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6時半、起床。
7時に衆議院青山議員宿舎を出発。カッターシャツ4枚をクリーニングに出す。
7時50分、JR東京駅発の新幹線「のぞみ」で帰岡。
車中、ヴァン・ヘイレンをBGMに、石破茂前防衛庁長官の『国防』を熟読。民主党の弱点の1つは与党経験のある議員が少ないことであり、閣僚経験者の率直な思いや体験が綴られたこの本は、本当に勉強になる。これからの時代、強い当事者意識と相応の専門知識を持たないと大臣は務まらないということがよく伝わってくる。
11時14分、岡山着。タクシーで移動。
11時半、連合岡山青年委員会ボウリング大会。
岡山フェアレーンを会場に、約70人くらいの規模で開催。冒頭、挨拶のスピーチをさせていただき、その後、2ゲームとも参加。スコアは2ゲームで合計261。確か126と135くらいで、いつになく安定したゲーム運び。いい感じでした。
12時45分ごろ、閉会式を目前に、中座。
ボウリング大会
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スペア!
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13時、JR瀬戸大橋線に乗り、高松へ。
マリンライナーで1時間弱、意外と近い。随行の増田秘書と私の大好物“プリッツ”を摘みながら、電車の旅。先々週の姫路行きといい、こういう短い旅が結構楽しい。移動中、岡山の民主党の仲間から何度もメールで照会が入る。私の大学時代のガールフレンドについて。どこかで友達の輪が繋がっているそうで、何とも懐かしい気持ちになるが、年末に「ヤングげっつむ!」で触れた以上のことはご勘弁願った。
http://www.tsumura.org/getsumu/2004/y-2.jpg
14時、高松着。
香川1区の衆議院議員候補予定者「小川淳也」君の激励に飛び込みで駆けつけようとしたが、アポなしだったこともあり、結局調整がつかず。急遽予定を変更して、“讃岐うどん”を食べに行くことに。
14時半、讃岐うどんの庄「かな泉」。
例によって計画性がなく、事前に美味しい“讃岐うどん”のお店を調べていなかったので、タクシーに乗って「どっか美味しいところに連れて行ってください!」。運転手さんが「近くでは一番有名」という上記のお店で、うどんを食べた。でも、なんでセルフ。。。美味しかったし、この時間でもかなり混んでいたけど、ちょっとびっくり。本場香川でも、セルフうどんが流行ってるんですね。
瀬戸内アートネットワーク at 高松
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行政の皆さんと
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15時、公開シンポジウム「瀬戸内アートネットワーク」。
JR高松駅前にあるサンポート高松の6階にある香川国際会議場にて。昨年秋まで内閣参与として北朝鮮問題の最前線にいらした中山恭子女史が東京からお見えだったのをはじめ、地元の真鍋香川県知事、主催者の福武総一郎さんほか錚々たるメンバーが瀬戸内の未来を語っていた。斬新な視点から地域の活性化を目指す取り組みに、また1つ“引き出し”が増えた思い。参加者300名程度。
16時半、福武美術館交流会。
シンポジウムの参加者がそのまま隣接する全日空ホテルに移り、立食形式の交流会。福武さんや玉野市長の山根敬則さんらと懇談。そのほか行政関係者や瀬戸内海に浮かぶ島々の関係者の皆さんも多数見えており、それぞれの方から現場の話を伺った。
真鍋知事に「山陽放送さんの放映された新春対談を拝見しましたよ」とお話しすると、「そうですか、そうですか」と、目を細めて喜んでくださった。お隣の香川県のことも勉強しておいて良かった。少しだけだが。
17時半、地元関係者とコーヒー。
交流会に参加されていた岡山2区在住の方々にお誘いいただき、高松市内の有名店でコーヒーを一杯。香りが全く違う、凄いコーヒー。
18時50分ごろのマリンライナーで帰岡。車中、読書など。19時45分ごろ、岡山着。
20時、事務所。
取り急ぎメールや書類のチェックをしたあと、いったん自宅に帰って着替えをし、さらに夕食の「ねぎ焼き」。
21時、西大寺会陽(ハダカ祭り)に出発。
今年は、増田秘書、田口秘書、高井崇志さんと4人で参加する。まずは高井さんが去年まで一緒に出ていたという地元関係者の皆さんのチームに顔を出し、食事などを頂いた。
22時、あるチームに合流。
ここでも軽く腹ごしらえをし、22時半ごろからフンドシを締める。このフンドシが強烈!ハダカで長時間揉み合いになるため、不足の事故が起きないよう、キツク締める必要がある。常連のOさんという方に田口→増田→高井→津村の順で締めて頂いたが、Oさんの渾身の締め付けで一同大変なことに。。。
22時50分、鏡割り。
駆けつけた江田五月参議院議員も交え、チームの幹部の皆さんと鏡割りで気合いを揃える。
23時、出発。
左から高井−津村−田口−増田のラインで肩を組み、「わっしょい、わっしょい」と叫びながら、観音院本堂をめざす。田中秘書は写真係。方々から水を掛けられるのだが、これがないと肌と肌が異常にこすれ、怪我や火傷などのもとになる。
西大寺会陽(さあ、いくぜ!)
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私たちは本堂の屋根の下にいます
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23時半すぎ、本堂に突入。
30分弱、ハダカの大群の中で揉まれた。祭りになると血が騒ぐタイプ(でなければ出ませんワ。まじで。)の我々なので、とにかくとにかく中央を目指し、背丈を生かしてハダカを掻き分けて行ったが、昨年以上に「怪我人が出ました。外に出すので道を開けてください」という水入りが多く、目の前で事故があったとのことで、訳もわからず一旦外に出る形になった。再度分け入ったが、枝宝木(メインである宝木<しんぎ>とは別に100本近く投げられる、オマケみたいなもの)を近くで見るのがやっとという感じ。
24時ジャストの宝木投下後も、持っていそうな人に体当たりしたり、ちょっと危険なプレイも試みたが、甲斐なし。
25時、チームの“本陣”に戻る。
途中ではぐれた仲間も三々五々戻り、順番にお風呂に入って、その後記念撮影など。
25時半、御福頂戴(福受式)。
観音院客殿にて、今年の祝主(いわいぬし)である岡山トヨタとネッツトヨタの両社共催の御福頂戴(福受式)。参院選前だった昨年は、国会議員(たしか)5名と県会・市会多数、さらに岡山市長が参加していたが、今年は来賓は津村と藤原西大寺支所長だけ。最後に紹介をいただいた。今年の福男は、有名な林グループと樽井グループ。樽井さんは、民主党の樽井良和代議士(大阪選出、私と同期)の伯父さんに当たる方だ。
お疲れさまです。
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御福頂戴(福受式)
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27時(午前3時)、帰宅。即就寝。
長い一日。。。いやはや、むっちゃ疲れました。
9時半、起床。
今週は岡山と東京を2往復。多少身体に来ているので、今日は少し遅めのスタート。
15分で朝の仕度をし、10時ちょうどに議員会館に到着。
10時、民主党秘書会の熊谷さん。
池口修次参議院議員事務所の熊谷秘書が来室し、4月の衆議院補欠選挙への取組みに関するご相談。津村事務所の「ポスター貼り」のノウハウを非常に高く評価頂いており、とても恐縮。地元岡山のスタッフも含め、出来うる限りの協力をします。
12時、大石尚子代議士ほかと、昼食。
衆議院安全保障委員会の民主党筆頭理事である大石代議士のお声かけで、同委員会所属の新人代議士3人(本多、村越、津村)と担当国対副委員長である古本代議士の計5人でランチ。衆議院院内の議員食堂にて。今後の委員会運営や国会質問の進め方など実務的な打ち合わせ。
午後は、デスクワーク。
14時、議員インターンシップ「ドットジェイピー」のYさん。
春のインターンたちのフォローアップ等のため、顔を見せてくれた。Yさんは聖心女子大学の1年生だが、社会人もびっくりの完璧な仕事ぶり。スタッフともども、いつも驚かされる。その後もデスクワーク。
16時、防衛庁レク。
今通常国会における提出予定法案につき、担当の方が直接ご説明にみえた。
17時、衆議院財務金融委員会。所要2時間半。
大臣所信に対する質疑。野田佳彦「次の財務大臣」が馬淵代議士の昨日の予算委員会での活躍を引きながら、聞かせる質問。1月の代表質問の時も感じたが、野田さんの質問には理屈を超えた説得力がある。
20時、弁護士&若手官僚の皆さんとの会食。
麻布高校ESS(英語研究部)の先輩が、弁護士仲間や大学時代のお友達を紹介してくださった。金融庁で活躍している方々、NHKの看板番組のプロデューサー、日銀の先輩。。。皆さん、一番後輩の私に色々と温かいご配慮をくださり、政治の話も聞いて下さった。これからも末永くお世話になっていきたい尊敬する先輩たち。
23時半、衆議院青山議員宿舎。
明日は「西大寺会陽」。いわゆるハダカ祭りである。頑張ります!
今日は、大幅な日程変更が続き、秘書や同僚議員を振り回してしまいました。猛省。
8時半、起床。
本来は「朝5時に起き、6時ジャストの始発新幹線に乗る」予定だったが、無意識のうちに目覚ましを叩き切っていた模様。起きた時点でこの予定は破綻しており、急遽飛行機で上京することに。
9時、事務所。
田口秘書が風邪を引いてしまったことなどから、本日の出勤は私と増田秘書だけ。増田車に乗り、一路岡山空港へ向かった。
9時45分、岡山空港。
10時10分の東京便に乗るつもりでANAのカウンターに行くと、「満席です」。全く予想していなかっただけに、大ショック。昨夜の某テレビ局記者さんたちとの会食の席で「地方空港は利用者が少ない」と話したばかりだった上、今朝の山陽新聞朝刊にも「岡山−宮崎便廃止」の文字が躍っていただけに、まさか平日午前の便が満席とは想像していなかった。寝坊による急な展開で予約なしだったことが悔やまれる。本日予定していた川越少年刑務所の視察は参加が難しくなり、衆議院安全保障委員会は菊田まきこ代議士に交代していただいた。
がっくりしているところへ、石井正弘岡山県知事がいらっしゃり、「昨日はお疲れさまでした!」とご挨拶。どうやら私が乗れなかった満席便で上京されたようだ。
その後、空港の食堂で増田と肉うどん。
11時、岡山リサーチパーク。
「転んでもタダでは起きない」精神で、空港近くにある岡山リサーチパークを急遽見学。アポなしでご案内を頂くのは気が引けたので、一般の見学コースを増田秘書と2人で観てまわった。当リサーチパークには、インキュベーションセンターや岡山大学の地域研究拠点、県の工業技術センターなどの施設があり、岡山の特産物や気候を活かしながら、独自の技術やアイデアの開発が進められている。今年で開設10周年。本当は1月末の10周年記念展示発表会に行きたかったのだが、平日で国会活動を優先せざるをえなかった。私は、物理学者だった伯父に憧れ、高校3年の夏まで理系志望だった。学者になる夢は叶わなかったが、柔らかい頭で自然界と向き合う理系のマインドは持ち続けていきたい。
岡山リサーチパーク (増田秘書)
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岡山リサーチパーク
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12時、岡山市内で書籍&CDを購入(詳しくは「ひとこと」)。
13時、事務所。
上京を夕方に遅らせ、山陽新聞に掲載した秘書の求人を見て応募のあった数十通の履歴書をチェック。「年齢不問、社会経験重視」と記載したので、様々な年齢、経歴の方々から応募を頂いている。採用担当の増田と意見交換。
午後新鶴見橋街宣
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14時40分、新鶴見橋で街頭演説。20分。
あまり時間がなかったが、「少しでも地元活動を。。。」との思いで緊急の昼街宣。JR岡山駅までのアクセスが便利な新鶴見橋で20分。午後のほうがゆとりがあるのか、朝立ちと比べても反応は良い。
15時22分、新幹線にて上京。車中爆睡。
19時、地元新聞社記者と会食。→「ひとこと」
赤坂の安居酒屋にて、地元新聞社の東京支局関係者の方々4人に囲まれて、会食。同世代の方々ばかりなだけに、堅い話から軽い話題までたっぷり4時間盛り上がる。岡山の民主党のありかたや新人代議士としての私の行動についても、貴重なご意見の数々を頂いた。
7時半、起床。
急いで準備をし、15分で家を出る。今日のインターンは、横浜国大の沖田さん。と、待ち合わせ場所の議員会館ロビーに着いてみると、一橋大学の菊池君もいる。「財務金融部門会議の議論に興味があるので、朝の会議だけ陪席させてください」勉強熱心である。
8時、民主党財務金融部門会議。
わが国財政の足許の状況につき、財務省主計局の主計官からレク。毎年恒例の説明だが、対策に新味のないまま、赤字額だけは着実に増え続けている。
午後の新京橋街宣
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門木県議合同葬
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玉野市役所の皆さんとボウリング
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9時33分、東京発のぞみで帰岡。
車中、リンカンの伝記「正義のリーダーシップ」をパラパラ。中身の濃い本なので集中力のある時にしか読み進まない。時折目をつむり、大塚愛のCDに耳を傾ける。12時57分、岡山着。
13時15分、新京橋にて街頭演説。75分。
門木県議の葬儀参列のための帰岡だが、少し時間が空いたので、普段は“朝立ち”をしている新京橋で午後の街頭演説。気のせいか女性比率が多かったように思う。増田のカウントによると、5分で片道75台。約2000人の方々にアピールした計算になる。
15時、門木県議ご葬儀。“巨星堕つ”。
岡山県自民党の重鎮「門木和郎(かどき・かずお)」さんの葬儀に参列。普段は岡山に戻られることが少ない平沼赳夫代議士も出席をされ、心のこもったスピーチをされた。自民党公認候補として参議院選挙に出馬されようとした経緯、それを断念された経緯が詳しく披露され、初めて知る岡山県自民党史の1ページに思いを馳せる。人に歴史あり。野党国会議員の出席は私だけ。指名献花という形で、名前を読み上げられ、花を手向けさせていただいた。“巨星堕つ”を実感。
プラザホテルを出る時には、17時を大きく回っていた。
18時15分、玉野市役所の皆さんとボウリング。
玉野市の宇野港ボウルで行われた玉野市職員労働組合の青年部・女性部の皆さんのボウリング大会に田中秘書とともに参加。20レーンを借り切っていたので、一つづつご挨拶してまわった。3投中、スペアが1回。しょぼい成績を残して、後事を田中に託す。
18時50分、JR宇野駅。
茶屋町乗換えで、岡山まで電車で戻った。12月はじめにマスコミの友人と会った時と同じシチュエーションだったが、今回は無事電車に乗ることができた。タクシーのほうが早いのだが、財政も厳しい。
20時、岡山駅前で友人たちと会食。
国会会期中の平日の夜を地元岡山で過ごせるのは、まれ。折角のチャンスということで、普段なかなか時間の合わない某局記者さんに後輩を紹介してもらった。岡山での在任が長くなったこともあり、ご自身の転勤が視野に入りつつあるとのこと。後輩記者たちと私を繋いでおきたいという深いご配慮だ。私の方では、年明け早々に講師を務めた岡山大学法学部(谷ゼミ)の学生さん3人を誘い、記者志望の学生や政治に関心の高い学生に現場のナマの声を聞いて貰った。直前のオファーにもかかわらず、今話題の郵便局職員の方や保育士さんも参加して下さり、ちょっとした“異業種交流会”の趣に。参加者約15名が、かなりのテンションで盛り上がってくれた。今日はお互いに初めての方も多かったが、これからも機会を作って、より広くより深い出会いの場を創りたい。
私の職業は政治家だが、仕事(選挙、政治)を直接の目的とした活動だけでなく、地元岡山の若い世代のリーダーとして地に足の付いた交友の輪を広げていきたい。今日のような飲み会もやれば、趣向を凝らしたイベントもやりたい。いろいろ考え、どんどん動きます。岡山在住のHP読者の方々、皆さんも仲間に加わってください!
24時、ちょっと抜け、ある席にお邪魔。
民主党の仲間から「津村さんに紹介したい人がいます。ちょっとだけこっちに来てくれませんか」と熱心なお誘い。上記の会を15分ほど抜け、その仲間とある地元中核企業の役員秘書さんがカクテル中の席に合流。ほんのひとときだったが、楽しい会話に混ぜて頂いた。岡山では知らない人のいない著名な経営者の方の秘書を務めている方だけに、さすが洗練されている。色々とアドバイスも頂くことができた。
この前後、西川付近の道ばたでJC関係者の皆さん、自民党系の市議さん、県議さんと相次いでバッタリ。それぞれご挨拶をし、特に県議さんとは少し長く立ち話。「近い将来、日本の政治は必ず大きく動くよね。そしていつか、僕たちが岡山と日本を背負わなければならない時代が来るはず。立場は違うけど、信頼関係だけは大切にしていこう」とどちらともなく少し熱っぽく話して、手を振って別れる。
24時半、友人たちに再合流。
学生さんも一緒に、皆カラオケで燃焼中。多忙なはずの記者さんも楽しんでくれていて、ちょっと嬉しい感じ。大塚愛の『片思いダイヤル』を披露するも、ちょっと練習不足でした。原曲はかなりの名曲です!
7時、起床。
7時45分発の「青山議員宿舎→衆議院第2議員会館」のシャトルバスに乗って、出勤。会館のロビーで学生インターンの長沼君と合流し、缶コーヒーを買って、会議室へ。
8時、防衛・外務・内閣・総務・国土交通兼緊急事態法制PT合同部門会議。
民主党の提唱している「危機管理庁」構想について、前原誠司「次の防衛庁長官」から過去の議論について詳細な説明。どの省庁からどのような人材を何人集めるか、権限や予算をどうするか、非常に活発な質疑の中で、実務的な詰めの議論に多くの時間が割かれた。インターンの長沼君の感想は「民主党って、もっとイデオロギーの議論ばかりしていると思ってました。すごく現実的な話をしているんですね」。
9時、国会事務所。代議士日記の執筆。
11時半、民主党財務金融部門会議役員会。
民主党「財政健全化プラン」の議論が徐々に進む中で、私が事務局を務めている公的債務管理WTの活動は開店休業状態にある。なぜなら財政健全化の議論と問題意識が重なっており、事実上吸収されているからだ。そんな中、議論に参画する機会を頂いたのが、この役員会。役員でないにもかかわらず、参加をお許し頂けることになった。昼食の箱弁当を頂きながら、今後の国会審議の見通しなどについて情報交換。
12時20分、衆議院財務金融委員会。
谷垣財務大臣、伊藤金融担当大臣の2人から「大臣所信」を聴取。所要15分の短い委員会だった。
12時40分、代議士会。
本会議の運びについて意識合わせをするミーティングで、党所属代議士は全員の参加が義務付けられている。本日の質問バッターに立つ中川正春、平岡秀夫、寺田学の各代議士から元気のいい決意表明。
13時、衆議院本会議。
平成17年度の税制改正関連法案について、所要2時間半。初めて登壇した最年少国会議員の寺田学君の質問は、迫力満点。小泉首相を時折にらみつけながら、よく通る大きな声で議場を静まらせた。“若さ”ばかりが強調されがちな民主党だが、彼のような実力をしっかり備えた若手が脚光を浴びると党全体への信頼感に繋がる。
何日か前、議員会館の地下で今回の質問に関係の深い地方自治の本を手にした寺田君とバッタリ会い、一緒にお昼を食べた。寺田君は、勉強熱心な、民主党若手の注目株だ。
16時、財務省のレク。
関税局および国際局から今国会への提出法案について説明を受ける。昨年の同時期に同様の法案を扱った経験があったので、記憶をたどりながら、何点か質問。その後、デスクワークを続ける。
18時半、菅直人前代表と会食。
赤坂の居酒屋にて、新人議員3人で菅さんを囲み、国会議員としての活動のイロハについて多種多様なアドバイスを頂く。菅さんからは、細川連立政権以降の日本の現代政治史についてとても熱のこもったお話があり、我々3人が息を飲む場面も。自ら創り上げた「民主党」に賭ける菅さんの思いは熱く、熱く、熱い。生半可な気持ちでこの話は聞けないな。。。と、戦慄を覚えた。
今後私の政治生命がどれほど続くのかは分からないが、今夜伺った菅さんの思いを忘れることはないだろう。私は、菅さんや「国のかたち研究会」に対して自分なりの意見を持っており、折にふれて率直に申し上げている。今後ともそうしていくつもりだ。ただ、その前提は、菅直人という政治家のハートの熱さと仕事の真面目さへの敬意だ。そのことも変わることはない。
21時半過ぎ、自衛官の方々と会食。
某テレビ局の記者さんに声をかけて頂き、私と同い年で当選2回の細野豪志代議士とともに3人の自衛官の方々と計6人で一杯。安全保障について深く勉強されている細野さんと皆さんとのやりとり。専門用語も飛び交い、聞き漏らさずに理解することで精一杯だったが、最後に少しだけ私からも質問。お酒を飲みながらではあったが、昼間の勉強会以上に脳細胞フル回転の夜だった。西麻布にて。
23時過ぎ、歩いて帰宅し、即就寝。
| 2005/2/15-19 |