ばかりに聞こえるよなぁ」と思うときもある。政権与党との情報力の差を考えると、どこの国でも、野党が建設的な提案をするのは努力がいることではあるが。。。

野党が野党の地位に安住し、総選挙に衆議院の定数の半分以下しか候補者を立てられなかった55年体制時代のムードが、いまだに野党と有権者の関係を支配しているような気がしてならない。

そんなまったりしたムードの中では、社会を担っている自負を持った人々(いわゆる「体制派」とはかぎらない)が民主党を積極的に支持しないのも無理からぬことといえる。実際、こうした人々の中で好意的な方々から「期待」をされることはあるが、現状を「評価」されることはまずない。
民主党はここを変えなければ、とてもじゃないが日本を変えることなんて夢のまた夢だろう。

その点、今回民主党が独自に作成した平成15年予算の対案は、画期的なものだと思う。本当にそう思う。現に与党サイドから批判を受け、それに応えてさらに反論するということもしている。政策論争の面での与野党の立場逆転が起こっている。

民主党が、政権を担いうる政党・責任ある国民政党として具体的な対案を示しながら国会論戦に挑んでいることは大いにPRすべきことで、「民主党独自の平成15年度予算案」はその目玉になりうると思う。口を酸っぱくしてこのことを訴え続けたい。選挙本番まで言い続けたいくらいだ。


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 「小さくまとまるな」 Vol.1 2/15(土)

2月14日の夜、大学時代のサークルの後輩“ちん”が岡山にやってきた。
数週間の予定でツムジムの手伝いにきてくれた“ちん”。彼には“津村の後輩”として、一緒に地元の挨拶まわりを分担してもらうつもりだ。学生時代以来の彼の思い切りのよさ、センスに期待している。

大学時代、彼を含めた数十人の仲間と「ドンキホーテ」というサークルで活動をしていた。一般にセツルメント系といわれる児童福祉ボランティアが主な活動内容で、養護施設の子どもたちに週2回勉強を教えたり、一緒にサッカーやブランコで遊んだりしていた。あとは本の読み聞かせとか。
活動の後は“アフタードンキ”と称して、他の多くの学生サークル同様毎週のように飲んだり歌ったりしていたが、子どもたちとの感情の行き違いや将来の不安などで落ち込んでいる仲間がいたり、逆にもっと挑戦をしてほしい仲間がいると、盛んに「小さくまとまってんじゃねえよ!」と言い合い、脈絡もなく鼓舞しあっていた。“ちん”はそういう仲間だ。

日銀に入ってからも、同じ部署(調査統計局)に入行した仲間たちと、「なんか、お前、小さくまとまってない?」と冗談まじりに挑発しあいながら、充実した新人時代を過ごした思い出がある。

“ちん”と過ごすこれからの数週間は、社会人としての初心を思い出すいい機会になりそうで、嬉しい。



 羽場市議ホームミーティング 2/12(水)

羽場頼三郎市議からお申し出を頂き、ツムジムでホームミーティングを開催。「仲間にもきちんと政策を説明することの大切さを、菅さんから学んだ」とおっしゃる羽場さん。

限られた時間だったが、市議会の活動報告はもちろん、市当局の事務方との具体的なやりとりにいたるまで、豊富な実体験に基づく迫真の解説。津村、しゅんぺー、新人クン、そしてゲストとして参加してくださった2人の方も含め、全員すっかり話に引き込まれてしまった。

羽場さんは、私たちからのともすると取り留めのなくなる数多くの質問に1つ1つ真剣に答えてくださり、市政に関心の深いしゅんぺー、新人クンは大感動。津村も市当局と市議の付き合い方について、リアルな体験談を伺って、大満足。有意義なひとときだった。

羽場さんとのお約束で、具体的な中身は“でりつむ”での紹介が不可。
みなさん、ぜひ直接羽場さんのホームミーティングに参加して、ナマの羽場節を堪能なさってください。


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 本屋巡り 2003-02-11 (Tue)

今日は、久しぶりに市の中心部でまとまった時間が取れたので、本屋を巡ってみた。買い物をしたのは、シンフォニーホールの地下にある丸善。
だいぶ思い切って次の8冊を購入。さすがに1万円もした。日銀を退職してから、こんなに沢山の本を一度に買ったのは、初めて。

1.山口 瞳   『礼儀作法入門』
2.佐々木毅   『現代政治学の名著』
3.AERAムック『哲学がわかる』
4.水野 秋   『太田薫とその時代』
5.池上 彰   『そうだったのか!日本現代史』
6.斎藤慶子   『子育てに失敗するポイント』
7.カナリヤの会編『オウムをやめた私たち』
8.宮台真司ほか 『不純異性交遊マニュアル』

まだ買ったばかりなので書評は書けないが、“今の気持ち”を書くと次のとおり。

1:もう20年以上も前に書かれた本なのに、なぜか「今、売れてます」のコーナーにあり、目に止まった。“礼儀知らずは粋知らず”という挑発的な帯書きも気になる。昨日の「ひとこと」で紹介した親友、静月透子の処女作『すっぴんスチュワーデス教えてあげる!』にも通じる、どこからでも読めるエッセイ風の面白さ。筆者の山口瞳は向田邦子の親友。

2:大学時代に政治学を教わった教授の編著。佐々木先生は現在東大総長。教科書だったので何度も読んだが、津村の政治学の知識はこの薄い本に拠るところが大。改めて初心に帰ろうと思い、購入。

3:しあさってから登場の、親友“ちん”。哲学を専攻している彼と過ごすこれからの1ヶ月に向け、予習のつもりで購入。多彩な執筆陣には、彼の恩師も数人入っているようだ。

4:主人公である太田薫は、津村の祖父・井上龍臣の幼なじみ。
この本には、祖父の回顧談も数ページにわたって紹介されている。祖父は、戦後の労働運動の最大級の大物であり、“春闘”方式を提唱したことで知られる太田薫総評議長が現役バリバリの頃、当時の人気TV番組『人に歴史あり』で、人生最初のライバルとして紹介されたことを誇りにしている。戦後労働運動史の教科書のつもりで、購入。

5.池上氏はNHK『こどもニュース』のキャスター。前作『そうだったのか!現代史』がブレイク(津村も購入)し、調子に乗って書いたのがこの本。売れ行きについては知らないが、こちらも読みやすさは抜群。学校教育では落とし穴になりがちな日本の現代史を、勉強しなおすつもりで、購入。津村は、若者の政治離れの数ある背景の1つは、現代史教育の欠如(社会科のカリキュラムの技術的な問題?)に求められると思っている。オックスフォード時代、自国の現代史や現代の国際情勢について、自分が受けた教育の不十分さを痛感した。
他国の若者は、20世紀の歴史や現代の国際情勢について、もっと知識を持っている!

6.帯によると“子育て不安を解く第一人者の決定版”らしい。
時代の半歩先を読むNHKブックス。著者の写真をみると、教育ママっぽい印象がないこともないが、実はこの方、徹底した“現場”の人らしく、斜め読みしてみるととにかくエピソードが豊富。安易に政策論(子育て支援策など)に結びつける気ではなく、“人間”に対する単純な好奇心の延長で、購入。

7.同じく“人間”の知らない部分への好奇心で、購入。オウムが事件化する前に、知人の入信騒ぎがワイドショーで報道されたことがある。また、麻原教祖が衆院選に出馬し、“しょこ、しょこ、しょ−こー”と連呼する奇妙なBGMに乗って選挙活動していたころ、当該選挙区に住んでいたりもした。東大駒場祭で麻原氏を至近距離で見た時は、(物理的に)汚い人だなと思った。そんなことを思い出す。

8.不純異性交遊がしたいわけではないが、世間を騒がすリアルな事件を真正面から考え続ける若手社会学者、宮台氏に注目している。
ざっと斜め読みしたが、彼の個人的な思いが前面に出すぎている感じもして、終わりまで読む気力が失せはじめているが。

Cf.静月透子『すっぴんスチュワーデス・・・』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396312288/ref%3Dpd%5Fsim%5Fdp%5F2/250-2493860-7473051
筆者の静月女史は、津村の親友。「日銀退職→衆院選出馬」を決意する過程で、いろいろと貴重な意見を聞かせてもらった。もっとも彼女の本に出てくるキモい衆院選候補者は津村ではないので、念のため。



 候補者アンケート 2003-02-10 (Mon)

“解散近し”ということだろうか。最近、衆議院選挙の候補予定者に対するアンケート依頼が増えているようだ。

選挙本番になると、ズバリ政策を尋ねるものが多くなるのだと思うが、いまのところは履歴書の延長のような内容のものが多い。回答を返信したもので、これまでHPに掲載してきた「プロフィール」に書いてないものとしては、例えば以下のようなものがある。

好きな本、愛読書:向田邦子の『あうん』
親しい財界人、作家、評論家など :静月透子(作家)
夢、一番の希望
:理想の政党を作ること学生時代の思い出:英国留学時代、アメリカ同時テロの日に偶然訪問していたパレスチナ自治区での静かな風景etc.
武勇伝、冒険
:大学4年生の時、アメリカ大陸を単独ヒッチハイクで横断したこと。
選挙スローガン:『若い力を国会へ!』
干支(えと)  :いのしし

−−思い出とか武勇伝(そもそも自分からそういう言い方はしないが)を1つだけ書くというのは、なかなか難しいことだった。ついついあれこれ考えてしまう。
だからといって「なし」とか「選べない」なんて答えても、せっかくマスコミの方が与えてくれた津村と有権者をつなぐ機会をムダにすることになりそうで、それも残念。
気の利いた短い答えが出来ない場合は、機会を見つけて言葉を尽くすしかないわけで、今後とも“でりつむ”の果たす役割は大きそうだ。


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 事件 2003-02-09 (Sun)

2月8日深夜(23時50分頃)、ツムジム前において、通行者による立て看板の破壊行為があり、事務所内にいた津村が、逃走しようとする容疑者男性をその場で取り押さえ、通行中のタクシーが警察に通報するという事件が発生しました。

駆けつけた警察からは“器物損壊罪”に該当するか否かの当事者としての判断を求められましたが、被害の実額は軽微に止まっていたため、被害届の提出は見送りつつ、事実関係・背後関係の念入りな確認をお願いしておきました。

現時点では“酔っ払いによる突発的乱暴”と推定されています。
警察の方が言っていましたが、告示後であれば明らかに“選挙妨害”で立件される行為。ツムジム的には、泣き寝入りをせず、かと言って過度に大ゴトにもせず、必要と思われる事務手続(取調、実況検分等)を粛々と進める形で対応しました。

ツムジムは、Compliance(法令遵守)にうるさい、厳格な事務所です。
“選挙妨害”に類する行為・疑いのある行為には、今後とも厳しい対応をしていきます。
詳しい顛末については、機会を改めて報告をいたします。



 さらに戦力アップ! 2003-02-09 (Sun)

新戦力「ちん」のツムジム入りが決定。2月14日(金)デビュー。

彼は津村の学生時代の友人で、児童福祉ボランティアサークル「ドン・キホーテ」の2年後輩。現在、ドイツ研究に従事している人間。
学生時代から津村を買ってくれていて、今回の津村の転身をもっとも応援してくれている友人の1人。春休みを利用して、約1ヶ月、岡山に滞在し、ツムジムの活動に参加してくれる。きょう、宅急便で荷物が届いた。

3月4日(火)には、ツムジムの旅ガラス“かんぞぅ”が復帰。
旅のミソラで政策の勉強をしているらしく、さらにグレートになって帰ってくるらしい。

そんな2人に会いに、林君も寸暇を惜しんでまた来てくれるようだ。

来週末からは、しゅんぺーの統一地方選対応が本格化。
ツムジムの主戦力の1人が“出向”するタイミングだけに、本当に心強いかぎり。

ちんが来る2月14日、かんぞぅ復帰の3月4日が本当に楽しみ!


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 ツムジム戦力アップ! 2003-02-08 (Sat)

年明けから加入したUWOに続き、明日からもう1人新人が登場する。
みずから進んで行動する、頼もしい若者。政治志望。

UWOもそうだが、「少しでも多く政治の勉強をしたい。機会を与えてほしい。何でも覚えたい」という彼らの熱意は、まぶしいほど。
よくいわれる“バイト感覚”とは対極にある、彼ら。
自分よりも若い世代の情熱に少しでも応え、彼らとともに津村自身も成長していきたい。



 木村史暁さん 2003-02-05 (Wed)

日銀時代、何人かの思い出深い上司に仕えたが、その1人が木村史暁さん。
入行した年の冬から1年半、津村は日銀の伝統的な新人教育のパターンである支店勤務を経験したが、その配属先・函館支店で1年3ヶ月お仕えした。

仕事に非常に厳しい方で、津村は「仕事のできないやつ」として叱られまくり、内心イジメに近いとさえ思ったりもしたが、なかなか教えて頂けないことを沢山教えていただいたような気がする。その後も折にふれて声をかけていただき、やんちゃな若手行員だった20代の津村を見守り続けてくださった。

木村さんはその後、震災からの経済復興で注目を浴びていた神戸支店の支店長の要職に就かれ、離任後の2000年秋、地元の方々からの強い支持を受けて、神戸市長選に市民派候補の筆頭格として立候補をされた。神戸とゆかりの深い田中康夫長野県知事も応援されていたと何かで読んだ。

今でもそうだが、日銀職員から選挙に出馬するというのは、珍しく、そのぶん大きな決断である。

津村は、父方の実家が神戸市垂水区にある縁もあって、祖母への挨拶がてら1度だけだが木村さんの選挙事務所もお訪ねした。日銀時代からオーラの漂う方だったが、さらに一層生き生きとされていて驚いた。

結果は惜しくも次点。各党相乗りの元助役が当選。新聞には「市民派乱立」が響いたと報道された。

津村が“日銀退職→衆院選出馬”を決意するにあたって、大きな影響を受けたことは間違いない。直接そのお話をしたことはないが。

最近、その木村さんの近況を、日銀時代の友人が伝えてくれた。
パソナの関係会社「日本雇用創出機構」の特別顧問として、雇用市場の流動化に取り組まれているとのこと。日経新聞の道内版には“人材の仲人 務めます”というタイトルの記事で紹介されている。
→ パソナHPよりhttp://www.pasona.co.jp/pdf/news/infoid123_pdf_1.pdf

くわしくは別の機会に譲るが、これはまさに津村が政治の世界で取り組みたいことの1つである(Cf.津村の公募応募論文)る。今の日本に必要な仕事だと思う。

ずーっと、ご無沙汰を続けているが、またお話ししてみたい。そして、いつかどこかでまた一緒に仕事をさせて頂く機会があれば、こんなに嬉しいことはない。
その時私は、腕利きの実力派代議士になっているつもりだ。


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 ツムジム会議 2003-02-04 (Tue)

不定期ではあるが、およそ月に1度くらいのペースで行っているツムジムスタッフの会議を「ツムジム会議」と呼ぶ。本日実施。
津村、しゅんぺー、あやぼぅ、陽子さん、磯野君、ゲスト参加の林君の計6名で、今後の津村選挙の進め方について、大所高所から細部にいたるまで意識の擦りあわせを行った。

進め方としては、津村がレジュメ案を書き、それに対して全員が質問やコメントをしてこれを書き換えていく形。
内容は詳しく紹介できないが、統一地方選における関係候補の支援体制や、政策強化の方向性、戦術の多様化、トラブル対応等について、スタッフ全員で意見を出し合い、トコトン語り合った。

当面、3月23日の市議選、4月13日の県議選に向けて、統一地方選対応が1つの大きな焦点になり、ツムジムは主力スタッフの1人であるしゅんぺーを、2月15日からの約2ヶ月「出向」扱いで関係事務所sのお手伝い専担とすることを決めた。

「支持者に混乱を招く」という理由で、候補予定者本人が他の事務所の挨拶まわりを一部請け負うような形は取らないのが普通だという。津村もそれはそうだと思う。

お世話になっている方々のお手伝いをどのような形で行っていくか、津村自身はどういう具体的な形を取れるか、この期間にどれだけ津村選挙プロパーの準備も同時並行して進められるか。。。課題は多いが、120%の体力と気力でこの重要な時期を過ごしていきたい。



 向田邦子 2003-02-03 (Mon)

政治を志すようになってから、「好きな作家」「感銘を受けた書物」を聞かれる機会があった。
私は、作家は向田邦子、書物は彼女の小説『あうん』、と答えた。(ついに先週は「尊敬する人は?」の問いにも彼女の名前を出した。)
31年人生をやっているのだから、他にも好きな作家はいるし、感銘を受けた書物もある。(尊敬する人も、まだまだいらっしゃる)ただ、自分らしい答えかなと思って、この答えを選んだ。

政治家に人気の司馬遼太郎や塩野七生は、私も好きである。『坂の上の雲』や『ローマ人の物語』にも、非常な感銘を受けたものだ。
官僚志望の学生に人気の、城山三郎著『官僚たちの夏』『男子の本懐』も大学2、3年で読んだ。でも、こういう答えはよくありすぎて、津村らしい本選びとも言えなかろう。

両親を尊敬しているつもりだが、活字にする前提の質問に、「両親を尊敬しています!」と答えるのも、なんとなく違う感じがした。場を選んでいると言われるとそれまでだが・・・。

なぜ向田邦子が自分らしい選択かと言われると困るが、とにかく彼女の本はここ数年読み漁った。自分が憧れる(あくまでも憧れだが・・・)家庭観、異性観、人生観がさまざまな形で描かれているような気がして、迷いの多い時や気持ちの支えがほしい時ほど睡眠時間を削ってでも読みまくった。
向田邦子のゆかりの地を歩いてみたりもした。
最近、「好きな作家は向田邦子です」なる、活字になった津村回答を読んで下さったある支持者の方から、あれは女性受けを狙ったの!?と、冗談まじりに聞かれたことがある。どうやら津村が思っていた以上に、向田邦子はメジャーで、女性の読者が多いらしい。そういえば、日銀時代にも職場の先輩女性と向田邦子談義をしたことがあった・・・。

こんな話を書いたのは、きょう、林君から「俺、向田邦子と橋田壽賀子の違いがよく分からないんだよな」と言われたからである。
たしかにホームドラマを多く書いている点では、似ている。が、違いは歴然だ。向田作品には、本当の“憎まれ役”は出てこない。そんな向田邦子が好きだ。
(あくまでも、私見です。あしからず。)


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 幼なじみ。 2003-02-02 (Sun)

今日から1週間、名古屋市立旭出小学校時代のクラスメート、林君がツムジムでお手伝いをしてくれる。

彼とは、小学校6年生の時に同じクラスだった(5年生もかな!?)が、中学校に進学してからは、特に中2以降は年賀状だけの繋がりでたまたま去年の2月に約15年ぶりに再会して1晩飲み明かしたのがきっかけで、今回岡山に来てくれることになった。彼にとっては、初めての岡山。

名古屋での小学校時代。先生とケンカをして騒ぎを起こしたり、今でいう“いじめ”をされたりしたり、色んなことを思い出すが、林君に言わせると当時から津村は「将来政治家になりたいんだろうな」と思われていたそうだ。
偶然だが、もう1人この冬に年賀状をくれた幼なじみのS君も同じことを言っていた。「君が当時から政治家になりたいと言っていたことを今でも不思議と覚えていて、今年手紙を貰った時、驚いたとともに旧友としてうれしくもありました。」
幼なじみというのは本当に気恥ずかしいというか、丸わかりというか、気のおけない大切な存在だなと改めて実感。

今日は林君と、2時間あまりに亘って、早速議論をした。「日本語」について。
“英語を第二公用語にすることの是非”をふり出しに言語とは何か、認識とは何か、価値、存在、哲学、宗教、歴史、科学。。。
議論は尽きることなく、時間が瞬く間に過ぎた。
話をする中で、自分が Richard Dawkins という学者の「利己的遺伝子説」に大きな興味を持っていることを改めて認識して、驚いた。Richard Dawkins は有名な生物学者で、オックスフォード大学教授。留学時代に、手紙を書いて、直接会いに行ったことがある。(その話はまたいずれ。)

ともあれ、理系バリバリの林君との議論は、とても新鮮。
林君とともに活動するこの1週間、彼に津村の政策論にもつきあって貰いながら、少しでも実り多いものにしていきたい。


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2003/2

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