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ひとこと 11月1日〜30日 |
非常にショッキングな報道であり、情報がぐるぐるしているが、私としては、「政権交代」という大きな目標を実現するためには
「野党再編」は遅かれ早かれ避けて通れないテーマであり、野党各党がそれぞれ単独での政権構想を描けていない今、きっちりと議論する意味のある構想だと考えている。
ただ、私の好きな向田邦子の座右の銘である「神は細部に宿る」
ではないが、党内手続をキメ細かく進めていくことも、大きな意味があることだと思う。
大きな決断だからこそ、その手続も厳しく問われるのだろう。
鳩山さんの今回の手法は、確かに「独断専行」のように映る。
常ひごろリーダーシップを発揮してこなかったツケが、こういう時に表れてしまうのだろう。
鳩山さんの頭の中には、自由党と日本民主党の大合同を果たしたお祖父さんの鳩山一郎元首相の姿が去来しているに違いないが、スタッフのまとまり、構想の綿密さなど、どれをとっても比較にならない感じである。
目標は○、進め方は×、このズレがもどかしくてならない。
最近お話する機会があった江田五月さん、岡田克也さんには私なりの表現でお伝えしたが、民主党の幹部の方々には「時間に限りがある中で、私たちが掲げる“政権交代”のために何がベストの選択か」を第一に考えて頂きたいと思う。
「鳩山さんがいかにダメか」なんて話は、もういいです。
政治のクロウトの人がクロウト的に分析すれば、「そんなことは全てわかった上での主導権争い。だからこそ、合併構想は否定せずに鳩山だけを叩いてる」ということになるのかも知れない(これは津村の憶測)。
まぁしかし、主導権争いなんて、あまり分かりやすい話ではない。
「派閥抗争そのもの。自民党と同じ」という声も聞いた。
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報道によれば、本日夕、民主党の鳩山代表が辞任を示唆とのこと。
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20021129NT002Y35929112002.html
江田五月さんのホームページにも、早速関連の記事が出ている。
数日来取りざたされている野党統一会派構想について、鳩山さんが「自らの辞任と引き換えに」イニシアティブを取っているとの見方もあるようだ。
いかんせん情報不足。今の時点では、踏み込んだコメントは、しようにもできない。
ひとつ言えるのは、今回の政局(と呼んでいいと思う)は、日本の民主主義の将来に大きな意味を持つはずであるということ。
そして、そのことを思えば、先の代表選の焼き直しのような、「首のすげ替え」には終わらせてほしくない、終わらせたくないということ。
鳩山さんが予想以上にダメだから、ナントカさんにしてみました、前よりはマシでしょ???。。。というレベルの話では、国民は納得しないし、それどころか相手にしないのではないだろうか。
野党統一会派構想は、「政権交代で日本を変える」を大見出しで掲げる以上、ひとつの分かりやすい方法論だと思う。
当初この構想が報道された時、「すわ、鳩山さんの延命策か」と疑心暗鬼になったが、もし彼が本当に「自分の辞任を引き換えに」この構想を進める構えなら、私は一つの見識として評価したい。
批判・批評をするのは簡単なことだが、出処進退までをも賭けて何かを創り出そうとすることは、本当に難しいことにちがいない。それが縮小均衡でなく拡大均衡であるならば、なおさらだろう。
いま津村にできることは、積極的に情報を集め、自分の頭で判断をくだし、党内での議論に貢献していくことである。「次の代表は○×さんがいい!」みたいな話は、そうした作業をきっちりと終えてからである。
そしてそれと同時に、風や情報に流されることなく、日々の活動を淡々とこなしていくことが、私の仕事だと思う。
明日は、ツムジムスタッフ4名&東京からの助っ人2名とともに、某地区で“One Day プロジェクト”を展開する。大成功に終わった先週日曜日に続く、第2弾!
「げっつむ」今月号は、クリスマスを意識した作りになってます。
表紙は、しゅんぺーの友人・K君が書いてくれた津村の似顔絵と3行ほどの簡単な口上&“Merry X’mas”。見開きの2〜3ページは、先日の連合岡山政治学習会での講演を要約、改題して紹介。最後の4ページは、ポスター写真。今月のカラーは、「ウグイス色」。クリスマスを少し意識した。
師走12月は、イベントが多い。
1人でも多くの方に津村啓介とツムジムの活動を知って貰うため、明日からこの「げっつむ!12月号」を配り歩くつもりだ。
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私の選挙区の現職代議士が、金融問題について踏み込んだ行動をしているようです。
http://www.zakzak.co.jp/index3.html
さまざまなご意見があると思いますが、私は竹中大臣の政策スタンスを支持する立場です。もう少し正確に言えば「竹中案の長所を極力引き出していこうと考える」サイドです。
私の信念として、民主党は「もう1つの政策オプション」を提示することを世間から期待されており、安易に現職大臣を擁護すべきではないとの思いがあります。
が、今回は、政府与党における内部抗争がハッキリと形になりつつあり、日和見ではなく、旗幟鮮明にすべき時と考えました。
民主主義は時折、厳しい態度で「けじめ」を求めます。しばしばスケープゴートが生み出され、釈然としない思いもいたします。
しかし、現在の不良債権処理の問題は、その「けじめ」を必要としているように思えてなりません。問題銀行の経営者には責任を取ってもらわなければ、民主主義が傷つきます。
みんなに中途半端にいい顔をするような与党抵抗勢力には、強い不信感を覚えます。もし、将来ビジョンがあっての話なら、ぜひ伺ってみたいものです。
私は、派閥実力者の「露払い」ではなく、少子高齢化時代の「露払い」の方に汗を流したいと思います。政治屋にはなりません。
有権者・一般ピープルとの双方向のコミュニケーションを意識し、公式ホームページ“読者アンケート”の欄を開設しました。IT担当・あやぼぅの作成です。
厳しい苦言も受けさせていただきます。もちろん励ましのメールも楽しみにしています。時々、お気軽に、ご利用ください。
何週間かに1度くらいのペースで、「頂いたご意見」をデリツムでご披露します(意見を寄せてくださった方については、すべて匿名扱いにします)。
津村の日々の活動に、頂いたご意見を反映していきます。
日に日に育つ「たまごっち」候補として可愛がってやって下さい。
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来年の通常国会に「死刑廃止関連法案」が提出されるとの報道が流れている。そういえば、先日のミニ集会(旭東だったかな?)でも死刑廃止について質問があり、江田さんが廃止論の側にたってお答えになっていた。
私はその日のデリツムで、「元来、私は存続賛成派であった」と書き、死刑廃止論は国家論に帰着すると述べて、たくさんの反響を頂いた。意味がわからないとの質問も多かった。
私は、このテーマは時代の変化を映しやすいテーマだと思うし、今後数十年の間(私が生きていると思われる間)にも、世論や“常識”が大きく変化しうるテーマだと感じている。そうした前おきをした上で言うならば、私は「死刑は制度的には存続させて、運用面で執行を抑制する」のが現時点でのベストな答えだと思う。
理由を書こうとして、もう1時間半も推敲を重ねているが上手く書けない。今日段階の最終バージョンとして書いたのは次の2つ。
「“親のカタキを取ってはいけない”と決めたのは近代国家。そのオトシマエを付けるために“代わりに国家がきっちり裁きますから”と約束したはずである。そういう約束で国に裁判権を独占させたはずなのに、“やっぱりきっちり裁く自信がありません”となれば、何のために国に裁判権を与えたのかという話になる」
「死刑廃止論の最大の論拠は、“誤審の可能性を排除できないこと”だと思われる(この認識が違うなら、話は振り出しに戻る)。確かに誤審の可能性は、運用面では“無視できない現実”かも知れない。しかし“国が間違える可能性”を制度的に肯定してしまっては国家と個人の“社会契約”上の信頼関係が失われ、近代国家の成立原理が否定されることになるのではないか。」
前おきにも書いたが、このテーマは非常に奥が深い。刑法理論の中でも、もっとも哲学に近い分野だと思う。今後も折りにふれ、気にしていきたい。
先日のデリツムにも書いたが、専門家である江田五月参議院議員ら多数の専門家にご意見を伺ってみようと、機会を窺っている。
11月19日(火)に連合岡山「政治学習会」で行った、私の初講演「日本の経済と政治について」の要旨を作成しました。
専門的な議論に慣れていらっしゃる方々が対象でしたので、胸を借りるつもりでだいぶ頑張ったつもりです。ただ、おそらく随所に背伸びのあとが残っているに違いありません。
政策を磨いていきたいと思いますので、ぜひご意見・ご感想をお寄せください。
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以前、デリツムの読者の方から電話を頂いた際に、「書店で本を購入した記事がこないだあったけど、買った本の名前が具体的に書いてあったから、どんなことに関心を持って政治活動をしているかが分かって興味深かったよ」と言っていただいた。
今日は“デリツム100号”ということなので、ツムジムの本棚の中身を一部披露してみたい。次のような本が入っている。
平井宜雄 『法政策学』
藤井学ほか 『岡山県の歴史〜県史33』
江田憲司 『誰のせいで改革を失うのか』
読売新聞社 『日本の世論』
有馬学 『帝国の昭和〜日本の歴史23』
今井彰 『プロジェクトX リーダーたちの言葉』
川本隆史 『ロールズ 正義の原理』
日本銀行編 『新しい日本銀行 その機能と業務』
塩野七生 『わが友マキアヴェッリ』
岡田啓介 『岡田啓介回顧録』
苅谷剛彦 『教育改革の幻想』
向田和子 『向田邦子の青春』
山口二郎 『イギリスの政治 日本の政治』
北岡伸一 『自民党』
細川護煕編 『日本新党 責任ある変革』
R.Dawkins 『利己的な遺伝子』
池田香代子 『世界がもし100人の村だったら』
児玉隆也 『淋しき越山会の女王』
池上彰 『そうだったのか!現代史』
五百旗頭真 『戦後日本外交史』
R.A.Dahl 『デモクラシーとは何か』
三木清 『パスカルにおける人間の研究』
小林・加藤 『日本経済の罠』
北岡伸一 『独立自尊 福沢諭吉の挑戦』
田中明彦 『安全保障』
立花隆 『「田中真紀子」研究』
田原・田中 『脱「ダメ日本」宣言』
産経新聞 『長野県知事 田中康夫がゆく』
岡義武 『近代日本の政治家』
塩田潮 『江田三郎』
コミック 『サンクチュアリ』
同上 『票田のトラクター』
2Fの自宅スペースには、向田邦子の小説や寅さんファンの本など私の趣味の世界、そして少々時事的な政治関係の本もあるが、ここではスペースの都合で割愛します。またいずれご紹介します。
逆に、政治家を目指す津村にお奨め頂ける本があれば、ぜひご紹介下さい。もっと勉強をしなければと痛感する、今日この頃です。
デリツム(11月26日号)が通算100号になりました。また、26日深夜にはホームページが1万ヒットを記録しました。
サイト開設から3ヶ月半ですので、一日平均100ヒット前後ということになるでしょうか。候補者のサイトとしては、岡山5区の「はたともこ」さん、山形2区の「近藤洋介」さんに次ぐアクセス数だそうで、励みにしています。
デリツム読者の数も、500先を越え、色んな方から毎日数件の励ましのお手紙、ご注意のメールを頂いています。必ずしもスグにお返事できていませんが、必ずその日に眼を通し、可能な限り活動やHPアップ時に表現に反映させて頂いております。まとまった時間がある時に、ひとつひとつお返事をさしあげるようにしています。
理想を高く持ち、これからも内容を充実させ、表現を磨いていきます。お気づきの点があれば、どんどんお伝えください。今後とも、よろしくお願いいたします。
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今夜、津村啓介ホームページに「スタッフ紹介」コーナーが新設されます。まだ工事中ですが、“お宝映像”盛り沢山の企画モノ。ぜひ、ご覧になってみてください。
ツムジムの全てが、今、明らかに。
それではあやぼぅ、アップよろしく! (11/26午前2時現在、半分の出来です。お待ち下さい!byあやぼぅ)
24日は、ミニ集会を西大寺で開催。早くも第4弾である。
地元出身のMickyとその仲間たちが8人の大所帯に参加してくれた。助っ人のYさんや、支持者の方のご子息もいて、今日のミニ集会は、非常に平均年齢が低かった。
津村は、経営の視点で日本の政治をみるとどうなるか、という話を12分ほど話した。連合“政治学習会”で話した内容を大幅にアレンジ。引用するエピソードも組み替えた。東京から聞きに来てくれた後輩のYさんによれば、「津村さんまだまだ考えながら話してますよね」。彼女いわく「(江田五月会事務局長の)大亀さんの演説が一番メリハリがあって聞きやすかった」とのこと。自分では「きょうは割とうまく話せたかな」と思っていただけにあらためて実力の差を思い知らされた感じ。。。
江田さんは、若い参加者を意識されて、非常にわかりやすい政治入門の話をされた。西大寺は江田さんが幼稚園時代を過ごされた土地。江田三郎さんが県議に初当選されたゆかりの地でもある。現代の日本の政治と、地元の歴史を重ね合わせたお話は、とても興味深かった。
“政治家は歴史観を語るべし”と考える津村も、歴史の話をよく演説に織り交ぜるが(例えば長船集会の時)、ついつい話が脱線しがち。話の長さをコントロールするのが少々難しい。
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午後、民主党の岡田克也幹事長代理が来岡。約40分間懇談した。
これは、「政権戦略委員長」を兼ねている岡田さんが、党改革に向けた公認候補予定者の意見集約と選挙活動のサポート体制強化を目的として行っているもの。私たち候補予定者が日々の活動において直面している悩みや迷い、要望などを聞いていただいた。私からは、次のことを申し上げた。
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・前回総選挙で民主党公認として立候補し、落選した方の多くが政治の現場を離れたり、自民党に移ったりしています。国民の信頼を得ていくためには、継続的な努力が不可欠のはず。
「民主党公認」が軽くみられることのないよう、次の総選挙に向けて、候補者と党本部がガッチリと二人三脚を組まなければならないと思います。今はまだ、不十分と思います。
・選挙の必要資材の中には、一括して購入すれば安くあがるはずのものが沢山あります。党としての選挙ノウハウの蓄積、横の連携もまだまだ成長途上という気がします。お金がないならばないなりに、モノやヒトを動かして支えて頂きたいと思います。
・「政治に興味があるが、あまり大きなリスクは取りたくないし、取れない」という有能な人材が沢山います。若い政治家を育成する姿勢をきっちりと示せれば、後に続く人は必ずいます。
人が去る党ではなく人が集まる党を作らなければ、民主党にも日本の政治にも未来がありません。
・報道によれば、党運営・執行部人事について、中央での議論が進んでいるように見えます。毎日100件を超す挨拶まわりをしていますが、異口同音に「民主党だらしない」といわれます。
当面の問題の所在は明らかであり、何らかの対処がなされると信じていますが、その成り行きがどうなれ、党を割るような議論だけは避けていただきたいと思います。
・仲間を増やして新しい政治を創るのが民主党結党の理念のはずであり、小異を捨て大同に付いて、2大政党制の確立を目指して努力されている先輩方に共鳴して民主党に参加しました。その気持ちを、改めてお伝えしたいと思います。
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限られた時間の中、以前お会いした時の話や、岡山の政治情勢の話なども交えての懇談だった。上に書いたことを、ストレートに並べ立てたわけではなく、自分なりの言葉で少しづつお伝えしたつもりだ。
岡田さんからは、誠意に満ちた、力強いお返事があった。長くなったので、岡田さんの話は後日改めてご紹介します。
と き: 2003年1月26日(日)14:30〜16:00
ところ: 岡山プラザホテル 5F(延養の間)
参加費: 5000円!
主 催: 民主党岡山県連・江田五月会
13時からは江田五月会主催の「新春討論」が行われ、北大教授の山口二郎さん(岡山出身)が講師として参加されます。
津村は、民主党岡山県連の役員の1人として、このパーティでは主催者側にまわります。「パーティ券」の販売が大事な仕事です。(○百枚単位のノルマあり)
デリツム読者の皆さん、プラザホテルはいいホテルです。講師もお客さんも豪華な顔ぶれです。大勢の方が参加されますので、「初心者」でも入りやすい雰囲気です。5000円。。。リーズナブルです。
どうかいらっしゃいませ。
P.S.まじめな話、「政治に関心がないわけじゃないし、身近な人間(津村)が政治の世界に入ったのだから、一度覗いてみてもいいかな」とお考え下さる方には、お奨めできる機会です。民主党岡山県連の全スタッフと、連合岡山はじめふだんお世話になっている方々が勢ぞろいします。前後の日程はいつもどおりですから、ふだんのツムジムの活動・雰囲気も体験していただけます。
岡山、東京、津山、広島。。。全国各地の皆さんのお越しをスタッフとともにお待ちしております。
チケット、買ってください!
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今日、事務所の整頓をしていて、改めて沢山の書類に眼を通した。
その中に、今年の4月ごろ江田五月さん(参院議員、民主党岡山県連代表、岡山2区に在住)、森本徹磨さん(岡山市2区選出の県議)に書いた手紙の“下書き”があった。
最初に江田さんにお手紙をしたのが、3月5日だったと思う。
翌日には、東京で、江田さんの後援会のパーティーが予定されていた。岡山にゆかりのある政治志望の若者として、朝一番(だったと思う)に「明日のパーティーを見学させてください」というお願いのメールを差し上げたところ、その夜のうちにご本人からお返事があり、翌6日のパーティーの場で、江田五月さん・京子さんご夫妻と初めてお話しをさせて頂いた。
その週末、当時重篤だった津山の祖母を見舞った足で、岡山市の江田五月事務所を“押しかけ女房”状態で訪ね、偶然その日行われていた「県連常任幹事会」に参加されていた森本徹磨さんや、草苅隆幸さん、姫井成さん、姫井由美子さんらとご挨拶したのが“民主党岡山県連”との最初の接点だった。
その3週間後の3月末に、「市町村合併」をテーマにした県連の勉強会があり、東京から駆けつけて、沢山の方々と初めてお会いした。その日の夜、森本さん、姫井成さんと食事をし、忌憚のない話をさせて頂いたのを覚えている。まだ8ヶ月にならない。
その直後に書いた、お礼の手紙。何度も推敲をしたのだが、その最終バージョンがたまたま今日、机の中から見つかった。だいぶ長く、江田さん宛、森本さん宛、それぞれ7〜8枚くらいある。その頃書いたお手紙は、これだけではない。
政治を志す気持ち、岡山2区からチャレンジしたいという希望、決断が書いてある。「初心忘るべからず」というが、今日は正に初心に返る思いだった。
自分ではそんなつもりはないのだが、最近いろんな方から「疲れが見えるよ」と言われる。私は挑戦者である。スタートラインに立った時の初々しい気持ち、どことなく弾んでいた当時の気持ちを大切に、メリハリをつけながら、前向きに頑張っていきたい。
本日13時半〜16時半、岡山テルサで連合岡山の「政治学習会」が開催された。参加者は約120人。3部構成で、西村栄一元民社党委員長の公設秘書を長く務められた大松明則さんの講演「組合活動と政治活動」が100分、その後、私と5区のはたともこさんが、各25分の講演をさせていただいた。
津村の演題は、「日本の経済と政治について」。
なんとも大きなテーマになったが、日銀を退職して民主党の衆院選公募候補になった経緯、今後めざしていくもの、民主党と連合との協力関係について等、私自身が話したいことを盛り込ませて頂くには、ちょうどいいテーマだった。
内容紹介は、後日に譲る。
→ 講演要旨を、津村啓介ホームページにアップします。ラフな原稿が手許にありますので、補筆修正して掲載します。
お聴きくださった方々からは「あがってたね」といわれたが、実際、とてもあがっていた。男は度胸。反省したい。与えられた時間(25分)を1〜2分超過してしまったことも反省。
内容については、まだ皆さんの感想をあまり聞いていないが、自分では「言いたいことは言えた」というところ。レジュメには書かなかったが、時間があれば、世代間の意識の違いの問題にも切り込むつもりだった。ホームページに講演要旨をアップする際には、添付しようと思っている。
はたともこさんは、「これからの福祉型社会をめざして」と題して、朝市など、地域での活動に密着した講演をなさった。講演の冒頭を歌で始めるところなどは、はたともこさんならではの工夫。
まだ連合の推薦は頂いていないが、やはり民主党の公認予定候補である岡山4区の柚木道義君も会場に来ていた。(実はこっそり、私のタイムキーパー役も引き受けてもらっていた)。
推薦決定前ということで、彼が用意していた力作ペーパーをご披露できなかったのが残念だが、「ゆずレター」などの彼の取り組みについて短い時間だったが、私から紹介させて頂いた。
中央では、連合会長が「民主党への支援体制の見直し」に言及するなど、議論は百出の兆しである。しかし、必要な施策の実現に向け、志を共有するものが集まらなければ、前進はできない。
今日のような貴重なコミュニケーションの機会を与えてくださった連合岡山の皆さんに感謝するとともに、われわれ民主党岡山県連も意思疎通のためにより一層努めるべきと肝に銘じた。
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津村の選挙、この冬が勝負。
ツムジムの人手が薄くなる土曜・日曜にお手伝いに来て下さる方を大募集します。1日だけ、1泊だけでも大歓迎です。
街宣車が故障中なので「ウグイス」や「カラス」は無理ですが、街頭演説の手伝い、ポスター貼りのお願い、チラシの配布。。。その他「こんな手伝いをやってみたい」というご希望があれば、何でも体験していただけます。
早速、今週末には東京から助っ人が約1名登場のよてい。来週も話があります。12月、1月は未定。
よく「公務員だけどお手伝いしていいの?」というご質問を頂きますが、もちろん、プライベートな部分で応援していただくことは全く問題ありません。
政治は、特定の集団だけが携わるべきものではありません。
国民の、国民による、国民のための政治を、私たち自身の手で、実現していきましょう。
お問い合わせ先: keisuke@tsumura.org Tel:086−277−9900 津村啓介事務所
きょう、“もっと会議”があった。江田五月参議院議員、森本てつま県議、田原清正市議、ツムジム。計4つの事務所による会合である。
テーマは、@ミニ集会の反省と、A今後の方針の整理。意識の擦りあわせを徹底させるため、各事務所のスタッフも参加。
会議の進行は、江田五月会の大亀事務局長が仕切られた。
各事務所とも、得意・不得意があり、目標としている選挙も違う。バラバラになってもおかしくない4つの事務所がいかに連携し、より大きな成果を出していくかが課題であり、4事務所の経営者の腕の見せどころ。
ツムジムの経営も、大きな曲がり角にさしかかっている。強い危機感のもとで、津村も、極力率直に意見を言わせて頂いた。「スタッフは、まだまだ努力する余地がある」というのが先輩のご意見。私も自分の意見を言わせて頂いたが、津村自身も含めて更に工夫を重ね、より少ないコストでより多くの成果を挙げられるし、挙げなければならないのは確か。
他の先輩には、私からも努力をお願いした。
ツムジムを振り返っても、やはり不得意分野がある。限られた資金、体力、スタッフで、より多くの成果をあげるため、知恵を絞っている。
目先の工夫として、ツムジムスタッフ全員に、身近な「インセンティブ」を持って貰うことを考え中。
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選挙グッズと呼ばれるものが色々あるが、その1つが「しおり」。
要するにパンフレットのことで、例えば私がお世話になっている江田五月さんの場合は、3つ折6ページである。表紙はポスターと同じ絵柄(江田さんの場合は色が変えてある)、プロフィールや後援会の説明に1ページ、政策関係に2ページ、そして残りの2ページ分はお知り合いを紹介していただくための「返信ハガキ」である。
私の場合も、これにかなり近いレイアウトで製作中。
現職の江田さんと違って「実績」はないので、アクセントの置き方は微妙に違う。また、自分なりの持ち味も随所でアピールするつもり。
月内の完成を目指しているが、挿し込む写真を検討しているのでもう少し延びるかもしれない。
これまでは「げっつむ!」が自己紹介チラシの役割も兼ねてきたが、「しおり」完成後は、“自己紹介→しおり、時事的な政策の主張、活動報告→げっつむ!”という役割分担をするつもり。
すでに党派を超えた沢山の方々から送付依頼を頂いており、対応を急いでいる。少し多めに刷るつもりなので、皆さんにも、ぜひご一読(&ご紹介)をお願いしたい。
16日深夜、ある大手週刊誌の記者さんから、電話取材の申込みがあり、明日の〆切だとかで急ぎの様子だったので、対応した。
記者さん個人は、非常に熱心に仕事をされている方で、たくさんの人から取材をしている様子。丁寧に取材の趣旨を説明された。
ただ、最終的に記事の趣旨に共感することができず、お断りした。
前回、日本経済新聞の“政治家”シリーズの記事で紹介された際にホームページ上で複雑な心境を吐露させて頂いたが、今回は、複雑どころか完全に無理。
私もお世話になったある幹部がプレスに対して行った“問題発言”へのコメントを求められたのはまだしも、2人の先輩行員の必ずしも仕事と関係があるとはいえない出来事についての憶測的な話、あたかも日銀の若手全員が組織に不信・不満を抱いているかのような一方的な取り上げ方。。。違和感を禁じえない。
日銀を不自然に擁護するつもりもないが、思ってもいないことや知らないことを言うつもりはない。
ただ、まじめに仕事をしようとしている記者さん個人の姿勢には感じるところもあり、公表されている客観的な事実(例えば日銀の公式サイトの中身等)についてのみアドバイスさせて頂いた。
追記(11/23):週刊文春11月28日号(11月21日発売)に、「衝撃スクープ “竹中ショック”の陰で日銀三十代行員連続自殺情報!」なる記事が掲載された。前後の文脈から、私が受けた取材はこの記事に使うためのものだったと思われる。記事には、私の知らない話が沢山載っており、記者から聞いていた話と一致するものもあれば、微妙にニュアンスの違うものもあった。
今後とも、プレスとのお付き合いは大切にしていきたいが、今回の取材はお断りして正解だったと思っている。
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11月15日のお昼過ぎ、カラスの途中で、細い道に入りこんでしまいました。「幅員減少」のところに行き当たり、前に進めず、長距離バックもそばに崖があって危険という状況に陥りました。
しゅんぺー君と2人でいったん車を降り、なんとか脱け出そうとあれこれ見てまわった末、右側に下り坂になっている細い農道があるのを見つけて、最徐行運転で、右折を試みました。
しかし、わずかにあると思った路肩が実は微妙に地盤がゆるく、ちょうど下り坂になっていたことや、重心が高いこともあって、私たちが乗っていた街宣車は、大きく傾きました。
2人で「冷静になろう」と言いながら様々な工夫を試みましたが、努力の甲斐なく、私たちの街宣車は少しづつ傾きを増し、最後は120度回転して、1メートル半ほど下の側溝に転落しました。
車のバランスから、一時は、しゅんぺー君と私のどちらかまたは両方が遭難寸前の状況に追い込まれました。呼吸があわなければ、どちらかが逃げ遅れていたと思います。何とか直前に脱出でき、しゅんぺー君も私も無事でした。
また、人通りのない公道上で低速度で起きた自損事故でしたので、事故の直接の当事者は私たち以外には、いませんでした。不幸中の幸いと思っています。
車の引き揚げに関連し、ご通行の皆さまほかの方々に、ご迷惑をおかけしました。また、街宣車を大破させてしまい(内輪の話ではありますが)民主党岡山県連の関係各位には、ご迷惑とご心配をかけてしまいました。
事故処理にあたっては、沢山の方々のご好意を受けました。感謝いたしております。
現場をご覧になった地元の方は、落ち込んでいる私たちは「本当に怪我はありませんでしたか。ここはよく横転事故がある場所で地域でも問題になっているところです。あなたたちが無事で本当によかった。」と声をかけてくださいました。
その他、私たちの事故を知った方たちからも、深夜までご心配のご連絡を次々頂きました。現場の状況を考えれば、本当に九死に一生で、事故後は心の中でずっと興奮状態が続いていたのですが、少しづつ気持ちを静められました。ありがとうございます。
私は亥年ですが、文字どおりの「猪突猛進」をしてしまいました。
ご心配をおかけした皆さまに、心から、深く、お詫びいたします。
津村啓介後援会は、法人としては設立済みだが、実体的にはまだ本格稼働していない。後援会の入会案内にあたる「しおり」が未完成。役員なども殆ど決めていない。
これは、「将来の活動を大きく左右することなので、実体を伴う形で徐々に進めていきたい」という考えによるもの。多くの先輩・支持者の方々にご意見を頂き、少しづつだが、前に進めはじめている段階だ。
そんな中、私の出生地であり、祖父が健在している県北の津山市で後援会設立の動きがある。沢山の方のお手を煩わせる話なので、丁寧に進めなければならないが、事務所スペースを用意して頂くという話もあり、感激している。近く改めて津山に赴き、話を進めさせていただく予定。
「国民の代表」である代議士(衆院議員)という存在について、常日頃思いを馳せる中で、「選挙区」という概念をどう位置付ければ筋の通った政治行動を取り続けられるのか自問している。
国民全体の代表か、一部(「地元のみ」ないし「支援者のみ」)の代表かという、古くて新しい問題。少なくとも「族議員」的なありかたは、いかがかと思う。
そう考えてくると、地域を越えて幅広い方から応援して頂けることは、単なる物質的な意味を超えて、とても意味のあることのように思う。
私の政治家人生はまだまだ始まったばかりだが、今後どんどん支持者の幅、政治活動の幅を広げていきたい。
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津村は、お申し込み頂いた読者の方に、活動報告メール「Daily TSUMURA」を毎日送信している。現時点で、管理は全て自分でやっているので、いわゆるメルマガよりは私的な色彩が濃いが、まあ、メルマガのようなものだ。
毎回「半角英」にして打ちなおすのが面倒なので、あやぼぅ提案を容れて「デリツム」と呼んでいるが、この「デリツム」は2部構成になっている。
1)きょうの「ひとこと」
2)きょうの「日程」
時々、ツムジムからのお願いやPRも載せる。
実は、このホームページ「津村啓介 若い力を国会へ」は、デリツム用に書いたコンテンツを、「ひとこと」は津村が、「日程」は新たに活動日誌としてあやぼぅがHPにコピーして成り立っている。
(それ以外の趣向は、95%あやぼぅのアイデア・創意工夫によるもの。)
時々「ひとこと」のアップが遅いと言われるが、これは文章をチェックするために少しタイムラグを置いているため。経済統計でいう「速報」と「確報」のようなものである。
デリツムに誤解を招きそうな表現があると、読者の方が翌日以降に指摘をしてくださることが多く、そうした指摘を踏まえて「ひとこと」を書き直すことも多い。今回もそうさせて頂いた。
結論1.「ひとこと」の更新が時々遅れるのは、許してください。
2.ツムジムの活動を速報でご覧になりたい方は、「デリツム」をお申し込みください。無料です。
> 民主党岡山県連は、まだまだ成長できるはずである。
> 政局・他県選挙の「解説」や、手前の選挙の危機感を煽っての「お願い」、政府の政策対応のまずさへの「批評」には慣れているが、おそらく慣れている分だけ、聞く方はうんざりだろう。
数日前のデリツムに書いた上記のコメントについて、「県連事務局批判に取れるけど、そういう趣旨なの?」というご照会を頂きました(注:県連事務局には2人のスタッフがいます)。
そういうつもりではありません。
私は、民主党岡山県連を1つのチームと見立て、自分をチームに属するプレイヤーの1人と考えています。外から誰かを批判するのではなくて、自分も含めた「チーム」のありかたを問い続けていきたいのです。
民主党批判、民主党岡山県連批判を、よく耳にします。
私は、そうした批判の一部は全く的外れであり、一部は当を得ていると感じています。自分なりの反省点を整理しながら、民主党岡山県連をよりよいチームにしていきたいと思います。
先日のデリツムは、そういう気持ちで書きました。
私は当事者(県連副代表、衆院予定候補者、2区総支部代表)としての責任がありますから、先輩・後輩といった年功序列は礼儀の範囲でケジメをつけつつ、仕事の面では生意気も言わなければならないと肝に銘じています。
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今日からツムジムスタッフは、毎日の作業終了後、「日報」を書くことになった。日々の作業の成果や、翌日の予定を簡単にメモ書きしてファイルする。
いくつかの数値目標を設定しつつ、スタッフ全員のアイデア・独創的な試みを、極力前向きに活かしていくために考案した。
・・・というほど大仰なものでもないが、作業が不透明・属人的になりがちな日々の政治活動を、なるたけシステマティックなものにしてゆきたい。
ボランティアやインターンを含む出来るだけ多くの方が、参加しやすく、仕事を覚えやすいような事務所を作るつもりだ。
新メンバーを募集していたツムジムに、今日からMさん(※)が加入。
※ ツムジムの一部若手に、Mickyと呼ぶ向きあり。が、「まるで遊んでるみたい」との慎重なご意見もあり、現在呼び方について、本人の希望を調査中。なお、“あやぼぅ”はじめスタッフ全員、現在の呼び方は本人の希望に従って付けています(特に“あやぼぅ”!)。津村が無理くり付けたわけではないので、念のため・・・。
で、そのMさん。やる気充分で、きのうの夜は、長船駅の下見までしたそう。
ただ、寒さまでは読みきれなかったようで初日から冬の朝風の厳しい洗礼を受けていた。みんなで、がんばろう。
とりあえずこれだけの紹介では、名前どころか、年齢、性別、国籍。。。すべてが謎に包まれたままの、Mさん。
折りをみて、またもう少し詳しくご紹介します。
P.S. 昨日の「ひとこと」とも絡みますが、津村啓介HPに「スタッフ」コーナーを創ることを検討しています。
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(注:「デリツム」とは、私がお申し込み頂いた読者の方に毎日送信させて頂いている活動報告メール「Daily TSUMURA」の略です。)
デリツムの配信が、2日間にわたって、中断しました。
津山行き等の急な用事が重なったためですが、病み上がりの為、早く寝ることを優先した面もあります。
何人ものデリツム読者の方からご心配・お気遣いのメール等をいただきました。ありがとうございました。
「デリツム」に代表される情報発信は、津村事務所の活動の柱の1つです。政治活動が持つべき“緊張感”を自ら作り出し、言い古された感のあるアカウンタビリティーを息づかせ、結果として当を得た批判を頂ける環境を作りたいと思っています。
そのためのコストは、今後も払っていきます。
連続性、安定性も情報発信の重要なファクターと考えますので、今後はスタッフによるHP「ひとこと」欄への書き込みを充実させるなどして、飛び込みの事情に対応していきます。
前にも書きましたが、高い目標として、後進の方に参考にしていただける記録づくり、未来の挑戦者の道しるべづくりも意識していきたいと思っています。
いまさっき気付いたが、「ゆずどっとJP」(4区の柚木道義君のホームページ)に森本てつまさんのパーティの写真が沢山掲載されている。私と一緒に撮った写真も載せていただいた。
臨場感あふれる彼のレポートとともにご覧になってみて下さい。
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(今日の「ひとこと」は長いです。私が追いかけている「民主主義」ネタ&「民主党」ネタが中心です。)
3ヶ月に1度の「定期協議」。
民主党岡山県連と連合岡山、双方の幹部クラス約10名づつが集まり、お互いの活動報告や、意見交換などを行っている。
今回は、連合岡山が先般岡山県庁に提出した政策・制度要求に沿った議論、市町村合併についてのブレーンストーミング等が、相当の時間を割いて、熱心に行われた。
私が参加したのは、公認内定前の顔見せとしての色が強かった前回(7月)に続いてまだ2回目であり、過去との比較ができないが、先輩方によれば今回はかなり密度が濃かったとのこと。
たしかに、これだけの意見交換を4半期ごとに続けていけば、かなりの議論の蓄積が残り、将来に亘る民主党岡山県連と連合岡山との信頼関係の大きな礎になるに違いない。
少子高齢化が進む中で、責任ある国民政党としての民主党は、日本が必ず直面する「労働力不足」の命題をクリアしていかなければならないが、その際に、連合との定期的な議論が持つ意味は決して小さくない。
今回も、連合の大幹部の方から、新卒者の就職難にスポットを当てた非常にリアルで示唆に富む問題提起がなされ、我々民主党サイドにとって大きな宿題となった。
内容は「岡山で1、2の就職内定率を誇る某高校の今年の就職内定者が11月時点で7割を切っており、昨年の卒業生の3割がいまだに定職を得ていない。こうした風景はもはや一過性のものとはいえず、20代が若者たちがほぼ共通の原体験として持っている社会へのイメージになりつつある。この心象風景が次世代の日本を担う若者たちの“勤労”観をどのように変えていくのか。非常に気になっている」というもの。
発言者の歴史観、勤労観に裏打ちされた奥行きあるこの発言に対する答えは、1つや2つの弥縫的な政策対応ではなく、将来への“ビジョン”であるべきだろう。就職内定率の低下は、不景気が直接の原因ではあろうが、フリーターの増大、転職率の増加(私も転職組!?)、つまり終身雇用制の動揺とも底流で結びついている問題である。現状を肯定する論理もありうるかもしれない。それとも内定率を昔のように戻すのが正しく、そのための方策があるのか。
民主党が「批判ばかりの政党」という旧来のイメージを脱し、本来の持ち味である「未来を構想する意思と能力」を誇示していくためには、今回のような問題提起をむしろ民主党の側から行い、労働問題の専門家集団である連合の方々に投げかけていくぐらいでなければならないと思う。
民主党岡山県連は、まだまだ成長できるはずである。
政局・他県選挙の「解説」や、手前の選挙の危機感を煽っての「お願い」、政府の政策対応のまずさへの「批評」には慣れているが、おそらく慣れている分だけ、聞く方はうんざりだろう。
私が尊敬する民主党岡山県連の代表は、私のキャッチコピーとして「見えてきた 明日への選択」という案を出して下さった。(実際には様々な事情を考えて「若い力を国会へ」を選んだのだが)この案を頂いた時には、自分の気持ちとしっくりくるものがあって、とても嬉しかった。
人事がどうであろうと、支持率が何であろうと、“もう1つのオプション(選択肢)”を提示できるかぎり、民主党の歴史的役割は大きく、かつ明確である。
田中康夫知事の登場に象徴される「既成組織」のメルトダウン、そのコインの裏側である無党派層の拡大は、民主主義の質的な変化を連想させ、確信に近い思いを抱かせる。
しかし、“もう1つのオプション(選択肢)”とその存在感が社会に必要とされるかぎり政党政治は、ベストな政治システムであり続けるだろう。
そう考えてくると、今回頂いた宿題は、なお重い。
私たち民主党、民主党岡山県連は、30年後、50年後の日本を頭の中に描き、語れているだろうか。
「自民党よりはマシ。族議員には今の日本も見えてないよ」と言いたいところだが、それでは答えにならないと思う。
きょうは、地元岡山2区選出の県会議員で、民主党岡山2区の副代表も務めて下さっている「森本てつま」さんのパーティ。
電電公社時代からNTTの労働組合をリードされ、連合岡山の初代会長をお務めになった方だけに、錚々たる顔ぶれが集まり、総勢300人近い方が出席された。
会場は、私が9月に“決起集会”をした、懐かしの勤労者福祉センター。
13時から15時の開会まで、津村は受付の手伝い、祐一郎は会場入口の案内係。来客の方の人波は跡を絶たず、スタッフの皆さんの尽力の成果は明らか、大盛会である。
15時から始まった第1部「シンポジウム」で司会を務めさせて頂いた。満場の人を前に、慣れない司会で緊張する。弁士は菅直人衆院議員。来賓代表の挨拶には江田五月さんが立たれた。
16時〜17時半、第2部「パーティ」。
沢山のテーブルがあり、回りきれないほど。それでも沢山の支持者の方とお話しをさせて頂いた。4区の柚木道義君、5区のはたともこさんとともに、挨拶もさせていただいた。
その他、豪華なゲストの方々が迫力のスピーチ。
18時、関係者だけで、うちうちの2次会。40人くらいかな。主に2区のメンバーが多かったが、柚木君や岡大の学生さんも多数参加し、引続き活気あふれるムード。
公務や毎週行っているミニ集会と平行して、大きなパーティを企画・成功され、身近に接している私たちにとっては横で見ていて本当に勉強になる。最近はミニ集会の準備に追われ、十分なお手伝いができなかったが、当日は祐一郎、はることもども仲間に加えていただいて、現場を学ばせていただいた。
これから統一地方選の季節が始まる。
市議選、県議選は、我々ツムジムにとっても、大事な働き場である。きっちりとした仕事をしていきたい。
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>近い将来、「エネルギー政策」について、某産別労組と政策協定を結ぶ予定だ。
と書いた先日のデリツムに、その後、何人かの方々から反響をいただいた。
ひとつの「政策協定」を結んでも、議論の経緯(文脈)や読む人の立場によって、当然受け取られ方が異なる。
津村啓介本人の気持ちからいえば、「政策協定」の内容はその文面以上でも以下でもない。しかし、原発を非常に積極的に推進するグループの方にも何を思ってかほぼ同様の文面の政策協定を結ぶ方がいるらしく、立場と表現が錯綜しているようだ。
今回の政策協定締結に当っては、民主党岡山2区の幹部クラスの方々とも協議を行い、文面を3人の眼で精査させて頂いた。
いずれ、関係者の了解を改めてとった上で、「政策協定」全文をHP上に示し(本来公開を前提としてなされた合意と理解している)、誤解の生まれないように配慮したい。
複雑な話ではない。
「連合」さんとの政策協定をマスコミに公表し、取材を受け、全文をホームページに公開して以来の一貫したスタンスである。
民主主義の成熟をめざし、透明性を少しでも高め、説明責任を果たしていこうとする姿勢は、私にあって、当地の現職代議士にないものの1つと自負している。
近い将来、「エネルギー政策」について、某産別労組と政策協定を結ぶ予定だ。
岡山県は、廃棄物処理等の関係で、エネルギー問題に非常に敏感な土地柄でもあり、軽軽な対応はできない。
自分なりに若干の勉強をし、議論を整理した。
蛇足的な解説は不適当&不要と思うので、機会を別に譲る。
準備が整い次第、「政策協定」全文を津村啓介HPにアップする。
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12月初めにかけて計8回行う“ミニ集会”の第一弾として岡山市の最南端にあたる「光南台(こうなんだい)」で江田五月参議院議員を中心に、森本県議、田原市議、羽場市議、私の計5人で「トコトン語る会」を開催した。
光南台エリアは、甲浦小学校、小串小学校の2つの学区からなる人口約6600人の地域。世帯数なら2500程度。岡山市の中心部からみると、児島湾を挟んだ対岸にあたる。
山と海に囲まれた風光明媚な土地柄で、古くから農業、漁業、海上交通で栄えた。数十年前までは「醤油屋」が多かったというから、水がきれいだったのだろう。終戦直後の頃までは“渡し船”が主要な交通手段だったが、昭和34年の児島湾締切堤防、同50年の児島湾大橋の開通で格段に便利になり、と同時にベッドタウン化が始まった。エリアの西半分(郡地区)には岡山と玉野を繋ぐ幹線道路が走り、交通量も多い。
こうした地域社会の急速な構造変化の中で、エリアの「一体感」を高め、住民自治の拠点として建設されたのが、私たちがミニ集会を開いた“光南台公民館”である。
地理的にも、エリアの中間地点にあたる宮浦(必ずしも人口は多くない)に作られた。そもそも“光南台”というエリアのネーミングも、地域振興の観点から比較的最近、公募によって名付けられたとのことだ。
“光南台”が僅か一世代のうちに、地域社会の劇的な変容をみたように、日本全体も今、急激な構造変化に直面している。
演説では、光南台と地形が似ている函館を引き合いに出し、日銀函館支店で、地域経済の調査・分析を担当していた頃のエピソードを引き合いに出して、公共事業に依存することの限界と危険性に触れたが、十分に議論を展開する前に時間をオーバーしてしまった。まだまだ話下手である。
唯一、江田さんへの質問を引き継ぐ形で説明した金融問題の部分は「ポイントを絞って答えていて、わかりやすかった」と褒めて頂いた。

きょう、江田五月さんご夫妻にお誘い頂き、折から来岡中のオックスフォード大学リネカー・カレッジの Dr Whelan を交じえ、4人で会食をさせていただいた。
前日夜の西大寺のイベントで、久しぶりに英語を沢山聞いてはいたが、自分が話す機会は本当に何ヶ月ぶり。ひさびさにBritish English に接して、政治への志を固めた、英国での留学時代を思い出した。
思い出話は、取り止めがなくなるので、やめる。
MBAの生徒として、ギリギリ卒業が出来るくらいの英語力はあるが、決して特別に出来るほうではなかった私にとって、葛藤もあった1年だったし、「イギリス、楽しかったよぉ〜」みたいなまとめ方は、できない。
ただ、政治を志す幾つかのきっかけのうちの1つは、確実にイギリス時代のものだったし、イギリス留学の前後の経験が大きかったと思う。よく「いつ決めたの?」と聞かれるが、自分でも決定的な日付は覚えていない。アメリカ人留学生のRockに将来の悩みを聞いてもらったり、日本人の留学生同士で何度も「ぶっちゃけ」トークもした。
帰国後、仲の良かった友達に気持ちを明かし、背中を押してもらったりもした。
その頃の仲間の多くに、いまも、支えてもらっている。
日銀を退職した6月末から7月初めにかけて、毎日たくさん「何で辞めるの?」とか「頑張れよ」といったメール・手紙を頂いたが、オックスフォード時代の友達からも実に沢山の励ましの言葉をもらった。「日銀」という誰からみても安定した職場を自ら去ることへの驚きもあったが、「オックスフォードで出会ったケイスケらしい決断を祝福する」とか、「一緒に学んだ者として誇りに思う」とまで言ってもらって、心に期すものがあった。
小さい時から思っているのだが、「立候補」という行為は、どこかでむちゃむちゃ日本人的感覚を持っている私にとって、「俺が、俺が」的な、随分厚かましい行為に思えたりもする。
不言実行>有言実行>不言不実行>有言不実行。。。という感覚からすれば、何かを実行するにせよしないにせよ、自分からわざわざ何かを公約し、公言するのは自信過剰にも映る。
が、民主主義のルールは、そういう営み(行為)を要請しており、民主主義社会は挑戦者を必要としている。
政治への志を決意するにあたって、最後まで葛藤したのは、お金(そりゃぁ、日銀にいたほうが生活は楽でした)や将来への不安(探そうと思えば不安材料は幾らでもあります)のことではなく、この、自分の中の「恥」の意識だった。
今、そういう自分自身の感覚に挑戦し、自分を鼓舞しながら、活動を始めている。「あつかましい」ことをしている。
圧倒的な勢いで時が流れ、毎日アップアップしているが、オックスフォード留学時代に得た、ひらめき、天啓のような「あつかましい」初心を忘れず、毎日をがっぽがっぽ、前に進みたい。
今はそういう時期だと改めて思い返した、昼さがりでした。
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大学時代、津村は「ドンキホーテ」なるインカレ・サークルに入っていた。元々は上智大学の社会福祉学科の課外活動に端を発するらしい、「セツルメント」系のサークルである。
両親と一緒に暮らせない子供たちの施設を訪ねて、週2回、勉強を教えたり、一緒に遊んだりしていた。3年生の時には「会長」を務め、メンバーと子供と施設職員の調整のような仕事をしたり、活動中の事故に備えて(幸いそのような事故は起こらなかったが)、ボランティア保険に加入したりして、活動の環境整備をおこなった。
“児童福祉ボランティア”といえば分かりやすい。
実際、福祉関係の勉強をしている仲間が何人もおり、その道に就職した者も多い。私自身は(1)子供たちの、時には残酷でさえある率直さに惹かれ、また、(2)ボランティア活動という、人の「気持ち」だけに乗っかった取り組みへの素朴な興味をきっかけに活動に加わったようなところがある。
多彩な仲間が、いろんな動機で集まっていて、楽しかった。
実際、本当に貴重な様々な経験があり、思い出になっている。
最近、そのサークルの同期に紹介してもらった岡山2区在住の元教員の方と初めて直接お会いした(電話では何度か・・)。非常に有意義なひととき。話は選挙、政治の世界に止まらず、その方の自分より年少の人間への思い・期待をとっくりお聞きした。正面から言われると、強い緊張を覚える。
聞けば、先日の山田洋次監督の講演会の時、私の前列にいらっしゃったとか。講演の最後に私が質問をしたとき、「あっ、この人が○○さんに紹介された若者だ。民主党から衆議院に出る人だ」と、すぐに気付かれたそうだが、その時は遠慮され、講演終了後、すぐに帰られたそうだ。山田監督に次の世代への期待を問うた私の質問を、褒めてくださった。
日銀時代、そしてそれ以前からお世話になっている沢山の方に、いろんな方をご紹介いただいているが、まだまだご挨拶ができたのは、ほんの一部だ。
事務所体制が少しづつ整ってきたのをいい機会に、どんどん挨拶回りに出て行きたい。第2、第3のN先生と出会いたい。
岡山県連の綾大介常任幹事の呼びかけで、中国地方の民主党若手が、ここ岡山で集まった。
題して「クラブ・デモクラッツ・中国(CDC)」。
関東、関西には「クラブ・デモクラッツ」なる若者の団体があり、その中国地方版を立ち上げて、活動を盛り上げようという話。保守王国と言われる岡山、そして中国地方だけに、前向きな、とても筋の良い話だと思う。
だが、まだまだ相対的に力不足の感があるのも事実。時間もお金もない中で、いかに効果的な横の繋がりを作っていくか、課題は大きい。ためにするイベントでは意味がない。
部分出席しかできなかったが、今後ツムジムとして何が出来るか整理していきたい。まず最初に思いつくのは、周囲の方に活動の趣旨を理解していただき、応援していただくこと。
今日の話を聞いても、県毎に取り組み方針が違ったり、若手育成に関する現職各議員のスタンスが現時点ではマチマチだったりと、気になる点は沢山ある。
中国地方の交通の要所(特にJR)であり、江田五月議員はじめ、後進のバックアップに積極的な先輩を多数擁する岡山の衆院候補者としては、中国地方の民主党を1つのチームとして一体的に考える体制を、どこかのタイミングで構築していきたい。
その意味で、綾幹事の取り組みを強く支持したい。ためにする議論にならないよう、注意深く、大胆に関わっていきたい。
本日来岡された、広島の松本大輔候補予定者はじめ、各県の総支部代表の皆さん、遠いところをお越し頂き、ありがとうございました。がんばりましょう。
| 2002/11 |