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-Daily TSUMURA-
 ひとこと 10月1日〜31日


  ゆずどっとJP。 2002-10-31 (Thu)

 岡山4区の公認予定候補である柚木道義君が、ホームページを開設した。その名前が「ゆずどっとJP」。
 この8月まで横浜の有隣堂で働いていた、30歳。
「ゆずどっとJP」を読んでいただければ分かるが、彼と私は共通するものが多い。とりわけ、今の政治に対する思い、自分の時間の使い方についての考えがとても近いと思う。大袈裟に言えば“人生観”みたいな。。。
もちろん違いも沢山ある。切磋琢磨しあえる良き仲間、いい意味でのライバルが身近にいることは、とても嬉しいこと。
 彼は、橋本龍太郎元首相に挑戦する。
 橋本龍太郎さんは、私の学校の先輩(麻布中学・高校)。橋龍さんの女婿で前回の衆院選に東京18区から菅直人さんの対抗馬として出馬した片岡久議さんは、日銀の3期先輩。橋本ファミリーのルーツである岡山県総社市は、私の祖母の故郷でもある。
 日本の金融・経済に行き詰まり感が漂っていた1996年秋、当時の橋本首相が「金融ビッグバン」を提唱し、実際に実現していったことは、当時の興奮も含めてよく覚えている。
 が、郷土岡山が生んだ政治家・橋本龍太郎さんも、昨年春の小泉さんと戦った総裁選でのいわゆる「抵抗勢力」への安易で決定的な妥協(構造改革路線の放棄)以降は、個性も志も見えない、典型的な「抵抗勢力」の one of them としか映らない。権力やら利権やらを“守る”側に回ってしまっては、もはや改革の旗を振れるはずがない。「正体見えたり」という方もあるが、うなずくしかない。
 一般国民の1人としてしか橋本さんを知らない私が言えることはそれほど多くないが、岡山県が「保守王国」と呼ばれ、抵抗勢力の牙城のような様相を呈していることは本当に残念。
 1人ひとりの有権者・納税者の意識は驚くほど高い。「それなのに」か「それだから」か分からないが、改革を唱える勢力への疑心暗鬼もまた非常に強いように思う。安易な批判からは何も生まれないが、「批判への批判」が現状追認に繋がっているのだとすれば、負の連鎖は終わらない。
 柚木君、そして5区のはたともこさんとともに、岡山県民の健全な批判精神を変革への前向きな力に変えていきたい。
 そんな大きな思いを込めて、新しい民主党の看板を作った。
 「若い力を国会へ」。岡山の民主党、がんばります。


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 「げっつむ!」11月号 2002-10-31 (Thu)

 今月は、@出来上がったポスターの紹介、Aミニ集会の案内、Bおはよう730の案内、C長船集会での演説骨子、Dインターン募集要項などを掲載。10月は写真の載せすぎで印刷の失敗が目立ったので、メリハリのある紙面作りを心がけた。双方向性も、すこし出せたと思う。
 継続して読んでくれている方も、僅かながら、いる。これからどんどん増やして行けるよう、工夫したい。
 今月の紙の色は、サーモン。白→浅黄(水色みたいな感じ)→黄色と来たので、新しさをアピールできる斬新な色を採用した。



  労組に歴史あり。 2002-10-30 (Wed)

 今日、祐一郎&彼のおばあちゃんと3人で食事をしていたら、隣の席の方と身の上話になった。
 田中邦衛似のその方は、国鉄最後の日、昭和62年3月末に数人の仲間とともに国鉄を退職したそうだ。国労の組合員だったというだけで、JR誕生(国鉄解体)の1年半前から閑職(“環境整備”という名の“草取り”)に回され、実際に1年半の間、整備場の草取りをされたそうだ。
 そういえば、以前住んでいたある寮の管理人さんもほぼ同じ理由で旧国鉄を退職した方だった。
 日頃の政治活動の中でお世話になっている労組関係の方々は、若輩の私に対して非常に優しく接してくださり、さまざまな分野の政策、産業構造について勉強の機会を与えてくださる。ついつい受け身になり、頭で理解しがちだが、きょうの田中邦衛似さんの熱っぽい昔話を聞いて、自分の理解の浅さを思った。
 今月は、エネルギー政策についての政策協定協議、政治学習会での講演等がある。自分なりの知識、理解を1メートルでも掘り下げる努力をしたい。


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  日銀の政策変更。 2002-10-30 (Wed)

 9月の金融政策決定会合で決まった「銀行保有株の買入れ」については、心底驚きつつも前向きの捉え方をしたつもりだ。が、今回の政策変更は、どう理解していいのか戸惑っている。
 株式市場や短期金融市場が「何とかせぃや」というシグナルを送っているのは確かだが、何でもすればいいというものでもない。アリバイ作りのような、実行している本人が効果を信じていない政策は採るべきでないと思う。
 それとも、日銀は、既に十分ダブついている「日本銀行当座預金残高」をさらにダブダブにすることに何か効果があると思っているのだろうか。
 「インフレ懸念はないに等しいのだから、デメリットは無視できる。だったら例えメリットがほとんどなくても、やるだけやっちゃえばいいじゃん。何でも。それでひとまず納得してくれる人達もいるんだから。。。」という意見をも聞いたことがあるが、ナンセンス極まる。日銀の政策変更は、そんなに軽いものではないだろう。
 第一、なぜこの時期に、この規模で当預を積み上げるのかの説明になっていない。
 「中央銀行の独立性」という、普遍的な真理なのかどうか今1つハッキリしないが経験的には何らかの意味がありそうな理念がある。日銀時代、職場の仲間とくどいぐらい議論した。
 今回の政策判断は、竹中大臣の動き等も意識しつつ、日銀が主体的に判断したものだと想像するが、こと「独立性」の点からみれば、少々その重みを持て余しているようにみえる。
 もう1度言うが、株価が下がり、短期市場のターム物金利が“上”がり、竹中大臣が不良債権問題処理のプランを発表したからといって、なぜ日銀当預を5兆円(当面はもうすこし少ない)積み上げるのか。
 報道や、日銀自身による対外公表文を読んだだけでは、ピンと来なかった。総裁記者会見やその他の情報収集を待って、もう少し理解に努めるつもりだが、第一感を書いてみた。



 31歳。 2002-10-29 (Tue)

誕生日(10月27日)に31歳の抱負を書こうと思ったが、イベント対応に明け暮れてしまった。改めてカッコいい言葉も思いつかない。
以下、雑感。
去年の誕生日は、オックスフォードの留学仲間10人くらいで飲んだ。たしか私が微妙に最年長で、「ケイスケの20代終了!」とかなんとかいって、朝まで騒いだような記憶が。当時既に、日銀を退職して政治を志すことを心に決めていた。具体的な道は見えなかったが、確信のようなものがあった。「三十にして立つ」という言葉も、頭を離れなかった。あらためて歴史を勉強した。
30になる1ヶ月前にイギリス留学から帰国し、その前後に大きな出来事が幾つかあって、迷う気持ちにもならないまま、秋から冬にかけて自分の行動力の限界まで動き回った。友達のありがたみを、思い知った。両親とのことは前に書いた。江田さんとの出会いがなければ、ここにいない。
まだ過去を振り返る余裕はないし、活動日誌にもあるとおり失敗ばかりの毎日だが、今目の前に大きな大きな目標があり、毎日たくさんの課題に素晴らしい仲間たちとともに立ち向かえることは、本当にありがたいことだとひしひし思う。
30歳の1年間は、本当に色々な出来事があった。この1年について「○月×日」と日付を言われれば、その頃何をし、何を考えていたか、だいたい思い出せるような気がする。
おととい、31歳の誕生日には、「若い力。」なるコピーを付けてガッツポーズのポスターをお披露目させていただいた。考えようによっては、かなり厚かましいことだ。
ポスターに恥じぬよう、これからの1年、力を尽くしたい。


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 衆参 7補欠選挙 2002-10-28 (Mon)

多くの補選が行われる引き金となったのが「政治とカネ」の問題だったことを思い起こせば、今回の補選は何らかの形でこの大テーマ(「政治とカネ」)への答えを探るきっかけになるはずだったし、なるべきであったと思う。
が、争点は、まったくボヤけてしまった。さまざまな理由が考えられるが、いちいち繰り返さない。
代表選で上京して以来、今回の補選の候補者のうち何人かの方々と接点を持ち、大いに刺激を受けた。応援させて頂いた方々は、本当にぜひ国政の場で活躍して頂きたい方ばかりだ。ぜひ、次に向けて、チャレンジを続けてほしい。
これからも一緒に頑張りたい。当事者の苦労を知らない、無責任な感想になっているかも知れないが、人材を適材適所で活かせる政治、社会を強く望む。
補選の結果について1つ感じたのは、与野党をとわず、若い候補者が勝利、善戦したこと。当選した7人のうち、4人が30代。70歳の星野さんを入れても、平均年齢は42.9歳だそうだ。「若い力。」をコピーにしている津村としては、ちょっと意識してしまう。



 ホームパーティ  2002-10-27 (Sun)「お料理」(支持者の方の手作り) あやぼぅ

きょう10月27日は、記念すべき津村事務所の初パーティ。ようやくモノが揃った事務所のお披露目と、ずうずうしく、津村はじめ3人のスタッフの誕生日祝いもかねて、開催した。
予想を2倍以上上回る、70人強の方々が参加して下さった。

15時のスタート直後に、ツムジム内に用意した20の席はほぼ満席となり、屋外設置の「たき火」席ともども最後まで人が絶えることがなかった。
会は、しゅんぺーの司会で15時半に始まり、参加してくださった皆さんを、津村がお一人おひとり全員に紹介する形で、スタート。事務所看板の除幕式、記念撮影、お世話になっている方々からのご挨拶、岡山ご当地クイズ、焼き鳥タイム、ケーキ&Happy Birthday タイム、BINGO。。。あっという間の5時間だった。
祝電、祝ファックス、祝メール、祝電話も多数頂いた。

同日同時間に東京の菅直人邸で誕生パーティを開いていた、菅源太郎君(菅直人氏の長男。一度2人で「朝立ち」をしたことがあり、以来それぞれの仲間ぐるみで親しくしている)とお互いに電話をかけあって、2つの会場を繋いだり。。。民主党の実力派政策秘書の方とも初めてお話しをした。

お手伝いをしてくださった皆さんのことを漏らさず書きたい。が、本当に書ききれないくらい、大勢の方のご好意、ご寛容のおかげで、会ができあがった。お料理や飲み物を持寄って下さった方だけでも20人以上にのぼる。ご近所の方々にはいろいろとお気遣いいただいた。友人が、東京や広島から、ボランティアスタッフとして駆けつけてくれた。
上京直前のご多忙な日程の中で、時間を割いて準備中の津村事務所に立ち寄って下さった江田五月さん(その時の写真が江田さんのホームページの活動日誌欄に掲載されています)、そして津村とスタッフの日頃の活動にふれながら、その長所を引き立てて激励のお言葉をくださった一井前参議院議員、森本県議、姫井県議、田原市議と夫人の寿美子さん、羽場市議、4区の柚木道義君、連合でお世話になっている藤木さん(祖父の代からのお付き合い)、富山五月会の幹部の方々、。。。挨拶を頂いたみなさん、大変感激しました。
本当にみなさん、ありがとうございました。


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 池田香代子さん 2002-10-26 (Sat)

江田五月さんの女性応援団、アゼリア会主催の「池田香代子さんの朗読とお話しを聞く会」に参加した。
池田さんは『世界がもし100人の村だったら』の再話者。実は私は“再話者”という意味がよくわかっておらず、要は翻訳のことかな。。。と漠然と考えていたのだが、違った。
もともとインターネット上で10年近くにわたってチェーンメール化していた現代の寓話を、万人に読みやすく改題し、日本語版を池田さんが、英語版をご友人であり、著名な政治学者であるC.D.ラミス氏が「対訳」したとのことだ。
お話は、具体的なエピソードにあふれ、原作をアレンジする過程で池田さんご自身が迷い悩まれたこと、込められた思いを伺うことができた。
その後の活動を通じて知り合ったアフガン難民が、“理想の国”として亡命してきたこの日本で生きる希望を失い、自ら命を絶つ人が跡を絶たない、それはまるで現代のアウシュビッツだという話には、強い印象を覚えた。
他でも聞いたことがあるが、イスラム諸国では、大戦・原爆の惨禍から立ち直り、アジアの国家として世界に伍する繁栄を築きあげた日本を、未来の自分たちが目指す国家像として、理想化する向きがあるとのこと。自信を失っている日本国民以上に、他国の人々が私たちの日本を高く評価し、遠くはるばる頼って来られるという事実。そして、深い幻滅の中で、希望を失っていく話を実にリアルに伺って、何も感じない訳にはいかない。
1冊の小さな寓話をきっかけに、色々なことを知り、考えた。



 石井紘基議員を悼む。 2002-10-25 (Fri)

 本日亡くなられた石井紘基さんの訃報に接し、心から哀悼の意を表します。
 石井さんとは、9月の代表選の際、菅直人選対の会合で数回ご一緒し、僅かな時間ですが、お話しをさせて頂きました。
 政治家には気さくで面倒見のいい方が多いというのが、新人の私の印象ですが、石井さんは、人一倍人の良さそうな笑顔で力強く激励してくださいました。石井さんは江田三郎さん、五月さんの秘書を長くお務めになった方。私が「岡山2区(江田五月さんの地元)から立候補します」と自己紹介すると、固い握手をしてくださいました。最初で最後の機会でした。
 石井さんの命を奪ったものを、憎みます。
 そして、社会の矛盾と対峙しつづけた石井紘基衆議院議員の志と足跡を思い、気骨ある政治家の非業の死を告げる訃報に接して、後進として、身の引き締まる思いです。
 捜査当局による、事件の真相の早期解明を、強く望みます。


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 鳥取補選 2002-10-25 (Fri)

 今日、日帰りで、鳥取の参院補選の応援に行ってきた。
 4区の公認予定候補、柚木道義君の事務所とチームプレー。くわしいレポートは、27日の投開票後、しゅんぺー君と祐一郎君(彼は先週末、訪鳥)が執筆する予定です。
 自分たちのことも十分に出来ていないツムジムスタッフが他県に応援に出かけることには、ご批判も頂いていますが、(田中康夫さんの長野県知事選応援、菅直人さんの代表選応援、おりた明子さんの衆院神奈川8区補選応援など)選挙の実戦経験がほとんどない津村やスタッフにとっては貴重な勉強の機会でもあります。
 時間とお金をかけた成果は、スタッフのレポートを通じて報告し、ツムジムの実際の活動にも反映させてまいります。



 「岡山市議会」傍聴記 2002-10-24 (Thu)

 きょう、田原清正市議にお誘いいただき、「経済委員会」の傍聴に行ってきた。審議の中身については、しゅんぺー君が近日中にHPの「ひとこと」欄で紹介、報告する予定。(その際、私からも改めてコメントをするつもり。)
 ここでは、雰囲気やロジについて、感じたことを書いてみる。
・これまで幾つかの県議会、区議会等の地方議会を傍聴してきたが、傍聴手続きの簡便さという点では、ピカイチ。もっともサンプルは決して多くないのだが・・・。
・議論になりやすいテーマだったせいか、議員全員が積極的に議論に加わり、自由闊達な意見交換が行われていた。
・しかしながら、案件の特徴もあったのだろうが、役所側の答弁には「それは当部(当課)の担当ではありません」式のタライマワシちっくなものが多く、聞くものとしては、ほとほとゲンナリ。何のために委員会や部局を分けているのか。。。事務分掌のマイナス面ばかりが目についた。
・“公的機関の組織マネジメント”というテーマは、すでにありふれすぎている感があるが、あらためて実感。
・県議会ほどではないが、「傍聴者に冷たい」と感じた。確かに手続きは簡便だったが、イスは議員や役人がかなり大きなソファータイプのものに座っている一方で、傍聴者はパイプイス。機密性のない配布物も傍聴者には配られず、「断るわけにもいかないから、入れてあげてる」というだけの位置付け。
・沢山の傍聴者がいて(あるいは他の何らかの形で情報公開が進んで)、会議の様子がもう少し有権者に伝われば、役所サイドも議員サイドもさらに緊張感が出てくると思う。
・そういえば、国会の「傍聴席」もシャビーだった。座るとギコギコ音がして、他の人の迷惑になりそうで冷や冷やした記憶がある。その時は何も思わなかったが、何かおかしいような気もする。
 「神は細部に宿る」ではないが、こうした1つの議事の隅々にも現在の民主主義のありようを象徴する沢山の「痕跡」が表れているように思う。
 「民主主義と情報公開」は、津村の政治課題の1つの柱だと自認しているので(ex. デリツム、HPの執筆スタンス)、機会をみつけて、また考えてみたい。


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 “ミニ集会”の11月。 2002-10-23 (Wed)

 11月〜12月前半にかけて、8回のミニ集会を開くことになった。弁士は、江田五月参院議員、森本県議、田原市議&津村啓介の計4人。四事務所の共催形式である。
 国政・県政・市政の各レベルで、私たち民主党のメンバーがどのような活動をし、どのような政策ビジョンを持っているかをお話しする企画。日程・場所は、以下のとおり。
 11/ 4(祝)光南台公民館
 11/16(土)旭東公民館
 11/17(日)岡山ふれあいセンター
 11/24(日)西大寺ふれあいセンター
 11/30(土)富山公民館
 12/ 7(土)上南公民館
 12/15(日)岡山県教育会館いずれも、18:30〜20:00の、90分。
 第一陣として、江田さんと私の2人で国政報告会を開催した「長船」では予定時間を超える、活発な議論が行われた。さらに政策課題を勉強し、密度の濃い時間を用意していく。
 みなさん、お誘い合わせの上、ぜひご参加ください!遠方からのご参加も大歓迎です!



 インターン募集!!! 2002-10-22 (Tue)

次期衆院選に向けて、日々新たなチャレンジを続ける津村啓介事務所では、11月からインターンの募集を開始します。
今の政治を批判するのは、そう難しいことではありません。しかし、“評論家”ならぬ“当事者”として政治に関わり、たとえ小さな一歩でも前向きな挑戦をすることは難しく、そして、だからこそ、遣りがいのあることだと思います。
「投票に行くこと」もその一歩です。そして、もうちょっと頑張りたい、頑張れる方にご案内するのが津村事務所のインターン制度です。
津村啓介の政治への取り組みスタンス、ビジョン、政策については、ホームページでぜひお確かめください。
既成の政治・政策・政治家の全てをいったん疑ったあとで、自分の眼と頭で確かめえたものだけを選び、決断し、実行していきます。決断したら、即、実行に移します。
この姿勢を共有してくださる方なら、どなたでも応募して頂けます。例えば。。。
・就職がすでに決まり、少し時間に余裕がある学生さん、・就職活動を控え、社会的視野を広げたい学生さん、・将来政治を志している方、・津村の政策・スタンスに共感して下さる方、・次世代の人々のために何かを残したい方、・働く意欲はあるが、機会がない方。。。その他の学生さん、主婦の方、リタイアされた方、失業中の方などなど。
勤務時期・曜日・時間、場所、態様その他は、応相談。杓子定規な募集はせず、意欲ある方のお気持ちは極力活かさせていただくつもりです。たとえば、1日だけの“インターン”でも、結構です。
私は、「インターン」をいわゆる一般の「ボランティア」とは若干違う存在として位置付けています。
同じ無償ではありますが、津村啓介本人との面談により、綿密なインターン・プログラムを作成し、参加者の方が腕試ししたい分野をご自由に選んで頂きます。そして同時に、“責任”も分担して頂くつもりです。1日だけの方でも、それは同じです。
営業、調査・分析、企画、総務、経理、財務、庶務。。。どの分野でも結構です。それぞれの持ち場で、「新しいアイデア、責任ある決断、スピードある実行」を実践していただきます。
意欲ある方々の応募を、心待ちにしております。


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 日経新聞に載ったコメント 2002-10-20 (Sun)

 昨日10月19日土曜日の日経新聞の朝刊2面に、私のコメントが載った。シリーズ『政治家』という特集記事の中で、日銀時代の経験を材料に族議員批判をしている内容である。
 これは9月9日、菅さんの出陣式で1日だけ上京した際、事前に記者の方からご要請を頂いて、取材に応えたものである(当時のデリツムにも取材を受けたことは書いた)。
 次期衆院選の注目候補者を紹介する文脈で触れてもらっており、また、記事のトーンも、取材の時点でかなり正確にお伝え頂いていたので、内容については基本的に納得している。ただ、若干補足しなければならない部分もある。
・次のようなやりとりがあった。
Q:族議員政治についての考えを、日銀時代の具体的な例をあげて聞かせてほしい。
A:日銀はラインの長い組織。私のような若輩が政治家に直接会って仕事をするケースは極めて珍しい。
 退職の直前までイギリスに留学していたし、実際、政治への転身を決断したのはイギリスでのこと。
 ただ多くの幕末に多くの脱藩者を生んだ江戸末期の幕藩体制がよく例に挙げられるように、一般論として、重厚長大化した組織のあり方が個人の意欲や可能性、自由な発想を抑えつけてしまうことがあるし、そうした既成システムの制度疲労は政治の世界でもより露骨な形で起きている。
 族議員の存在がその矛盾の1つの象徴。
 政治のリーダーシップの不在は国民の大きな不幸。
 私の住んでいる選挙区にも、族議員と呼ばれる方がいらっしゃり、私が今後政治活動を進めていく上でこの点は1つの重要な争点になると考えている。」

 きょうまでのデリツム、津村HPを読んでくれた方ならこの私の回答が“いつも言っていることと同じ”であることを理解していただけると思う。
 取材の場での私の説明・プレゼンテーションがやや言葉不足だったのかも知れないが、記事で書かれている日銀考査局時代の私の思いというのが、実際の私のおかれた状況と微妙にニュアンスの違うもののように思えたので、言葉を補足したい。

・記事の後段で、私たち民主党候補者の政党選択についてやや偏った見方がされているのも、「ためにされた取材」との印象を拭えない。ただ、ここで暗に問われている、“民主党の存在意義”“日本の政治における真の対立軸”という命題は、私たち民主党の人間が何度も自ら問い、まさにいま、それぞれの言葉で訴えている部分である。まだまだ広く理解されるまでには至ってないということ。
 この議論にはこれまでも何度も答えているが(たとえばホームページにも掲載した衆院候補者公募の応募論文)、これからも正面から答えていくつもりだ。



 『「田中真紀子」研究』 2002-10-19 (Sat)

 以前のデリツムにも書いたように、最近あまり読書をしていないが、久しぶりにザッと眼を通したのが、上の本。2時間ほど時間があったので、ツマミ読みした。
 私は、「他の人と違うものを持っている人」に関心を持つタイプなので、田中真紀子には非常に注目をしてきたし、今後も何らかの形で日本の政治にからんでほしいと願ってきた。が、この本を読んで、正直がっかりしてしまった。
 筆者である立花隆は、父・田中角栄の金脈告発でメジャーになった人物であり、真紀子について客観的に書けているかどうか疑問もあるのだが、それにしても、田中角栄がその人物の魅力で時間をかけて集めた日本最高の秘書集団を一夜にして失っていく姿、そしてその後も周囲から人が去っていくことはあっても集まってくることのない彼女の軌跡がリアルに描かれていて、「マスコミが言うほどでもないんじゃないの?」と思っていた私も、がっかり。
 松下政経塾みたいに「政治は経営である」とまでは思わないが、政治家の中でも人の上に立っていくリーダーには、ヒト・モノ・カネを有効に活用する経営センスは不可欠だと思っている。日銀を辞めて政治の道に入ってから、よく「1+1を3にしよう」という言葉を使うようになったが、これまで上司に仕える部下だった自分が、小なりといえど、ツムジムという組織をマネージする側に立ってみて感じる焦りにも似た強い思いが「1+1を3にしよう」だ。
 結論:田中真紀子は、経営センスなさすぎ。大臣はしちゃだめ。
でも、特異な才能を持ったヒトである彼女を、1つの政治的経営資源として有効に使いこなせるBigなリーダーが出てきたら、本当にすばらしいと思う。(秘書給与の問題については、結局何が何だか分からない状態になっており、判断材料が乏しいので、ここでは考えないとして・・・。)
 それと、もう1つ思ったのは、「秘書のありかた」というのは、いつの時代も日本の政治のありようをあらわす象徴なんだなということ。
 田中角栄の秘書軍団の優秀さには驚いたが、同じことを今やっても上手くいかないだろう。秘書給与の問題が、またぞろ問題になっているが、政治のありようを問い続けるエネルギーがまだまだ日本社会に残っている証と信じたい。
 そして、このテーマについては、私自身も当事者だ。
新しい政治のありかたを模索する以上、(従来型の事務所ではなく、新しいタイプの事務所体制のありかたを模索しなければならないのだろう。急ぐ必要はなくとも。)
 最近、ツムジムの運営方針について、ツムジム内外からの意見を聞く機会が多いが、『「田中真紀子」研究』を読んで、そのテーマの底知れぬ大きさに愕然とした。


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 「寄せられたご意見。」に寄せて 2002-10-18 (Fri)

みなさま
ツムジムは、まだまだ成長途上の「ヒヨッコ」事務所です。
皆さんからのご意見を肥やしにして、毎日伸びていきます。
デリツムの感想、ツムジムへの意見、政策面での議論、その他どんな連絡、情報も大歓迎です。
100点満点にはなれません、なれませんが、精いっぱい現実を理想に近づけていきます。ご指導ください。
長い眼で育ててやってください。                       津村啓介



 寄せられたご意見。 2002-10-18 (Fri)

 最近、ツムジムに寄せられた主な意見をあげてみる。
・ツムジムの強みは本人&スタッフの若さからくる柔軟性と行動力。でも若さから来る危うさもある。弱みを克服し、強みをもっと効果的にするためには、安定感のある専従マネージャーの存在が不可欠。
 今は津村本人が「候補者」役と「事務局長」役を兼ねているが、いずれ無理が来る(すでに来ている!?)。他の経費を削ってでも、人を探してはどうか。
・津村は、周囲の意見をもっと聞け。自分のやりたいことがあるのはわかるが、あまりこだわりすぎるな。
 リーダーシップはあると思うが、協調性が足りない。
・地元の先輩の言うことをもっと聞いたほうがいい。1人で選挙はできない。
・地元の先輩の言うことも大事だが、染まってしまっては意味がない。若さ、新しさ、ハチャメチャさを大切に。
・津村は、批判を受けたとき、あまり反論をせず聞き役にまわるがなぜか。流しているのか。聞いているのか。
 メモを取らないのは、なぜか。手ごたえがない。
・若いスタッフを集める力はGood!短期間にこれだけの人材はなかなか集められない。だが、若い人ばかりの印象があり、ベテランは事務所に近寄りにくい。
・若い人をもっと取り込んでください。20代〜40代。
・「あやぼぅ」という呼び方は、軽すぎる。引いちゃう。
・だんだん態勢が整ってきているのがわかる。これからは政策面をもっと充実させていってほしい。
・体力を過信してはだめ。 頑張り続けてほしいので、もっと身体を大切にして下さい。


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 新方式「橋街宣」。 2002-10-17 (Thu)

 朝起きて、ウダウダしていると、友人から電話があった。かなり大事な話。最優先で対応したら、8時になった。この時間だと、駅はもうラッシュ終了後。
 以前から「音を出しても近所迷惑になりにくいスポット」として人知れず注目していたのが、橋。 挑戦してみた。
 実際に橋の上で演説をしたのは、初めて。車が自分に向かって走ってくるので、わりと緊張する。が、結局クセになった。。。興が乗り、8:30から10:30まで、2時間ぶっ続けで喋った。さすがに披露困憊。最後に10分間、周辺の交通量調査をして、帰ジム。
 岡山の道路は、幹線に車が集中しがちであるため、混むときはとても混む。今朝も、橋の上にびっちり車が数珠つなぎになっていたため、意外に話を聞いて貰えた。
 駅前とちがって、ラッシュ時を過ぎても、意外と交通量が減らない(従って止メ時が難しい)。嬉しい悲鳴、きゃぁ。
 これからもゲリラ的に、いろいろなところで街宣を行っていく。意外なところでやっていると、意外に聞いてもらえる。(他県のことは知らないが、岡山では橋の上で街宣をする人は珍しいそうだ。)
 これからも、知恵を絞って、堅実さと意外性を兼ね備えた厚みのある活動を展開していきたい。



 江田・津村集会 in 長船 2002-10-16 (Wed)

 私の元職場の大先輩にあたられる地元支持者の方の大激励で始まり、江田五月さん(25分)、津村啓介(15分)、大亀幸雄さん(15分)の順でお話をさせていただいた。
 大亀さんは江田五月会の事務局長で、長船町福岡のご出身。50年以上前に江田三郎さんの門を叩き、何年も無給&住み込み同然で三郎さんを支えた方。今回は、演説というよりも、江田五月さんや私の選挙情勢の解説役を引き受けていただいた。MOTT会議の「O」は、大亀さんの「O」。
 江田さんは、最近まで出張されていた中国の報告に始まり、国際・国内情勢まで幅広いお話。
 私は、この10日間のあいだ集中的に歩きまわった、長船の歴史にふれながら、構造変化に対応できる政治体制づくりについて持論を述べた。
 ※ 原稿として書いたメモを、津村ホームページに本日掲載しました! ( by あやぼぅ)
 聞いてくださった方の感想は、「話すときに猫背になっていた」「歴史の話が長すぎ」「辞書の話とかや地元の話が具体的でおもしろかった」「よく勉強したということはよくわかったが、インパクト弱い」「マイクの使い方が下手」「ずいぶんまとまってきた」などなど。
 30人前後の会になり、まずは盛会といえる。アンケートによれば、街宣車によるカラスやしゅんぺー・祐一郎によるポスティング等のPR活動をきっかけに参加してくださった方も多かった。本当に嬉しいかぎり。
 「もっと集められたはず」という人もあるし、「もっと小さな集会でよかった」という人もいたが、自分たちにできることを精いっぱいやって、この結果だったのだと思う。しゅんぺー、祐一郎の果たした役割は大。。。と、私は考えている。
 今回の「長船方式(by大亀さん)」の経験と反省をこれからの取り組みにどう活かしていくかは、周囲の方々のご意見を聞きながら、検討していきたい。
P.S.集会の模様については、江田五月さんのHP「活動日誌」でも報告されています。


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 先輩の手紙、後輩のメール。 2002-10-15 (Tue)

 ポスター写真の人気投票に際し、投稿フォームを作って津村HPに対する皆さんのご意見をお伺いしました。
「最近、見やすく、分かりやすくなった」「できるだけ情報を充実させようとする姿勢を感じる」「津村さんやスタッフの方々の行動がガラス張り」なかには、「若くて新しいのだから、もっとハチャメチャでもいい」という意見もありました。
 私は、(HPの原稿でもある)デリツムを書く時、次のことを意識しています。
1)「政治を志す者の義務」。
民主主義のルールを公正に機能させるためには、情報公開が不可欠であり、情報操作を避けるためには、徹底した情報公開がもっとも分かり易いと思う!
(ただし「個人情報」は例外として除きます。<同じく現代社会のルールだと思うので。。。>)
2)「次の世代の人たちへのメッセージ」。
事後的に第三者が検証(フォロー)できる内容にし、津村個人の経験を、後進にも共有してほしい!
(再三例に出させて頂いていますが、石田敏高さんの「石田日記」なくして今の津村はありません。第二の石田敏高さんをめざします。)http://member.nifty.ne.jp/toshitakaishida/decdiary.htm など。
3)「自分の活動の一環」。
道なき道を切り拓いていく不安。津村の活動や、ツムジムのありかたについて、より多くの方からより多くのご意見をいただきたい。そのためにも、意見を頂くための前提となるナマの材料を、提供したい!
 綺麗事チックな最初の2つも大切です。ただ、最近は3)の意味合いをとみに感じます。

 この週末にも、同期からのご機嫌伺いのメール、政策的な意見のメール、飲み友達だった先輩からの自筆の手紙、そして日銀の後輩からの自称“生意気”な嬉しいメールが相次いで届きました。(まだお返事をできていないのですが・・・)
 最近、津村事務所の活動範囲が広がってきたことに伴い、物質的、経済的な不足面が急速に目立ちはじめており、近い将来、皆さんへの「カンパのお願い」も真剣に考えはじめています。が、そうした形に残る貴重なご支援に加え、津村本人やツムジムスタッフへのメッセージもまた、いまの津村事務所を支えてくれています。
 いつも思っていることですが、ポスター人気投票のひとまずの終了を期に、デリツムをご愛読下さる皆さんへのお礼の「ひとこと」を書いてみました。
 本当に、いつも、ありがとうございます。



 10/27(日) 手作りホームパーティ 2002-10-15 (Tue)

 津村事務所の、初“パーティー”の骨格が固まった。以下は、今日刷り上った案内チラシからの抜粋!
 津村啓介と“つむGO”会主催『手づくり ホームパーティー』 〜 地域のみなさんとの交流のつどい 〜
 日 時:10月27日(日) 午後3時〜
 場 所:岡山市円山151−1 津村啓介事務所
 参加費:1000円
 ご照会:ツムジム 山崎祐一郎(Tel.086-277-9900)
 10月27日は、津村啓介の31歳の誕生日。スタッフの2人(祐一郎、智子)も今月誕生日を迎えます。ひと回り成長して新たなスタートを切る私たち津村啓介事務所の一同と、地域のみなさんの交流の場として、事務所のお披露目もかねた、手づくりホームパーティーを企画しました。
 当日は、支持者の皆さんに持ち寄って頂いた手作りの料理が食べ放題!リサイクルビンゴなど楽しい企画も用意しております。江田五月・京子夫妻をはじめ、日頃お世話になっている方々もご招待。全員20代〜30代の若いスタッフたちとともに、皆さまのお越しをお待ちしております。
                                          津村 啓介

P.S.地元・富山学区、旭操学区の皆さんはもちろん、岡山2区の有権者の皆さん、県内・県外各地からのご参加もお待ちしています。


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 2002-10-14 (Mon) <あやぼぅ

鳥取補選を応援(見学)に、米子の本部事務所へ行ってきました。
期間始まったばかりということで、まだあまりバタバタした雰囲気はありませんでしたが、賢そうな議員関係の方々や頼りになりそうな主婦の方々があれやこれやと仕事をしている中、隅で宛名書きをしてきました。
自分たちの選挙を想定していろいろ思うところがあり、選挙の「現場」で経験することの大きさを感じました。
これまでの私の経験や岡山の身近にいるベテランの方々の考え、これからの新しいやり方も合わせながら、津村事務所の津村啓介の形として考えていきたい。 
あんぱんまんがんばれ!



 『寅さんの学校論、教育論』 2002-10-13 (Sun)

 どうでもいいことだが、私は「寅さんシリーズ」がむちゃむちゃ好きだ。シリーズ49作は全部観た。最初の頃の作品と、渥美さん晩年の作品が特に好き。
国民栄誉賞の乱発は「いかがなものか」と思うが、渥美清の受賞だけは心から納得している。
 そんなことはどうでもいいが、今日、山田洋次監督の講演会に出かけた。中小企業家同友会のイベントでタイトルが『寅さんの学校論、教育論』。
映画『学校』シリーズを制作した際のエピソードや思いを、山田監督が優しい口調で1時間ほどお話になった。集まった聴衆は、なんと1000人以上。
 実は、長船からの移動の際の電車の本数が少なく、前半を聞き逃したのだが、お話の内容は全体に、「最近の若者はかわいそうだ。教育がエリート主義に染まりすぎている。」というトーンに包まれていた。
 途中、マレーシアのマハティール首相の最近の発言が引用された。
「日本の若者は髪を茶色に染めて、堕落してしまっている。日本から学ぶものはもうなくなった。韓国・中国に注目している」というもの。
山田さんは、「これだけ経済が悪くなり、雇用不安が大きくなってしまっては、若者が未来に希望をもてなくなり、頽廃的になるのは仕方がないことだ。大人たちがしっかりしなくては」というまとめ方をされていた。私はそうは思わない。
 最後に質問の時間があり、順番がまわってきたので、思い切って質問をした(私は「講演会」の成否は、質問タイムで決まると思っており、講演の内容に関心を持ったときには必ず何か質問を用意することにしている。留学時代には、ジョン・ボン・ジョビや英国保守党のウィリアム・ヘイグ党首<当時>に質問をし、「よくもまあ、そんな下手な英語で大胆に質問しちゃうよね」とクラスメートに苦笑された)。
 「山田監督の映画は、人間の姿をありのままに描きながらも、心のどこかに希望の灯をともすような作品ばかりです。私は特に寅さんの大ファンです。きょうも教育、学校について率直なご意見を伺えたと思うのですが、最後にすこし希望のある話を聞かせてください。私は、スポーツ界で活躍している若者たちをみても、その他各界でチャレンジをしている若者たちをみても、日本の若者、捨てたもんじゃないと考えています。山田さんは、日本の若者たちにどういう期待をされていますか」
 ちょっとそれまでの流れと違う質問だったようで、山田監督はしばらく沈黙されたが、
「いまの日本に希望を持てというのは難しい話だと思います。日本の教育システムには期待も希望も持てません。ただ、そうした世の中全体の風潮とは別の次元に高い志や心意気を持った若者が沢山いることは、私もよく知っています。いまはそういう若者たち1人ひとりに期待するくらいしかできないのが現実です」
と答えられた。
 私は、教育ほど未来志向の政策分野はないと思っているので、現状への不満も大きいが、今後への期待も大きい。山田監督とは、少し温度差も感じた。
 ともあれ、大好きな「寅さん」を作った方とお話が出来たことで、大興奮。遠くからマイクでやりとりしただけだが、非常に紳士的な方だと思った。
 教育について、山田さんはやはり「評論家」なのだ。
私は政治家をめざしている。責任をもって「実行」していく立場だ。政治とは“現実を理想に近づける技術”だとよく言われるが、現実や理想についての沢山の議論を見聞きしながら、その両者を近づける仕事に“当事者意識”をもって取り組んでいく。


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 司馬遼太郎 『播磨灘物語』 2002-10-12 (Sat)

 昨日のデリツムを読んだ日銀の同期が、備前福岡の歴史について、私の勘違いを指摘してくれた。
 彼が推薦してくれた、司馬遼太郎の『播磨灘物語』(黒田官兵衛が主人公)を早速購入してチェックしてみた。同期の言うとおりである。
 黒田家が「備前福岡」に滞在していたのは、官兵衛の幼少期までで、長政は備前(現在の岡山県東南部)には住んでいなかったようだ。その長政が、大大名として治め、今日の繁栄の基礎を築いた「福岡」。自分が住んだことのない土地の名前を、自分が抜擢されて新任された土地に命名するくらいだから、備前“福岡”は、黒田ファミリーにとって、よほど思い出深い土地だったのだろう。
 司馬遼太郎によれば、当時(戦国時代)は山陽道で最大級の都市だったそうだ。 吉井川流域の、豊穣で肥沃な農地。海陸の交通の要衝にあたり、商業的にも発展。 そして、当時商人たちの間で大流行していた日蓮宗の大寺院(妙興寺)の存在。。。さまざまな絵巻物にも「福岡市(フクオカノイチ)」として出てくるそうな。現在の福岡市もびっくり!
 現在でも長船町は交通の要衝であり、農業の町です。
 稲刈りのシーズン。きょうは「ヒノヒカリ」の収穫の話、「アサヒマイ」「アケボノ」の品種の特徴等々について、支持者の方や地元スタッフに教わった。 



 ☆おわび★ _(..)_  2002-10-11 (Fri)

あやぼぅ任せの津村啓介HPの中で、唯一の津村の仕事だった「ひとこと」の更新が約10日間、滞りました。
ごめんなさい。
Daily TSUMURA にはほぼ毎日「ひとこと」を掲載していたのですが。。。コピペをサボっておりました。「何か意味があるの?」というご指摘も受けましたが、ありません。以後気をつけます。
国民の税金に由来する「政党交付金」を月額50万円交付されている民主党総支部の代表として、HP上で日々きっちり活動報告、所信表明を続けていくという姿勢になんら迷いはありませんので、改めて申し添えます。


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 長船、福岡。 2002-10-11 (Fri)

 10/16(水)、「江田五月と津村啓介を囲む会」を邑久郡長船町で開催する。
 長船町は世帯数4千、人口1万2千人の町。町内にはいくつか大字があるが、人口が多いのは、団地のある長船、福岡など。
 長船は名刀「備前長船」で知られる町で、古来交通の要衝だったところ。博物館もある。1300年代の名刀が飾ってあるくらいだから、鎌倉時代くらいから栄えていたのだろう。
 福岡は「福岡県」の名前の由来になったところで、筑前福岡藩を礎を築いた黒田長政の父「黒田官兵衛」
が居城を構えていた町。長政は、城を築いたとき、幼少時代を懐かしみ「福岡城」と名付けたそうな。
吉井川の川岸で発展したが、最近は内陸まで住宅が広がり、私がよく朝立ちするJR長船駅も「福岡団地」と呼ばれる住宅街に隣接している。
 岡山市内まで30分程度で通勤できるため「ベッドタウン」的なところもあるが、隣町の邑久の並んで農業人口も多く、また中堅・中小の工場も散在。
 来週のミニ集会に向け、政策面で何を訴えられるか迷うところもあるが、様々な産業が偏りなく混在する土地柄でもあり、地域性を過度に意識しすぎず、正攻法で議論をしようと考えている。



 第1回“つむGO会”。 2002-10-10 (Thu)

 ツムジムパーティ(仮称「つむGO会」)の件、10月27日<日曜日>開催案を、引続き検討中。
 当日が津村の31歳の誕生日であることにちなみ、会費は3100円を予定。
 場所は、岡山市円山の津村事務所(ツムジム)。時間は、午前11時〜午後7時くらい迄。出入自由。
 ツムジムを“Open Space”状態にして、1人でも多くの支持者の方、ご近所の方、他ジムのスタッフにも覗いていただく趣向です。食べもの・飲みものを持ち寄る、ホームパーティのイメージに近い。開催時間に幅(8時間)を持たせるあたりは、いわゆる学祭・文化祭のイメージかも。
 100人以上の方にご参加頂くことを目標に、早速企画を始めます。主担当は、祐一郎。お土産は「新作ポスター」。
 以上、「善は急げ」のつもりで頭出ししましたが、陽子さん&あやぼぅは、ツムジムの野郎3人を遥かにしのぐアイデア(うー)マン。明日以降、どんな議論になるか楽しみ。
 皆さんも「こんな“パーティ”なら出てみたい」というご意見をお聞かせください!
P.S. 「つむGO会」という名称は、津村啓介後援会の愛称としてツムジムスタッフの間で最有力になっている案。これをパーティにも転用しようかと考えています。実際にどうなるかは未定。


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 宮城県会議員の皆さん。 2002-10-09 (Wed)

 姫井由美子県議の紹介で、4人の宮城県議の方々と会食。市町村合併、(全国的に大人気の)浅野史郎知事についてのリアルな話。“リーダーシップ”について示唆に富む議論が続いた。
 とりわけ“ゆさみゆき”宮城県議の政治・選挙哲学に、深い共感を覚えた。いつか仙台を再訪(今までに友人・同期を訪ねて3回ほど訪ねたことがある)し、宮城県会を傍聴させていただきたいものだ。
 今日の話を伺ってみても、改めて、最近県政ネタについて考えさせられることが多いと思い至る。
 個人的には、県政・市町村政のアイデンティティを強調するあまり、国政レベルでの「改革」と逆行する施策が目立っているような気もしている。(なんて書くと、先輩達に怒られるかもしれないが)
 赤字企業への保護の仕方などはその典型(先週書いたとおりです)。
 今後、来年の3〜4月に向けて統一地方選の本番を迎えるが、地方行政をキッチリ勉強するチャンスになりそうだ。自分の意見も整理したい。宮城県議さんたちとの交流を通じて、そのことを再認識した。



 初パーティー。 2002-10-08 (Tue)

 10/27(日)に津村事務所主催の初パーティーを行います。題して「ツムジムパーティー」。(もっといい名前があったら、考えなおします。。。)
 参加者大募集! みなさん、ご都合はいかがですか?
 まだ具体的な場所、時間、趣向は決まっていませんが、次のようなコンセプトで、考えています。
・事務所スタッフに今月生まれが3人(津、祐、智)。 みんなでパ〜ッとお祝いをしたい!
・政治家といえば「パーティー」。 でも、地盤・看板・カバンのない津村には大規模な資金集めパーティを開くチカラは、・・・。ならば最初は手づくりのミニパーティから始めよう!
・27日は、津村啓介本人の31歳の誕生日。「三十にして立つ」を実践した津村が本物になるかどうかは、この1年次第。その意味で大切な1年。新たな門出を激励していただこう!
・ついでにポスターのお披露目もやっちゃおう!
 さっと、こんな感じです。“もっと会議”でもGOサインが出て、PR解禁。会費は4000円程度を考えています。
(1)ツムジムを1日開放して、三々五々ご都合のいい時間に顔を見せて頂くホームパーティパターン、
(2)どこぞの喫茶店を借り切り、結婚式の2次会のつもりでイベント風にするパターンなどなど。。。
色々考えてます。
 豪勢なパーティーにはなりません。が、若くて元気な仲間たちを沢山紹介できることは、ツムジムパーティーの大きなセールスポイントです。
 老若男女をとわず、日本の未来に期待する“みんな”が「出会う」広場にしたいと思っています。多くの方々のご参加をお待ちしております。
 あなたも私も、みんなも社長さんも、秋の日(夜長?)を楽しみましょう!!!


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 ポスター人気投票(^.ー) 2002-10-06 (Sun)

 先日行なった「津村啓介ポスター試し撮り」の結果、6つのパターンが有力候補として残っている。(写真自体は撮りなおすつもり。あくまで構図として)
 デリツム読者の皆さんはどの津村がいいと思いますか?
 今のところ、1、3、4あたりが票を集めていますが、より多くの方のご意見を伺いながら、慎重かつ早急に、そして最後は大胆に、決めていきたいと思っています。
 考えているキャッチコピーは、「若い力を国政へ」「若い力を国会へ」「健康な政治」「経済再生」などです(有力な順に書きました)。
 心積もりでは、今週末(10月12日)をメドに候補を絞り、来週早々に写真の撮りなおしをして、今月末のツムジムパーティー(津村の誕生日、10月27日に開催予定)でお披露目したいと考えています。
周囲の皆さんにご理解をお願いしながら、進めます。
 ホームページに掲載している1〜6の写真のどの津村がいいか、キャッチコピーはどれがいいか、そして、政治家のポスターに対する自由なご意見をお待ちしております。
 人気投票へのご協力、よろしくお願いいたします!



 ポスター2。 2002-10-03 (Thu)

 先日の「撮影会」の結果をふまえ、ポスターについてツムジム内の意識の擦りあわせを行った。
皆なで意見を出し合い、だいぶ方向性が出てきたような気がする。
 もっとも、いま検討しているのは、あくまでも叩き台。
これから慎重かつ早急に関係者・支持者のみなさんのご意見を集約し、妥当な結論を導き出していきたい。
 ホームページも活用していく。
− 近日中に、候補となっているポーズ案を掲載します。読者のみなさん、ぜひご意見をメール等でお知らせください。


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 お断り。 2002-10-03 (Thu)

 最近、代表選のための上京や友人・知人がPRしてくれたことをきっかけに Daily TSUMURA「デリツム」の配信先が急速に増えつつある(9月後半に400を超えた)。
 ただ、初めての方の中には、活動の前後関係がわかりづらいと感じる方もいらっしゃると思う。
 8月1日の津村事務所OPEN以降の軌跡は、HPに詳細に掲載しています。
 国会議員ホームページ・アクセスランキングによれば、全体で30〜40位前後、新人候補では3〜4位前後のアクセスを頂いているとのこと。
 先達として尊敬している石田敏高さんの「石田日記」のように、読み物として読み応えがあり、かつ私よりも後に同じ道を志される方の役に立てるような候補者日記をめざして、これからも試行錯誤を含めた正確、透明な記述を心がけていきます。



 ポスター撮影会 2002-10-01 (Tue)

 江田五月さん支持者の方に、写真の腕前がセミプロ級の方がいらっしゃる。その方に甘えて、ボランティアでポスター写真の撮影会をしていただいた(Sさんに心から感謝!)。今日1日で全てを決めるということではない(まだその段階まで行けてない)が、沢山の写真(約100枚)を撮って、比較検討することができた。
 しゅんぺー、あやぼぅもアシスタントとして参加。県連3Fで撮影した。
 全身像、半身像、ガッツポーズ、腕組みポーズ、駆け足ポーズ、ウルトラマンポーズなどなど、いろいろなアングルに挑戦。
 あくまでもまだ私のアイデアだが、写真の候補が絞られてきた時点で、ホームページに複数の候補を掲載し、「どの写真がいいか」皆さんにアンケートしてみたい。


ご意見、ご感想、激励メッセージはこちらまで


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