|
ひとこと 2003年1月1日〜31日 |
昨日の津村啓介HPに「Down...」と題して、体調不良により一時ダウンしたことを書き込んだところ、沢山の方からご心配を頂きました。
もう完全復活です。きょうのスケジュールも予定どおり無事終了です。
HPの「ひとこと」にも書きましたとおり、明日から始まる2月は、新しいアイデア、新しいスタッフを次々投入しながら、今まで以上にChallenging な月にしていくつもりです。既にいくつか腹案もありますが、より多くの皆さんのアイデアとお力をお借りしながら、柔軟で吸収力の高い活動をめざしていきます。
ここ数日、弱っちい記述が目立ち、ご心配をおかけしました。栄養をとり、睡眠をとり、気合いを入れなおして、2月を迎えます。
引続き、ご指導ご支援をよろしくお願いします。
そしてこの選挙の年、みなさんも一緒に、日本の将来、日本の政治のために今何ができるか、ともに考え行動してください。
仲間を増やす活動を、これからも力強く進めていきます。
今日の朝立ちは、大袈裟でなく台風並みの突風が吹きすさぶ中、スピーカーと立て看板を手と足で支える異様な格好でマイクを握った。器材が何度も倒れ、津村自身も何度も身体が浮きそうになるほどの風。
この冬一番の寒さとあいまって、僅か30分で体力を消耗し尽くしてしまった。通りがかったドライバーの皆さんや自転車に乗った高校生諸君の「よくもまぁ・・・」という、あきれつつも同情してくれている視線だけが心の支え。途中で「身体壊しちゃう。もうやめよう!」と決意した途端、2人続けてニッコリ手を振ってくれて、俄然やる気が戻ったり。。。
磯野君は同じ時間、桜橋周辺の住宅街で「げっつむ!2月号」をポスティング。やはり死ぬほど寒かったようで、泣きそうな顔をして戻ってきた。
きょう、この地域の最高気温は零度前後だったと言っている人がいた。函館に1年半住んだことがあるが、最高気温が0度という日はあまり多くはなかったように思う(もちろんあるにはあるが)。しかも、ものすごい風!
きょうは寒さが最大の敵だった。。。
| 戻る |
昨夜は、久しぶりに読書の時間を持とうと思い立ち、次の3冊の本をパラパラとめくった(最初の2冊は途中まで)。
塩野七生『痛快!ローマ学』
三木 清『パスカルにおける人間の研究』
江藤 淳『妻と私』
塩野さんはローマ在住(数年前まではフィレンツェ)の女流作家で、高校の(たしか古文!の)先生から、当時ベストセラーになっていた『わが友マキアヴェッリ』を薦められて以来、注目している方。実際に『わが友・・・』を読んだのは、大学で政治学の勉強をするようになってからだが、進路も含めて大きな影響を受けた思い出の書だ。
『痛快!ローマ学』は、いま彼女が15年かけて書いている『ローマ人の物語』のダイジェスト版のような本。気楽に読めるし、歯切れもいい。
三木清の方は、以前のデリツムでも書いたように、岡山で知り合った牧師さんに紹介された本である。本の帯に“哲学入門の名著”と書いてあるくらいだから、かなりお堅い本だが、塩野さんの小説と同様、“人間についてもっと知りたい!”という情熱的な問題意識で書かれた本なので、血のかよった面白さがある。
まぁ、それぞれ数十ページ眺めただけで、感想を語るほどではないが、しばらくは時間をみつけてツマミ読みすることになりそうだ。
最後の『妻と私』は、ラジオの勧めに従って、上京中に時間調整のために買った本だが、帰岡後も手放さず読み進み、ようやく読了した。
私はまだ独身だが、妻の死を迎える夫の心境をつづったこの日記調の随筆には、同書執筆直後に江藤さんが“後追い自殺”をされたことも思いあわさって、とにかく圧倒的な迫力を感じた。自覚をされていたかどうかは分からないが、事実上の“遺書”である。そのせいか、言葉はとてもストレートで飾りがない。
昨年夏に会社を辞めてから、ひたすら前へ前へ進んでいるつもりだが、本を読んでいる時は、静かにひと休みできるような気がする。
次に読みたいと思っているのは、ミッキー安川の「ふうらい坊留学記」。最近、友達から勧めてもらった。
皆さんも、お勧めの本があったら、教えてください。
先日、某地域の挨拶まわりをしていると、遠くから「若い力で政治を変えます!」と連呼する街宣カーが近づいてきた。
以前、自分が使ったことのあるキャッチコピーそのものなので、ちょっとビックリ。なかでも「若い力。」という言葉は、津村のポスターの代名詞的なフレーズになっており、よく「あッ、“若い力”のポスターの人ですね!」と言われるくらい。
注意して聞いていると、だいぶ経ってからようやく「県政」という言葉が聞こえてきて、事情がわかった。
確かに4月に予定されている県議選に向けて、津村とほぼ同世代の若手数人が出馬の準備をしていると聞く。そのうちの1人の宣伝カーだったようだ(もっともその方は自民党の現職代議士の元秘書。いわば敵方にあたる津村のキャッチフレーズを連呼していていいのだろうか。全然いいけど。。。)。
そういえば、「あぁ、あなたが県議候補の方ですか?」と間違われたこともあった。1回だけだけど。
これ以上混乱を招かないよう、若さ以上のアピール力を身につけていかなければならない。
18日の党大会以降、街頭演説では経済政策に重点をおくようにしている。さらに磨きをかけていきたい。
| 戻る |
2ヶ月ぶりの「月刊、津村啓介。」、いわゆる「げっつむ!」2月号がきょう完成した。
きょうは雨天だったので、予定していた挨拶まわりを急遽変更し、午前いっぱいかけて執筆。午後は印刷、夜は四つ折り。さっそく、明日の朝から配り始める(明日の朝立ちは相生橋を予定)。
今月号は、政策重視の内容にした。もちろん僅か4ページの紙面では限界があるが、見開きの2ページは、ズドーンと経済政策を取り扱っている。
民主党が1月17日にプレスリリースした『経済財政に関する基本方針』をベースにしつつ、津村なりの言葉でこれを全面的に書き換えてみた。
昔から野党というだけで『批判ばかりで対案がみえない』と言われがち。実際には、98年の金融国会のように、民主党案を与党が丸呑みすることもよくあるのに。。。
さらに最近は自民党内の「小泉さん vs 抵抗勢力」の政治ショーにマスコミの話題が集中し、『民主党のポジションがみえない』とも言われる。
こうした声に答え、“何が問題か。民主党には何ができるのか”を強くアピールしたつもりだ。
先の党大会で撮影した菅代表とのツーショット写真も使ってみた!
以前は「党首とのツーショット写真を選挙に使う」ということ自体が、かなり非日常的で選挙ズレしている感じがして抵抗があったのだが、菅さんとは9月の代表選以来の応援団として何度もお話ししたことがあり、今回の写真も自然な表情で撮れたような気がしている。
結局喜んで使っている。(^.-)
本日午後、民主党岡山県連&江田五月会の共催形式による、2003年新春パーティが、岡山プラザホテルにて開催された。
津村は、2分間の開会挨拶をお引き受けした。「今年は選挙の年。ここにいる皆さんと力を合わせて、2003年を歴史に残る1年にしていきたいと思っています。きょうは時間がたっぷりあります。ともに楽しい時間を過ごし、親睦を深め、新しい年の力強い第一歩を皆さんと一緒に踏み出していきたいと思います。今日はお越しいただき、ありがとうございました。楽しんでいってください」といった内容。
冒頭の挨拶でもあり、自分でも、まぁありきたりな内容かと思ったが、“歴史に残る1年”という表現に自分なりの思いを込めてみた。
よく“津村君、人生を賭けた決断だね。勇気あるね”と言って頂くが、私個人の歴史だけでなく、日本の歴史にとって転機となる1年にしたい。
参加者は、なんと1000人に達したそうだ。
岡山市内有数の規模を誇る岡山プラザホテル(岡山市浜<私の選挙区>)の大宴会場がギュウギュウ詰めになるほどの大盛会だった。
皆さんの表情は、とても明るくみえた。沢山の方々が新生民主党に期待をして下さっている。
今日は、その新生民主党のホープともいえる38歳の枝野幸男政調会長がゲストだった。10分間の挨拶をされたが、「なぜ今、民主党か。」という本質的な問いにストレートに答える名演説だった。
咀嚼し、消化し、吸収し、私自身の血肉に変えて、岡山2区の有権者の方々にも私たち民主党のクリアな将来ビジョンとして示していきたい。
本当に沢山の方々に声をかけていただき、一緒に写真を撮ったり、握手をしていただいた。漠然と感じていた手応えを、いささかなりと、実感できた気がする。
勝利の年の新春パーティとして、ふさわしい会だったと思う。
| 戻る |
民主党執行部の「若い力。」、38歳の若さで政調会長に就任された枝野幸男さんが今日の新春パーティのゲストだった。
衆院候補予定者3人と、お帰りの新幹線を待つ間、1時間ほど会食。
“政策の民主党”を代表する政策通・枝野さんとの貴重な面談の機会。
津村は、ぶしつけにも、枝野さんを質問攻めにさせて頂いた。
・ 日本新党の公募候補として政治を志された当時のこと・自由党、社民党との野党共闘のありかた
− 津村は根っからの「2大政党制」論者であり、議会制民主主義のあるべき姿を意識した理想主義的な議論をさせて頂いた。多くの経験に基づいた枝野さんのお答え、江田さんの懇切な解説、フォローは大変勉強になった。
・ 政策スタッフの位置付け
− 津村スタッフの祐一郎は、12月の帰米前に枝野さんの公設政策秘書で、政界でもっとも有名な政策秘書の1人である本多さんに面談させて頂いたことがある。祐一郎は、その面談で多くの示唆を得て、非常に感激したようだ。枝野さんには、その時のお礼をまず申し上げ、あわせて政策強化のためのスタッフのありかたについて、ご質問した。
・ 朝街宣への取組み方、意義
枝野さんのお答えを全て紹介するのは控えるが、クリアカットな分析を披露していただき、日々の活動の中で酸素不足になりがちな頭を、Cool に整理することができた。 本当に意義深い時間だったと思う。
追記:ツムジムでは12月の「衆院候補予定者研修会」での枝野さんの講演のテープを千葉の竹内圭司衆院予定候補から入手し、“テープ起こし”をして勉強している。そんな経緯もあって、女性スタッフは、ほぼ全員枝野ファン。きょうは枝野さんを囲む写真を撮りまくり、皆ご満悦。
きょうの新春パーティにおいて、第1部シンポジウムのゲストとして参加して下さったのが、北海道大学の山口二郎教授。
津村は、パーティ会場のほか、姫井由美子県議が2次会としてセットされた「山口二郎教授を囲む会」でもご一緒させて頂いた。
山口二郎先生は、言わずと知れた超著名な政治学者。北大の政治学の先生で、時事的なテーマについても積極的に議論をリードされる現代日本のオピニオンリーダーの1人。津村にとっては、大学の学科の先輩にあたる上、留学(英国オックスフォード大学)の先輩にもあたる方。
お会いしたから言うわけではない。
津村は、1997年英国の労働党による政権交代と、トニー・ブレア首相による政治指導を描いた山口先生の著書『イギリスの政治 日本の政治』(岩波新書)を過去2度読んだことがある。
そして、2度めに読んだのは、まさに2000年の英国総選挙(トニー・ブレア首相が再選された選挙)の最中に、山口先生が97年選挙を現場でご覧になったオックスフォードの街で、MBAの勉強の合間に読みふけり、そして政治への志を心の中で温めたのだった。
今夜、山口先生は、津村の志・主張を丁寧に聞いてくださり、感想やアドバイスを聞かせてくださった。ヒヨッコの私をいじめるのは先生にとっては簡単なことだったと思うが、そうではなく、懇切に指導してくださり、長所を見つけて励ましてくださった。
山口先生との今日の幸せな出会いは、津村にとって大きな財産である。
| 戻る |
きょう、川鉄水島労組の“世話役研修会”で講師を務めさせて頂いた。
津村は、昨年11月、連合岡山主催の政治学習会で「日本の経済と政治について」と題する講演をさせて頂いたことがある。その時の講演を評価して下さった連合岡山の西城会長代行が「こないだの講演は良かった。こんどはウチの労組の研修会で講師をしてくれないか。同じ内容をそのままやってくれたらそれでいい」とお招きくださったのが、今日の川鉄水島労組の“世話役研修会”。
まだ何の実績もない津村の「若い力。」を買ってくださった西城代行(単組<川鉄水島労組>の肩書きは組合長)のご期待に応えたいと思い、今回は民主党本部の枝野政調会長の講演を収録したテープを何度も聞きながら、声の出し方まで、改めて勉強し直した。
内容は、もちろん津村のオリジナル。
西城代行からリクエスト頂いたとおり、11月の連合岡山政治学習会での講演内容(HP「政策」コーナーに掲載)をベースに、最近の民主党と労働組合の関係についても触れながら、労働組合の皆さんへの津村なりのメッセージをこめた。
ご案内をして下さった川鉄労組の担当者の方によると、テープで録音をしてくださったとのこと。自分で自分の講演を分析し、改めて推敲した上で、いずれまたホームページで紹介したいと思っている。
木曜日に外回りから帰ってみると、留守番をしてくれていたあやぼぅが、すっかりお疲れモード。
ポスターの証紙を役所に取りに行ったり、ポスターへの悪質なイタヅラ<下記参照>に対応してくれたり、1人で東奔西走してくれたのだから、無理もない。
ツムジムスタッフは、ただいま故障者が続出中。
しゅんぺーはインフルエンザで今週は水曜日を除いて全休(水曜日は、彼一流の責任感から無理をおして頑張ってきてくれた。かえって風邪を悪化させてしまったのでは。。。と心配)、磯野君も会社の健康診断を控えて崩した体調を整えるため、今週は休み。そして、あやぼぅ、津村もガタガタ。
今週中には全員完治して、26日の民主党新春パーティを迎えたい。
| 戻る |
このところ色んな出来事が相次ぎ、だいぶ慣れてはきたが、やはり一生懸命やっていることを不当に否定されたり、匿名で妨害されたりすると、後味が悪い。
きょうは、ポスターに派手な落書きをされていたのが発見された。
子どものしわざであろう“目玉に画鋲”の類はよく見かけるし、笑えもするが、今回のはだいぶねちっこく、わざわざ調達したと思われる黒いスプレーでご丁寧に津村の髪型が“パンチ”にお化粧され、口にはカリブっぽい髭も描かれていた。
まぁ、これも笑えるといえば笑えるが、絵的に汚い。
いやだなぁと思ったのは、名前の部分が真っ黒く塗られ、違う固有名詞になっていたこと。僕にも失礼だし、その固有名詞の方(グループ)にも失礼でしょ。やっぱり。名前は大切だと思います。
「ひとこと」には政策系のコメントも書くが、、選挙初体験の私が日々経験する出来事についても書いていきたい。とりわけ、今回のようなハプニング的な出来事については、これからもどんどん書いていきます。
政治の世界を「遠い」と感じている方々に、選挙をリアルに観察してもらう材料になれば、幸いです。
今週の朝立ちは、橋街宣が多い。(∵スタッフが体調を崩しているから)
橋の上といって、馬鹿にしてはいけない。
岡山市内を流れる旭川。この東岸が私の選挙区(岡山2区)、西岸が隣の岡山1区だが、橋の数は限られており、朝は市街地のある西岸に向けて車の渋滞が起きる(つまり2区→1区の渋滞)。あまりに渋滞するので、駅前を歩いている人よりも長い時間、私の演説を聞いてもらえたりする(もちろん信号にもよるが)。
「このままいつまでも演説し続けたい!」と思うことも多いが、本当に死ぬほど寒く、90分が限度。60分を超えると頭がボォーッとしはじめるのが自分でもわかる。90分以上やると、その日は回復不能になる。
90分ギリギリでやめ、1時間ほどデスクワークをしながら身体を温め、10時すぎから1日を再スタートするのが橋街宣DAYの基本パターンである。
| 戻る |
『政策本』出版構想が一時停止している。
12月初めに張り切って言い出しておいて、恥ずかしいかぎり。「多忙」を言い訳にするのは簡単だが、それ以上に政策本の位置付けがまだ定め切れていないことのほうが大きい。向いている方向は変わっておらず、どこかの時点で、何らかの形で、必ず実現するつもりなのだが。。。
津村は、教育問題への取組み方、とりわけ経済政策との関係の捉え方は、その政治家の将来ビジョンを端的に示すものだと考えている。
− 私の「教育問題への取組み方、とりわけ経済政策との関係の捉え方」については、民主党衆議院選挙候補者公募への応募論文“今の政治に対する思い”にその概略を書いた。
さらに、今後『政策本』の内容を詰めていく過程で、現場の先生方のご意見を丹念に拾い集め、より具体的な施策にも言及していきたい。
祖父が教育者だったこともあってか、最近教育問題について議論をする機会が重なっている。きょうの挨拶まわりでも話題になった。
教育界OBのKさんが、豊富なエピソードとともに語ってくれた教育論。ひとことで言うと、「“ゆとり教育”は、勉強をしない生徒の言い訳になってしまっている。決して、子どもの個性を伸ばしてなんかいない。」という話。
結局、何の為のゆとりかが曖昧なまま、“偏差値教育”へのアンチテーゼとして“ゆとり教育”が提唱され推進されてきたことのツケだろう。
私は、教育改革の主眼は、“社会のために”子どもの能力を再開発することだと思う。
(無理に“子どものために”などというと、話がややこしくなる。なぜ国は教育を政策として行うのか。教育における政治の役割は何か。)
子どもたちは、未来の社会を支えていく“人材”であり、彼ら全員が生まれながらにして持っている様々な個性、可能性、才能を十分に発揮できる環境を整えることが(国による)教育の役割のはずであり、その結果として日本社会の活力が高まり、国民益に繋がるのだと思う。
持っている才能を発揮できない“人材”が多ければ多いほど、社会の歯車がうまく噛み合っていないということであり、それは“国の経営”としての政治の失敗である。
言い換えれば、国による“教育政策”はHuman Resource Management の発想にたって行うべきであり、日本の教育にはこの視点が決定的に欠けていると思う。だから家庭教育との境界があいまいになるのではないか。
単に労働時間(学習時間)を減らして余暇を増やしても、それだけでは子どもたちのストレスは減らないし、会社(日本社会)に活力は生まれない。適材適所の人材配置(教育における選択肢の拡大)が欠けているのではないだろうか。
持っている才能を発揮できていない“人材”を減らすためには、様々な選択肢(学科も、教師も、学校も、就学年齢?も)を設けて、それぞれの子どもの才能・個性にあった教育を受けられるようにすることが必要だと思う。そのためには教師の数やバライエティを増やす必要もあるだろう。
このテーマは、これからも時々採り上げていこうと思う。
P.S.
昨夜“Daily TSUMURA”でこの「教育政策 Vol.1」を500人の読者に配信したところ、早速今朝、何通かの感想メールをいただいた。参考になるご意見が多かったので、いずれ整理して、ご紹介したい。引続き、ご意見募集中!
| 戻る |
きょうの民主党岡山県連常任幹事会では、18日(土)に東京で開かれる党大会のこと、26日(日)に岡山プラザホテルで開く新春パーティの話などとあわせて、綾大介常任幹事の辞任・離党の問題が話し合われた。この問題の経緯については、江田五月参議院議員のホームページに今日の常任幹事会の場において報告された内容が紹介されているので、参照されたい。(「活動日誌」1月13日分)
江田ホームページおよび明日の各紙朝刊(地方版)で報道されるであろう本日の会議の結果について、津村はいずれも妥当な結論と考えている。
「県連」としての意思決定のプロセスでは、5分近い時間を頂いて、この間の執行部の対応に対する津村なりの考えや、綾君に対する津村なりの思いを、綾君への質問という形で、述べさせていただいた。
日本の政治のありかたを憂う、同世代の仲間として、綾君とは今後とも、折りあれば一緒に良い仕事をしていきたいと思う。ただ、少なくとも国政においては、私は「政党政治」を議会制民主主義の基本原則と考えており、その成熟のために「健全な2大政党制」を必ずや実現しなければならないと考える立場だ。そして健全な2大政党制を実現するためには、民主党を中心とする非自民勢力の結集が何としても必要だと信じている。このロジックを共有できるかどうか。。。これが私が自分以外の政治家(&玉子)を(広い意味での)“仲間”かどうか見極める際の基準である。
力ある政治家なら、マイナスの人間関係や形式的な手続論は「えいやっ」で飛び越えられる。
彼は、狭い意味ではこれから“仲間”ではなくなるが、広い意味ではどうなのか、知りたかった。
綾君は、「自民党には200%入らない。」という言い方をした。彼の気持ちを真摯に受け止めたい。
自民党支配に代わる、新しい政権の枠組み作りをここ岡山でも進めていくことが、私の夢であり、仕事である。
1月18日(土)に東京で開催される、2003年度定期大会に出席する方向で日程調整をはじめました。
衆議院選挙の候補予定者は、「特別代議員」の資格で参加するのが原則となっています。
この機会に、9月、12月の上京時にお会いできなかった先輩議員、労組関係者、職場の元同僚にご挨拶してきたいと思っています。
上京中には、日頃お世話になっている姫井由美子県議、羽場頼三郎市議の各事務所開きをはじめ、多数の参加を希望していたイベントがあり、残念ながら欠席をしなければなりません。本当に残念です。
また留守中の民主党2区総支部の活動については、田原清正幹事長はじめ関係各位に多大なご迷惑をおかけします。
菅直人代表・岡田克也幹事長の新執行部が発足してから、初めての党大会。
2003年を“反転攻勢”そして“決戦”の年とするために、実りがあり、弾みのつく大会にしたいものだ。
| 戻る |
きょう、2人の新人がデビューした。1人は、土曜日の常勤スタッフのUWO。もう1人は、時々来てくれるボランティアのMさん。
寒風吹きすさび、小雨も散らつく中での外回りは、新人の2人にとっては決して楽なことではなかったと思う。UWO、Mさんとも本当に頑張ってくれた。これに懲りずに次の機会もぜひ来てほしい。
統一地方選を控えて、人の出入りが激しくなっている。民主党岡山チーム全体でみられる現象だ。今日の2人はこれからも手伝ってくれる仲間たちだが、先日の1日インターンのE君のように、たとえ1日でもツムジム、津村選挙とかかわりあう人が増えてくれると嬉しい。
ツムジム経験を通じて何かを思い、その思いをフィードバックしてもらえれば、本人にとっても、ツムジムにとっても意味があり、さらにツムジムの活動が厚み・深みを増すことを通じて、日本の政治を一新する“力”がパワーアップしていくのだと思う。そう思いたい。
岡山県選挙管理委員会の担当者某氏から、15時頃に連絡が入った。曰く「“ご近所さん”から照会がありました。津村さんの事務所前にお名前の入ったノボリが10本以上立てられているが、本数が多すぎ、公職選挙法に抵触するのではないか、とのことです。私たちは現場を見ていませんが、そういう疑いを持たれているという事実だけお伝えします」とのこと。
指摘には明らかな事実誤認(ツムジムには名前入りのノボリは3本のみ)が含まれ、かつ、公職選挙法の解釈について当方との間に無視のできないズレがあったので、その担当者の方にお願いして、抵触する可能性がある公職選挙法の条文をFAXして頂き、詳細に検討。
その結果、幾つか確認しなければならないポイントがあることが分かった。
あいにく金曜の午後遅い時間の連絡だったため、当方の対応方針案を決めた時には県庁は業後になっており、しかも3連休なので、週明け以降に改めて県の選管に確認を求めることになると思う。
この件の顛末については、いずれ改めてHP上で詳細に報告するつもりだ。
追記:私のコンプライアンス(法令遵守)に対する強いこだわりを示すため、県選管から(実は正確ではない)指摘のあった名前入りのノボリについては、私たち自身の見解を曲げ、一時的に“全て”撤去した。
今後の県選管とのやりとりの中でも、コンプライアンスを重視した対応を心がける。経過、顛末はホームページ上で明らかにしていきたい。
ここは「ひとこと」なので、一言付け加えます。事実と異なる内容を県選挙管理委員会に対して通報した自称“ご近所さん”、あなたはアンフェアです。数日前には某地区で「町内の合意と異なるから津村啓介のポスターは剥がしなさい」という趣旨の中傷ビラが配られました。単なる偶然でしょうか。
ツムジムは、こうした行為に対し、ひるむことはありません。
| 戻る |
民主党岡山県連の最年少幹事(30歳、因みに柚木君も)、綾大介君が、その職を辞して、民主党を離党することを表明した。
http://www.aya.fm/
現時点では流動的な要素も残っており、不用意なコメントをすることによって前途有為な彼の進路に影響を与えることを好まないので、意味のある感想は控えたいが、党外からみれば「また民主党はゴタゴタしている!」と受け取られかねない今回の件について、有権者の皆さんにわかりやすく、納得のしてもらえる対応をしていきたいという、強い思いを抱いている。
きょう、民主党岡山2区総支部の第3回常任幹事会を開催した。
初回が“決起集会”をした9月8日、第2回が10月6日、そして今回が3回めである。津村啓介とスタッフの活動は、“党”としての活動と“後援会”としての活動に大別されるが(例えばツムジムスタッフにも党所属のスタッフと後援会所属のスタッフがいる)、“党”としての活動方針を決めるのがこの会議だ。
300小選挙区毎にある全国の民主党総支部の中には、形式はともかく、実態としては公認予定候補の個人企業になっているところも多々あり、一方で組織が非常にガッチリとしていて公認予定候補の活動を手取り足取り指示しているところもあると聞く。おそらく岡山2区は、全国的にみるとちょうど中間くらいではないだろうか。20人前後の幹事がいらっしゃり、会合を開けば殆ど全員が欠かさず出席して下さる。一家言ある方も多く、議論は毎回盛り上がる。そうした中で、“代表”としての津村は、できるだけ自分の頭で考えて発言、提案をしながら、毎回確実にコンセンサスを形成して、意思統一を図る。。。という役割を期待されている。
果たして上手くいっているのだろうか。
津村を短期決戦向きのトップダウン型のリーダーという人がいる。さらに進めて“ワンマン”“わがまま候補者”という人もいる。
もう一方からは、周囲に気兼ねしすぎて右往左往している、“優柔不断”“気を遣いすぎ”という批評も聞こえてくる。別のことを言われているようで、実は両方の評価は重なりあっているのかもしれない。
番外編として“けち”という評価もある。身に覚えがあるところだ。
そんなこんなの声を聞き、説明をしたり、反省をしたりするのがこの機会。
今回も、1月26日のパーティー券の販売方法や、3〜4月の統一地方選への対応について多数の注文が出た。会議の詳細について、全てをただちには公表できないが、今後のツムジムスタッフ全員の行動となって表れてくることだろう。
次回は、統一地方選後の4月末〜5月ごろを予定している。少し間隔が空くが、統一地方選への取り組みの中で、総支部メンバーとの意思疎通を綿密にしていきたい。
| 戻る |
「Daily TSUMURA」読者の皆さま
発信が2日滞っています。ごめんなさい。
今日は朝立ち玉野と、デスクワークと、連合パーティと、選管経由のクレーム対応。。。そんな一日でした。
体力的に無理がきており、きょうは早めに失礼します。詳しくは、明日、「Daily TSUMURA」で報告します。
津村啓介
P.S.
「Daily TSUMURA」は、津村啓介事務所発行のメールニュース。毎日発行が基本原則です。その日その日の活動と思いを「活動日誌」と「ひとこと」として、掲載しています。
“透明でわかりやすい政治”をめざし、正直に、ストレートに書いているため、微妙な内容の時などは、多少の補筆・修正をしてホームページに転載することもあります(原則的には全て転載していますが)。
「Daily TSUMURA」、ご興味のある方は、津村までお申し込みください。
youngpower@tsumura.orgで受け付けます。
あす9日夕、民主党岡山2区総支部の役員会が行われるため、昨年末から会計報告書を作成している。
ここまでの作業は、陽子さんが1人で切り盛りしてきた。今日は、津村が最終チェック。陽子さんの正確、詳細な報告のおかげで、明日は内容の濃い報告ができそうだ。
ツムジムの課題の1つとして、「カンパをしていただいた方にお礼&収支報告をする」ということがある。まだ出来ておらず、失礼を重ねている。今回役員会で行う会計報告は、カンパをしてくださった方に真っ先に報告するつもりだ。資金使途の報告である。
さて、津村啓介の政治活動にかかわる会計は2つ。
「民主党岡山2区総支部」のサイフと「津村啓介後援会」のサイフである。
たとえば事務所経費は民主党としての経費なので前者、しおりは公的には“後援会討議資料”なので後者でカウントされる。実はツムジムスタッフも民主党系のスタッフと後援会のスタッフの2つのタイプに分けている。
このあたりの話は、いずれ収支報告が固まった時に、あらためて説明をしたい。
ともあれ、収支報告の概要は整理できつつある。あすの役員会できちんとした説明をし、続けてカンパをしてくださった方にご報告をし、最終的にはホームページ上でアップできるようにしたい。
“透明でわかりやすい政治”を、1つずつ実現していきたい。
| 戻る |
きょうは地元の政財界人のみなさんが集まる「新年互礼会」が、玉野の瀬戸内国際マリンホテル、岡山の岡山国際ホテルで相次いで行われた。
(玉野)
約200人の方々が参加をした会場で、江田五月議員に連れ歩いて頂き、大勢の地元関係者の方にご紹介いただいた。会場で、玉野在住の津村の親戚とお約束をしていたが、結局お会いできず。失礼をしてしまった。
(岡山国際ホテル)
石井正弘知事、萩原誠司市長ら旧知の政財界人の方々とお話。日銀の先輩にあたる永島旭中国銀行頭取にも改めて新年のご挨拶をすることができた。
お名前を全て挙げられないほど、沢山の方々にご挨拶することができ、またデリツムを読んでくださっている方にも何人か声をかけていただいた。
−−政治に関心の高い方が多いからだと思うが、玉野と岡山で行われた今日の2つの互礼会を通じ、津村のポスターの認知度が急速に高まっていることが確認でき、励みになった。名刺をお渡しすると、少なくみても6〜7割の方が「この写真、ポスターで拝見したことあります」と言って下さった。
(昨日の事件もあり、津村ポスターへの世間の評価に敏感になっている。ただ、ここではまだ書けないこともあるが、やることは決まっている。)
津村が参加した互礼会は、元旦の津山を含めて、これで3つ。
ふだんの地道な地域活動と比べると、漂うムードが全然違い、高額の参加費(津山2000円、玉野3000円、岡山国際ホテル1万円)を要するなど正直戸惑いもあったが、ふだんゆっくりと話す機会が少ない第一線のビジネスマンの方々と知り合い、フランクにお話することができた点では、実りの多い1日だったと振り返っている。
ここ数日の出来事。
対立某陣営の地盤とされる岡山2区内のある地域で、津村のポスターを貼らせて下さっていた数軒の支持者宅に、ここ数日の間に相次いで中傷のビラが投函された模様だ。そのうちの1軒の方から直接話を伺った。
昨日から今日にかけて、同じ町内にお住まいの数軒の方から立て続けに「津村さんのことは応援してるけど、地域の事情でクレームがあって、ポスターを剥がさなきゃいけないことになった。ごめんなさいね」という連絡をいただいた。「ビラが入っていてね」とも言われた。
(そういうご連絡は、100枚に1枚くらいの頻度で時々あること。ただ、今回のように同じ日に同一地区で何軒も重なり、しかもご丁寧にビラまで入っていたというケースは初めて。)
津村以下ツムジムスタッフは、全員の日々の努力で、お願いできるお宅に1軒1軒お願いをし、ポスター掲示の許可をしてくださった方のお名前をキッチリ控えながら、対立某陣営を数倍上回る数のポスターを今日までに貼っており、ここ1〜2ヶ月で急速に知名度をあげてきた。
1日挨拶廻りをすれば、半数以上の人から「あぁ、あのポスターの人?よく貼っとるね。あなた本人!?」と言って頂ける。
その過程では、さまざまな新しいチャレンジがあり、周囲の方を驚かせてもきたが、ルールだけはキチンと守ってきた。
そんな中、今回のような意図的な中傷・妨害を受けたのは初めてだ。
どの程度の範囲で、どの程度組織的に行われたものかは確認できないし、いい加減なことは書けない。
が、ツムジムのポスター掲示に関する中傷ビラが、ある時期ある地域に集中して撒かれたことは確実な事実である。
今回、ホームページでの報告以上の対応は考えていないが、今後とも事実として確認できた“中傷・妨害”については、淡々と事実を報告する。
選挙はフェアであるべきだし、政治活動は透明であるべきだと思う。
| 戻る |
本日、午後2時から、江田五月県連代表らとともに県庁で記者会見。詳しい模様は、江田さんのホームページに譲る。
津村から付け加えるとしたら、次の2つくらいか。
1.5区の“はたともこ”さんに記者さんから「公認を得られてから、2年半になるが手応えは?」という質問があり、謙虚な“はたともこ”さんは控えめなお答えをされていたが、記者の方は、どうして2区の津村や4区の柚木君にも同じ質問をしてくれなかったのだろう???
もし、津村に同じ質問があれば、「手応えを感じています。日本の政治は確実に変化をはじめています。小さな変化を大きな流れにしていくために、さらに一段上の努力をしていきます」と答えたのに!だって、本当に、手応えはあるのだから!津村は、もっと民主党岡山県連の“勢い”を正確に伝えたかった。
2.事前の打ち合わせ不足もあるのだろう。津村を含む、民主党サイドの準備不足なのかもしれない。忙しい記者さんたちは、こちらのプレゼンテーションを聞いてから、質問を考えるのかもしれない。
が、きょうの記者さんたちの質問を聞いていて、民主党岡山県連やわれわれ候補者に対する彼らのイメージや認識を窺い知ることは難しかった。そういう意味では、コミュニケーションが成り立っていなかった。われわれのPRが足りないのかもしれない。
経験不足です。言葉足らずになっていたら、ごめんなさい。でも、岡山県庁で、民主党岡山県連と岡山県政記者クラブが記者会見しているのだから、もっとオリジナリティのある、密度の濃い対話が出来たのではないかって、思うんです。同じ時間を使うなら。
反省は反省として、次回はもう少し違う記者会見にしたいものです。

年初から、毎日たくさんの年賀状を頂いている。熱い激励のエールと同じくらい、津村の体調を気遣うあったかい言葉をかけてもらっている。とても力が湧いてくる。
お正月の新聞各紙に次期衆院選予想が掲載され、そのうち幾つかの新聞で、津村のことを「注目」候補として扱っていただいたこともあって、年賀状にもそのことを書いて励ましてくれる人がいる。→「新聞記事」
「政策をどんどん磨いてください」「頑張ってくれるスタッフの皆さんを大切に」「良薬は耳に痛し」といったアドバイスも嬉しい。
毎年そうなのだが、年賀状のやりとりをしていると、その1年の自分の変化を相対的に眺めることができ、また、友人・知人の活躍を知って、とても鼓舞される。最近はメールでの挨拶も増え、実は津村自身、留学前後のバタバタでここ数年はハガキでの年賀状をおろそかにしがちだったのだが、あらためて大切にしたい慣習だなと思った。
追記:私からは、選挙区外の友人・知人に、「引っ越しのお知らせ」をかねて、例年よりもかなり多めに年賀状を出した。選挙区外に限定したのは、虚礼廃止・「政治とカネ」の問題に絡めて、政治家や候補者が自分の選挙区在住の人に年賀状を書くことについては、かなり厳しい条件が課され、ノウハウの蓄積がない新人の津村としては「微妙なことはできない」と判断したからだ。
失礼をしてしまっている方もある。他の機会、別の方法でご挨拶をしたい。
| 戻る |
「初せり」に参加した。本日、午前4時にスタート。
その数時間前まで江田邸で飲んでいただけに、最初はかなり「へべれけ」だったが、早朝から真剣なまなざしで仕事をしている“せり人”の方々とお話ししているうちに、酔いも冷めていった。
「えーなんぼー。えーなんぼー」という掛け声とともに次々と“せり”が進む。4時からは魚、5時からは野菜、9時からは花卉。次々に市場が開いていく。
分野は全然違うが、津村も数年前「金融市場」の担当者だったことがある。当時は電話を使っていたが、午前9時に市場が開いてから、数分の間に、数千億円(時には1兆円)の資金取引を毎日行っていた。日本銀行の職員という立場ながら、市場の醍醐味をほんのすこし垣間見たと思っている。
今日は久しぶりに、その頃の緊張感を思い出した。1分、1秒の間に、瞬時の判断でその日の商売が決まる。“マーケット”の何たるかを体感する。
きょうの“初せり”では、女性の“せり人”が予想以上に多いのが印象に残った。若い人が多いことからみても、最近の現象なのだろう。通りがかった“せり人”の方にも伺ってみたが、「女性はまだまだ珍しいよ」とのことだった。
途中、挨拶のあいまに、岡山市長の萩原誠司さんから声をかけて頂いた。
今日の挨拶まわりは、市議さん、県議さんほか、沢山の関係者がゾロゾロ“ご一行”状態で行ったのだが、津村が目立って「若造」だったことや、最近少しづつではあるがポスターを増やしていることから、萩原さんに覚えていただいていたということもあるのだろう、卸売市場に係る最近の制度改革について、お声かけいただき、直接説明していただいた。津村自身知らなかったことも多く、大変勉強になった。
率直に言って、とても寒かった。
が、いままで、こういう「現場」を知らずに“マーケット”を語ってきたことを思い、寒さともあいまって、あらためて身の引き締まる思いがした。
追記:1月6日の山陽新聞朝刊に「初セリ」の記事が掲載され、その中の写真に、ちゃっかり津村も写っていた。マグロ(BALI島などで水揚げされたもの)のセリの様子が映っている画像で、真ん中らへんでデジカメ写真を撮っているのが私。白い服。前に写っている方は、お会いするたびにいつも励ましの声をかけて下さる、岡山市議会副議長の高津利明さん。
きょう、学生時代の友人S君が、札幌から応援に駆けつけてくれた。
彼は、大学は違うが、サークル活動で4年間苦楽を共にした同期。そのサークルとは、上智大学の学生を中心にインカレで構成されている児童福祉サークル「ドンキホーテ」である。
私のしおりにも書かせて頂いてはいるが、“児童福祉サークル”と一口で片付けるのには若干のためらいもある。
いわゆる“孤児院”にあたる養護施設を毎週2回訪ね、木曜日には勉強を教え、土曜日には子供たちと一緒に遊ぶのが、「ドンキホーテ」の主な活動だった。学生のサークルらしく、活動のあとに酒を飲んで反省会をしたり、カラオケに行って雄叫びをあげたりすることも、大事な生活の一部だった。そして社会人になって改めて感じたのだが、「ドンキホーテ」としての活動は、子供たちの勉強、遊びのため。。。という世間に通りのいい名目以上に、私たち学生にとっての勉強、遊びの場だったのだと思う。
どういう気持ちで「ドンキホーテ」に関わり、4年間のあいだにどんなことを考えたか、その後どんなことを思っているか。。。については、話が長くなるので機会を改めようと思う。
が、ともあれ、今でも当時の仲間たちが津村の“最も親しい友人たち”の大きな部分を占め、政治への転身にあたってシリアスな相談にも乗ってもらい、また、いま一番苦しいこの時期に、札幌から駆けつけてくれたり、あるいは来月から別の仲間が岡山にしばらく滞在して手伝ってくれようともしている。本当に、かけがえのない財産になっている。
そのことを改めて思う。
「津村さん、学生時代、ボランティアをされてたんだね」と言われると、当時の自分の様々な葛藤を思い出し、複雑な思いになる。周囲の方々と相談した結果、“児童福祉サークル「ドンキホーテ」代表”という一行をプロフィールに載せており、何の間違いもないが、説明不足のような気がしてならない。
少子高齢化を控え、子育てや教育の分野に、政治の大きな役割が期待されていると確信している。その意味では、ほんの僅かな学生時代の経験も、政策や将来構想に活かしていかなければならないと思うが、その作業は丁寧に進めていきたいと考えている。
どうもまとまらないが、S君の来訪と、ドンキホーテの仲間たちから貰った数枚の年賀状を通じ、少しノスタルジックな気分になり、同時に児童政策の一層の検討、充実を誓う一日だった。
| 戻る |
江田五月会(江田五月参議院議員の後援会)の事務方トップを務めていらっしゃる大亀幸雄さんのお宅で、新年会があった。
江田さんを支えてきた秘書OB・OGが集まり、昔話に花を咲かせたり、今の政治について談義したり、とてもアットホームなひととき。
津村の活動スタイルについて、貴重なご意見もいただいた。大先輩たちの率直なご意見なだけに、ひとしおの重み。
一緒に参加した父は、大亀さんの見識・パワーにすっかり圧倒されていた。
★☆ お知らせ ☆★
「ひとこと」にも書きましたが、この年末年始は、江田五月さんとご一緒する機会が多く、大変お世話になっています。江田五月さんのHPは、政策情報が満載。写真などのビジュアル面も充実していて、数ある国会議員HPの中でも非常に有名なものです。最近は国会閉会中で江田さんが地元で活動されていることもあり、日程に同行させて頂いている機会が多く、江田さんのHPの「活動日誌」には私やツムジムスタッフの写真を沢山載せて頂いています。そちらもぜひご覧になってみてください。(「活動日誌」12月30日〜1月2日参照)
| 戻る |
あけましておめでとうございます!
平成15年の初春、津村は、活動を支えてくれる仲間たち、そして家族に囲まれて、時間を過ごしています。
「活動日誌」にも書いていますが、年末年始は、ご近所にお住まいの江田五月さんとともに岡山県内各地にご挨拶に伺ったり、各種の大会・イベントに参加したりしています。
各地でのご挨拶でも話しているのですが、私にとって昨年平成14年は、サラリーマン生活に自らピリオドを打ち、新しい世界に挑戦をはじめた「決断」の年でした。
今年は、「実行」あるいは「実現」の年にします。
数々の公約を掲げ、その実行、実現を有権者の皆さんにお約束している以上、次期総選挙に勝ち、衆議院議員になることは最低限の実行、実現であり、本当の仕事を始めるための“スタートラインに立つこと”を意味します。
幸せなことに、本当に多くの方々に支えて頂いています。
皆さまからのご期待に応え、スタートラインにしっかりと立ち、お約束を果たしていくためにも、選挙の年となる可能性が高い今年は、年初から緊張感のある活動をし、足音を高めていきます。
そして、衆議院選挙小選挙区で、必ず勝利します。
「若い力。」を振りしぼって、前へ、前へ、進みます。
脇目をふらない、ふれない分、試行錯誤も続くことと思います。厳しくチェックしてやってください。
今年もこのホームページ上で、私の活動を正確に迅速に報告してまいります。
本年も、よろしくお願いいたします。
津村 啓介
| 2003/1 |