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Daily TSUMURA 代議士日記 2003年 12月15日〜21日

 12/21(日)

 



 12/20 Sat.

朝9時、岡山事務所に出勤。9時半から、増田秘書を迎えての初めての事務局会議を実施。約2時間。→「ひとこと
直面する課題の多さに頭がクラクラしながらも、全員の努力で実りの多いミーティングが出来たと思う。

11時半から原稿執筆、昼食。

13時、総合福祉会館で、教育基本法の改正に反対する県民集会。
冒頭30分だけ参加して、中座。

13時半、天皇誕生日宴会の儀に着ていく服装を準備。

14時、プラザホテルで開かれた、民主党中国ブロック自治体議員フォーラム。
年金改革に関する「次の内閣」ネクスト厚生労働大臣・古川元久代議士の講義、三位一体改革に関する平野正樹岡大教授の講義を聞く。いったん中座。

ネクスト厚生労働大臣 古川元久

16〜17時、岡山事務所でデスクワーク。

17時半、民主党自治体議員フォーラムの懇親会に、増田秘書とともに出席。短くご挨拶をさせていただく。

18時半、二十日会の総会・懇親会に出席。田原清美元県議ら自営業者の皆さんの集まりで、地域の金融について情報交換をさせて頂きたいとご挨拶。

19時、番町文庫五月会の忘年会に途中参加。80人ほどの参加者の皆さんにお1人お1人ご挨拶。来年夏の政治決戦・参議院選挙での江田支援を訴えた。住吉後援会
20時過ぎに失礼し、一路倉敷市の由加山へ。

21時20分、由加温泉に到着。玉野市・灘崎町選出の住吉よしひさ県議後援会の忘年会に出席。
途中までお邪魔していた神田、林と擦れ違いで入れ代わった格好。ご挨拶をしていたらカラオケがかかり、『なごり雪』を一曲。沢山の皆さんと記念写真に納まり、選挙のお礼のご挨拶をして回る。
22時頃、散会。

23時、岡山事務所に戻り、増田秘書と簡単な打ち合わせをして帰宅。久しぶりにのんびりTVを見、軽く晩酌をして寝る。


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 12/19 Fri.

朝6時半、山崎のピックで自宅を出発。JR長船駅へ。

7時過ぎの電車からスタートし、約1時間半、津村は駅前の交差点で演説。
たまたまスケジュールをご存知だった地元の方がわざわざお友達と駆けつけて下さり、いつも以上に気合いが入る。特別国会の報告、イラク問題、年金改革、そして邑久郡の合併問題について、訴えた。山崎は駅の改札前で、「月刊、津村啓介。」を配布。1時間ちょっとで約180枚。
反応は大きく2分されていたようで、「あの人、態度悪いから嫌い!」と言って立ち去る方もいたそうだ。知名度が確実に上がっている一方で、こういうマイナスの反応を聞くとやはり落ち込む。何のことを指しているかが分からないだけに、どうしようもない。悪口を言われまくっている先輩政治家の皆さんに同情したくなったりもする。

9時半に事務所に戻り、しばしデスクワーク。
明日の事務局会議について増田秘書と打ち合わせをしたのち、自宅へ。部屋の掃除をし、少し休む。このところ移動時間が多く、生来乗り物に弱い津村は幾分ローテンション。

13時半、事務所に再び登場し、ポスター担当の堀野秘書から頼まれたポスター剥がしの現場検証&ご挨拶に出向く。「剥がし終わっているかどうかの再確認」に出かけたのだが、当該地域の作業はほぼ終了していた。I君らの努力。

15時、シンフォニーホール地下の丸善で、書籍を購入。以下の4冊。
 ・藤巻健史『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義(上)』
 ・石井淳蔵『ブランド 価値の創造』
 ・養老孟司『バカの壁』
 ・舛添要一『内閣総理大臣〜その力量と資質の見極め方』
最近、読書量を急増させている。選挙運動の反動。次期通常国会を前に、しっかりと勉強しておかなくては。。。という焦り。

RSKラジオ出演

15時40分、ラジオ出演のため、山陽放送本社へ。
比例で選出された新人代議士を交代で呼び、ゲストにしているようだ。キャスターとして共演して下さるラジオ放送部長の中尾俊直さんはじめ、幹部の皆さんが出迎えて下さった。

16時、RSKラジオ『イブニングネットワーク』に生出演!
冒頭の掛け合いのほか、16時11〜23分ごろまで、新人国会議員としての抱負や経験などについてインタビューをして頂いた。小泉政権の評価、財務金融委員会に所属になった感想、衆議院事務局の女性に議員バッジを付けてもらった時のエピソード、先輩議員の野次についても話す。あっという間に、終わった。

城下の地下Pに車を取りに行き、17時過ぎに事務所に帰る。約1時間、活動日誌の執筆など。

18時半、地元のお寿司屋さんで、Kさんを中心とする地元富山学区の皆さんが「津村啓介国会初登院報告会」を開いてくださった。
江田参議と京子夫人、田原市議にも参加して頂く。色々と至らないことの多い“若い力”たちに対して、いつも温かく励まして下さる皆さん。スタッフ一同、とても感激していた。Kさんのご配慮で、初登院の時に国会前で撮った江田さんとのツーショットを色紙にしていただき、江田さんと津村が自筆サイン。ありがたいご配慮。
3時間あまり続いた慰労会の中で、秘書たちも順次自己紹介。堀野秘書は不慣れな「司会」に挑戦したが、落ち着いてきっちりとこなした。

22時、事務所に帰って「Daily TSUMURA 」を配信し、Kさんらの二次会に合流。改めて激励を頂く。


 12/18 Thu.

朝6時半に大津秘書が迎えに来て、2人で邑久へ向かう。

7時からJR邑久駅前で朝立ち。
赤穂線は比較的本数が少なく、1時間半の間に通ったのは上下合わせて6本程度。その前後しか人が行き来しないので、演説をしたり、ビラを配ったり、客待ちのタクシーにご挨拶をしたり。。。邑久事務所にも出入りしてくれていた支持者の方が紅茶をおごってくださった。大津秘書と2人で配った「月刊、津村啓介」は、計110枚。ちょっと少なめ。
7時過ぎの電車に乗ったお客さんに上手く配れなかったのが、反省点。

9時過ぎに事務所に戻り、1日の予定を確認。増田秘書から19日の事務局会議の議題について具体的な相談があり、アドバイスをする。

10時、地域のより良い街づくりをめざして岡山2区内で活動している3人の皆さんが事務所へ来訪。
ある自治体が抱えている課題について、直近の状況を伝えていただき、しばし意見交換。衆議院議員の地方行政への関わり方については、両極端なケースが目立つように思う。度を越えた関与と思しきケースや、少々カヤの外に置かれているケースや。民主党新人代議士の津村にも何か出来ることはあるはず。模索しながらの取り組みになる。来て下さった方々の真摯な姿勢と熱意に頭が下がる思い。今後の窓口役として、増田秘書を紹介。

11時から13時まで、デスクワーク。
代議士として最低限の情報収集と活動報告の執筆をするためには、毎日2〜3時間の事務作業が不可欠。このところ挨拶まわりやポスター剥がしに気合いを入れるあまり、作業が滞り気味になっており、気にかかっている。増田、山崎に日程管理上の工夫をお願い。

13時過ぎの新幹線で、新神戸へ。
しばらく会えていなかった友人を訪ねると、緊張感のある職場で懸命に頑張っていた。その姿をみて、大いに刺激を受ける。結果が全てとも言える、これぞプロの仕事。

その後、マックその他に寄ったりしながら、勉強もしながら、幼い頃を過ごした淀川沿い(津村は0〜5才まで大阪府枚方市に在住)の景色を楽しみながら、阪急に乗って京都へ上洛。

津村啓介&北神圭朗 17時ごろ、阪急西院駅に近い北神圭朗さんの事務所を訪問。
北神さんは京都4区の衆議院議員候補として先般の衆院選を戦った民主党の仲間。野中広務さんの後継者と接戦を演じたが、惜しくも残念な結果に終わった。個人的に尊敬している方なので、早く激励のご挨拶に行きたかったのだが、どんどん時間が経ち、今日になった。さすが北神さんの人徳で、立派なスタッフの方々が何人も従いていらっしゃる。Kさん、Tさん、Hさん、本当にお世話になりました。
アポも入れずに伺ったので事務所見学をして早々に失礼するつもりだったが、北神事務所の皆さんのお気遣いで、偶然今日行われることになっていた後援会の選挙総括会議に参加させて頂くことに。

18時から1時間、桂川沿いで北神後援会の選挙総括の会議に参加。
19時からは慰労会となったが、乾杯のあと、短いご挨拶だけして失礼をする。

北神さんは同世代を代表するリーダーの1人。次の挑戦に向けて、早くも大きな一歩を踏み出そうとしている姿に、ここでも刺激を受けた。

19時46分の「こだま」で新大阪へ。さらに「ひかり」号を乗り継いで、岡山に帰った。

21時、温かい眼差しで私たちを支えてくださり、スタッフからの信望も厚い熱心な支持者の方のお宅を借りて、事務所スタッフの慰労会。
19時スタートだったが、津村は2時間以上遅れての参加。津村事務所からの参加は8人。肝腎のその支持者の方が急なお仕事で途中までお留守となり、なぜか事務所スタッフだけでお宅を占拠し鍋を頂く格好に。最後は合流して、9人。ありがとうございました。思い出に残る、楽しいひとときでした!


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 12/17 Wed.

朝6時半に起き、7時に自宅前で増田秘書と待ち合わせ、JR西大寺駅へ。

今朝の朝立ちはJR西大寺駅。7時半から8時半まで約1時間マイクを握った。
非常に寒く、震えながらの演説だったが反応はGood。増田秘書の頑張りで、津村自身と合わせて約300枚の「月刊、津村啓介」を配布。

午前中はデスクワーク。
津村事務所の年間資金繰りを計算するため、エクセルシートと睨めっこしながら3時間を過ごす。秘書給与の計算は、特にデリケートな作業。若いメンバーが多いが、社会保険等の対応を完全にし、事務所の仕事をより効率的かつ透明にして、立派な「社会人」として実力発揮してもらう考えだ。集中して作業したため、昼食を忘れる。

14時、ポスター剥がしに出撃。
秘書やボランティアの皆さんが悪戦苦闘中の作業に津村自身も昨日から参加している。津村本人が行くことで事務所の姿勢が伝わりやすくなる面もある。「議員なのだから、そんな時間があるなら政策の1つでも考えろ!」というお叱りを受けながらだが、選挙実務から離れすぎると“ドブ板選挙”特有のあの独特のバランス感覚を失いそうで怖い。雨に降られてビショ濡れになったが、すぐに止み、19時ごろまで作業。堀野秘書に頼まれた36枚を、何とかクリアすることができた。

20時半、選挙直前のTYPのイベントをコーディネートしてくれたお2人の功労者と食事。
津村と同世代の若き経営者の方と、いかに岡山を盛り上げていくか、夜が更けるのも忘れて議論をする。楽しいひととき。会をセットしてくれたヨウちゃんに感謝。


 12/16(火)


 12/15(月)

取材
「国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会」

朝8時に衆議院青山議員宿舎を出て、約束の8時20分ジャストに国会事務所に到着。既にお客さんは来ていた。RSK(山陽放送)の取材班。
まもなく神田秘書も出勤。

8時半から、1月17日(土)に放送予定のRSKテレビ「どんぶらこ」の映像を収録。
そのまま取材班のクルーの皆さんと一緒に登院し、委員会室の前で短いインタビューを受けた。

9時、衆議院第一委員室で、津村が委員として所属している「国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会」が開かれ、気合いを入れて出席。
イラクへの自衛隊派遣決定を受けた、いわゆる閉会中審査。午後にはテレビも入る注目の委員会である。午前中は小泉首相は臨席せず、中継こそなかったが、最初から緊張感のある質疑が続いた。

12時、暫時休憩となり、第2議員会館の国会事務所へ戻る。
しばらくして、玉野市の支援者の方が見え、しばし懇談。ある団体のトップの方で、選挙では大変お世話になった。政策的な意見交換など。

13時、委員会が再開。小泉首相が答弁に立ち、膨大なTVカメラが入って、傍聴席は一杯。午前中もすごかったが、野次がますます増えてきた。
14時から質問に立った民主党の前原誠司代議士、岡田克也幹事長の質問は、それぞれの個性が溢れ、密度も濃く、さすが聞き応えがあった。→「ひとこと
元々委員でない岡田さんが質問に立つためには代わりに誰かが外れる必要があり、新人の津村が外れる。岡田さんの質問が終わるまでは室内で聞いていたが、その後、議員会館へ。

16時過ぎ、本日分の書類を裁き、急いで本郷へ。

16時50分、東大本郷キャンパスの法文1号館A6教室で、北岡伸一教授の日本政治外交史のゼミに参加。→「ひとこと

20時ごろから、本郷三丁目の交差点にほど近い「チムニー」で、学生さんたち約15人に囲まれながら食事。21時過ぎに失礼するまで、最近の就職事情から霞ヶ関論まで、熱く議論。

22時00分、寝台特急「サンライズ瀬戸」に乗り、JR東京駅を発つ。車中では最近買った唯一のCD「フルトベングラーの第九」をまたまた聞きながら、早めに就寝。最後に見た車窓の景色は、小田原城。


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2003/12/15〜21

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